ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

SGIコミュの第2総東京最高協議会での池田名誉会長のスピーチ

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
◆◆◆ 広宣流布こそ創立の魂!勇敢に師子王の大闘争を
        
◆◆◆ 勝ちて祝さむ創立の日 偉大な同志に万歳!

◆◆≪大詩人≫ 表に現れない陰の人々が一番偉い


【池田名誉会長のスピーチ】

 一、天も晴れ、地も晴れ、心も晴れわたる学会「創立75周年の「創立の日」、おめでとう!(大一拍手)
 ここ第2総東京をはじめ、全国の婦人部の皆さまの祈りを映すように、きょうは素晴らしい大晴天となった。
 白雪(はくせつ)を冠した富士も、今朝は昇りゆく太陽に、ひときわ荘厳に光り輝いていた。
 一、アメリカの民衆詩人ホイットマンは高らかに謳った。
 「かくしゃくとした老齢の女性、その年季の入った快活さ、元気旺盛な子どもを育て上げ、達成感でついに迎える休養と満足と思索の日々 ── これ以上に美しく、啓発的で、特筆すべきものを私は知らない」
 広布に生きる多宝会の姿ほど美しく、神々しいものはないと私は思う。
 一番偉い人とは、だれか。ホイットマンは言う。
 「私は、いつもは表に現れない、忘れられたような陰の人々に大きな尊敬の念を持っている。結局は、そのような目立たない無名の人たちが一番偉いんだよ」
 広宣流布に行動する無名の学会員こそが一番偉い。最前線の同志を、そして陰で一切を支えてくれた尊き友を、私は最大に讃えたい(大拍手)。

◆「夢の中の栄え」に惑わされるな

 一、日蓮大聖人は仰せである。
 「(衆生は)ある時は人に生まれて、諸の国王・大臣・公卿・殿上人(てんじょうびと)などの身となって、これほどの楽しみはないと思い、少しばかりの果報を得て十分であると思い、喜び合っている。これを仏は、“夢の中の栄えであり、幻の楽しみである。ただ法華経を持って、速(すみ)やかに仏になるべきである”と説かれたのである」(御書386ページ、通解)
 虚栄の幸福に惑わされてはいけない。
 どんなに高い社会的地位を得ても、それは永遠には続かない。「夢の中の栄え」であり、幻のようなものだ。
 御本尊を持ち、題目をあげ、広宣流布に生き抜く人生は、絶対に崩れない大福徳を積むことができる。ここにこそ「現実の幸福」があるのだ。
 さらに、御書に「天は必ず戒(かい)を持ち善事(ぜんじ)を行う者を守る」(同1345ページ、通解)と断言されているように、諸天善神は妙法を受持する者を必ず守護するのである。

◆貫いてこそ幸福

 一、大聖人は厳しく戒められた。
 「わが一門の中でも、信心を貫き通せない人々は、(初めから信じないよりも)かえって罪がある」(同1168ページ、通解)
 せっかく信心したのに、退転したり敵対する。その罪は、正法を知らないときよりも重い。これは当然の道理といえよう。
 なかには、「そんなに厳しいのなら、最初から信心しなければよかった」(笑い)と言う人もいるかもしれない。しかし、もう、してしまったのだから(大笑い)、始めた以上は、やりぬくことだ。そこに幸福の直道
(じきどう)がある。やった分だけ得をする。信心をした人は、世界最高の偉大な使命を担った人なのである。
 「聖愚問答抄(しょうぐもんどうしょう)」には、こう仰せである。
 「『邪(じゃ)』と『正(せい)』が肩を並べて立ち、『大乗』と『小乗』が優劣を争う時には、万事をさしおいて諸法を責めなさい。これが折伏の修行である。
 この旨を知らないで、授受・折伏の方法を誤るならば、成仏できないだけでなく、かえって悪道に堕ちるということは、法華経と涅槃経に確かに説かれている」(同494ページ、通解)
 末法の修行は折伏である。折伏とは「正義」と「真実」を語り抜くことだ。邪義を屈伏させる大言論戦である。
 ここに安穏の社会を築く根本の道がある。それを日々、実践しておられるのが、わが尊き同志の皆さまである。

◆「希望」を持て!

 一、ヘミングウェイといえば、名作『老人と海』などで知られるアメリカの作家である。
 彼は、小説『日はまた昇る』に、こう綴っている。
 「ひとつのとこからよそへ移ってみたって、君自身からは逃げられないんだよ」(高村勝治訳、『ヘミングウェイ全集3』所収、三笠書房)
 その通りである。人間だれしも、自分自身から逃れられない。
 どんなに素晴らしい相手と結婚しても、どんなに環境を変えてみても、自分自身が変わらなければ、何も変わらない。
 自分自身が幸福をつくるのだ。福運をつけていくのだ。人間革命しかない。
 ロシアの大詩人プーシキンは記している。
 「希望を持ちましょう、 ── 希望を持つことはつねによいことなのです」(池田健太郎訳「書簡」から、『プーシキン全集6』所収、河出書房新社)
 わが胸中に希望の火を赤々と燃やしながら、人間革命の大道を朗らかに進みましょう!

