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SGIコミュの全国最高協議会での名誉会長のスピーチ 〜海外在住の同志のために〜

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全国最高協議会での名誉会長のスピーチ?

――青年よ 未来への翼と正義の剣を持て――

――師弟不二で学会は勝利!――

◆◆◆広布の巌窟王戸田先生の叫び 世界の偉人・牧口先生を宣揚せずにおくものか

 一、伝統の全国最高協議会の開催、ご苦労さまです(大拍手)。
 学会創立75周年の上半期も、全国の同志の異体同心の団結によって、見事に大勝利で飾ることができました。
 偉大なる広宣流布の同志の皆さま方に、深く深く感謝申し上げます。
 本当に、ありがとうございました!(大拍手)

◆輝くリーダーに

 一、広宣流布のリーダーは、生き生きと、輝いていなければならない。強き信心で、大生命力を奮い起こし、多くの友に励ましを送っていっていただきたい。
 大切な広宣流布の同志を、幸福の方向へ、勝利の方向へと導いていく皆さん方であっていただきたい。
 そして、広布を阻む仏敵を鋭く見破り、断固として、打ち破っていくのだ。真実を叫びきっていくことである。
 勇気ある言論で、学会を守り、同志を守り、広布を守るのが、指導者の第一の責務である。
 一、次の時代を担う若い人たちを、大きく育てていきたい。
 青年には、大空を自由奔放に翔けめぐるような翼が必要だ。
 その「未来に羽ばたく翼」こそ、信心である。
 仏法は「無限の向上の法」なのである。
 また、青年ならば、人々を苦しめるデマや中傷を、切って切って切りまくっていく「正義の言論の剣」を持たねばならない。
 そのためにも、最高幹部の皆さん方は、どうすれば青年たちがやりやすいか、持てる力を発揮できるかを最優先で考えてほしい。よろしく頼みます!(大拍手)
 一、戸田先生は言われた。
 「弟子は弟子の道を守らねばならぬ。ことばも、実行も、(牧口)先生の教えを、身に顕現しなければならない」と。
 師弟の世界こそが学会の真髄である。
 これまで学会は、「師弟の心」で進んできた。常に「師弟不二」で勝ってきた。
 この一点だけは、断じて忘れてはならない。
 「柱」を切れば、「建物」は倒れる。
 同じように、学会も、「師弟の精神」という根幹の柱を失えば、必ず衰亡してしまう。

◆「あなたの慈悲は私を牢獄まで」

 一、牧口先生のことを語る戸田先生の姿は、本当に峻厳であった。
 とくに牧口先生の死を語るとき、戸田先生は、目に涙を浮かべ、激高されたのである。
 戦時中、牧口先生が、日蓮大聖人の仏法をお守りし、軍部権力に逮捕されたときである。
 他の弟子たちは、次々と保身に走った。恩知らずにも、師匠の牧口先生を罵り、去っていった者もいたのである。
 そのなかで、戸田先生だけは、最後まで不退転を貫かれた。
 さらに先生は、「あなた(牧口先生)の慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」とまで言われ、師匠に感謝されたのである。
 これが仏法の師弟である。生命の究極の次元の絆で結ばれたお二人であった。
 一、牧口先生は、正義の新年を貫いて、壮絶なる獄死を遂げられた。
 生きて牢獄を出た戸田先生は、まさに巌窟王の執念で、仇討ちの戦いを開始された。正義の人をいじめた社会の根本的な変革に立ち上がられた。
 牧口先生の六回忌の折には、次のように言われている。
 「牧口先生のご葬儀は、わずかの親類縁者と官憲の眼を恐れぬ二、三の人々によって行われたということを、私は出獄して初めて知った。
 この時、私は『価値論』を生み出した世界の偉人の争議の状態を聞いて腹の中が煮えくりかえり、『よし!先生を世に出さずにおくものか!』と奮起した」
 私も、この心で生きてきた。牧口先生、戸田先生の偉大なる功績を世界中に宣揚してきた。

◆師弟の夜明け

 一、さらに戸田先生は言われた。
 「かならずや一生を通して、(牧口)先生の行動が正しいか正しくないか、その証明をする覚悟です」
 また、こうも語っておられた。
 「『(牧口)先生のあとを継承し、世界における学会の使命を断固として果たして死のう!』という私の決意は絶対に変わることはない」
 私も戸田先生に命懸けでお仕えした。
 戦後まもなく、戸田先生の事業が挫折し、多くの人が裏切り、去っていったときも、私は、一人立ち上がった。
 「断じて、戸田先生をお守りする。わが命にかえても!」――これが不二の弟子たる私の誓いであった。
 給料は何ヶ月も遅配のまま。真冬でもシャツ一枚で過ごした。毎晩、靴も脱げなくなるほど疲れ果てていた。
 どれだけ戦ったか。
 どれだけ苦労したか。
 師弟一体の大闘争によって、困難を極めた先生の会社も徐々に目途が立ってきた。
 暗い闇の向こうに、少しずつ光が見え始めた。
 そして、すべてを勝ち越えて、昭和26年(1051年)5月3日、戸田先生は、晴れて学会の第2代会長に就任されるのである。
 師弟の勝利の夜明けであった。
 ここから、学会は、偉大なる前進を開始し、世界的な大発展を遂げていくのである。

◆役職には責任が
 
 一、「魚は頭から腐る」と言われる。
 トップが崩れるところから、組織も腐り、崩壊していく。そらが道理である。
 また、幹部が傲慢になり、威張って人の意見を聞かなくなると、そこに「魔」は付け入ってくるのだ。
 だからこそ、戸田先生は、幹部に厳しく指導された。
 「役職があればあるほど責任がある。模範でなくてはいけない」「人前でいかに立派なことを言っても、自分が実践しないとすれば、幹部として、最低の姿である」
 また先生は、「責任者が遅刻したり、多くの社員がだらしなく遅刻を重ねるような職場は、必ず問題を起こし、衰微する」とも言われた。
 戸田先生は、本当に「朝」に厳しかった。

◆◆◆まず自分が先駆! 自分が成長! 新しい全身は幹部革命から

◆新しい風を!

 一、さらに、こうも指導された。
 「正義のために戦う頼もしさがなければ、誰もついてこなくなる」
 全幹部が「一兵卒」となって戦うことだ。
 できあがった組織のうえに、胡坐をかくような幹部には、絶対になってはならない。
 昭和31年(1956年)の“大阪の戦い”。
 だれが、どう見ても、勝てるわけがない戦いである。
 だが、私は、自ら第一線に入り、その劣勢をはねのけて、勝利の金字塔を打ち立てた。不可能を可能にした。
 愛する関西の同志とともに!
 ともあれ、全幹部が最前線に立ってこそ、皆が安心して前進できる。
 幹部から「新しい風」を起こしていくことだ。
 自分が率先して折伏する。仏法対話をする。御書を学ぶ。わが友を全力で励まし、立ち上がらせていく。
 この「幹部革命」を、全員で心を合わせて実行してまいりたい。
 一、もう一つ、戸田先生の話を紹介したい。
 「学会にも三種類の人間がいる。
 一つは、広宣流布を目指しゆく学会に感謝し、守り支えてくれる人。
 また、信心はしているが、いわゆる可もなく、不可もなく、なんとか学会についてくる人。
 そして、これだけ自分は広布のために働いたのだからと学会に代償を求めるような心根の腐った人間。これは困る」
 すべては心で決まる。
 「心こそ大切」(御書1192?)である。
 どうせ、信心するのであれば、「あの人は、さっそうとして、気持ちいい人だな」「やっぱり学会の信心をしている青年は、どこかちがうな」と周囲から賛嘆されるような「潔い信心」を貫いていただきたい。
 青年の時代である。青年が全責任を担って立ち上がってもらいたい。
 また、壮年部も、婦人部も、若人のような息吹で進んでいくのが学会の伝統である。あふれるような「生命の勢い」に学会精神は光る。
 心は永遠に若々しく!
 前へ前へ、瞳を輝かせながら!
 それが信心の世界であり、「人間革命」の生き方なのである。

(2005・8・1)

コメント(8)

全国最高協議会での名誉会長のスピーチ?

