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アイヌと世界先住民に学ぶ会コミュの「旧石器 → 縄文 → 続縄文 → 擦文 → アイヌ」

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基本結論から
アイヌ民族文化は多民族文化です。
❶【アイヌとはカムイ(精霊)と暮らす人と言う意味もある】
「これが大前提」だから幾つものコタンが国的要素を含む長中心の集まりで、だからこそコタンごとに衣装の模様(モレウ)が違うし、ユーカラ(ユッカラと発音するコタンもある)と言う叙事詩がコタンごとに幾つも有り、方言も有るのです更にコタンごとに儀礼体系が違うのです。
 これは「国家」ではなく、複数の“国的要素を持つ共同体(コタン)”の連合体で。
生物の進化の「棲み分けをしているのと同じなのです」
基層は縄文文化 で 大きく分けて
1、オホーツク文化の強い影響 
2、北方シベリア系文化の影響 
3、和人(本州)との交流・混血
背景として、アイヌ社会は“コタン連合体”であり、中央集権的な国家ではないのです。
モレウ(渦巻き)やアイウシ(棘文)は、コタンの“紋章”のような役割を持っていたのです、また青い瞳をしたコタンのアイヌもいます。
それは、家系さらに地域や交易圏そして祖先集団によって模様が異なるのです。
これは、ヨーロッパの民族衣装や紋章と同じ構造で、多民族文化の典型的特徴なのです。
・・・⚖・・・
このアイヌ文化の破壊儀礼その起源となる縄文の破壊儀礼は、アイヌの送り儀礼(カムイ送り〜イヨマンテ)と構造的にほぼ同じで、精神文化として連続しているのです。
違うのは「儀礼の形式」であり、思想の根本は同じです。
縄文遺跡では、以下のような“意図的破壊”が多数確認されています:
土器を割って埋める
石棒・石剣を折る
土偶〜祭祀具を壊して捨てる
チセ・竪穴住居(神格はチセコロカムイ)を意図的に焼く(火災住居)
特に北海道では、縄文後期〜晩期に火災住居が急増し、明らかに「失火ではなく、葬送・儀礼目的の意図的焼却」だとする研究が主流になっています。
住居を焼く行為は“家送り”に相当する儀礼です。
また、破壊された土器・副葬品は“霊を「カムイコタン」と言う精霊の住む別世界へ送るための破壊” と解釈されています。
破壊=霊の解放
縄文:
土器・石器・住居を壊すことで“霊を送る”
破壊は儀礼的行為であり、実用目的ではない
アイヌ:
物を壊す・家を焼くことで“カムイを送り返す”
熊送りも「肉体を壊す=扮装を脱がせる」儀礼
→ 破壊=霊の帰還という思想が完全に一致。
火の使用
縄文:
火災住居の多くが意図的焼却
火は“境界を越える力”として使われた
【火炎式土器は火を敬う意味でも使われた】
アイヌ:
家送りは必ず火で焼く
動物儀礼でも火(アテフチカムイ)が重要な役割を持つ
→ 火を使って“この世とあの世を切り替える”という構造が同じ。
家を焼く=家送り
縄文:
北海道の縄文後期〜続縄文に火災住居が急増
失火では説明できず、儀礼的焼却と判断される
アイヌ:
死者が出た家を焼く
家の霊を送り返す儀礼(カス・オマンデ)
→ 縄文の火災住居=家送りの原型と考えられる。
注】日本でも【物に対して煙若しくは火を軽くあぶる=浄化の儀式】をします。
 簡略化されて「塩」=「波の花」になったと考える事も出来ます。
●(1)動物儀礼の連続性
縄文:
熊頭骨の特別扱い
動物の骨を焼く・埋める儀礼
アイヌ:
熊送り(イオマンテ)「熊以外にもする」
熊頭骨を祭壇に安置
→ 熊を特別視する信仰は縄文→続縄文→擦文→アイヌへ連続。
◆ ア. どこが違うのか(形式の違い)
違いは「儀礼の形式」であり、思想ではない。
● 縄文
共同体規模の儀礼 破壊・焼却が中心 熊などの動物飼育は行わない
● アイヌ
熊を飼育して送る(高度な儀礼)送りの体系が精緻化 祈りの形式(カムイノミ)が確立
→ アイヌ文化は縄文の精神文化を継承しつつ、儀礼体系を高度化した文化と言える。
◆ 5. 研究者の総合的見解 SNSから
検索結果の研究(内山幸子・大島直行ら)では、次のように結論づけています:
家送り・動物送りの精神観は、縄文から中世アイヌ文化まで連続している。
