ギリシャ古典文学研究者N(氏)は専門のプラトン研究のためオックスフォード大学に留学したが、(運悪く)当時オックスフォード大学は Oxford University Computing Service Centre for Teaching Initiative(コンピュータによる文化系研究者のための支援システムを研究・開発しているセンター)の活動が盛んで、日本人であるNはプラトン研究指導を受ける以前に、日本の古典である源氏物語のフルテキストデータベース化の課題を与えられてしまった ― オックスフォード大学は早くから全世界の古典データベースの構築に関心を寄せていたのである。専門でもないNは最初日本の源氏物語研究者に、この話を持ちかけたがワープロさえ使用するのを拒むこの領域の研究者が源氏物語のフルテキストデータベース作成に協力するわけがなく、独力でデータベース化に取り組まざるを得なかった。そもそもN自身がコンピュータに特に詳しいわけではなかったし、それ以上に源氏物語にも特に造詣があったわけではないがデータベース作成の過程で“自然に”それらを学ぶことになったのである。帰国後、「情報知識学会(Japan Society of Information and Knowledge)」創設の有力なメンバーとなり ― 源氏物語論の数々を発表しながら ― 、J国際大学の情報処理系の講座で助教授の職を得て、現在に至っている。大学の、特に文系の研究者であっても自分が大学院(修士・博士課程)で学んできたこととは何の関係もない業績で〈助教授〉に飛び火する時代なのである。むろんこれは個人の変遷の問題なのではない。