―― 女子部よ輝け! 幸福のスクラムを世界へ ――

◆◆◆平和の文化を発信

◆◆ 国連支援 SGI代表が国連宗教NGO委員会議長に

―― 伸びゆくアメリカSGI ――

【名誉会長のスピーチ】

 一、この5月には、アメリカ創価大学の1期生が卒業式を迎えた。1期生の健闘は、じつに見事なものであった。
 新しい大学にもかかわらず、アメリカの一流大学の大学院をはじめ、各国の大学院に、30人以上が合格を勝ち取った。この事実に、各界の識者から大きな驚きと賞讃の声が寄せられている。
 卒業生の中には母国に戻って就職し、社会人として新たなスタートを切ったメンバーもいる。また、アメリカの使命の舞台で活躍を始めた友もいる。
 1期生は、できたばかりの大学に、深き情熱と理想を持って集ってくださった、偉大なる「開拓者」である。全員が尊き使命をもった「宝の人材」である。
 私は、卒業生の全員が、勝利と栄光の人生を歩みゆくことを、心から祈り、念願している。

◆「教学」を学び言語の壁を越え

 一、現在、アメリカSGI(創価学会インタナショナル)は、ナガシマ理事長のリーダーシップのもと、目覚ましい発展を続けている。
 この5年間で、アメリカは1600地区から約2500地区の陣列に発展。なかんずく本年は、見事な広宣流布の拡大を成し遂げた。
 すごいことである。本当に、おめでとう!(大拍手)
 また先月には、カナダSGIと合同で初の「北米教学研修会」を開催し、大成功で終了した。
 今後は、フロリダ自然文化センターなどで、ブラジル、カナダの代表と「北南米教学研修会」を実施することも検討されているとうかがつた。
 アメリカでは各国からの移住者の増加に伴って、多言語化が進んでいる。
 こうした状況を考慮して、これまでアメリカSGIでは、各言語ごとの研修会や文化行事などを推進してきた。今後、こうした言語別グループの活動を支援する「国際部」を、さらに強化していく方針である。
 アメリカでは、すでに機関紙「ワールド・トリビューン」が、英語のほか、スペイン語、中国語、フランス語、韓国語、ポルトガル語、タイ語、カンボジア語、日本語の8言語で発刊されている。
 さまざまな言語と文化的背景を持つメンバーの要望に応え、皆が喜びと希望に満ちた活動を行っていけるよう、最大に努力していきたい ―― そうした思いで前進しておられる。
 またアメリカSGIでは、これまで「世界の子どもたちのための平和の文化の建設」展を各地で開催するなど、国連支援の活動を行ってきた。
 国連関係者からの要請もあり、今後、こうした活動を、さらに促進していく予定である。
 すでにロサンゼルスのSGIプラザ(アメリカSGI本部)とニューヨーク文化会館では、「『平和の文化』情報センター」を開設した。
 ここでは、“平和の文化の建設展”を常設するとともに、国連の活動に関する書籍の閲覧や、情報の取得などができるようになっている。
 なお、6月には、宗教・倫理関連の国連登録NGO(非政府組織)からなる「国連宗教NGO委員会」の議長に、SGIニューヨーク国連連絡所の桜井浩行(ひろゆき)代表が就任した。桜井代表はアメリカ創価大学大学院の出身である。
 国連宗教NGO委員会にはキリスト教、イスラム教、仏教など、110のNGOが参加している。SGI代表の議長就任は、各国のNGOから寄せられるSGIへの信頼の表れともいえよう。
 社会に大きく共感を広げゆくアメリカの友の健闘を讃え心もう一度、皆で大きな拍手を送りたい(大拍手)。

◆女子部は広布の「希望の光源(こうげん)」

 一、戸田先生は、女子部の活躍に深い期待を寄せておられた。
 私も、まったく同じ思いである。若き女性の力が、どれほど偉大であるか。
 妙法を持った、一人の女子部員が本気になって立ち上がれば、一家の宿命を大きく転換していくことができる。地域を変革していける。
 “希望の太陽”となって、皆に勇気を送っていくことができる。
 さわやかな女子部員の振る舞い、純粋な真心の行動は、多くの人の心を動かしていく。あらゆる人を味方に変えていく力がある。
 女子部が輝けば、学会の未来は明るい。逆に、女子部が成長しなければ、学会の未来は暗い。
 次の50年を、盤石なもめとしていくために、今こそ女子部の育成に力を注いでまいりたい。
 「女子部革命」に全力で取り組んでまいりたい。

 一、戸田先生は、女子部の代表の集い「華陽(かよう)会」で、御書や世界の名著を通して、さまざまな指導をしてくださった。
 ある時は、小説『小公子』を通して、語ってくださった。
 『小公子』は、ご存じの方も多いと思う。アメリカの女性作家バーネットの名作である。
 アメリカ生まれの少年セドリックは、父親が亡くなったことから、イギリスの貴族である祖父のもとで暮らすことになった。偏屈だった祖父は、純粋で温かな心々持つ孫のセドリックに感化され、心を開いていく ―― そういう物語である。
 戸田先生は言われた。
 「小公子が祖父の侯爵を絶対に信頼したことが、意地悪な侯爵の心を良くし、あらゆる状態を変えていった。
 一つのものを信ずるということは、あらゆるものを支配する。女子部は、この姿が必要だよ」
 また、こうも指導された。
 「女性は勉強して教養を身につけなければならない。常に心豊かに生きなさい。“抜きたての大根”のような、みずみずしい魅力をもって凛々(りり)しく進んでいきなさい」

◆「気高き心」で!

 一、ある時は華陽会で、「四信五品抄(ししんごほんしょう)」の「(妙法信受の人は)皇帝が幼くて、おむつに包まれ、大竜が生まれたばかりのようなものである。軽んじてはならない。蔑視してはならない」(御書342?、通解)との一節を拝し、こう語られた。
 「御本尊を持(たも)つ人は、その身が妙法の仏身なのだから、邪法の輩とは根本的に違う。もったいないことながら、大聖人と同じ生命を持つ自分自身に誇りを持ち、気高い心で人生を勝ち抜くことが大事である。自分を卑しめてはなりませんぞ」
 世界一の大哲学を持った皆さまである。
 偉大な使命を持った皆さまである。
 決して自分を貶(おとし)めるようなことがあってはならない。自らを軽んじるような、浅はかな生き方に流されてはならない。
 女子部は全員が幸福になってもらいたいそれが戸田先生の願いである。私の願いである。

―― 拡大の実証を! 人材の陣列を! ――

◆◆青年よ勝利の結果を残せ

◆自身の大目標へ心広々と進め!

