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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの水妖イベント投稿作品「Mutation」3

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 先生は満足げに頷き、ケイの頭をゆっくりと撫でながら、今度はネダの方を睨みつけて言う。「ネダ、お前は何か勘違いしていないか?ケイが私に尽くすのは別に私が怖いからじゃない。ケイは判っているんだよ。自分が、こうでもしなければここに居られない事を」
「先生!」ネダは先生の言葉を打ち消すように声を張り上げた。
「私はあなたを信じていました。あなたを好きでした。なのにあなたは」
 そこまで言ってネダはズボンのポケットに鍵と一緒に突っ込んであった紙を引っ張り出し、ぱんと広げて突き付けた。
「これは、鍵の入っていた戸棚に一緒に入れてあった紙束のうちの一枚です」
そこには先生自身の肉筆でこう書かれていた。

「1972年6月2日。
実験を開始してから五年と三ヶ月。実験体の生存数4体。
深きものへの変化には大きな個人差が現れている。実験期間が終了する頃にはもっと具体的な結果が現れるとは思うが、被験者の体質等が影響しているのかもしれないし、幼少期の生活習慣や病歴等も関係している可能性もある。現在各個体に対し私の体から採取した血液を全血輸血している。加えて毎食時、魚肉と小麦粉を合成した飼料にアルモルム成長促進剤とギルギシンを配合したものを与えている。

マガ:この個体が最も深きものへの変化が著しい。個別に与えている魚肉と人肉の乾燥物が影響しているのかもしれない。実験終了前に深きものへの変身を完了する可能性が最も高い。

ケイ:マガに次いで深きものへの変化が著しい個体。外見上の変化こそ乏しいものの、脳波、血液中のヘモシアニン量共に良好な結果を見せている。肉体的変化も追々現れることだろう。

ネダ:外見上も内面的にも変化が乏しい。実験開始時の年齢が最も高かったためだろうか。実験期間中に変身する可能性は低いと思われる。
テツ:外見上の変化こそ現れつつあるが、内面的にも変化は見られず、実験期間中の変身はまず絶望的と見られる。

なお、実験期間終了時、深きものへの変化が間に合わなかった個体は適時処分する予定である。」

 先生は全く表情を変えず一瞥すると「ほう」と言ったきりだった。
 ネダは紙をぐしゃぐしゃと丸めると先生に投げつけ「先生!あなたは私たちに何をしたんです!実験ってなんですか!『深きもの』ってなんですか!」と一気に捲くし立てた。
 先生はため息を一つついて口を開いた。
「私が行っていた実験。それは『深きもの』つまり、みなぞこにまします主の眷属の血を注ぎ込むことで人間を深きものへと人為的に作り変えるものだ。私はねえ、ネダ。その深きものの直系子孫なんだよ。本来ならば私のように変身が進んだ深きものはみなぞこにまします主の元へと集うことになっている。しかし、私はここに残り、もっと効果的に我等の同胞を増やせないかと実験を行っているのだ。お前たちはその実験のために選ばれた被験者というわけだ。」
 ネダは全身から力が抜けていった。先生は一呼吸置いてから続ける。
「最も。お前とテツは失敗作。出来損ないだがな。私の見立てでは変身してもせいぜい60%というところか。」ネダの目から涙がとめどなく流れる。しかし先生はそれを呆れたように眺めながら続ける。
「まあ、失敗作とはいえ、私の可愛い生徒だ。改心するというならここで実験の手伝いくらいはやらせてやろう。どうせ」先生がそこまで言いかけたとき、先ほどから先生の下半身にしがみ付いていたケイが両手をふらりと上げ、先生の太った腹を掴んだ。
 先生はちょっとそれを見て、しかし気にすることも無く「外に出たところで、お前たちにはもう行く所も」と続けたが、ケイは更に腕に力を入れ、猿のようにするすると先生の体をよじ登り始めた。さすがに先生もうっとおしくなったのか「ケイ、やめなさい。早く下りるんだ」と、ケイの背中を掴んで引き剥がそうとしたが、ケイの上着が引き裂けただけでケイは先生の肩の上までよじ登った。
 先生は苛立ちながら空いている左手で自分の肩の上のケイを引き離そうとしたが、ケイの指は先生の肩にがっちりと食い込んで離れない。そこを無理やり引っ張ったのでケイの皮膚がめりめりと剥ぎ取れ、辺りに血しぶきが飛び散った。先生は頭から血をかぶりながら、それでも離れないケイに驚いた様子で「ケイ、いい加減にしろ!これ以上やると」と、そこまで怒鳴るとケイの長いブロンドの髪を鷲掴みにして引っ張った。しかしケイは、それすら全く動じる様子もなく、まるで鋼のようにがっちりとしがみ付いているので、先生は怒りに任せてケイの髪を引きむしった。再び飛び散るケイの血。先生は自分が鷲掴みにした左手を見た。そこには、血まみれとなったケイの髪の毛とむしりとられた頭皮、そしてそれと一緒にべろりとちぎれたケイの顔の皮膚があった。
 ネダは見た。今、先生の肩の上にいるそれを。それはもうあの可愛らしいケイでは無かった。黒々としたなめし皮状の皮膚を持ち、それを鮮血にぬらぬらと光らせた、人ならざるもの。体の大きさは猿くらいなのに、頭だけが異様に大きい。いや、頭が大きいのではない。下顎が、凄まじく大きいのだ。それはまるで歪な蛙のようでもあり、大きすぎる下顎は深海にだけ生息する不気味な魚たちを想起させた。
 ケイ、だったものは首をもたげ、獣の遠吠えのような異様な声でひとしきり唸ると、ゆっくりとその巨大な下顎を開け、いきなり先生の頭に喰らいついた。
 ぎゃああという先生の叫びが暗い通路に響き渡る。先生は自分の頭に喰らいついたそれを引き剥がすべく手で叩いたり引きむしったりしたが全く効果が無い。先生が棒を離して両手でケイを引き剥がしにかかったのでネダは開放され、激しく咳き込みながら床にうずくまった。床に落ちた懐中電灯の光に照らし出され、光と闇が入り乱れる中で半狂乱の先生はうめき声を上げながら自分の頭に喰らいついたそれを通路の両側の壁に叩き付けるが、それでもそれは離れない。