◆仏法史上の壮挙

 一、重ねて、創立75周年、本当におめでとう!(大拍手)
 「一閻浮提(いちえんぶだい=全世界)広宣流布」 ── この日蓮大聖人の仰せの通りに、わが創価学会は190の国と地域に妙法を広めた。
 「難来るを以て安楽」(御書750ページ) ── この御聖訓のままに、学会は、ありとあらゆる難を乗り越えた。「三類の強敵」との大闘争を、すべて勝ちきってきた。
 仏法史上、未曽有(みぞう)の壮挙である。
 「如説修行」(にょせつしゅぎょう=仏の教え通りに修行すること)の皆さまの功徳は、あまりにも大きく、あまりにも深い。子孫末代まで決して尽きることはない。
 一、広布と人生を戦い、勝ちゆく力 ── それは題目である。
 我々には、絶対勝利の信心がある。それなのに、真剣な祈りもなく、勝利できなければ、大聖人に申し訳がない。
 大聖人は、あの封建的な時代にあって、女性の門下を「これほどまでに」と思うほど大事にされ、宣揚(せんよう)された。
 学会も、婦人部、女子部の題目に守られてきた。女性の勇気、女性の突き抜けた確信があるから勝ってきた。
 私は最大に感謝申し上げたい(大拍手)。
 一、反対に、この清浄な世界を守るためには、名聞名利のために学会を利用し、同志を裏切る人間を絶対に許してはならない。
 本当に悪い人間は、黙っていると、つけあがる。温情をもって接すると、さらに大きな悪事を働いて、恩を仇で返すものだ。ゆえに邪悪とは徹して戦い抜くことだ。それが正義を守ることになる。悪人をも救っていける。永遠に栄えるための道である。

◆「人間革命こそ人類の生きる道」

 一、今や、法華経に説かれる「普賢菩薩(ふげんぼさつ)の守護」また「多宝(たほう)の証明」のごとく、世界から絶大なる支持と信頼が学会に寄せられている。
 連日、聖教新聞に掲載されているように、世界の良識の方々が、続々と創立75周年に祝賀のメッセージを寄せてくださった。学会本部にも大勢の客人が、お祝いに来られた。
 「人類の頭脳」と仰がれるローマクラブのホフライトネル名誉会長からも、真心こもるお祝いのメッセージをいただいた。
 博士と私は、対談集『見つめあう西と東 ── 人間革命と地球革命』を、この11月18日を記念して発刊した。
 博士と初めてお会いしたのは1991年6月。
 「ヴィクトル・ユゴー文学記念館」の開館式の折のことである。スペインからパリまで、はるばる駆けつけてくださったのである。
 その時、私たちは、対談集を語り残すことを約し合った。
 「明日では遅すぎる。今日、何かしなければ!」
 博士はこの決心で、人類の未来のため、世界を駆け巡ってこられた。
 いきおい対談は、書簡等のやりとりも含め、互いに多忙な時間をこじ開けての作業となった。
 14年越しの対話が今回、一つの完結をみたことは、まことに感慨深い。
 これで、海外の知性との対談集は38を数えることになった。すべて、“戸田大学の卒業生”として残した歴史である。
 一、対談集で、ホフライトネル博士は訴えられた。
 「私たちは、責任と慈愛をもって、次の世代に『生きる道』を準備しなければなりません。
 そのために必要なのは『人間革命』です。
 『人間革命』のみが、われわれの内なる潜在力を開発させ、自分が本来はいかなる存在であるのかを十分に自覚させ、それにふさわしい行動をとらせることができるのです。
 『人間革命』のみが、コンピューターや人工衛星、エンジンや機械、原子炉や電子機器を、人類同胞や全宇宙のために有効に活用していく道を示せるのです」
 人類が地球的問題群(もんだいぐん)を克服し、発展と共生の道を進んでいくためには「人間革命」しかない ── これが、博士の結論であられる。
 博士が師と仰がれる、ローマクラブの創立者・ペッチェイ博士の信念も同じであった。
 私は小説『人間革命』の「はじめに」に書いた。
 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
 この「人間革命」の哲学を学び、広げた創価学会の75年の歩みが、いかに人類史を先取りした、重大な意義を持つものであったか。
 今、世界の良識が讃嘆してやまないのである(大拍手)。

◆家庭、地域に尽くす人が世界市民

 一、ホフライトネル博士と私は、「世界市民」のあり方についても、縷々(るる)、語り合った。
 博士は、こう述べておられる。
 「『世界市民』となるには、家庭にあって良き息子、娘、地域社会にあっては良き同僚、良き一員とならなくてはなりません。
 こうした根本の部分からこそ、より深い改革へのインパクトを与えることができるのです。
 これは会長が言われている『一人の人間が、その環境、地域、国、さらには世界までも変えることができる』という考えに通じるものです」
 重要な指摘である。
 創価学会、そしてSGI(創価学会インタナショナル)は、一貫して「良き市民たれ」をモットーに進んできた。
 また、「一家和楽の信心」を永遠の指針の一つとしている。
 「世界市民」といっても、わが家庭、わが職場、わが地域から出発する以外にない。
 ここに、着実にして、確実なる変革への一歩があることを、改めて確認し合いたい。
 今、自分がいるところで、信念と情熱と希望に燃えて、立ち上がっていくことだ。
 自分自身が生まれ変わったように生き生きと進んでいくところから、わが組織も、わが地域も、新しい躍進(やくしん)が始まる。

◆基本に帰れ

 一、現実に、どれだけの人に仏法を語り、広宣流布を進めたか。どれだけの人を救い、ともに幸福の道を歩んできたのか。それこそが、人生の誉(ほま)れの歴史である。
 大阪の「折伏11111世帯」の金字塔をはじめ、私は常に、弘教の先頭に立ってきた。個人折伏をやりぬいてきた。
 幹部となり、多忙になったとしても、信仰者としての基本を忘れてはならない。
 ともあれ、人生は「まじめ」に徹することだ。
 立場や名誉を得て、いい気になったり、まじめにやっているふりをして、隠れて動いてみたり ── そうした生き方は、いつしか実像があらわになり、失敗に終わるものだ。
 広宣流布の活動を怠れば、人生の最期に必ず後悔する。子孫も苦しむ。
 反対に、まじめに広布に励んだ人は、堂々たる勝利の姿で人生を飾り、その功徳は、一家一族、子孫末代をも潤(うるお)していく。
 「まじめな人が最後は勝つ」 ── これが人生の鉄則であり、数多くの人間模様を見てきた私の結論である。