 一、皆さんは、「陰の人」を徹して大切にするリーダーであっていただきたい。
 「あの人といると安心する」「ホッとする」と皆から慕われるような、人柄の光る名指導者であってほしい。
 もちろん、人柄がいいだけではいけない。信心に対しては厳格でなければならない。
 学会を破壊しようとする悪に対しては、断固として戦うことだ。
 「声仏事を為す」(同708?)である。敢然と声を上げ、言論の弾丸で戦うことが学会を守ることになる。
 特に青年部は、その先頭に立ってもらいたい。
 私も青年時代、戸田先生のもとで戦い抜いた。学会を誹謗し、庶民を見下す傲慢な輩(やから)は絶対に許さなかった。
 格好ではない。見栄や気取りがあっては、本当の戦いはできない。
 「現実に、これだけの結果を残した」「これだけ拡大した」「折伏した」「人材をつくった」 ―― そういう明確な証拠を残さないといけない。
 それが青年の戦いである。本物の弟子の戦いなのである。
 とくに、新しい役職に就いた人は、一歩前進の目標に向かって進んでいくことが大事だ。
 その目標は、皆の希望となり、前進の原動力とならねばならない。皆に窮屈な思いをさせては絶対にいけない。
 心広々と進んでいくことだ。
 日蓮大聖人は、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(同1561?)と叫ばれた。また「大願とは法華弘通なり」(同736?)と示された。
 世界広宣流布 ―― ここに平和への直道(じきどう)がある。
 この大ロマンに向かって、ともどもに生きて生きて生き抜いてまいりたい(大拍手)。


(2005・8・1)
全国最高協議会での名誉会長のスピーチ?

―― 学会の目的は広宣流布 公布に戦う人がもっとも尊い ――

◆≪大聖人の人権宣言≫「男女はきらふべからず」

◆◆◆創価の女性は人類の太陽

―*― 釈尊は「女性の弟子」に最高の尊称を ―*―

【名誉会長のスピーチ】

 一、「拡大」が、学会青年部の伝統である。
 私も、学会青年部の出身である。男子部の部隊長も務めた。
 皆が、真剣に各部隊を拡大し、人材を育て、大競争をした。
 若き胸には、広宣流布という夢があった。ロマンがあった。 戦う気概に満ちあふれていた。
 生き生きとした青年部の姿に触発されて、学会全体が躍動していた。
 壮年部、婦人部、青年部が、素晴らしい連帯感で結ばれていたのである。
 青年の勝利への勢いが広宣流布の新しい扉を開く ―― これが学会の歴史である。
 そしてまた、青年部の変わらぬ心意気でなければならない。

◆「これだけやった!」と歴史を

 一、戸田先生は、しばしば「男性は力を持て」と言われた。
 男子部のリーダーは、大きく打って出てもらいたい。
 伸び伸びと、自由奔放に戦ってもらいたい。
 重大な立場に就きながら、心が小さくなってしまえば、大きな仕事はできない。
 与えられたことだけを細々(ほそぼそ)とこなすような、受け身の生き方では、あまりに寂しい。
 ひとたび、広布の戦(いくさ)の庭に立ったならば、「自分は、これだけやった!」と胸を張っていえる結果を厳然と示していくことだ。
 「これだけの歴史をつくった! 」という生きた証を残していくことだ。
 それでこそ、学会男子部である。

◆自分で決まる

 一、広宣流布 ―― それは、「人材をつくり」「未来をつくり」「平和をつくる」戦いである。
 本当に戦った人は、生々世々、無量無辺の功徳に包まれる。
 中途半端であったり、格好とか見せかけだけならば、「歓喜の中の大歓喜」(御書788ページ)はつかめない。
 すべては、「自分で」決まる。「自分が」決めるのである。
 御聖訓にいわく、「法自(おのずか)ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」(同856ページ)と。
 偉大なる「法」を弘めゆく、偉大なる「人生」を、ともどもに歩んでまいりたい。
 広宣流布の行動は、一切が、自分のため、一家一族のため、同志のためとなっていく。御書に照らし、経文に照らし、断じて間違いない。
 一、なぜ、学会は、ここまで勝ってくることができたのか。
 それは、ひとえに、婦人部、女子部の皆さま方が真剣に戦ってくださったおかげである。
 「人類の太陽」である“創価の女性”の皆さま方に、心から感謝申し上げたい。
 本当にありがとうございます! (大拍手)
 これまで何度も語ってきたが、女性を尊重し、女性の意見を大切にしていくことを、再度、確認し合いたい。
 大事なことは、真剣に戦ってくださっている婦人部、女子部の皆さま方を尊敬し、感謝し、讃えていく ―― その「心」が男性の幹部にあるかどうかである。
 その「心」があれば、広布の未来は、大きく開かれる。
 そして、使命ある女子部が一段と団結し、一段と勢いよく進んでいけるよう、婦人部を中心に皆でしっかりと応援してまいりたい。
 また、かりにも、女性を下に見たり、高慢な態度で女性を使うような男性幹部がいたならば、絶対に許してはいけない。
 断固として、糾弾(きゅうだん)の声をあげていくべきだ。

◆戦う人を守れ!

 一、学会の目的は、広宣流布である。
 ゆえに、広布に一生懸命に戦っている人が最も尊い。
 その人を一番、大事にする組織でなければならない。
 組織のために会員がいるのではない。会員のために組織があるのだ。
 組織が大事なことは言うまでもないが、それを利用して、いばる幹部がいれば、本末転倒である。厳重に注意していかなければならない。
 「広布に戦う人」を最大に守り、支えていくのが幹部の役割である。
 
◆男女平等が根幹

 一、権力者だから偉いのではない。庶民だから低く見るのでもない。
 人間は、すべて平等である。もちろん男女も平等である。
 「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(同1360?)とは、日蓮大聖人の「男女平等の大宣言」であられた。
 それが仏法の根本の精神である。
 きょうは、釈尊の教団における人間主義について、簡潔に要点だけ述べておきたい。
 釈尊は、男女の差別なく、模範の弟子を讃えていった。
 仏典「アングッタラ・ニカーヤ」では、誉(ほま)れある女性の弟子たちの名前が挙げられ、それぞれに「大慧中の[第一]」「持律中の[第一]」「説法者中の[第一]」「静慮(せいりょ)者中の[第一]」(荻原雲來訳)などの尊称が贈られている。
 法のため、人のために奔走する女性たちが最大に讃嘆されているのである。

◆◆悪知識を寄せつけるな

―― 「和合を破るもの」を破折するのは慈悲 ――

◆「無事故」の呼び掛けを

 一、また、釈尊の教団では、仏道修行のために外出する女性修行者に対して、細かい注意が与えられていた。
 経典には、次のように記されている。
 「一人で河を越え、一人で夜間外出し、一人で衆より残ってはならない」(森章司著『初期仏教教団の運営理念と実際』国書刊行会)と。
 こうして、具体的に注意を促していくことが、危険を未然に防ぐことにもなる。
 私たちも、ふだんから互いに声を掛け合っていきたい。「声」が「魔」を切っていくのである。
 婦人部、女子部のリーダーの皆さんは、「安全第一」「無事故第一」の活動を、どうか宜しくお願いしたい。
 一、釈尊に対する女性の弟子たちの感謝の声も残されている。
 ある女性は、次のように語っている。
 「わたしは、正しく覚った人・最上の人に敬礼しつつ、師の教えを実行して、あらゆる苦しみから脱(のが)れました」(中村元訳『仏弟子の告白尼僧の告白』岩波書店)
 ある女性は、こうも言っている。
 「師の教えを実行しているのですから、どうして安らぎを得ないことがありえましょうか」(『中村元選集[決定版]第13巻仏弟子の生涯』春秋社)
 釈尊のもとで修行した女性の弟子たちが、宿業を乗り越え、蘇生(そせい)の人生を歩んでいった喜びが伝わってくる。
 求道があり、実践があるところ、成長があり、勝利がある。
 そこにはまた、感動があり、安らぎがあり、発展がある。

◆開かれた心で!

