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藤富保男コミュの藤富保男さん『詩の窓』第19回―自らが書きたい世界を辛抱強く追及するー殿岡秀秋筆

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藤富保男さん『詩の窓』第19回――

藤富保男『詩の窓』(思潮社2011年12月25日発行)より
引用は特にことわりのないかぎり本書からです。

藤富保男さん『詩の窓』第19回――3−5「詩の声」より


★自らが書きたい世界を辛抱強く追及する

高階紀一さんの第三番目の詩集『キリンの洗濯』の中の同題の詩です。

キリンの洗濯

二日に一度
この部屋で キリンの洗濯をする
キリンは首が長いので
隠しても
ついつい窓からはみでてしまう

折りたためたらいいんだけど
傘や
月日のように
そうすれば
大家さん
に責められることもない
生き物は飼わないように言ったでしょ って
言われ その度に
同じ言い訳ばかりしなくたってすむ
飼ってるんじゃなくて、つまり
やってくるんです
   いつも 信じてくれないけれど

ほんとに やってくるんだ
夜に
どこからか
洗ってくれろ洗ってくれろ

眠りかけたぼくに
言う

だから
二日に一度はキリンを干して
家を出る
天気のいい日は
遠く離れた職場からでもそのキリンが見える
窓から
洗いたての首を突き出して
じっと
遠い所を見ているキリンが見える


この詩について藤富保男さんは次のように書いています。
「まず一回読んで鮮やかに絵になっている詩だ、ということである。詩を書くときに、もっとも基本的なことは〈作像〉である。作像すればすぐれた詩になる、というのではない。しかし作像がしっかりできていない詩は論理になる。理屈になる。そのあたりは人それぞれの好みであるが、像が詩のなかにあって構図化していると、作者の観念はしっかりバネが付いて固定され、しばらくすると動き出すのである」(155−156頁)

☆comment
 高階さんのこの詩は、ぼくの童話の作り方と通じるところがあります。ぼくは童話も書いています。そのときは想像力をつかってありもしない話をでっちあげようとします。そのときの心理状態と似ているなというのが、ぼくの第一の感想です。
 ぼくの童話の世界とどこが違うかというと、高階さんの詩は機知(才知)とそこはかとないペーソス(哀愁)が漂います
 ぼくの童話は「いのち」をテーマにしています。高階さんの詩と発想は似ていても、展開が似ることがあっても、主題は異なっています。
 藤富保男さんは、詩の基本は作像(イメージを描き出す)だといいます。作像がしっかりできていない詩は論理になる、理屈になると言っています。
 ぼくは思考する詩を求めていますが、論理の詩、理屈の詩を書こうとしているのではありません。やはり感覚的に表現しようとしています。それは作像のときもあれば身体感覚のときもあります。論文を書いているのではありませんから、詩にするために、言葉の感覚的側面で表現してゆこうとします。そのうえで、詩全体として思考する世界を作りあげていこうとしているのです。
 詩にはさまざまな方向があります。どれがよいとか、どちらの方が優れているとかいう話ではありません。
 自らが書きたいと想う世界を辛抱強く追及していく以外に道はないと、ぼくは想います。


(この項つづく)

(メールマガジン「詩を作る楽しみ」2012年6月8日号よりhttp://www.mag2.com/m/0000163957.html

http://blogs.dion.ne.jp/poem_and_fantasy/=詩とファンタジーのレシピ)

http://plaza.rakuten.co.jp/poetry2005/=詩を作る楽しみ)

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