◆◆ 断固勝ち抜き創価を守れや


◆外交戦の武器は勇気、誠実、根気

 一、わが青年部に、ホフライトネル博士の言葉を贈りたい。
 「若さそれ自体に、困難に立ち向かう偉大な才能が秘められているのです。これこそ、若さゆえの純真さから生まれる“勇気”と呼ばれる希望の産物なのです」
 「若い」ということは、それだけで偉大な才能である。
 その才能とは「勇気」のことである。
 広宣流布は、いわば“究極の外交戦”である。
 何よりも、磁石のように相手の心を引きつける生命の力、学会の理念と正義を叫びきっていく勇気と執念がなければならない。
 また、広宣流布のためならば、労を厭(いと)わず、どんな所へも飛んでいく真っ正直さ、電光石火の行動力が必要である。
 そしてそれは、師弟に生き抜くと決めた時、わが生命から満々とわき起こるものである。
 一、外交戦の武器は、「勇気」に加えて「誠実」である。
 20世紀のイギリスで、「外交学の大家」と謳(うた)われるハロルド・ニコルソンは、書き記している。
 「外交がいやしくも有効であるためには誠実が必要である」(『外交』、斎藤眞・深谷満雄訳、東京大学出版会、以下同じ)
 相手がだれであれ、誠実を貫き通していくことだ。最後は「誠実」が勝利する。
 さらに、ニコルソンは戒めていた。
 「外交上欠陥とみなされるべきもの(中略)の中でも、個人的自惚(うぬぼ)れは確かにもっとも一般的でしかももっとも有害なものである」
 「無分別やたいていのヘマの根底には、自惚れがある」
 とともに、ニコルソンは、こうも教えている。
 「忍耐と根気もまた成功を望む交渉にとって必須のものである」
 いずれにせよ、広宣流布を推進する力は、立場や肩書にはない。あくまでも、人間としての振る舞いである。人格である。
 大聖人が「教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)の出世の本懐は人の振舞(ふるまい)にて候(そうらい)けるぞ」(御書1174ページ)と仰せのごとく、仏法の偉大さの証(あかし)は、どこまでも実践する人の境涯に表れることを忘れてはならない。


◆◆ 〔題目の力〕に勝るものなし 
       ── 全リーダーが拡大の先頭に立て

◆◆≪チャップリン≫ 僕は僕の理想に突進する


◆必死の一念こそ

 一、ところで、第2総東京の大発展の原動力は何か?
 何人かの人に聞いてみたが、やはり、婦人部の皆さんの「真剣さ」であるとの点で一致していた(大拍手)。
 ともかく、人の胸を打つのは「真剣さ」である。「必死の一念」である。そこから、勝つための智慧もわき出てくるものだ。
 御本尊へのひたぶるな「信力」「行力」によって、偉大なる「仏力」「法力」があらわれる。
 それが仏法の法則である。
 「これだけやったから、もういいだろう」
 「このへんでやめておこう」と手を抜いてしまえば、それ以上は絶対に前に進まない。
 妙法の力は、無限である。すべてに勝ち抜いていけるのである。
 喜劇王チャップリンは声高く叫んだ。
 「最高の不幸は、あきらめるということである」(鈴木力衛・清水馨訳『チャップリン』から、岩波書店)
 「僕は僕の理想に突進する」(鈴木傳明著展国王チャップリン』実業之日本社)
 今、まさに創立75周年の総仕上げの時。
 もう一歩、あと一歩の執念で、わが目標の完遂へ勇んで突き進んでまいりたい(大拍手)。

◆立川で戦った!

 一、学会破壊の嵐が吹き荒れた、あの第1次宗門事件。
 このとき、三類の強敵との熾烈(しれつ)な攻防戦の牙城(がじょう)となったのが、第2総東京の立川文化会館であった。
 未来の発展を見すえた第2総東京の本格的な建設を、私は、立川から始めたのである。
 嵐に揺るがぬ“信心の黄金城”を、立川に築いてみせる ── それが私の決心であった。
 そして、懸命に東京23区を固めながら、時間を見つけては、何度も立川文化会館を訪れた。
 そこで、反転攻勢の時をまち、時をつくり、厳然と広宣流布の指揮を執ったのである。
 学会が一番大変なときであった。立川文化会館で、私とともに戦ってくれた同志のことは、今もって忘れることはない。
 一、ロシアの文豪ドストエフスキーは叫んだ。
 「真実は太陽と同じことで、隠すわけにはゆかない」(米川正夫訳『ドストエーフスキイ全集15』河出書房新社)
 この世界は、「真実」と「虚偽」との戦いである。
 真実の太陽が昇れば、虚偽の闇は消える。
 青年部の諸君は、いかなる時代にあっても、正義の太陽と輝いてもらいたい。
 わが青年部に一首を贈りたい。

  偉大なる
    我が弟子たらん 
         君なれば
    断固 勝ち抜き
        創価を護れや

◆恐るる心なし!

 一、日蓮大聖人の御生涯は、謗法(ほうぼう)を打ち破り、妙法流布を成し遂げるために、闘争また闘争の連続であられた。
 大聖人は仰せである。
 「今日蓮は去ぬる建長五年癸丑(みずのと・うし)四月二十八日より今年弘安三年太歳(たいさい)庚辰(かのえ・たつ)十二月にいたるまで二十八年が間又他事(たじ)なし、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり」(御書585ページ)
 妙法を断じて広宣流布してみせる! ── これが大聖人の御心であった。
 また、このようにも仰せである。
 「生年(しょうねん)三十二より今年五十四に至るまで二十余年の間・或は寺を追い出され・或は処をお(逐)われ・或は親類を煩(わずら)はされ・或は夜打ちにあひ・或は合戦(かっせん)にあひ・或は悪口(あっく)数をしらず・或は打たれ或は手を負(お)う・或は弟子を殺され或は頸(くび)を切られんとし・或は流罪両度に及べり、二十余年が間・一時片時(かたとき)も心安き事なし」(同1514ページ)
 文字通りの迫害の連続の日々であられた。
 しかし、こうしたなかにあって、大聖人は、厳然と叫ばれている。
 「日蓮一度もしりぞく心なし」(同1224ページ)
 「いまだこりず候」(同1056ページ)と。
 そして弟子ならば、大聖人のごとく、広宣流布のために戦い抜くことを繰り返し訴えられた。
 「月月・日日につよ(強)り給へ・すこしもたゆ(擁)む心あらば魔たよりをうべし」(同1190ページ)
 「すこしも・をづ(畏)る心なかれ」(同1084ページ)
 「すこしも・をそるる心なかれ」(同1091ページ)
 「いよいよ・はりあげてせむべし、設(たと)ひ命に及ぶともすこしも・ひるむ事なかれ」(同1090ページ)
 「いかに強敵(ごうてき)重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ」(同504ページ)
 「我が弟子等は師子王の子となりて群狐(ぐんこ)に笑わるる事なかれ」(同1589ページ)
 この勇敢なる師子王の大闘争こそ、日蓮仏法の魂である。
 一、学会伝統の任用試験が、いよいよ、あさって(20日)に迫った。
 真剣に教学研鑚に励む同志の健闘を讃え、「必ず三障四魔と申す障(さわり)いできたれば賢者はよろこび愚者は退(しりぞ)く」(同1091ページ)との一節を贈りたい。
 教学への挑戦が一生の信心の骨格をつくる。
 全員が悔いなく学び抜いて、「信心の勝利」の栄冠をつかんでいただきたい。


