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九州クリスチャンコミュニティコミュのキリスト教徒と日本の文化

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はじめまして、Fumiと申します。カリフォルニアに移住してクリスチャンになりました。日本にいたときは、無宗教で教会なんて全く興味のなかった私ですが、 神様の愛とGrace&Mercyのおかげで今はユースパスターの奥さんになりました!揺れるハート 私の日本からの友達と家族はキリスト教のことはあまり知らない状態なので、機会があるたび私の人生を変えてくれた神様の愛情を伝えようとがんばってます。でも、キリスト教徒になってから日本に住んだ事がないので、日本の文化の中でキリストの道を生きるというのがどういう風なのか解りません。だから、このコミュニテイーを通していくつかある質問の答えが見つかればいいなと思ってます。どなたでも、どうぞご意見ください。

Q1.キリスト教徒になったら、仏教や神教に影響された日本の習慣や慣わしはやらないようにするのが普通なんですか?それとも、日本の文化として続けていくのですか?(お葬式、乙や、お正月、ひな祭り、夏祭り&おみこし、七夕 その他いろいろ)

Q2.もしも自分の親が仏教とで亡くなったときは、仏教のお葬式をあげるのですか?それともキリスト教のお葬式になるのでしょうか?

コメント(9)

こんにちは!
私もアメリカで神様に出会ったクリスチャンです。今日本に住んでいます家
お正月はお祝いといぅか家族で集まり団欒しますが、ひな祭りや七夕は個人的には参加しません。ひな祭りは最初、日本の文化ととらえてましたが忠実?に聖書を読むときに、偶像なんじゃないかと感じたので祝いません桜 七夕も、私達は紙に書くことで願いを聞いてもらうのではなく、祈りを通して願いを聞いていただけますよねわーい(嬉しい顔)願いを書いて飾ることは主のみこころじゃないと思うから、七夕も参加しません王冠
みこしは完全に神道のものなので…。
ミカさんとjamさんへ:
大変貴重うなご意見ありがとうございます。わーい(嬉しい顔)日本の文化の中でキリスト教として生きるイメージがもっと少し解った気がします。指でOKjamさん、私の家族は、無宗教だけど仏教と神教の行事や慣わしを伝統として大切にしています。私の母は、かなりキリスト教のことを理解してきていて、キリストを受け入れるのにもう一歩ってところなんですが、先日福岡にある教会の牧師さんに私のおばあちゃんがなくなったときに、仏教のお葬式をしてはだめだといわれておばあちゃんがなくなるまでキリストを受け入れるのを考えるのをまとうって言う結論を出しちゃったんです!ふらふらどう思います?こういう問題って日本で宣教するハードルになってるんですか? 私と私の旦那さんは、将来神の導きがあるしだい日本でミッショナリーになりたいと願っています。日本でのキリスト教の宣教の一番大きなハードルって何だと思います?exclamation & question
はじめましてわーい(嬉しい顔)

私は異教の習慣から出ているものは、しないほうがいいと思います。
そのように聖書に書いてあるからです。

葬式の問題は、そもそも証のためにするのですから、その人がイエス様を信じてないのに、キリスト教の式でやっても救われるわけでもないし、反対に問題だと思います。
生きているうちに、意思を確認したほうがいいとは思います。
葬式を心配する前に、救いがあるよう祈って伝道していくのがいいと思いますよ。
教会の会員でも、家族の反対で、仏式で葬式された人もいますから。
デリケートな問題だと思いますが、葬式ということでクリスチャンとしての証を立てるためにも、きちんとクリスチャンであるから葬式は、教会式でと話しておく必要があると思いました。

私は言ってます。
私は、クリスチャンではありません。と、いうより、宗教アレルギーです。
私の中では、イエス・キリストが示された事、ブッダが伝えた事、ヒンドゥーの神様たちの魂・・・いろいろなしきたりや形は違っていても、根っこは同じだと思っています。どの神様も、それを敬われる方々も、うまく言葉にしきれないんですけど、尊敬します。だけど、‘この神様以外はいけないぷっくっくな顔’みたいな考え方には抵抗をもってしまいます。
家族や大事な人達が、友達や自分の周りの存在全てが、自分自身が、どんな形であっても、幸せを感じて、呼吸して、元気で生きて存在してくれている毎日ぴかぴか(新しい)…なんて恵まれているんだろうと思ってます。
ろくに知識もないくせに、偉そうにすいません。  
ひとつの宗教を心から信じていられる人は、幸せな人と思います。
どうしようもなく不安になった時、また、どの道を選んで生きていくべきか迷った時、ひとつだけの信じる教えが導いてくれる道を歩けばいいという安心感が、
その人を強くしていると思います。

人はひとりでは生きて行けません。みんな誰かとつながりを持っていることで、社会を築き、お互いに支えあって生きています。

お葬式などはその最たるもので、様々な宗教によって、それぞれの儀式が催されます。 無宗教の私としましては、日本のお葬式はただの儀式であって、参列者の全員が信仰心を以て手を合わせているのかと問われれば、私は“NO”と言います。 少なくとも私はそうではないからです。

私は、親しかった方・お世話になった方との永遠の別れを悲しみ、「ありがとう」という感謝の気持ちを伝えるために、その「儀式」に参列します。
だから、他宗のお葬式には参列するべきではないとか、焼香をしてはいけない等
言われると、チョット抵抗を感じます。

人と人とが支えあって生きていくためには、「他」を認めあうことで、上手くバランスをとっている面があるのではないのでしょうか?

今の日本(特に田舎の)人間社会で「私は○○教ですから、その行事には参加できません。」と言える強さを持つのは甚だ困難だと思います。・・・が
雛祭り・七夕 などは日本の美しい文化であり、宗教性を感じたことはなく、永遠に守ってほしい文化だと思います。

私もまわりの人たちとのシガラミを気にすることなく、ひとつの教えだけを信じ、強くなれる日が来ることを心の隅っこで待っています。 
                              み








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