 一、アメリカの女性詩人エミリ・ディキンソンは綴っている。
 「信仰を無くすことは/ 財産を失うことより大きいのです」(谷岡清男訳『愛と孤独と』ニューカレントインターナショナル刊)
 その通りである。
 19世紀に活躍したディキンソンは、ホイットマンと並び称される著名な詩人である。
 私は、折々に古今東西の偉人の箴言などを紹介してきた。
 世界の偉大な精神から学ぶことは、仏法をさらに一歩深く理解していくきっかけにもなる。
 また、信心していない人にも、幅広く共感を広げることができると思うからである。
 大聖人は、さまざまな経典を引かれ、古典や説話を用いられて、仏法の真髄を説き明かしておられる。
 「開かれた心」が大聖人の世界であり、学会の世界なのである。

◆魔の常套手段(じょうとうしゅだん)

 一、続いて、諸御抄を拝したい。
 「上野殿御返事」に仰せである。
 「大魔がとりついた者たちは、一人を教訓して退転させたときは、それをきっかけにして、多くの人を攻め落とすのである」(御書1539?、通解)
 一人を退転させ、そこから多くの人間を攻め落とす ―― これが魔の常套手段である。
 続いて、次のようにも仰せである。
 「いいかげんな人が、信ずるような格好をしながら、おかしなことを言い出すと、そのほかの人の信心をも破ってしまうのである」(同?、通解)と。
 破和合僧の悪行(あくぎょう)は、厳しく責めなければならない。悪いことは悪いと言い切り、正しい道を教えることが「本人のため」である。
 後輩が同じ過ちを繰り返さないためにも、責めて責め抜くことだ。厳しく対処することだ。
 それが本当の慈悲なのである。
 これまでも名聞名利に流され、学会を壊し、同志を裏切った反逆の輩がいた。その悪人たちが、いずれも、哀れな末路を晒(さら)していることは、皆さんがご存じの通りだ。
 仏法の因果の報いは、あまりに厳しい。

◆善(よ)き心の連帯を

 一、大聖人は、経文とその釈を引かれ、こう言われている。
 「悪知識というのは、甘く語りかけ、詐(いつわ)り、媚び、言葉巧みに、愚かな人の心を奪って、善き心を破る」(同7?、通解)
 悪知識は絶対に寄せ付けてはいけない。
 強き信心で悪知識を見破り、厳然と破折していくのである。
 青年部の諸君、よろしく頼む!
 「善き心」の友の連帯を、さらに広く、さらに強く、築き上げていただきたい(大拍手)。

(2005・8・2)
全国最高協議会での名誉会長のスピーチ?

―― 偉大な人生を! 青春の闘争が「人間」をつくる ――

◆◆◆善き友と幸福の大道を

◆◆御聖訓 互いに常に語り合って広宣流布へ

◆◆◆学会の会合は励ましと和楽の集い

【名誉会長のスピーチ】

 一、ドイツの大詩人シラーといえば、皆さんもご存じであろう。
 私は若き日に、シラーの作品を愛読した。多くの詩を覚えた。
 そのことをご存じだった戸田先生が、突然、「シラーの詩を暗誦してみなさい」と私に言われたこともあった。
 先生はさまざまな形で、常に私を訓練してくださった。本当に厳しい先生であった。大学者の先生であった。

◆「遅い!遊んできたのか!」と

 一、私は戸田先生の経営する出版社で、雑誌『冒険少年』の編集長を務めた。後に『少年日本』と改題してからも、全力で内容の充実を務めた。
 原稿の依頼などのために、多くの作家と語り合う機会があった。少年少女のために、少しでも、いい雑誌をつくりたい―― そうした思いから話に熱が入り、話し込んでしまうこともあった。
 仕事を終え、急いで会社に戻ってくると、戸田先生が時計をにらんで、じっと待っておられる。
 「遅いじゃないか!遊んできたのか!」
 こう厳しく叱られたこともあった。
 また、依頼していた原稿を作家から受け取り、帰ってきた時のことである。
 戸田先生から、「原稿の内容が、どんなものか言ってみなさい」と言われ、私は本当に困った。
 原稿を受け取るのが精一杯で、とてもそれに眼を通る余裕はなかったのである。冷や汗をかく思いであった。
 一、戸田先生は、じつに厳格であられた。
 ある意味では、戸田先生は怖かった。つりと思う時もあった。
 しかし、、究極的には、師のもとで戦える生命の喜びがあった。楽しかった。
 私にとっては、真剣な修行の毎日であった。
 偉大な人間をつくるためには、厳格な修行をさせないといけない―― 戸田先生は、このことを知悉しておられたのであろう。
 私は万事にわたって、一分の隙もなく、訓練していただいた。
 戸田先生のもとで最高の訓練を受けられたことを、私は、心から感謝している。青春時代の薫陶があったからこそ、今の私がある。そう自負している。
 もちろん、今と昔では時代も違う。しかし、最極の人間性の世界である学会の中で、指導を受け、自身を磨けることが、どれほど素晴らしいことか。
 恵まれた時代だからこそ、特に青年は、求めて訓練を受けていってほしいのである。
 一、シラーの戯曲の中に、こういう言葉があった。
 「まずいことは上のほうに原因があるのだ」(濱川祥枝訳『ヴァレンシュタイン』岩波書店)
 リーダーの責任は重い。リーダーの成長で、組織の発展も決まる。
 だからこそ、全リーダーが深き決意に立ち、新たな勝利の歴史を築く大前進を開始してまいりたい(大拍手)

◆師子身中の虫が仏法を破る

 一、ここで、御聖訓を拝したい。
 日蓮大聖人は、「南条兵衛七郎殿御書」で仰せである。
 「大悪魔は、貴い僧となり、あるいは父母や兄弟などについて、人々の成仏の障りとなるのである。どのように言ってきても、『法華経を捨てよ』と欺こうとするのを用いてはならない」(御書1497?、通解)
 魔の働きは、貴い姿をした僧や父母・兄弟等の生命に入って、法華経を信じる者を退転させようとする。
 その方程式は、今でも変わらない。魔は巧妙な手段を使って、成仏をさまたげる。“信心をやめろ”“広宣流布をやめろ”―― そういう声に、絶対に、たぶらかせてはならない。
 妙法を弘める学会から離れて、真の信心を失えば、功徳があるわけがない。不幸の坂を落ちるだけである。その厳しき事実は、皆さまが、よくご存じの通りだ。
 簡潔な御文であるが、重大な誡めである。戸田先生も、よく語っておられた。
 また「佐渡御書」には、「外道や悪人は如来が説いた正法を破ることはできない。仏弟子らが、必ず仏法を破るのである。『師子身中の虫が、師子を内から食う』といわれる通りである。大果報の人を、他の敵は破ることができない。親しい者が破るのである」(同957?、通解)と述べておられる。
 仏法は、外からではなく、内部から破壊されるとの厳しき仰せである。よくよく思索していただきたい。
 さらに「兄弟抄」には、こう仰せである。
 「法華経を信じる人が恐れるべきものは、賊人、強盗、夜討ち、虎狼、師子等よりも、現在の蒙古の襲来よりも、法華経の行者を悩ます人々である」(同1081?、通解)
 仏意仏勅の団体である学会の前進を阻み、どんな悪人よりも、さらに悪い。
 こうした輩とは、断じて戦うことだ。徹底して破折することだ。
 敵に対しては、「一」言われたら「十」言い返す。いな、「百」言い返す。正義の怒りをもって、言い切り、責め抜くことが大切である。
 だれよりも、リーダーが真剣でなければならない。そうでなければ、魔にやられてしまう。