◆◆≪創価の父≫ 私の後に必ず青年が続く


◆忘恩の罪は重大

 一、建治3年(1277年)の11月18日、日蓮大聖人は、下総(しもうさ=千葉県の一部等)の弟子・大田乗明(じょうみょう)の夫人に御手紙を認(したた)められた。
 夫人は、厳寒の身延におられた大聖人に、厚綿(あつわた)を縫い込んだ小袖(こそで)をお届けした。
 それに対する、大聖人の御礼の御手紙である。
 そのなかで、大聖人は「八寒地獄(はっかんじごく)」について触れられ、「寒さに責められて、下あごが自然にわなわなと震えて声を発する」「寒さに責められて、身体が裂ける」等と、その厳しいありさまを綴られている。<御書1013ページ>
 それでは、どのような者が、こうした苦しみに堕ちるのか。
 それは、「人の衣服を盗み取り」「父母や師匠などが寒そうにしているのを見ていながら、自分は厚い着物を着て、温かくして昼夜を過ごす」者が、この地獄に堕ちると仰せである。
 父母や師匠などの大恩を踏みにじる輩が、この地獄に堕ちることはまちがいない。
 「忘恩」の罪は、これほどまでに重い。
 まことに峻厳たる御文である。
 逆に、美しき「知恩(ちおん)」「報恩」の信心の人が、どれほど大きな福徳に包まれていくか。
 大聖人は、夫人への御手紙に、こう仰せである。
 「今、法華経に衣服を御供養たてまつる女性がおられます。
 その貴女は、後生(ごしょう)に八寒地獄の苦を免(まぬか)れられるだけでなく、今生には大難を除き、その功徳の余りを、男女の子どもたちに及ぼし、衣服に衣服を重ね、色に色を重ねるように、無量に福徳を積まれることでありましょう」(同1013ページ、通解)
 広宣流布のため、妙法のため、真心を尽くしゆく創価の同志の功徳は、生々世々、子々孫々にわたって、まさに無量無辺なのである。
 一、昭和19年(1944年)、61年前のきょう、午前6時過ぎ、私どもの創立の父・牧口先生は、昇りゆく夜明けの太陽のなかで、崇高なる殉教のご生涯を終えられた。
 牧口先生は、「私の足跡の後に、必ず青年が続々と続く」と確信しておられた。
 牧口先生の後継たる私たちは、この「創立の日」「殉教の日」を迎えるたびに、昇りゆく旭日のように、生き生きと若々しく生命力を光り輝かせていきたい。
 そして牧口先生のごとく、背筋に金(きん)が貫かれたような毅然(きぜん)たる姿で、今世の使命の劇を威風堂々と飾っていくことだ。
 「軍(いくさ)やむ事なし」(同502ページ) ── この御聖訓を、わが生命に響かせながら、いよいよ朗らかに、いよいよ力強く前進してまいりたい。
 一、たゆみなく前進を続けたナポレオンの信条にこうある。
 「働くためには上機嫌でなければならない」(柳澤恭雄訳『戦争・政治・人間 ── ナポレオンの言葉』河出書房)
 いつも、生き生きと仕事をしてまいりたい。
 すべてを味方に変えながら!
 さらに、名作『若草物語』の作者オルコットの一節を紹介したい。
 「わたしの武器、それは『弁舌』」(師岡愛子編著『ルイザ・メイ・オルコット ── 「若草物語」への道』から、表現社)
 我らの武器も、言論である。声である。「声仏事を為す」(御書708ページ)である。
 さらにまた、「『希望をもって忙しく』というのがうちのモットーでしょう」(吉田勝江訳『着草物語』角川文庫)と。
 安逸(あんいつ)に喜びなし!
 忙しい毎日のなかにこそ、充実があり、成長がある。それは皆さんが一番よくご存じであろう。
 どうか、ともどもに健康第一で、生命力豊かに、新たなる拡大の道を開いていきましょう!
 結びに、創立記念日を祝し、全国・全世界の同志に3首の和歌を贈り、私のスピーチといたします。

  晴ればれと
   光に包まれ
     皆様と
   創立記念日
      祝う朝かな

  千万の
    同志とともに
       この日をば
    勝ちて祝さむ
       万歳 叫びて

  晴れやかに
    創立記念日
       祝賀せむ
     君も私も
       勝利の王者と

 長時間、ありがとう!
 風邪などひかれませんように。また、お会いしましよう!(大拍手)

               (2005・11・18)

コメント(2)

第2総東京最高協議会での名誉会長のスピーチ〔上〕

◆◆◆ 生き生きと希望に燃えて勝利、勝利の大前進を!