ベシッ

 先生の頭蓋骨が砕ける音が通路に響き、先生はゆっくりと膝から崩れ、どすんと仰向けに倒れた。後はしゅうしゅうと血が噴き出す音と、物言わぬ先生の手足がびちゃんびちゃんと濡れた床や壁を叩く音だけが聞こえ、それもすぐに静かになった。
 しばらく首の痛みにうつむいていたネダだったが、はっと顔を上げ、倒れて動かなくなった先生越しに「ケイ」と声をかけてみた。懐中電灯に照らされた先生の体の向こう側、こちらからは闇になっている位置で、ケイだったものがぬっと頭を上げる。しかしその姿は闇に溶け込んでいて良く見えないが、二つのぼうっと光る目がこちらを見ている。
 ネダが再び声をかけようとしたとき、逆に向こうから声が響いてきた。
「ネエサン、ニゲテ」そのかすれそうな声は、間違いなくケイの声だった。ネダがそれに答えて手を差し伸べようとした時、闇の中から蛙顔で巨大な下顎を持つ血まみれの怪物が顔を突き出し、ネダを威嚇するように猛獣のような声を上げた。そのケイだった怪物は巨大な下顎を閉じると、ひゅうひゅうと鼻を鳴らした後、後ずさりで闇の中へ戻ると小さな足音を残して通路の奥へと消えていった。