◆悪と妥協するな
 一、さらに、いくつか御書を拝したい。
 大聖人は「法華行者逢難事」で門下に対して、「このような末法の濁った世にあっては、互いに常に語り合って、いつも後世を願っていきなさい」(同965?、通解)と仰せである。
 また、「寺泊御書」では、「信心の志のある人たちは、一つの場所に集まって、この手紙を読むのをお聞きなさい」(同951?、通解)と述べておられる。
 ともに、大難の渦中の御手紙である。
 同志の連帯、励まし合いが、どれほど大切か。和気あいあいと会合に集い、御書を学ぶ。広宣流布の精神を学ぶ。すべて、大聖人の仰せの通りの実践なのである。
 大聖人は悪知識について、次のように記しておられる。
 「顕謗法抄」では、「悪象のために殺されても地獄・餓鬼・畜生の三悪道に至らないが、悪友(悪知識)のために殺された場合、三悪道に至る」との涅槃経の文を示され、「後世を願う人は、一切の悪縁恐れるべきである。一切の悪縁より悪知識を恐れるべきである」(同452?、通解)と仰せである。
 「唱法華題目抄」でも、「国を滅ぼし、人を悪道に堕とすものは、悪知識に過ぎるものはない」(同8?、通解)と述べておられる。
 また、外見は、いい格好をしながら、名利をむさぼり、学会を食いものにしようとする卑劣な人間もいる。そうした悪人にだまされてはならない。
 さらに「南部六郎殿御書」では、「もし正法を誹謗する者であるならば、ともに住んではならない。また、親しみ近づいてはならない。もし親しみ近づき、ともに住するならば、阿鼻地獄にゆくことになるだろう」(同1374?、通解)との経文を引かれ、正法誹謗の者に親しみ近づくと地獄に堕ちる、と厳しく誡められている。
 仏法は厳しい。悪と妥協すれば、ともに不幸の道へと堕ちてしまう。だからこそ仏法破壊の悪とは断じて戦え、と大聖人は教えておられるのである。


◆◆◆創価学会に注目したトインビー博士 「宗教が人類の可能性を開く」

◆地球を包む創価の民衆運動
 一、イギリスの歴史家トインビー博士との語らいは、私にとって忘れ得ぬ思い出である。
 博士は、世界宗教の重要性について、こう語っておられた。
 「われわれは、あらゆる人間の目を開かせ、そこから人間が全人類を包含する社会の一員である、人類が全宇宙的な生命体の一部であるという自覚をもたせるような、世界的宗教を必要としています」
 日本の雑誌に寄稿した論文の中では“すべての人類に、無限の可能性を授けるのは宗教である”と論じておられる。<月刊誌『自由』1968年1月号>
 博士がとりわけ注目しておられたのが、東洋思想の精髄というべき仏教であった。
 博士は、仏教を現代に展開する創価学会の活動に注目していた。そして、私との対談を希望し、書簡を寄せてくださったのである。 
 博士は健康の問題もあり、日本への訪問は難しい状況だった。そこで博士の招待を受け、私がロンドンにうかがうことになった。
 ロンドンにある博士のご自宅では、ご夫妻が最大に歓迎してくださった。そしてご自宅の中をていねいに案内してくださった。
 一流の大学者であるにもかかわらず、傲慢さや偉ぶる様子など微塵もない。息子ほど年の離れた私に対して、本当に温かく、真摯に接してくださった。
 偉大な博士であった。博士は語っておられた。
 「人類の生存に対する現代の脅威は、人間一人一人の心の中の革命的な変革によってのみ、取り除くことができるものです。
 そして、この心の変革も、困難な新しい理想を実践に移すに必要な意志の力を生み出すためには、どうしても宗教によって啓発されたものでなければならないのです」
 博士が注目し、期待を寄せた創価の大民衆運動は今、大きな潮流となって地球を包んでいる。人類の希望として、世界の識者が賞賛している。
 私たしは深き誇りを胸に、この「人間主義の大道」「幸福の大道」を歩み抜いてまいりたい(大拍手)。

(2005・8・2)
全国最高協議会での名誉会長のスピーチ?

―― 指導者は「民衆のために」「民衆と共に」 ――

◆◆◆信心とは究極の正義の勇気

◆◆◆第一線に飛び込め!誠実に語れ!


【名誉会長のスピーチ】

 一、信心とは、究極の勇気である。 
 正義に生き、何ものをも恐れることはない。
 それが信仰者である。
 尊き同志を守るためには、臆病であってはならない。
 リーダーは、常に第一線に飛び込んで、猛然と戦う勇者でなければならない。
 私が青年部で戦っていたころ、戸田先生の悪口を撒き散らし、いわれなき学会批判を繰り返していた連中がいた。
 私は、どうしても我慢ならず、一人で相手のところへ行った。
 そして、師匠の真実を叫び切り、学会の正義を訴えて、その場で相手を理解者に変えていったこともあった。
 学会は強気でいけ―― それが戸田先生の教えである。
 いざというときに動けない臆病者、戦えない意気地なしが、何人いても広宣流布は進まない。
 日蓮大聖人は「法華経の剣は信心のけなげ(勇)なる人こそ用いる事なれ」(御書1124?)と仰せである。
 たとえ、無敵の剣を持っていても、使う人間が臆病では、魔は打ち破れない。
 青年ならば、勇気を出すことだ。信心とは最高の正義の勇気である。
 真の勇者は、常に一人立つのである。

◆敵がいるから戦う喜びが!

 一、私には、若き日から、学会の一切の責任を担ってきたという自負がある。
 第3代会長になったのが32歳のときである。
 広宣流布には、三障四魔がつきものである。まさしく、仏敵との連続闘争の日々であった。
 また日本中、世界中の同志のことを考えると、365日、心休まる日はない。それが正直な気持ちである。
 だが、敵がいるから戦えるのだ。戦いがあるから成長できる。感激の同志と、生命の奥底から喜び分かち合うことができるのだ。
 これ以上の人生の誉れはないのである。

◆仏法は勝負!

 一、どうしたら「道」は開けるか。
 リーダーが自分で動くことだ。自分自身が戦って、広宣流布の結果を示していくのである。
 どうしたら「心」をつかめるか。
 誠実な振る舞いしかない。直接、会って、礼儀を尽くし、話を聞いていく以外にない。
 すべては、リーダーの一念と行動から始まる。
 人ではない。自分である。大変なことは人にやらせて、自分はうまくやろうというのでは、幹部がいる意味はない。
 せっかく積んできた福運も消えていく。組織全体もよどんでくる。
 仏法は勝負である。
 所詮、勝つか負けるかのどちらかしかない。
 その分かれ目が指導者の一念であろう。
 リーダーが先頭を切っていくことだ。戦う息吹にあふれていることだ。
 いつも、生き生きとして、歓喜がある。生命力がある。光っている―― このリーダーが勝つのである。


◆◆◆女子部が伸びれば広宣流布は磐石!