破壊・焼却による“別世界への送致”という思想は共通している。
考察
縄文文化に既にアイヌの世界観「イオマンテ・カムイノミ」がされて精霊送りがされている、石器(添付写真)や土器が有る。
これは、縄文期にアイヌ文化が既に花開いてたと言う証明にもなる。
注)カムイを“元の世界”へ返す儀式でアイヌ文化では熊だけでなく、フクロウ キツネ道具【写真の様にスタンプ形石器 矢尻 石斧】 船 家など、あらゆるものにカムイ(霊)が宿ると考えられています。
遺伝学・考古学・言語学の複合研究から、北海道の縄文人 続縄文人 擦文文化人 アイヌ民族
この流れは文化的にも遺伝的にも連続していると考えられています。
イオマンテの起源は縄文です。
つまり、アイヌ文化は縄文文化の断絶ではなく、長い時間をかけて成熟した“縄文の後継文化”という理解が最も妥当なのです。
◆ 考察
縄文の破壊儀礼は、アイヌの送り儀礼(カムイ送り)の直接的な祖型である。
両者は“破壊=霊の帰還”という同じ世界観を共有し、火を使った“家送り・動物送り”の思想は縄文から連続。
熊儀礼も縄文→アイヌへ継続
北海道では縄文→続縄文→擦文→アイヌへと精神文化が連続している。
北海道の縄文遺跡に、糸魚川産のヒスイの勾玉そして漆塗りの櫛が出土している。
さらには、北海道の沙流川流域上流部ごく一部しか取れないアオトラ石が、縄文期の三内丸山遺跡や秋田から祭事用の大型石器として出土している。また、アイヌ表記と思われる地名が数多くある。
この事から、最低でも北海道〜東北〜糸魚川地域などでは縄文アイヌ文化圏若しくは 文化を運ぶ道と交流する縄文の民が複数居たと言える。
つまり縄文人は縄文時代から広域ネットワークが存在し、精神文化も共有されていた可能性があると言って良いし「縄文文化 → アイヌ文化」は連続しているのです。
最終結論 ⚖
1,アイヌ文化は縄文文化の断絶ではなく縄文を含むそのもので (続縄文〜擦文)〜後継文化であるのです。
熊儀礼は「旧石器 → 縄文 → 続縄文 → 擦文 → アイヌ」へと、ほぼ一本の線でつながる“北方東アジアにおける最古級の精神文化の連続体”です。
熊は“カムイ(神格〜精霊)の仮の姿”であり、旧石器〜縄文〜アイヌまで一貫している。
● 2. 熊の頭骨は霊の座である頭骨を祀る文化は、旧石器からアイヌまで連続。
● 3. 熊を殺すことは“霊を送り返す”行為縄文の動物儀礼 → アイヌのイオマンテへ継続。
● 4. 共同体全体で行う大規模儀礼熊儀礼は常に「共同体の中心儀礼」であった。
*5,熊儀礼(イオマンテ)は縄文文化そのものの継続です。
冒頭❶、SMSから
アイヌとはカムイ(精霊)と暮らす人と言う意味もある
アイヌ民族は、自然や動物、植物、道具など人間をとりまくすべての事物には“魂”が宿っており、神はカムイモシリ(神々の国)から山や川、クマなど様々な事物に姿を変えて“カムイ”としてアイヌモシリ(人間の国)に下りると考えました。アイヌの人々は、多くの恵みをもたらす“カムイ”に感謝し、祈りや供物を捧げ、カムイもそれにより力を得ます。一方、禍をもたらす“カムイ”には、戒めとして罰を与えた後、改めて、更なる恵みを祈ります。
ainu-history.com
アイヌ民族の信仰では、この世界は人間とカムイとがお互いに関わりあい影響を及ぼしあって成り立っているものだと考えられていました。この考え方は、自然との関わりを深く持っていた昔の暮らしにとっては、生活に必要なものを手に入れたり使いこなしたりするための知識やしきたり、あるいは天災や病気への心構えなどを表すものでした。
Wikipedia
アイヌの信仰には、キリスト教の聖書や仏教の法華経のような決まった教義や教典があるわけではありません。儀式の作法やカムイに対する意識などには、多くの地域で共通してみられる決まりごとや考え方がある一方で、地域ごとに、あるいは人によって異なる点もあります。
Wikipedia
アイヌの信仰は、自然との調和を重んじるアイヌ民族の価値観をよく表しています。気候変動や自然災害が増す現代において、私たちが再認識すべき生き方のヒントとも言えるのではないでしょうか?

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