 ネダはしばらく呆然としていたが、やがて震える手を伸ばして背後のドアの丸ハンドルをぎりぎりと回し始めた。手のひらについた血がぬるぬると滑ったが、ネダは黙々とハンドルを回し、やがてドアはぎいぎいと開け放たれた。途端に吹き込んでくる強烈な潮風に一瞬息が詰まったが、それでも敢然とドアの向こうへと突き進む。
 ほんの少し歩くと通路の先に白い光が見え始める。同時に岩に打ち寄せる波の音がどうどうと聞こえ始めた。
 通路の終点、そこは洞窟の中だった。洞窟はほんの10メートルほどで海に面して口を開けており、そこから眩い日の光が差し込んでいたのでネダは目がくらんでしばらくそこから動くことが出来なかった。
 目が慣れてくると、洞窟の出口から今しがたネダが出てきた通路の入り口そばまで海水が寄せており、その波打ち際にボートが一艘つないであるのが見えた。それは小型とは言えモーターを備えたボートであり、先生はこれに乗って食料の買出しなどに行っていたらしいことが想像る。ネダは恐る恐るボートに乗り、操作方法もよくわからないモーターをあれこれいじってみたが、スイッチらしいものも無かったので、諦めて船を岸に繋ぎとめているロープを外し、ボートの中にあったオールを使って漕ぎ出すことにした。
 洞窟を抜けると外は燦燦と陽光が照らす海だった。しかし、後ろに自分が今しがた抜け出してきた洞窟がぽっかりと口を開けた小島があるだけで、見渡す限り水平線が広がるばかり。ネダはしばし途方にくれていたが、もうしゃにむに進むしかないと覚悟を決め、オールを使ってボートを進めた。
 こうしてネダはあの忌まわしい研究施設から脱出することが出来たわけだが、しかし彼女の行く手はただただ漠然と広がる海原だけしか無かった。ネダは丸一日漕ぎ続けたが、やがて力尽きてボートの中に倒れこんだ。もともとまともな食料を与えられず、おまけに五年間も暗がりの中にいたのにいきなり直射日光の下で延々ボートを漕いだのだ。脱水と飢えと疲労。彼女の体は見る見る衰弱していった。
 それから幾日、何も無い海上を漂流したことだろうか。すでにネダに体を起こす力も無く、ただボートを波に任せるしか手が無かった。やがて遥か彼方の水平線に湧き出した小さな雲が、しかし見る見るうちに大きくなり、太陽を覆い隠して辺りを闇に落とした。風も強まり、大粒の雨が海面をどどと叩き、波が高く高くうねり、ネダは必死にボートにしがみつく以外打つ手がなかったが、やがてどうどうと荒れ狂う嵐に呑まれ、ネダもボートも共に海中へと没していった。

 全身を貫くような酷い痛みに耐えかねてネダは目を覚ました。
 ネダは自分があのボートの上ではなく、ごつごつとした黒い岩の上に横たわっていることに気がつき、身を起こして辺りを見た。そこは黒々とした岩に覆われた波打ち際の岩壁であった。さらに濃い霧が辺りを包んでいるので視界は極めて悪い。
 次に自分の体を見た。全身傷だらけで、特に両足の皮膚が大きく剥け、この岩場に叩き付けられて死ななかったことがいかに幸運であったかを物語っている。岩壁を見上げると5メートルほどの切り立った急な斜面になっており、その上には赤錆の浮いた白いガードレールがあるのが見えた。ガードレールがあるということはそこには道路があるはず。道路があるなら人も通るだろう。きっと誰かが私を見つけて助けてくれるに違いない。彼女は残る力を振り絞り、岩壁をよじ登り始めた。
 体中の傷口に塩水がしみて涙が出るほど痛い。頭ががんがんと痛み、どうしようもなく重い。指先も岩場の鋭い突起で切れて血を出し始めた。それでも彼女は懸命に岩壁を登る。不思議と力が沸いて来た。助かる、これでやっと助かる。その思いだけがこの疲れきった体を突き動かした。
 どうにか岩壁を登りきり、ガードレールに手をかけて体を持ち上げて向こう側を覗き込むと、霧に濡れて黒々と湿ったアスファルトの道路が見え、その先には立ち込める濃い霧の向こうにうっそうと茂った森がおぼろに見えた。彼女はごろりと道路に転げだし、横たわったまま呼吸を整える。濃い霧は疲れきった肺にやわらかく染み込み、彼女の疲労をほんの束の間癒してくれるようだ。
 道路があったということは、道路沿いにどちらかへ行けば誰かに会えるかもしれない。彼女は疲れた体を起き上がらせ、傷ついた足を引きずりながらゆるゆると歩き出した。
 しばらく歩くと、数メートル先のガードレールの外側に水銀灯のポールが立っているのが見えた。水銀灯の冷たい光も霧のせいで柔らかく感じる。彼女はじりじりと水銀灯のポールまで歩み寄り、そのポールにいったん手をかけて呼吸を整え、再び歩き出した。その時、不意に目の端を何かが横切ったように感じた。はっとして辺りを伺うが、左手側には赤さびの浮いたガードレールとその先にあるはずの海を覆い隠す白い霧が、右手側には霧に包まれた森が見えるが、霧の中にあっても彼女の周りに動くものが無いことが分かった。
 彼女は振り返って見た。後ろには水銀灯のポールと、そこに取り付けられたカーブミラーがあった。カーブミラーには自分の姿が写っており、今見えたのはこれだったのかと安堵した。安堵すると共にミラーの方に向き直った時、彼女は凍りついたように動けなくなった。ミラーに写る自分の顔が、顔の皮がぐにゃぐにゃになっている。目の穴はもとの位置にあるものの、鼻はぐにゃりと横を向き、左耳が頬までずり下がってきており、至る所に皺が走っている。彼女は恐る恐る自分の顔を触ってみた。顔の皮膚が肉ごと剥げ、ぬちゃりと道路に落ちた。再びカーブミラーを見る。
 そこには、巨大な顎を持つ蛙顔の自分が写っていた。
 ネダだったものは絶叫を上げた。しかしその声はすでに獣の遠吠えのような声になっていた。



