80年代後半よりWBLS(N.Y.のラジオ局)のミックスショーに憧れDJを始める。当時はシュガーヒル系ヒップホップ、プレリュード、サルソウル、シカゴハウスを中心にMIX。1992年より西麻布WANNA DANCEのレジデンスDJを務め、ブラジル、ジャズ、ラテン等もセットに加え、よりカラフルなMIXスタイルへと成長していく。98年のJAZZANOVA初来日の際のツアーにも参加、2000年に入りJAZZTRONIKこと野崎良太と共に初のフルアルバム「Change of pace」を制作。その後ジャズトランぺッター近藤等則と「フリーエレクトロ」を結成し、アルバム「吉原」(ビクター)をリリース。横浜Motion Blueの2002〜2003年カウントダウンパーティーにも同バンドで出演。2003年より活動の場をオーストラリアに移し、2万人を動員した「good vibrations」にはSoul to Soul、ジャイルス・ピーターソンらと共演。2005年に帰国し、故郷の敦賀市にtree cafeをオープン。帰国後も毎年オーストラリアツアーを続ける。