◆◆◆ 昇れ! 胸中に久遠元初の太陽
     進め! 若々しく青年の息吹で

◆◆◆ まっすぐに師弟の道を
    ── 戸田先生を命懸けで守る我が人生に悔いなし!



【名誉会長のスピーチ】

 一、皆さん、あけまして、おめでとうございます!(大拍手)
 本年も、ともどもに希望に燃えて、大胆に、「勝利、勝利の前進」を、よろしくお願いします。
 楽しく、明るく、勇気をもって、勝ちまくっていただきたい。
 偉大なる同志の皆さまが、絶対に健康で、無事故であるよう、私も真剣にご祈念しております。
 この2006年も、創価学会は、全国の1600を超える会場に、広宣流布の尊き同志が生き生きと集い、名実ともに「日本一」の新年勤行会で、新出発をすることができた。
 元旦から、寒風のなかを勇んで運営に当たってくださった創価班、牙城会、白蓮グループ、白樺会・白樺グループの皆さまをはじめ、役員の方々に、心から感謝申し上げたい。
 これほどさっそうと、これほど神々(こうごう)しく、法のため、人のために奔走する方々が、どこにいるだろうか。
 まことに尊いことである。皆さん、本当にありがとう! (大拍手)

◆50年の未来を決める1年に

 一、日蓮大聖人は仰せである。
 「この上行菩薩(地涌の菩薩の上首〔じょうしゅ〕)は末法に出現して、妙法蓮華経の五字を世界中の国ごと、人ごとに弘めるのである」(御書1239ページ、通解)
 「法華経の神力品で説かれているように、日本国の万民が、一同に声を合わせて南無妙法蓮華経と唱えることもあるであろう」(同1241ページ、通解)
 この御聖訓を現実のものとし、御書に仰せの通りの大難を受けながら、世界190カ国・地域への広宣流布を実現したのが創価の三代の師弟である。尊き同志の皆さまである。
 この功徳は、無量無辺である。世界広布が進めば進むほど、その大福運が、皆さまのもとに集まってくる。大聖人が、そう御約束してくださっている。
 輝く「学会創立80周年」への5年間は、100年に匹敵する、まことに大事な時である。
 その最初の1年である今年は、まさしく次の50年の勝ち戦を決定づける重要な1年であると、私は確信している。
 続けて御書を拝したい。
 「正法は一字一句であっても、時と機根に適(かな)うなら必ず成仏することができる。たとえ千経(せんきょう)、万論(まんろん)を習学しても、時と機根に相違するなら成仏することはできない」(同957ページ、通解)
 大聖人は、「時の大切さ」を、繰り返し教えてくださっている。
 末法においては、妙法を受持し、折伏に励むことが成仏のための正しい実践である。
 この1年、リーダー自らが率先して弘教に挑戦するとともに、時代を担う青年の育成に全力で取り組んでまいりたい。
 御聖訓には仰せである。
 「何とうれしいことか、末法の妙法流布に生まれ合わせた我らは。何と悲しいことか、このたびこの法華経を信じない人々は」(同1439ページ、通解)
 今、この時に生まれ合わせた喜びと誇りを胸に、一日また一日、黄金の歴史を刻み残してまいりたい(大拍手)。

◆真心に感謝!

 一、年末年始、全国から、また海外からも、多くの尊き同志の方々が、信濃町の学会本部に来訪してくださった。改めて御礼申し上げたい。
 〈創立75周年の昨年、学会本部への来館者は過去最高を記録した〉
 また、内外の多くの方々から、真心からの年賀のお便りをいただいた。
 世界の元首の方々や各界の指導者の方々からも、多数、新年の祝賀と私の誕生日のお祝いのメッセージを頂戴している。
 このように健康で、78歳を迎えることができたことを、皆、喜んでくださっていた。この席をお借りして、心から感謝申し上げたい(大拍手)。
 〈中国の文豪・金庸(きんよう)氏は、かつて、こう述べている。
 「池田先生、どうか長生きしてください。池田先生は創価学会に大いなる好影響を与えておられる。創価学会は日本に大いなる好影響を与えています。日本が、さらによくなり強くなれば、世界に好影響を与えます。その意味でも、池田先生が長生きされることこそが全世界に素晴らしい影響を与えることになるのです。それくらいに先生は大切な人であり、先生の健康は大切です」〉

 一、大聖人は、「久遠一念元初の妙法」を受け持(たも)つことは、「最極無上(さいごくむじょう)」の法を授かるということである、と示されている。〈御書867ページ〉妙法を唱え、「広宣流布の師弟」に徹しゆく生命には、いつでも、どこでも、「久遠元初の太陽」が輝きわたる。
 仏法を実践しゆく生命は、常に若々しい。常に青年である。それが信心の世界である。
 ともあれ、リーダーは、生き生きとしていなければならない。そして、同志を苦しめる邪悪に対しては、徹して強く、勇気の言論で戦っていくべきだ。
 指導者の一念が勝負を決する。
 御聖訓にいわく。
 「大将軍よは(弱)ければ・したがうものも・かひなし」(同1135ページ)と。
 ともどもに、元初の旭日のごとく、威光勢力を増しながら、新鮮に、生き生きと、この一年を飾ってまいりたい(大拍手)。


◆◆≪日興上人≫
  大聖人の法門は 師弟の道を誤れば 同じ法華経を持っていても無間地獄に


◆全生命を賭して

 一、日興上人は仰せである。
 「この大聖人の法門は、師弟の道を正して、成仏していくのである。師弟の道を、少しでも誤ってしまえば、同じく法華経を持(たも)っていても、無間地獄(むけんじごく)に堕(お)ちてしまうのである」(通解)と。
 私は19歳から、戸田先生を師匠として仰ぎ、全生命を賭して、お仕え申し上げた。
 師を護(まも)り、師の建設された創価学会を世界的にするために、それはそれは、全身全霊、死にもの狂いで戦い抜いた。
 「先生、私が必ずやります。ご安心ください」。こう言い切って、あらゆる闘争の指揮を執(と)り、同志とともに一切を勝ち越えてきた。
 まっすぐに、師弟に生き抜いた。
 まっすぐに、師弟の約束を貫いた。
 私の人生は、一点の後悔もない。