◆一人の女性から

 一、繰り返し申し上げるが、皆で女子部を大切にし、尊敬してまいりたい。
 戸田先生も「女子部を大事に」と何度となく叫ばれた。
 私も青年部時代から、女子部の意見を最も大切にしてきた。戸田先生がそうしなさいと言われたのである。
 女子部が伸びれば、学会の未来は磐石である。
 一人の立派な女子部の存在は、十人、百人に匹敵する力を発揮していくからである。
 たとえば、会社などでも、一人の女子部の活躍によって、会社全体に学会の信頼が広がっているケースが数多くある。
 家庭にあっても、やはり女子部が中心であろう。娘の言うことには、お父さんも従わざるを得ない(笑い)。
 結婚すれば、夫をリードし、子どもができれば、後継者の育成の担い手となっていく。
 女子部の使命は、かぎりなく大きい。活躍の舞台は、無限に広がっている。
 ともあれ、女子部の皆さんには、幸福になってもらいたい。その崩れぬ土台を築くのが青春時代である。
 そして清らかな、強き信心を持った女性になってもらいたい。
 男性の幹部は「ナイト(騎士)の精神」で、女子部を守っていくことだ。
 女性が生き生きと力を発揮しているところは、明るい。すがすがしい雰囲気がある。どこまでも伸びていく。
 女性を大切にしたところが、最後は勝ち栄えていくのである。


◆◆◆インドの哲人・竜樹が王に呼びかけた 苦労は自分ひとりが背負い 喜びは人々に分かち与えよ

◆◆◆人間の精神性を高める宗教は政治の質を向上させる チリのエイルウィン元大統領


◆大衆の側に立て

 一、ここで、「民衆の幸福」を目指す政治について、識者の箴言をいくつか紹介したい。
 アメリカを代表する経済学者のガルブレイス博士は、私と対談した折、次のように述べられた。
 「(私は)多くの政治家と出会ってきました。いちばん反感を覚えたのは、大衆のことを考えず、自分の野望や主義にばかりこだわる政治家でした。政治をよくするといっても、この点から改めていくことが肝要だと思います」
 “皆さんのため”と言いながら“己のため”にだけ動きまわる政治家を、絶対に許してはならない。
 博士は言われた。
 「政治家の資質についても、私は一貫した考えをもっています。すなわち、私が望むのは、一握りの恵まれた人々とではなく、つねに大衆と共にある政治家です」
 「政治化には、ごく一部の幸運な人々の側ではなく、大多数である大衆の側に立ってほしいと強く願っています」
 これまでも、偉そうに振る舞って、大衆を見下す政治家がいた。その卑劣な本質を、鋭く見抜くことである。
 博士は、こうも語っておられた。
 「私は、“良識”という意味でも、“政治家としての資質”という意味でも、男女の間にはいかなる差異もないと思っています」
 「私たちの社会は、あらゆる面において、女性への差別をなくしていくべきです。」
 その通りである。女性の声を生かせない社会は必ず衰亡していく。ここに、これからの政治の、重要な焦点の一つがある。

◆生きとし生けるものへの報恩を

 一、インドの大乗仏教の論師である竜樹は、ある王にあてた著作のなかで、こう綴っている。
 「世の人びとに役だつことは、何事であろうとすべてつねに行ってください」(『宝行王正論』瓜生津隆真訳)
 また、「返礼を期待することなく、他人に利益をなすべきである。苦労は自分一人が背負い、喜びは人々に分かち与えよ」とも説いている。
 アショカ大王の石碑には、「私がどのような努力をなそうとも、〔それは〕有情に〔負うている義務の〕債務を履行するため」であると刻まれている(塚本啓祥著『アショーカ王碑文』第三文明社。「有情」とは生きとし生けるもののこと)。
 為政者は、自分を支えてくれているすべての存在に恩を感じ、その恩を報じていくべきである。
 ここにこそ、政治に携わる者の真髄があると思う。
 一、チリのエイルウィン元大統領は、私との対談で次のように語っておられる。
 「宗教が人間の精神性の向上を促して、道徳的克己や人間同士の理解や団結や平和の意義を高めている限り、政治の質を向上させることに明らかに貢献しています」
 また、法華経研究で高名な、ロシア科学アカデミー東洋研究所のヴォロビヨヴァ博士は語られた。
 「政治家が、良い心になろうとして信仰をもつことは理想的なことです。そうなった時こそ『民衆のために』『民衆とともに』という政治が期待できます」
 さらに、20世紀の日本を代表する経済人であった松下幸之助氏は、聖徳太子が仏教に影響を受けた史実に触れて、このように述べておられた。
 「形のうえでは、政治と宗教は別個のものであり、異なった役割を果たしているようにもみえます。けれども、それは、たとえていえば、家庭における夫と妻のようなものではないでしょうか。
 それぞれ役割は違いますが、両者が一体となって初めて好ましい家庭ができるのであって、それを根本から分離してしまうのは誤りだと思います」(『人生問答』)
 真の宗教性は、人間の生命を豊かにする。そして、結果的に政治の質を高め、社会全体を豊かにしていくのである。
 ゆえに宗教を無視した政治も、政治を拒否する宗教も、根本の目的である「人間」を見失っていると言わざるを得ない。
 この法則を、一流の人々は冷静に、しっかりと見すえている。

◆地域に社会に新たな価値を!

 一、アメリカ公民権運動の指導者キング博士の盟友でもある、デンバー大学のハーディング博士は、学会の社会的運動を高く評価しておられる。
 「ガンジーやキングは、振興の真の目的は、社会に新たな行動をもたらし、新たな価値を生みゆくところにある、と考えておりました」
 「創価学会の運動は、信仰を実践へと開きゆく運動であり、私たちすべてが共感でき、支持できる運動であります」
 また、インドネシアのワヒド元大統領は、「創価学会は、政治の倫理性を高めています。私は、他の団体も、同じ道に続いていってほしいと願っています」と期待を寄せられた。
 世界は、私たちの人間主義の大行進に注目している。
 ますます勢いよく、恐れなく、堂々と勝利してまいりたい(大拍手)。

(2005・8・3)
全国最高協議会での名誉会長のスピーチ?

――楽聖・ベートーベンのごとく 友を鼓舞する名指揮を!――

――勝利の劇(ドラマ)は「一人」の励ましから――

◆◆全員が宝! 全員が使命の人!

◆◆◆いざという時に戦う人が真の英雄!


【名誉会長のスピーチ】
 
 一、いざという時に決然と立ち上がる。その人こそ真の英雄である。
 大きな試練の時こそ、永遠の大福運を積むチャンスなのだ。
 ひるんだり、落ち込んだりしていても、何も始まらない。
 まず祈ることだ。祈れば、道が開ける。最後は絶対に幸福になる。
 「これでまた題目をあげられる」と考え方を変えるのだ。全部が自分の得になる。
 健康を大事にしながら、大生命力をわき出して、困難をも笑い飛ばしていくのだ。楽しんでいくのだ。
 大変であればあるほど、強く、また強く!
 朗らかに!
 愉快に、希望の歌を歌いながら進みゆけ!
 どんな時でも明るいとことに、人は喜び集う。そこが必ず、勝ち栄えていくのである。


◆◆学会は人材大学校 新入会の友を全力で応援!

◆智慧と祈りで人材の育成を

 一、今や、世界190カ国・地域に、SGI(創価学会インターナショナル)の同志がいる。
 この大発展は、徹して「一人」を大事にしてきたからだ。
 全魂こめて「一人」を励ます。ともに雄々しく挑みゆく。こうして人生と社会の舞台でで、「勝利の劇(ドラマ)」を晴れ晴れと綴ってきたのである。
 皆、かけがえのない使命がある。桜梅桃李―― 自分の花がある。その花を咲かせ、使命を果たしきっていけるのが、妙法の力なのである。
 全員が人材、全員が宝の使命の人だ。なかんずく新入会の友を全力で育て、応援していきたい。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「法華経(御本尊)を受けることはやさしく、持ち続けることは難しい。そして、成仏は持ち続けることにある」(御書1136?、通解)
 大切なのは、信心を一生涯、貫くことである。そうであってこそ、永遠に崩れない幸福境涯を築くことができる。
 そのためにも、先輩の皆さんは、個人指導をよろしくお願いしたい。そこに学会の強さがあり、伝統が光る。
 指導とは、育てることである。広布のために力をつけさせることが、指導なのである。
 そして、実践のなかで「学ぶ」ことだ。
 創価学会自体が、いわば「哲学の学校」「人材の大学校」である。
 各地に素晴らしい人材の育成の流れがある。30年近くにわたって「大学校」で、学会の歴史や師弟の精神を学び、幾万もの人材の大河を築いてきた模範の地域もある。 
 強き一念から智慧は生まれる。大切なのは、真剣な祈りである。
 全国一律ではなく、それぞれの地域で智慧を出し合い、工夫しながら、人材育成の新たな波を起こしていっていただきたい(大拍手)。

