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書くコミュの【途方にくれる】

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コメント(2)

昼間より明るい21時の品川駅。
山手線のプラットホームの一番端に小走りに駆けるヒールの音が響いた。

その一角には背を丸めた肩を窄めた小さな群れがある。
黒やグレー、ピンストライプ等スーツの色は様々だが
一様にその肩や背中に皺が細かく深く刻まれている。
まるでスーツが男達に覆いかぶさり張り付き、背後霊の様に重く圧し掛かっている様にさえ見えた。

桜子はその群れの中に身体を滑らせた。
そして3日前にサロンで整えて貰ったばかりの艶を放つ爪先を
容赦なく角の折れた煙草の箱に突っ込こむと
素早く100円ライターの火が灯された。
数人の男達に混じり肺に入れた紫煙をゆっくりと口から吐き出す。
どこを見つめる訳でもなく彷徨う目線、今自分はどんな顔をしているのだろうかと桜子は思った。

『今まで付き合った女の子は皆煙草を吸わなかったから、何か不思議な光景だよ。』

・・・だから、どうした?
桜子は心の中でもう一度毒づいた。
・・・だから、どうした。
付き合って3ヵ月が経ち、つるっと過去の女の話を事も無げに話す男の神経に、言葉が出なかった。
いや、言葉にならなかったと言った方が良いのか。
近々地元の女友達が泊まりに来るんだけど良いかな、と問われ、
桜子は堪りかねて『勝手にすれば』と言って伝票を持って店を出た。
そして、闇雲に歩みを進めていたら、駅まで着いてしまったのだ。

かさり。
気付いたら桜子の挟んだ指に近づきそうになった白い灰が落ちそうに揺れている。
慌てて灰皿に煙草を落とすと、ジュゥ・・と音を立てて沈んだ。

そう言えば、彼の家にあった丸いガラスの灰皿は、どう考えたって男が選ぶデザインではない。
デリカシーなく玄関脇に置いてあった口の開いた段ボールには
パステルカラーのタオルが数枚と黒地にピンクのリボンが巻きついた封筒が入っていた。
桜子が先ず選ばないデザインだ。

男の浮気は病気だよ。
そう言って笑っていた志保の顔が浮かんだ。
悪友の彼女は10年も付き合っている彼氏の浮気をそう吐き捨てた。
笑いながら、涙を溜めて。

桜子自身、1度だって浮気をした事が無い訳じゃない。
制服のスカートを揺らす子供でもなければ、学割定期で飲みに行く身分でもない。
成人した男女が各々の責任を持ってしていることに、カマトトぶるつもりもない。
けれど。


桜子はもう1本煙草に火を着け、ゆっくりとそして深く深く煙を喫んだ。
何か冷たくてどろりとしたものが、足の爪先から滲んでくる。
プラットホームを照らす蛍光灯は、桜子に濃く深い影をつくる。

電車がホームから発車し、黒く艶のある髪が揺れた。
男が桜子の髪を愛しく撫でてくれる温もりを思い出した。


『桜子の髪は本当にきれいだね。』

桜子の足は濃く深い影に染まる。
冷たくどろりとしたものが、じわりと膝に近づこうとしている。


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