◆卑怯者になるな

 一、戸田先生は、第1の難をば、獄中において、耐え忍ばれた。
 会員は激減し、学会は存亡の危機に陥ってしまった。
 第2の難は、戦後、学会発展の途上において、事業の大敗北として競い起こった。
 多くの弟子たちは、偉大なる師匠を、恩師でありながら、軽んじていた。
 ある悪者は、非難中傷した。
 そして、ある恩知らずの弟子たちは、難が来ると師匠を侮辱して、あざけり笑って、去っていった。その光景は、私の胸に焼き付いて離れることはない。
 当時の理事長も、師である戸田先生を誹謗したのである。
 多くの大恩を受けながら、畜生のごとき心をもって、偉大な師匠の恩を仇で返した輩(やから)は、当然のことながら、その最終章はあまりにも見苦しく、みじめであった。
 「君よ
  卑怯者になるな!
  傲慢になるな!
  恩知らずになるな!」
 これは、牧口先生、戸田先生以来の叫びであるのだ。
 仏法は勝負である。
 師も勝った。
 弟子も勝った。
 師弟不二にして、永遠の勝利を、私は築いた。
 なんという誉れか。
 なんという満足か。
 大聖人と同じ心をもって、広宣流布のために、不惜身命の者として、大勝利者として、その永遠の生命は続くのだ。
 「池田門下生も、かくあれ!」と、私は叫んでおきたい。

◆ただ誠実の心で

 一、大聖人は仰せである。
 「ともかく、死は必ず訪れるものなのである。そのときの嘆きは、現在の苦しみと同じなのである。
 同じく死ぬのであるならば、かりにも法華経のために命を捧げなさい。それこそ、あたかも露を大海に入れ、塵を大地に埋めるようなものであると思いなさい」(同1561ページ、通解)と。
 妙法とは、「不思議の法」である。絶対にムダはない。すべてに意味がある。
 ゆえに、何があろうとも、きれいな心、誠実の心で、師弟不二の仏法に徹し抜いた人間が勝つのだ。
 邪道は滅ぶ。正しい道を歩み抜いた人が、最後は必ず勝利者となる。
 私の青春の姿は、一見すれば、貧しく、みじめであったかもしれない。
 先生のもとで、給料もなしで働いた。真冬でもシャツ一枚というときもあった。
 行きたかった大学も断念せざるをえなかった。
 「そのかわり、私が君にぜんぶ教えてあげるから」と、先生は、約10年間、毎朝のように、万般の学問を個人教授してくださったのである。
 日曜日には、ご自宅に招いてくださり、勉強の合間に、「大作、おなかがすいただろう」と、手作りの料理を食べさせてくださった。
 すべてが先生と私だけの忘れ得ぬ“生命の劇”である。

 一、約30年前、イギリスの歴史学者トインビー博士と語り合ったときである。トインビー博士は、私にこう言われた。
 「あなたは、将来、必ず、世界中の大学から名誉博士の栄誉を受けられるでしょう」と。
 その博士の言葉が、今まさに現実となっていることは、皆さまが、ご存じの通りである。
 〈名誉会長の世界平和への行動、学術・文化への貢献などに対し、これまで、世界の大学・学術機関から「184」の名誉博士号・名誉教授の称号が授与されている。
 これは、実質的に世界最高峰の栄誉である。
 また名誉会長に授与された国家勲章は「25」、さらに世界の諸都市から420を超える名誉市民の称号が贈られている〉
 すべては、全国、全世界の会員の皆さま方を代表して、お受けしてきたものである。
 それはまた、誉れある青春の“戸田大学”における、恩師の薫陶(くんとう)の結実にほかならない。わが恩師への感謝は尽きることはない。

◆迅速な対応で組織は躍動!

 一、ここで、世界の知性の言葉を、いくつか皆さまに贈りたい。
 イギリスの劇作家シェークスピア。「ハムレット」「オセロ」「マクベス」「リア王」の「四大悲劇」をはじめ、数多くの名作を残している。
 彼は戯曲のなかで、「傲(おご)るものは倒れる」と綴った(小田島雄志訳「リチャード2世」、『シェイクスピア全集VI』所収、白水社)。
 また、「近代看護の母」ナイチンゲールは記している。
 「真に勇敢な人の中に高慢な人がいたでしょうか?すべて高慢は、訓練の結果ではなく、訓練される能力の不足の結果を表わしています」(湯愼ます監修・薄井坦子他編訳『ナイチンゲール著作集第3巻』現代社)本当に勇敢な人、訓練を受け切った人は謙虚なものだ。
 すぐに傲(おご)り高ぶる。同志を見下す ── それ自体が、その人間の愚かさを証明しているのである。
 近代日本を代表する思想家・内村鑑三(うちむらかんぞう)は述べている。
 「世は誠実を以てのみ勝つことが出来ます。世に虚偽(いつわり)多しと雖(いえど)も、虚偽を以て之に勝つことは出来ません。正義はやはり最後の勝利者であります」(『内村鑑三著作集第8巻』岩波書店)
 内村鑑三といえば、かつて、私の友人が彼の著作を愛読していたことを思い出す。日本の多くの知識人が、敬意を表するような人物であった。
 誠実の人は美しい。
 好感が持てる。信頼できる。最後には勝つ。
 学会も、一人ひとりが誠実の行動に徹してきたからこそ、ここまで発展した。
 また、どこまでも一人を大切にしてきた。友の悩みに耳を傾け、あらゆることに迅速に手を打ってきた。
 だからこそ学会の組織は、生き生きと躍動しているのである。
 17世紀のイギリスの詩人ミルトンは綴った。
 「善良な書物は生涯の後の生涯のために特に保存・貯蔵せられた卓越せる精神の貴い心血である」(上野精一・石田憲次・吉田新吾訳『言論の自由 ── アレオパヂティカ』岩波文庫)
 優れた書物は、人類の「不滅の精神」というべきものである。特に青年は、良書に触れ、世界の英知に学んでいただきたい。頭脳を鍛えていただきたい。


◆◆ 女子部は全員が幸福に
    自分を大切に! 最高の青春を!


