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エッセイストコミュの 詩の感想 

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  私の好きな詩  12

 「海辺の恋」
          佐藤春夫

 こぼれ松葉をかきあつめ
 をとめのごとき君なりき、
 こぼれ松葉に火をはなち
 わらべのごときわれなりき。

 わらべとをとめよりそひぬ
 ただたまゆらの火をかこみ、
 うれしくふたり手をとりぬ
 かひなきことをただ夢み、

 入り日のなかに立つけぶり
 ありやなしやとただほのか、
 海辺の恋のはかなさは
 こぼれ松葉の火なりけむ。



雑感

  ここに登場する恋は、ドラマに満ちた大恋愛とはほど遠い、恋と呼べるかどうかも分からないような小さな恋ではないかと私は思う。
 その主人公達もまだ、社会人としては未熟な、少年、少女の面影を全身に残している。今でいえば高校生くらいか。デートをどれほど重ねたのか。握り合っている互いの手の指を合わせた数ほどの逢瀬だったかもしれない。なぜ、こんなうら寂しい海辺にいるのかは知らない。おしゃべりをするでもなく、ただ黙々とこぼれ松葉を掻き集め、マッチを擦って火を付け、チロチロ燃える火を見つめている。松葉はよく燃えるがすぐに燃え尽きてしまう。二人の逢瀬のように、また、二人の恋の行く末を暗示するかのように、その火の命は短い。二人は、愛し合っているが未来を夢見て大きく胸を膨らませているのではない。実現するかどうかまったく定かでない二人の未来を裏返しにして(それは恋ゆえに出来ることなのだが)、束の間の想いに浸っている。
 作者はこの二人はまだ、わらべだという。わらべとはいっても、もう恋をする年齢なのだが、きっとその仕草はほとんどわらべだったと言いたかったのかもしれない。
 二人の前途が明るかったのか、暗かったのか。この短い詩からは推測できないが、すくなくとも恋は実を結ぶことのない不稔の恋だったのだろう。
 恋が不稔に終わる場合、それが内的要因に寄らず外的な要因、たとえば家格のミスマッチとか、経済的困窮とか、親たち(世間)の反対とか、そういう外的要因の場合、その恋には同情と共感が生まれることがある。しかし、内的要因、たとえば「しばらくつきあったが飽きちゃった」とか、「やっぱり、あたし(オレ)の好みじゃない」ということで実らない場合、そんなカップルの恋には興味は湧かない。
 この詩の恋はどうか?私は郷愁にも似た共感を覚える。少女はたぶん、二人の前に立ちはだかった、当時としてのハードルを越えられなかったのではないか。少年にもそれを越えて、少女をしゃにむに引っ張っていくほどの自信と狂おしい熱情というものがまだ成熟していなかったのだろう。それでも、そのとき二人の心の中で、青い煙を上げながら燃えた火は、たしかに赤い火の色をしていた。
 これは、まだ世間というものが、恋する少年少女にとって幾重にも重なり合いながら、ハッキリそれと分かる障害性を持って立ちはだかっていた頃の風景ではないかと想像してみた。そういう背景を想像しながら読むと、秋の波が打ち寄せるうら寂しい海辺で細かい落ち葉を燃やし、手を握り合っているいじらしい少年と少女の姿が、ドラマとして浮かび上がってくる。少年の方はやがて詩人となって世に出るのだが、そのような人の運命は水平線の彼方から二人の横顔を薄く染めている夕日にさえ知り得ぬことだ。
 今は、どうだろう。恋心を抱き始めた少年と少女にとって世間はよほど見えにくくなっているのではないだろうか。これとこれが、こういう風に障害なんだということが今は、格段に見えにくくなっているように思う。情報の氾濫もあるだろう。親の過保護もあるだろう。世の中に蔓延している中流意識もあるだろう。あるいは皮肉にも平和が長く続いているということもあるいはあるのかもしれない。それらもろもろの媒体の歪みにより、若い男女の前に広がる障害の大きさというか、質量のようなものが直接には見えにくいから、現代においては、それに対して身構える気持ちが生まれにくいのかもしれない。だからたぶん、現代の若い恋人同士は世間という怪物をあまり意識することなく恋の炎を燃やす。その炎の色はメルヘンティックなケーキ色をしているように思えてならない。仮に二人の前に恋の障害が立ちはだかったとしたら、現代の若者達はどうするのだろうか?外的障害に対して我を主張すべく身構えるのだろうか?昔の男女だったらそんなときは、男と女は強く寄り添い、恋の火は彼と彼女の中でまるで酸素を送り込まれたように輝度と勢いを増すと思うのだが、そんな法則はもう過去のもので、今では違う原理が働くのかもしれない。
 この詩に登場する幼い男女の恋は、前にも述べたように不稔の恋ではないかという気がする。そういう頼りない恋であっても外的障害が誰の目にも鮮明だった時代の恋は、やはり自然が作り出す赤い色をして燃えていたように思う。
この詩はそんなことを連想させる作品だ。

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