コメント(8)

いよいよ始まりました水妖イベント、不肖この妖怪めが先陣を切りたいと思い・・って、りーだーさんに先越されてるう!

まあそれはさておき、いざアップしようとしたら10000字を超えていることが発覚。半分にしてみたらその半分も10000字を超えていることが発覚。いったい、何字なんだよこれとかいう突っ込みを一人で行う午前零時。

内容は読んでいただければそれだけでもう満足といいますかはい。
ぶっちゃけ、まったく救いのない話です。そしてそれを狙っています。
某友人宅にて、某コミックマーケットにて購入したというアマチュア作家の猥褻な小説を読んだことがあります。内容はとてもここでは書けないようなあられもない内容でしたが、そこに満ち満ちていたのが、愛するものの裏切り、信頼を踏みにじり、絶望へと落とされてもなお、愛するものへの盲目的なる従順。私はそのエロチシズムとかどうでも良かったのですが、その絶望的なまでの内容に、ただただ唖然呆然。そして三日ほどはその小説が放っていた異臭とも言うべき絶望感にさいなまれていたのです。
その絶望感から脱出した時、この見るも無残なる感情を、ホラーに転用することを考えたのです(エロチシズム抜きで)
そのときから、この「突然変異」は私の中でうごめいていたと思います。

水妖イベントと聞いて、多くのラヴクラフティアンが真っ先に思い浮かべるであろうテーマといえば、クトゥルフとその眷属としてあまりに有名な深きものだと思います。
深きもの、、、それにまつわるガジェットといえば、いかがわしい港町、魚と蛙をあわせたような顔つきの人々、そして衝撃の事件!事件後にはやっぱり主人公も深きものだった、、、的展開。これぞ王道。
今回私はこの王道からは離れ、異端なる道のりによって深きものを描くことにしました。さて、それはうまく行ったのでしょうか?
ラストシーンはいくつかアイディアがありましたが、やっぱりこれが一番だと思い、「外側に」着地することになりました。

拝読しました。
面白いですね。
実験施設はアウシュビッツを、「先生」は「死の天使」ヨーゼフ・メンゲレを彷彿させる出来栄えです。ややソフトな描かれ方ではありますが、追い詰められた状況での人間の行動というものがきっちりと展開されていて面白いです。「人間深きもの化計画」というのは「劣等人種アーリア人種化計画」を彷彿とさせる、というかほとんどそれに近い様相を呈している辺りも、いいです。また、「先生」の覚書の研究者チックな無機質な文章も独特の雰囲気を醸し出しているように思えます。
ハスター君、シモダさん、読了感謝いたします。

極限状態での人間の心理というやつは、まだまだ勉強していかねばならないと思っています。もちろん、それ以外の心理描写も。
作中ではしつこいほどに暗い施設を強調したつもりでしたが、はたして効果のほどはいかがだったでしょうか?
ほんまに救いのない話で、でもこれは、ホラーの世界だけでなく現実の人間世界に存在してきた地獄譚だと思い、余計にやりきれなくなる話でしたね。
魔女狩りや独裁国家、アウシュビッツ、カルト教団の内部、いろんなものを髣髴させてくれました。

ネダが、先生を好きで、信頼していた理由というかその事情が書かれていればもっと残酷な結末がクローズアップされたかな。
龍3さん、読了感謝します!
ネダが先生を信頼するにたる理由が不足でしたね。次の反省とします。
りーだーさん、読了感謝します!
もう少し簡潔にまとめるべきだったかもしれませんね。投稿するまでは良く見える部分も、投稿してから落ち着いて見るといらなかったような気がしてくるものもあります。推敲は重要ですね。

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