◆人材育成こそ

 一、20世紀に活躍した女性哲学者ハンナ・アーレントは言った。
 「人間の行為の特徴は、つねに何か新しいことを始めることにある」(山田正行訳『暴力について』みすず書房)
 女子部、婦人部を、ますます大事にして、若々しい、新しい力を思う存分に引き出し、新しい拡大の波を起こしていただきたい。
 とりわけ、明るく清らかな女子部こそ、学会の一番の希望である。
 今、若い人に、確たる目標とか、生きる指針がないと言われる。
 そんな時代に、若い女性が、自分のことを後回しにして、毎日毎日、人のために祈り、語り、行動している。これほど尊いことはない。
 深い生命の次元から、女子部が輝いて美しい。この姿こそ大事なのである。
 百の説法も、百冊の本も、妙法を持った「一人の女性」の生き生きとした姿にはかなわない ── こう戸田先生はよく言われていた。
 女子部の皆さんは、自信をもって、伸び伸びとやってもらいたい。
 題目をあげることも大事。弘教をすることも大事。それが仏法の根本の修行である。
 しかし、無理に押しつけたりして、皆が苦しむようなことがあってはいけない。
 たとえば、唱題も大勢で長時間やればいいというものでもない。「心こそ大切」(御書1192ページ)である。「一遍の題目」にも「無量の福徳」が納まっているのである。
 その点、リーダーは、最大に配慮していってもらいたい。

 一、「最高の青春」を生きるために信心がある。
 「最高の青春」を生きた人が、「最高の幸福」の人生を勝ち取ることができる。
 女子部の時代は、一生の「幸福の土台」をつくる時である。
 目先のことにとらわれて、進むべき道を見失ってはいけない。
 「ザ・ホープ」 ── 希望こそ力である。断じて、希望を手放してはならない。そのための信心である。
 自分を大切に!
 聡明な人生を!
 価値ある青春を!
 私は、女子部の皆さんに幸福になってもらいたい。皆さんが幸福になるための信仰であり、学会なのである。
 学会の中にこそ、真実の“自他ともの幸福”の道がある。そこで戦えることが一番、幸せなのである。
 どうか、女子部の皆さんの団結と行動で、「世界一の平和と幸福の女性の連帯」をつくっていってもらいたい。
 ともあれ、「青年・躍進の年」の焦点は「人材育成」である。
 一人が二人分、三人分の力を持った、新しき「人材の大城」を、皆で総力を上げて築いてまいりましょう!(大拍手)


                      (〔下〕に続く)
第2総東京最高協議会での名誉会長のスピーチ〔下〕



◆◆◆ 世界平和へ勇気のスクラム 堂々たる創価の行進!

◆◆◆ 祈りこそ勝利の源泉

◆◆≪戸田先生≫前へ! 前へ! 本当の戦いはこれからだ!


【名誉会長のスピーチ】

 一、世界広布の新たな旭日(きょくじつ)は昇った!
 海外1600の会場で、各国のSGI(創価学会インタナショナル)の偉大なる地涌の同志が、はつらつと新年のスタートを切った。
 地球上で、最も早く元旦を迎えた国の一つ、ニュージーランドの友は、昇りゆく太平洋の旭日に包まれながら、各地で明るく勤行会を開催されたと、うかがっている。
 光栄にも、同国の平和先進都市ロトルア市に、「池田・ホール平和庭園」が開設されて、本年で7年目となる。
 〈同庭園は、池田SGI会長と、当時のロトルア市のグラハム・ホール市長の名を冠したもの。開園式典には、首相代理のバートン大臣も参列した〉
 この市民の広場は、いつも青少年の活発な声でにぎわい、非暴力の啓発運動の集会などが有意義に開かれているという。まことに、うれしいことである。


◆◆≪ローマクラブのペッチェイ博士≫
   立派な目標を成し遂げるには よいスタートを切ることが大切だ


◆オーロラの国で 赤道直下の地で

 一、また、神秘のオーロラが光る北米のアラスカや、北欧のフィンランド、広大なロシアのモスクワやウラジオストクでも、SGIの友は厳寒に胸を張り、妙法広布の新たな前進を開始している。
 人類起源の天地とされるタンザニアも、悠久のシルクロードの国キルギスも、また、しかりである。
 赤道直下のシンガポールでも、アフリカのケニアでも、世界最南端(南緯54度46分)の都市であるアルゼンチンのウスアイアでも、富士山の頂上とほぼ同じ標高のボリビアのラパスでも、新年勤行会が行われている。
 そして、仏法発祥の地インドにあっても、全国380の会場で、わが同志が集われた。
 なお、今月の末には、インドの創価池田女子大学で、立派に成長した第3期生の乙女たちの卒業式が挙行されるという。
 さらに、高名な哲学者のラダクリシュナン博士が設立された「池田価値創造センター」でも、教育・学術会議が予定されている。

 一、私どもは、全世界の友人とともに、広く、また深く心の連帯を結び合いながら、平和・文化・教育の大道の、新たな希望の一歩を力強く踏み出すことができた。
 私が対談集を発刊した、ローマクラブ創立者のペッチェイ博士は、こう語っている。
 「立派な目標を成し遂げるには、よいスタートを切ることが最も大切だ」
 本年も、広布と人生の大願に向かって、勢いよく、生命を大回転させてまいりたい。
 わが使命の舞台で、価値ある何かをつくれ、何かを残せ ── これが戸田先生の教えであった。

