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France2コミュのLa Filiere du silence 沈黙の連鎖

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突然に失礼いたします。

フランス2で放映された La filiere du silence という番組のビデオです。これまでの日本の原子力行政が、どのようなものであったかがよく分かる内容です。

以下はこの番組の荒訳です。

1)原発作業員の放射能汚染を計量する東京近郊の病院の建物の門で、フランス人記者の取材に「福島から来る人々の個人情報があるので」としきりに職員が述べる。「顔を写すと誰かが特定されるので、撮影に配慮をするように」との説明。

2)マスクをした放射線量を測る人たちの映像(建物内の壁面などはブルーのビニールで覆われている)
ここにいる人たちは自由にしゃべることを許されていない。答える係の人は決まっている。仏人記者の質問「一日に何人くらい来ますか?」「福島原発で働いている人が、1日に平均50〜60人来ます」と背広を着た職員からの答え。「放射線レベルの高い人は来ますか?」「政府が決めた基準があるので、これまでのところ、心配なほど高レベルの人は来ていません」と同じ人が答える。

ジャーナリストの見解:しかし、日本政府は、事故後4日目に作業員の被曝最高限度を「100シーベルト/1時間あたり」から「250シーベルト/1時間あたり」に引き上げた。いままでのところ、この線量を越えたのは、12名。

3)白衣を着た医者が案内
このレベルを超えた人は、別室にと移される。この人(白衣を着た医者)は、私たちに大変話したがっている...とジャーナリスト外部被曝の場合の除染室などを医者が紹介。12名の福島原発の作業員もこのシステムを使ったという。

医者の証言:作業員は、6-7時間働いている。5時間以上働かないようにすでにアドバイスをしているが、早くに作業を進めるために東電は聞いていない。
「時間をオーバーして働いている話は、ここに来た作業員から実際に聞いた話だ」と医者。とくに作業員に東電は口止めをしている。作業員は、「沈黙を守っている」もし作業員が事実を語ったら、大変なことになるだろう。原発を閉めないといけないかもしれない。東電は、それを嫌がっているのだ...と医者。

4)18年間任期を務め、事故前から福島原発の危険性について予期していた前知事佐藤氏の証言
彼は、毎日避難所を廻り、被災者を励ましている。

<車の中で>
1989年原子炉3号機で警報が鳴った。金属片が床に落ちたのだ。それが報告されたのは、かなり後になってだった。佐藤氏の福島県知事在任中のことで、東電副社長がやってきて答えたが、東電にとって問題だったのは、「安全性」ではなく「安心させること」だった。

<知事の自宅にて>
こうした東電の態度に不信感を持ち、前知事は情報を集め始める。知事にとっても情報集めは簡単ではなかった。2000年に(県議会で福島原発で働く)東電社員が匿名で情報できる条例を可決。21名の東電社員の証言を集める。

前知事書類を見ながら、
「非常に心配させられたことですが、ある作業員は、原子炉圧力容器の欠陥やひび割れが見つかってもそのままだった、また、タービンのモーターの破損があっても、新しいモーターを注文しなかったと証言しています。1999年7月に福島第一の3号機で爆発があったが、誰も語らなかったということです。(当時そう話した作業員は)原子力保安院に知らせたそうですが、その後いっこうにどうなったのか分からないので、ここに私に会いに来たのです。私は、この告発をしてきた社員の匿名を守ると保証していたので、私を信用して自宅にやってきたんです」と前知事は語る。

2年後に東電は、2つの原子炉で事実を隠していたことを認めた。東電の社長は辞めたが、これは氷山の一角にすぎないと、佐藤前知事。

破損、ひび割れ、腐食(さび)が、発電装置にあったこと(これが見つかっても東電が対策を取って来なかったこと)が、地震後の緊急時予備装置作動の遅れにつながった。

<書斎にて>
「毎年問題が起こるのでファイルにしました。問題が起こる度に、東電や政府に属する原子力保安院も逃げ腰でした。知事就任後、原発建設に反対はして来ませ
んでしたが、東電内で問題が解決されるべきだと思っていました。告発者が訴えて来た原発の機能不全が、まともに取り上げられたことはありませんでした。こ
れが、今回の事故につながったのだと思います。ファイルには「風林火山作戦」という名前をつけた。私は、国、東電に戦いを始めました。そして、(日本の原
子力発電の)システムに対しても。というのも、(原子力発電を巡り国、電気事業者は)全てつながっています」

多くの原発の不調にもかかわらず、東電は10年間の福島原発の延長使用を決めた。

場面が変わって 8:12
5)東電の会見の様子

 東電は、今回の事故を受け非難されている。東電は会見の数を増やし、次々と情報を出してくるいわば「作戦」に出ているのだ。データが正確でないと日本人
ジャーナリスト(眼鏡をかけた男性)は言っている。事態が深刻になるに従って、東電は謝罪に終始している。

東電社員へのインタビューの答え:
問題は、原子力発電所から発生している。私たちは、日本や世界に不安を与えている原因になっていることを自覚している。批判はお受けする。なるべく早く問
題を可決したいと強く願っている。本当に申し訳ないと思っている。

東電が謝っても本当に原発で何が起こったのかは見えてこない。

10:04 
5)場面が変わってネットテレビ?の収録風景
<孫社長が出演したネットテレビの映像>
孫社長:先週NHKに出演したが、プロヂューサーから口止めされた...と証言。

また、この番組には、2人の原子炉の設計者(元日立の社員)が証言者として出演。

設計者後藤氏:「すべての冷却装置が止まることは想定していなかった。原子力保安院が言っていた『安全性が確保されている』という話は根拠のないことだった」

1974年に4号機を設計した田中氏:建設のときに原子炉の一部が熱でゆがんでしまった。すべて作り直さなくて済むように、日立は田中氏に解決法を探るように言った。問題を黙っているように、日立は3万ユーロ(約330万円)を渡した。

チェルノブイリの事故の後、田中氏は原子力保安院にこの事実を知らせた。結局日立は4号機に不備があったことは認めたが、危険はないと言った。国は「作った日立が問題ないと言っているのだから、問題はないのだろう」と主張。

ジャーナリスト:
政府はなぜ問題にしなかったのですか?

田中氏:
政府が問題にしなかったのは、すでに原発が稼働していたからでしょう。問題があったとしても、設計者の私の言うことを聞かなかったのです。国は、日立が大丈夫
と言っている...と言い、私に聴取をしませんでした。

ジャーナリスト:
福島のような重大な事故が起こると思っていましたか?

田中氏:
はい。原発は、環境が安定していることを見込んで作られています。地震が起こることを考えるなら、原発は作れません。弱い地震を想定して作っているのです。ですから矛盾が生じます。

原発を作った大企業、原発の運転者である東電、そして国(政府)利害の一致による結託---田中氏にとっては、この三者は、日本での原子力エネルギーを生きながらえさせるための強力なロビー(圧力団体)である。

6)原発反対派のデモ 13:28
30年も前から原発反対派は、毎週日曜日に東電本店前でのデモを繰り返している。元々20名ほどだったのが、震災後の今では、約千人に上る。東電前と原子力保安院の前を通る。

まだ、人数は少ないが大変大きい一歩である。日本では、デモは大変珍しいのだ。新しい世代が、この動きを受け継いでいくことをこれまでの活動家は望んでいる。

<昔から原発反対運動をしている男性>
浜岡原発は、断層の交わるところに作られている。私はそこに住んでいる。中部電力は、巨額の広告費用を使って安全性の宣伝を行っているが、安全ではない。

-以上、荒訳終了-


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