◆モンゴルに輝く友情の虹

 一、モンゴルを訪問中の学会代表団から、連絡があった。昨日(3日)、代表団の一行はバガバンディ前大統領を政府庁舎に表敬訪問した。
 バガバンディ氏は、大統領在任中の1998年5月に創価大学を訪問し、記念講演を行ってくださった方である。私もお会いした。
 <代表団との懇談の席上、前大統領は、名誉会長がモンゴル最高の国家勲章の一つである「北極星勲章」を受賞したことを祝福。名誉会長の日本・モンゴルの友好交流への貢献に深く感謝した>
 さらに代表団は、著名な作家で、モンゴル国立文化芸術大学の学長を務めるツェデブ博士を訪問した。
 博士と私は現在、月刊誌「パンプキン」で連載対談を行っている。
 <懇談でツェデブ博士は、6月に新大統領となったエンフバヤル氏が、「池田名誉会長に、ぜひモンゴルにお越しいただきたい」と語っていたことを紹介した。名誉会長はこれまでエンフバヤル大統領と3度にわたって会見し、友情を深めている。
 さらに、博士は「大統領も、政府関係者も、モンゴル国民も、池田先生を慕うすべてのわが国の人々が、先生に一度でもモンゴルを訪問していただきたいと念願しています」と述べた>
 一、第1次「蒙古襲来」の後の1275年、鎌倉幕府はモンゴルからの5人の外交使節を、理不尽にも処刑した。
 日蓮大聖人は、「何も罪もないモンゴルの使いが首をはねられたことこそ、かわいそうではならない」(御書1472?、通解)と記しておられる。
 国家や民族の差異を超え、「全民衆の幸福」の実現を願われたのが大聖人であった。
 それから700年以上の時を経て、今、日本とモンゴルの友好交流に創価学会が重要な貢献をしている。モンゴルの国家指導者や文化人から、学会に大きな信頼と感謝が寄せられている。
 大聖人は、このことを、どれほどお喜びであろうか。
 <なお、モンゴルと日本の友好への貢献などを讃え、名誉会長に同国の6大学から「名誉博士号」等が贈られている。また1939年の「ノモンハン事件(ハルハ川会戦)」の舞台であるドルノド県に、両国の友好と平和の象徴として「池田平和記念公園」が設置されている>


◆◆中国の古典 公明正大に! 太陽のごとく

◆悪を許さぬ明快さを!

 一、現実の社会に正義を打ち立て、幸福の安全地帯を広げていく。それが我らの前進である。
 釈尊はある時、「どのような種類の『出家』がいるかを教えてください」との弟子の質問に対して、「四種の『出家』」があると答えた。
 そして、そのうちの「道を汚す者」について、こう述べている。
 「よく誓いを守っている顔をして、ずうずうしく、名声を汚し、傲慢で、陰謀を企み、自制心なく、いらぬことをよく喋り、しかも振る舞いは礼儀正しそうな者。それが『道を汚す者』です」(スッタニパータ)
 「出家」の身でありながら、傲慢で、陰謀をめぐらす人間。日顕宗の坊主は、その典型である。
 立派そうなふりして中身は卑しい人間に、決して、だまされてはならない。
 戸田先生が愛読された中国の古典『十八史略』。私も先生のもとで学んだ。
 その中で、ある戦を前にして、漢の高祖・劉邦に、臣下が次のように進言する。
 「徳に順う者は栄え、徳に逆らう者は滅びます。大義名分なしに戦いを起こしても、成功するはずがありません。しかるに、敵の非を明らかにすれば、勝利はこちらのものといえましょう」
 敵の非は何か。何のために戦うのか。
 それを明らかにしたほうが勝つ―― そう訴えたのである。
 また、『十八史略』には、4世紀に後趙の国を建てた石勒の言葉が記されている。
 「大丈夫たるもの、事に処するにあたっては、公明正大であること、日月の輝きの如くでなくてはならない」
 リーダーが公正であり、悪を許さぬ明快さを持ってこそ、人々は信頼してついてくるのである。

◆わが地域を希望の理想郷に

 一、今年で、日航ジャンボ機の墜落事故から20年になる。
 <1085年8月12日、大阪へ向けて東京・羽田空港を飛び立った日本航空のジャンボ機が、群馬県上野村の御巣鷹山に墜落。乗員・乗客520人が亡くなり、4人が救出された>
 私は妻とともに、亡くなられた方々の追善を懇ろにさせていただいた。
 まことに痛ましい事故であった。あの日のことは、今でも忘れられない。
 昨年も少し紹介させていただいたが、事故の際、現場に駆けつけた地元の消防団のなかにも、二人のわが同志がおられた。
 斉藤健二さん(副支部長)と泉詔徳(同)である。斉藤さんは当時、男子部大B長(現在の男子部地区リーダー)、泉さんは地区部長であった。
 お二人は、地域貢献の活動を誠実に続けてこられた。
 地域に根を張り、人々のために尽くすことが、どれほど偉大なことか。
 地道な活動が、深き信頼を築いていく。わが地域を、希望輝く理想郷へと変革する力となる。
 地域のために尽力を続ける各地の友の功労を、最大に讃えたい。
 一、日蓮大聖人は「謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり」(御書183?)と仰せである。
 最高の作戦を立てるのだ。合議が大事である。
 その上で、決然たる行動が、勝利を開く。
 ベートーベンの音楽のように劇的に、また繊細に、友の心を鼓舞する名指揮をお願いしたい。
 広布の戦いは、一面では大変である。しかし、皆のため、広布のために尽くしていった分だけ、大きな功徳を受けることができる。
 生々世々、偉大な指導者として、最高の幸福境涯で生まれてくる。その因を積むことができるのである。
 青年部は縦横無尽に、わが使命の天地を駆けめぐっていただきたい。
 とくに新任のリーダーは、決して「殿様」になってはいけない。人ではなく自分が苦労を引き受ける―― それが21世紀のリーダーの要件であることを忘れないでいただきたい。

(2005・8・4)
こんにちゎ。今のところ全部読みました。本当にご苦労様です。自分はSGI-USAで戦わせていただいていますが、アメリカについての先生のご期待を感じることができました。こんな長文ほんとにありがたいです。ありがとうございます!
国最高協議会での名誉会長のスピーチ?=完

――常に先陣! それがわが青春の誇り!――

――広布即健康の大闘争を――

◆◆◆戸田先生 本当に信心すれば、目も輝き、顔色もよく、深い魅力と風格が


【名誉会長のスピーチ】

 一、この秋は、創価学会創立75周年。
 いよいよ歴史的な大闘争が始まった。
 威風堂々と進みたい。
 自身のために!
 社会のために!
 三世永遠の幸福のために!――
 暑いので、どうか健康第一でお願いしたい。
 御聖訓に「年は・わか(若)うなり福はかさなり候べし」(御書1135?)と仰せである。
 信心強き人は、若々しい。広布へ戦えば、健康になる。
 戸田先生は、信心をしている以上、目も輝き、顔色もよく、何ともいえない風格と深い魅力がなければ、本当に信心をしている姿とはいえない、と厳しくおっしゃていた。
 実際、ぼーっとした顔で先生の前に出ようものなら、「何だ!敗北者みたいな顔をするな!」と一喝された。
 立派なことを言うのが仏法なのではない。もっと身近なところ、細かいところに、仏法はあらわれるものだ。
 生き生きと、悔いなく、一日一日を勝利してまいりたい。

◆「私は勝った!」と見事な実証を

 一、戸田先生は言われた。
 「職場の『長』は、自ら、最も早く出勤すべきである。それでこそ、部下も責任を感じ、職場の“鬼”となる。仕事という戦いも勝利の方向へと決定づけられる」
 私は、戸田先生のもとで働いていた時、つねに“朝一番”に出勤していた。必死で戸田先生を守り、広布に走った日々であった。
 「常に先陣!」―― それが、わが青春の誇りである。
 ともあれ、青年の覇気で大事業は進む。学会は強くなる。
 青年部の諸君も、わが職場で、わが組織で「私は勝った!」と胸を張れる見事な実証を示していただきたい。
 一、先生は、学会に迷惑をかけた邪悪な人間につちえ、「性根の腐った者は、どこまでいっても始末が悪い」と憤りを込めて言われた。
 極悪とは、断じて戦わねばならない。知恵を尽くして、徹底的に攻め抜くことである。
 また、こうも語っておられた。
 「自分の命も大事だが、それよりも、広宣流布に戦っていく人、広宣流布の組織で戦っている人が一番大事なのだ」
 その通りである。なかんずく、リーダーが同志を大切にする姿勢に一段と徹すれば、学会はさらに発展していく。
 戸田先生は、幹部に対しては本当に厳しかった。
 「信心の基本を忘却した幹部ほど哀れなものはない」
 「見かけは有能に見えても、信心の基本を欠いたら、信心は即座に崩れ去る」
 信心の「基本」とは、言うまでもなく「信・行・学」の実践に尽きる。
 どこまでも基本に徹して、皆から慕われるリーダーであっていただきたい。

◆「現実に戦っている人」を賛嘆!

 一、牧口先生の時代には、軍部政府の弾圧によって、ほとんどの幹部が退転していった。
 戦後、一人で学会の再建に立ち上がった戸田先生。その時代も、難をい恐れ、臆病にも、退転していった人間がいた。
 広宣流布に進む以上、。三障四魔が起こるのは当然である。
 恐ろしいのは、正法を知りながら裏切り、清らかな師弟の世界、異体同心の世界を壊そうとする「破和合僧」の存在である。
 学会員の皆さんは、人がいい。温かい心の持ち主が多い。決して、悪心を持つ輩にだまされたり、広布の団結を乱されてはならない。
 悪を滅する戦いを忘れしまえな、善は生じない。これが仏法の原理である。
 学会では、「現実に戦っている人」を最大に讃えるのである。

◆「師の言葉を蔑ろにする」悪人たち

 一、仏典には、仏道修行者の集まりを破壊する動きへの戒めが説かれている。そのいくつかを紹介しておきたい。
 初期の仏教教団においても、教団の規模が大きくなると、怠惰、傲慢、嫉妬などにとらわれ、悪事を犯し、その悪事を隠す者が増えたようだ。
 ある修行者は、そうした様子を次のように語った。
 「会議に際しては、たとい徳がなくとも、巧みにいいまくる饒舌無学の輩が有力となるであろう」
 「会議に際しては、たとい徳がそなわり、恥を知り、欲念のない人々が、道理に従って陳述しても、力が弱いだろう」
 また、堕落した者の特徴として、「師の言葉をないがしろにする」点が挙げられている。<「たがいに相敬うことなく、あたかも荒れ馬が御者に対するがごとく、師の言に注意することがないだろう」>
 一、和合僧を分裂させようとし、諌められたにもかかわらず、その企てを捨てなかった者や、首謀者を助けた者たちには、厳しい処罰が科せられた。
 教団のみなの前で、自ら犯した罪を白状し悔い改めることを誓う。教団を追放される、等の罰である。
 「和合僧を破す者は、一劫もの間、地獄にて煮られる」とも説かれている。間断なき苦しみの生命となる。
 反逆者の提婆達多が釈尊の教団を破壊しようとしたとき、その動きを助けた者たちは、「分派の加担者」「破和合僧の随順者」等と厳しく戒められた。
 また、戒律を破った罪のある比丘(男性の出家)は、比丘が全員出席する集まりに参加することを禁じられた。
 出席を禁じられた者のなかには、「破和合僧」を犯した者も、「破和合僧」を企んだ者も含まれる。
 罪のある比丘が、自身の罪を隠して出席した場合、他の比丘には、その比丘の出席をさえぎる権利があった。
 もし、戒を犯した者が入り込んだ場合、その集まりで決定されたことは無効になった。


◆◆◆団結は善 分断は悪

◆◆釈尊は同志を離間させる「二枚舌」を厳しく戒めた


◆心と心を「和合させる言葉」を

 一、釈尊が厳しく戒めた罪に、「両舌」がある。
 「二枚舌」のことである。告げ口などによって人々の間を裂き、離れさせ、争わせるので「離間語」とも言う。
 “不和を助長し、不和を楽しみ、不和を喜ぶ”卑劣な人間であり、“和合の破壊者”である。
 釈尊は、「愚人よ、汝らは、なぜ争いを起こすのか」と呵責し、離間語を罰した。
 創価の世界は、仏子の集いであり、善の力の「結合」である。
 心と心を「和合させる言葉」を生み出す人々の集まりである。
 断じて、「分断」の動きに食い破られてはならない。
 日蓮大聖人の時代に、優れた弟子であったにもかかわらず、退転した三位房という弟子がいた。
 大聖人はその不幸な死を書き記し、「鏡のために申す」(御書1191?)―― 後世のために言っておく、と綴られている。
 私たちの広布の歴史もまた、正義と極悪との戦いの真実を、厳格に刻みゆく。
 わが学会は、どこまでも真剣な祈りを根本に、ともに励まし合い、永遠の和合僧団として前進してまいりたい。<編集部でまとめる際、次の文献を参照した。『中村元選集』〔決定版〕第14巻、春秋社。森章司『初期仏教教団の運営理念と実際』国際刊行会。『平川彰著作集』第11・12・14・16巻、春秋社。『南伝大蔵経』>


◆◆未来部と魂の触れ合いを 理想の火を点せ! 


◆青年を鍛えよ

 一、アメリカ創価大学は、この8月、新たに5期生を迎える。
 世界各国から、情熱あふれる英才たちが、勇んで集ってくる。創立者として、これほどうれしいことはない。
 アメリカ創価大学の開学は、2001年5月。開学10周年を目指し、さらなる施設の充実が検討されている。「平和の指導者」を育成する最高学府の建設を、全力で応援してまいりたい(大拍手)。
 一、少子化の時代である。大学をはじめ、あらゆる団体が生き残りをかけて必死である。
 若い人材の育成に全力を挙げている。
 私たちにとって、未来部の友は、将来の学会を担い、世界の平和を担いゆく大切な「宝」の存在だ。全員が、尊き使命を持っている。
 学校の先生もそうだろうが、子どもたちを育てる上で大切なのは、大人自身の人間性である。魅力である。
 「教員は学生の僕であれ」と言われる。ますます「教員の質」や「学生へのサービス」が問われている時代だ。
 まず大人が成長!―― これを心に刻まなければならない。
 そして若き友の努力を讃え、よい点を見つけ、ほめて伸ばすことだ。
 時には「漫才」をするようなつもりで皆を楽しませながら(笑い)、また、深き「哲学者」として大確信を語りながら、正義の心、正しい価値観を教えていくことだ。心から信頼される存在となっていくことである。
 私も、小学校時代の恩師のことを今でも覚えている子どもは、大人の温かな振る舞いを忘れないものだ。若き日の励ましは、一生の宝の思い出となろう。
 大切なのは、魂と魂の触れ合いである。心に理想の火を点すのだ。
 後継の青年を、今こそ鍛え、育ててまいりたい(大拍手)。

(2005・8・4)

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