◆「御本尊に願いきってゆけ!」

 一、一切の勝利の源泉は「祈り」である。
 「暫(しばら)くもこの本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則ち祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなく、福として来らざるなく、理として顕れざるなきなり」
 日寛上人の「観心本尊抄文段」には、こう厳然と記されている。
 戸田先生も、よく言われた。
 「御本尊に願いきってゆくことだ。『一人』が大事だ。その一人の信心によって、皆が最後は幸せになっていける」
 私も、妻とともに、全同志のこの1年の「健康長寿」「無事安穏」「幸福勝利」を、一生懸命に祈ってまいる決心である。
 聖教新聞を配達してくださる尊き「無冠の友」の皆さま、年頭から、本当にありがとうございます。
 心からの感謝をこめて、「本年も、よろしくお願いします。どうか、お元気で!寒いので、くれぐれも気をつけてください」と申し上げたい。

 一、健康第一で進んでいただきたい。
 健康は、信心と努力と智慧で勝ちとっていくものだ。
 今、病気と闘っている人もいるかもしれないが、決して病に負けてはならない。
 御聖訓に「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さは(障)りをなすべきや」(御書1124ページ)と仰せの通りである。
 私は、病気と闘っている皆さんのお名前をうかがっては、毎日、真剣に題目を送っている。

◆「私は進むぞ! 君も進め!」

 一、戸田先生のご指導を拝したい。
 「大宇宙の法則に合致して、明るい自由な新天地を、そして人生行路を、自信と希望に燃えて乱舞していけ!」
 「ともに、『本当の戦いは、これからだ!』と起ち上がり、敢然と突き進もう!」
 最後の最後まで、前へ、前へと、すさまじい気迫で戦い抜いた戸田先生であられた。
 先生は、あるとき、こう叫ばれた。
 「私は進むぞ!君も進め!永遠に前へ!」
 この呼びかけにお応えして、私はつねに、「永遠に前進!」の気概で戦い続けている。

◆永遠に革命

 一、思えば、中国の周恩来総理は、「永遠に革命」の精神で生き抜かれた人物であった。
 私がお会いしたとき、総理のお体は、すでに重い病に侵されていた。
 〈1974年12月5日に会見。1976年1月に逝去〉
 しかし、“愛する民を必ず幸福にしてみせる!
 発展の軌道を厳然と敷いておく!”との烈々たる気迫が、全身から発せられていた。
 その眼光(がんこう)は鋭かった。ぴんと張りつめた精神で、国家のあらゆる分野に目を配り、指揮を執っておられた。
 ほんの少しでも気を抜けば、一瞬にして崩壊が始まってしまうことを、周総理は、深く知悉(ちしつ)しておられた。
 まさしく、「永遠に革命」の精神を体現しておられた。
 私もまた、この気迫で進んできた。責任あるリーダーの皆さんも、同じ精神でなければならない。そうでなければ、会員の皆さまがかわいそうである。
 今、創価学会という、偉大なる民衆の城が、壮大に築き上げられた。
 この善なる民衆の連帯を、絶対に、悪に乱されてはならない。
 建設は死闘。破壊は一瞬である。
 悪が盛んになれば、善が滅びる。
 不惜身命(ふしゃくしんみょう)で悪と戦う勇者がいるかぎり、善は守られる。しかし、もしその精神が失われれば、崩壊はすぐに始まってしまう。このことを、よくよく心に留めていただきたい。
 学会利用、信心利用の、醜い利己心の輩を許してはならない。また、皆がおかしいと思っても、それを口に出せないような特別な存在を、つくってはならない。学会は、峻厳な師弟の精神に貫かれた、平等な同志の世界である。
 悪に対しては、勇敢に声を上げることだ。徹して強く責めることだ。臆病ではいけない。臆病は、ずるい。ずるいのは「悪」である。
 悪を見ながら、放っておいて戦わないと、自分が悪と同じになってしまう。積んできた福徳も消してしまう。
 今年は、敢然と悪と戦う1年としたい。
なかんずく、結成55周年を迎える男子部には「次の学会を背負う一騎当千の指導者たれ!」と叫びたい。

◆勇気なくして正義はない

 一、日蓮大聖人は、涅槃経の次の文を繰り返し引いておられる。
 “もし仏法者が、法を破る者を見ながら、そのまま放置して、相手の非を厳しく責めず、追い払わず、はっきり罪を挙げて処断(しょだん)しないのであれば、まさに知るべきである。この仏法者は、仏法の中の怨敵(おんてき)である”〈御書236ページなど〉
 本当の「善人」とは「悪と戦っている人」のことである。
 仏法は、人間を不幸にする魔との「限りなき闘争」である。
 悪を厳しく責めるのは、それが「正しい」ことだからである。そして、「正しい」ことは「強い」ことである。強くなければ、正義を貫くことはできない。
 「正義」は「勇気」なのである。


◆◆ 地区を盤石に 幹部が動け! 足を運べ!


◆信心の基本をていねいに

 一、創価学会の「地区」は、広宣流布の最前線の現場である。
 リーダーは、これまで以上に、地区の第一線に目を向けていこう。
 それぞれの地区を、盤石にしていくことが、広布の基盤を固めることになる。
 最高幹部が、自ら動いて、どんどん地区に入っていくことだ。
 本年は、地区を中心に座談会を最重視してまいりたい。
 また、新入会の友や若き青年たちに、勤行・唱題の意義など、信仰の大切な基本をていねいに教えていくことも、重要な課題である。
 全幹部が総力を挙げて、地区部長、地区婦人部長の皆さまを支え、応援しながら、一対一の対話を重ねて、人材育成の波を起こしてほしい。

◆不動の信念を

 一、ここ八王子は、秀麗(しゅうれい)な富士を仰ぎ、荘厳な夕日が見られる、本当に不思議な、素晴らしい天地である。
結びに、一句を贈り、私の新年最初のスピーチとさせていただきたい。

 君もまた
  不動の信念
     不二の山

 本年もよろしく!この1年、元気でいこう!
 張り切って進もう!
 生あるかぎり、戦おう!深き使命を持った皆さまである。一緒に戦おう!(大拍手)


                   (2006・1・2)

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

SGI 更新情報

SGIのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング