ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

カレー専門店 クラウンエースコミュのクラウンエースを舞台の映像・・・(妄想ですよ)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
前に、あそこで集団就職の子と雇い主や訳有り夫婦や売れない歌手とマネージャーが食べていたらと書きました。
仕事柄小説ネタや映像ネタを考えてまして、あそこを舞台の映像をいろいろ考えてみました。
小説チックに書いてみますので、お目汚しにお読み下さいまし

コメント(48)

一人は六十近く、開襟シャツを着ている。
もう一人は三十前だろうか、安っぽい背広にネクタイをしている。
どっちも目つきが鋭く、店の中をちらちらと目配りしている。
「大盛り二つな。」
若い方が健さんにオーダーする。
その時、年かさの方が健さんと目を合わせた。一瞬だが、普通ではない感じがした。

「もう一回りするか?」
「そうしますか。」
「俺は匂うんだな・・・」
「長年のカンですか。」
「まあ・・・な。現役35年でカンだけはあるからな。」

年かさの方が健さんに語りかけた。
「新入りだな?」
「ハイ」
その一言が何故かその場を凍り付かせる。
俺のことか??

年かさは楊枝を下品に使いながら、最後に水を飲み干し
「さあ、行くかい??」
若い方に声を掛けて出ていく。

健さんは皿とコップを下げながら、呟くように
「刑事さん達だ・・・スリ専門のな。」
「馴染みですか??」
「・・・・・・・」
「スイマセン」
思わず謝ってしまった。
「ここにいると、いろいろなモノを見る。見ても知らぬ顔が出来ないと、ここは勤まらない。」
自分に言い聞かせる様に、コップを洗いながら語る横顔に、健さんの何かあったであろう過去がよぎる。
それから十人ほど纏まって入ってきた。
ニッカボッカに地下足袋、日に焼けた顔・・・
「兄ちゃん、カレーな!!みんな大盛りだ!!あとビール十本!!」
この近くで道路工事でもやってるんだろう。
みんな威勢がいい。
言葉にどことなく訛りがあるから、出稼ぎなんだろうか。
ビールをまるで水のように飲み干す。
「プゥワー フゥウゥウウ〜〜 うめえ!!」
昼夜兼行でやらないと追いつかないくらい、今土木工事はあちこちでやっている。
恐らく、早朝出勤組が今上がってきたんだろう。
あっという間にカレーの皿が十枚並び、あっという間に空になる。
スプーンと皿のかちゃかちゃと言う音がどんどん早くなる。
掻き込むとはこの事だな・・・

ここで俺達は一旦交代する。
遅出組が前掛けをして、「お疲れさん」と一声。
交代に入ったのは前さんと言うもう60くらいだろうか・・・
頭のはげ上がった好人物だ。
この人が社長に見えるらしい・・・それもそのはずで、前さんはかつては社長だったそうだ。
もっともそれを確かめる術はないし、確かめる気もない。
もう一人はピンさんと言う、やせぎすの40才くらいだ。
顔が青白くて、ヒゲが濃いので病人のように見える。
実際、陰気くさい人で殆ど口を開かない。

二階は喫茶店になっていて、その奥に休憩室がある。
六畳くらいの部屋で、灰皿と座卓があるだけの殺風景な部屋だ。
健さんと俺は何も言わず、ごろりと横になる。
ひっきりなしに電車の音・・・
ガタンゴトン ガタンゴトン ゴットントン・・・
それが子守歌のように感じられる。
俺も慣れたなあ・・・・
>二階は喫茶店になっていて、その奥に休憩室がある。

電車の音といい、再現感あふれますね w
しばらくまどろんでしまう。
何となくこんな時思い出すのは、やっぱり会社が潰れた事だ。
こんな所まで落ちぶれてと思うと、やっぱり情け無くなる。
染みだらけの天井を見ていると、ここにいつまでいるのかなとそればかり考えてしまう。
健さんはいつの間にか寝息を立てている。
彼の正確な年齢は知らない・・・こうして見ていると、実は相当な年輩なんだろうかと感じる。
ここはお互いのことを詮索しない、されない場所なのだ。
駅に来る人に、いちいち「貴方は誰ですか?」と問いかけはしないだろう・・
そうなのだ・・・上野という大きな駅の、駅前のカレー屋なのだ・・・
ここに来て、そして何処かへ去っていく。
俺達もまたそうなんだろうな・・・
風に吹き寄せられて集まって、また風でどこかに飛ばされていく。
会社を閉じるとき、経理の女の子は泣いていたな・・・
彼女は病気のお母さんの面倒を見ながら婚期を逸してしまった。
お互いにまた集まろう・・・そう言う台詞もなかった。
その日一日を懸命に、何かにしがみついて、そして汗をかいて生きてきた。
そのしがみつくモノが無くなったのだ。

健さんの寝息が止んだ。
「おい」
「はい?」
「ちょっと下を見てこい。何か騒ぎの音がするぞ。」
急いで下へ降りていく。
いきなり”会社が潰れる”ですか(笑)
ダウナーな気分が漂いますね。
降りて行くと、派手な化粧の女とぺらぺらの背広を着た男が言い争っている。
ピンさんは黙って当惑した様子で見ている。
前さんはと言うと、全く見て見ぬフリをしている。

女はもう40近いだろうか・・・安化粧独特の匂いが鼻を突く。男はもう60近いかも知れない。一目で安い背広だなとわかる。
「いつもいつも嘘ばかり吐かれてさ、今度もこれから汽車に乗るってのに今晩泊まる金もないの??」
「だからさあ、今日臨時でステージ受けようよ・・・なあ・・・頼むよ・・・なあ・・・」
「あたしはさあ、歌手なんだよ!お酌なんかじゃない!あそこ行けば、二次会三次会って全部あたしがお守りするんじゃないか!それで疲れて宿に帰るったっていつもノミが出てくる様な安宿じゃないか!!」
「クインレコードの安原さんにこの前驕っちゃったんだよ・・」
「何回安原さんに驕れば良いんだよ??あたしの稼ぎだよ!!」
周りが呆気にとられてるのも顧みず、テンションは高くなっていく。
ピンさんは黙って見ている。この人には感情というモノがあるのだろうか?
男は冷や汗をかいて、薄くなった前髪が額に貼り付いている。
女は濃いアイラインが溶けだして、毒々しい口紅が前歯に付いてしまってまるで口から出血しているようだ。
奥からナベさんが出てきた。
「お客さん!!!いい加減にしてくださいよ!!」
「だってさあ、聞いてよ!!こいつ、あたしの稼ぎを全部飲み食いに使っちゃってさあ!!今夜泊まる金もないんだよ!!」
「だから、それはその・・・」
「なによ!!本田のオヤジと酒飲めって言うんでしょ??」
「警察呼びますよ!!」
その一言で女は大人しくなった。
見るとうっすら涙が滲んでいる。
泣いているのだ・・・
女は男を罵りながらやるせない自分に泣いているのだ。
誰にも言えない苦しみが思わず出てしまったのだ。

「じゃ、良いよ・・・飲めば良いんでしょ?」
「うん!すまないね〜〜」
男の顔に笑みが拡がる。
これ以上罵られないですみそうだ。
女は手鏡を出して、化粧を直す。
その横顔は年齢を隠せない・・・・
痴話喧嘩と仕事が綯交ぜになっている(笑)
たまりませんね。
「ごめんね・・・」
「いやあ・・・良いんだよ・・・苦労させて悪いね・・・でもさ、きっといつかレコード出せるよ」
「きっとだよね」
カレーを口に運びながら女は涙ぐんでいるようだ。
カレーの側に男の古びた手帳があって、恐らく電話番号などが書いてあるのだろう、そこは縁がすり切れている。
夢がこの中に詰まっているんだなと俺は直感した。
ピンさんは何もなかった様にコップを洗っている。
俺は二階に引き返すことにした。

戻ると健さんはむくりと起きあがって、
「どうだった?」と聞いた。
「歌手とマネージャーらしいのと口げんかですよ。」
「良くある話・・・か。」
「ですか?」
「ああ・・・コップを割られないだけ良かったよ。」
「ですね・・」
健さんは再び黙りこくった。
お客には関心はない・・・それが強く感じられて殊更寂寞感が漂う。
ピンさんが感情を表さないのもなるほどよく判る。
前さんだって愛想はいいが実際心の中はどうなんだか。

ゴトンゴトンゴトトンと電車の音。
再び健さんは寝息を立て始めた。
あと休みは十五分だ・・・だから、寝るのも起きられないかも知れない。
そう思うと、ただ何となく天井を見つめてしまう。
天井は所々染みが出ていて、それが人の顔に見えたり動物に見えたり、ただはっきり言えることはそれが自分にとって何も関係ない事だった。
関係ない、そう・・・関係ないのだ。
お客はここにやってきて、空きっ腹を癒してそれで出ていく。
それにしては、ここは出来事が多いなあと感じた。

やがて、健さんがむくりと起きあがり、無言で前掛けをする。
俺もあとへ続く。
下へ降りていくと、ちょうどお客の波が切れたところで、前さんはコップを洗っていた。
ピンさんは無表情で二人いるお客を見ている。
お客は、サラリーマンだろうか、一心不乱に食べている。
きっと遅い昼飯なのだろう・・・相当空腹と見える。
「じゃあ、宜しくね」
前さんは愛想のいい笑顔を浮かべ、健さんから休憩室のカギを受け取った。
額に前髪が汗でこびりついている。
ピンさんは無言で前掛けを外すと、休憩室に行かずに店の外に無言で出ていった。
「ピンさんは休憩室が嫌いらしいんだ・・・」
健さんが独り言のように呟く。
さっきの様に何かあったらどうするのか・・・でも、ピンさんでは何も出来ないだろうから、まあいいのか。
勝手にそう理解した。

今日の俺は早番の早上がりで、四時半に終了である。
ナベさんが、「何か食って帰るか?」と聞いてきた。
何かったって、カレーしかない。
でもまあ、良いかと思い調理場の隅で掻き込む。
ここのカレーは値段の割に美味いなと思う。
「お先に失礼します。」と休憩室脇のロッカーで着替えて帰ることにする・・・

俺の四畳半は亀有駅の北側にある古いアパートだ。
亀有の駅は、北と南で全く様子が違う。
南側は結構大きなロータリーがあって、浅草寿町や小岩方面へ行くバスがかなり出ている。
それに比べて北側は何となく淋しくて、大谷田行きのバスがひっそりと出ているだけだ。

>集団就職の子と雇い主や訳有り夫婦や売れない歌手とマネージャー

改めてペンギンさんの視点は、想像力溢れると言うか素晴らしいですね。

この雰囲気こそクラウンカレーのもう1つの醍醐味かも。
俺がこのアパートに入った時は、少しは夢もあった。
真面目に勤めて、いずれは結婚して郷の母親を安心させてやりたい。
それに、その頃良いなと思った彼女も出来そうだった。
運送会社のパートで事務とお茶くみ・・と言っても来るのは信用金庫と親会社の係長だけ。
出涸らしのお茶を入れて出すのが彼女の仕事だった。

それが今でも思い出すけれど、あの日の電話だ。
俺は営業の経験があったから、運転手兼営業開拓兼経理だった。
九時半頃に警察から、幼稚園の送迎バスに追突したと言う電話だった。
事故は大した事はなかったけれど、過積載の上に居眠りが原因で、勤務状況も過労を承知だったから、言い逃れは出来なかった。
お定まりのマスコミ報道で、会社はあっと言う間に倒産。
その女性はある日を境に突然来なくなった。
どうしても彼女に聞かなければならない事があるので、憔悴した社長の奥さんと一緒に彼女のアパートを訪ねた。
髪を振り乱して、引っ越しの準備をしている彼女がいた。
聞けば、テレビで会社が映った時に彼女も映ってしまい、それを見た別れた夫が会社に電話して彼女の家を探し当ててしまったのだそうだ。
「もう逃げるしかない」
それが最後の会話だった・・

俺の全ての望みがそこで断ち切られた感じがした。
自棄になって上野でパチンコをしようかと・・そこで見たのが求人の紙だった。
指先にだいぶカレーの匂いが染み込んでいる。
俺は一体どこへ行くんだろう・・
これからどうなるんだろう・・
色々考えていたら、やがて眠くなってしまい、薄い布団にくるまる。
風でアパートの窓ガラスが小さな音を立てる。
明日は早出だな・・十時に店か・・
それだけ確認して、灯りを消した。
女性の先行きが気になります。
幸薄い美女、どこにでもいるのですね。
上野の街にはそういう女性が確かに結構いそうですね。
夜中の一時に目が覚めてしまう。
水を一口飲み、その女性のことを何となく思い出してしまう。
殆ど化粧もせず、どこか寂しげだけど無理して作る笑顔が俺にとっては癒しだった。
この人を幸せに出来たらと、この人を幸せにしてあげなければと、勝手な義務感や責任感で熱くなった事もあったっけ。
社長の奥さんと彼女のアパートに行った時、ぶっきらぼうに
「あの男が来るんです!もうダメなんです!」と言った彼女の目は赤く血走っていた。
泣いているのではない・・恐怖感に襲われた目なんだろうか・・人生経験のさほど無い俺は勝手にそう解釈した。
社長の奥さんが「今までありがとう」とだけ言うと、二言三言事務処理の事を話して、封筒を渡していた。
おそらく、少しばかりの金が入っていたんだろう。
会社に帰ってきてみると、経理の女の子は帳簿を開いたままで泣いていた。
彼女も、親一人子一人で何とか親の面倒を見られると喜んでいた矢先だった。
小さな幸せはあっけなく消し飛んでしまう・・
交通課の警官の事情聴取・・一方的に彼らの言う事実が積み上げられていく。
聴取と言いながら、逆らうことは許されない。
全くの一方通行の会話・・その結果、会社は無くなった。

会社が無くなってすぐの頃は、その警官のことを思いだして怒りがこみ上げて来たけれども、食うに必死な生活と言うのはそんな怒りさえ奪い取ってしまう様だ。
親に会社がこれこれの事情で潰れたと電話して、それから手紙を書いた。
母親から手紙が来て、何かあったら帰ってきなさいと書いてある。
それしか言い様が無いよなと自嘲気味に薄ら笑いを浮かべた事を覚えている。
返事を書こうとして、それっきりにしてしまった。
今、書こうか・・そう思ったけれども、書くことは今カレー屋で働いている事くらいしかない。
それじゃ書くことが無いよなと、薄汚れた天井を睨んだ。
あの会社は幸せ薄い人達が集まってきてしまう・・そんな吹き溜まりみたいな場所だった。
ちょっとでも、何とかして浮き上がりたい・・その思いで無理を重ねてしまった。
高校を出てからの俺の人生も、そんな感じだった。
あのカレー屋で働いている人もそうなんだろうな・・
思わず涙してしまう。
そして空笑い。

ふへ ふはは ふはははは・・・

闇に響く笑い声は何故か愉快だった。
やがていつしか、眠りに就いてしまい気が付けば朝の六時半だった。

男の想いが走馬灯のようにめぐる、カレーの辛さにはそうした味も隠されているとは。
十時少し前に店に着く。
今日はカウンターも調理場も三人体制だ。
そう言えば、今日は戦場になるとナベさんが言ってた。
どういう意味か聞こうと思って忘れていたのだが、それを程なく知る事になる。

カウンターは、鉄っつあんとキーやんと俺だ。
調理場はナベさんと満にもう一人の親方、長さんである。
長さんは実は喫茶店の経験が長く、もともと北千住の駅前で喫茶店をやっていたのだが持ち前の博打好きが祟り、店を手放してしまったそうだ。
今でもそれを何とも思わないで、暇さえあれば赤鉛筆を手放さない。
奥さんと子供は実家に帰ってしまったそうで、いつ死んでも良いんだと言うのが口癖である。

鉄っつあんは五十近い、毛深い熊のような容貌でとても女に持てるとは思えないのだが、女好きは人後に落ちない。
キーやんは関西弁を話す、愛想のいい六十近い人物だが時々見せる寂しげな表情に、人生の山谷を感じさせる。
十一時になり、開店・・と、同時に店の前に巨漢の男達が行列を為す。
あっと言う間に店は満員で、店の外には男達が中を遠慮会釈無く覗き込み、早く出てくれとヤジを飛ばす。
上野駅の前には大きな団扇を持った浴衣姿の若い衆が何人か・・
そうなのだ。相撲巡業に出る一行が上野駅前に集まってきたのである。
彼らは団体列車で行くので、何十人何百人が一カ所に集まる。
その合間にカレーライスを掻き込む。
店の中は鬢付け油の甘い香りで一杯になる。
もはやこうなると、普通の人は入れない。
全員大盛りで食べる速さも半端じゃない。
しかも、金回りが良いのか一人で二杯も食べるのがいる。
そんな中、店には入らずに腕組みをして辺りを睨み付けている感じの相撲取りが一名・・まだ若い。
そいつがこっちを見た瞬間、眼光の鋭さに驚いた。
まさに獣と言うか、油断の無さ隙の無さ・・カレーを掻き込んでいる仲間には目もくれず、何かを睨み付けて腕組みをして立ち続けている。
ドアが開いた時を見計らって、もう少しで空きますよと声を掛けると、
「いやあ。良いんです。ここで立って待ってるもんで。」と真っ白い歯を見せて笑う。
恐らくまだ二十歳前だろう。
背は高いがまだ痩せている・・しかし、カレーを掻き込んでいるふんどし担ぎ達とは違う何かを感じさせた。
店を出た先輩力士が何か荷物を持たせて、駅の方へ向かっていった。
実は、この半年後に相撲社会の厳しさを俺はまた見る事になる。
しかも、同じ相撲取りによって・・・
キーやんが腰をとんとんと叩きながら
「はあ・・行ったかいな。よう食うわい。まあそれだけ店の売り上げも上がる言うこっちゃねえ・・」と人なつっこい笑顔を浮かべる。
釣られて、鉄っつあんも笑う。
「どや、おなごが来んから、つまらなかったんちゃうか?」と女好きの鉄っつあんを茶化す。
ナベさんとキーやんがあがり、ピンさんが遅番で来るまで俺と鉄っつあんでカウンターは賄う。
と、そこへ着物姿の五十絡みだろうか、粋な身なりの小男が入ってきた。
「ビールにカレーね。」
見ると、風呂敷包みを抱えた二十歳前くらいの青年を伴っている。
「そちらさんは?」と鉄っつあんが聞くと、その小男は
「こいつはまだ前座だからね。気遣いなんかいらないんだよ。」
椅子にも座らせず、店の中で風呂敷包みを持たせたまま、立たせたままである。
と、その男の子のお腹の虫がきゅるるぐぅ〜〜と鳴った。
「どうだ??ひもじいかい??早く真打ちにおなりよ。」
そう言いながら、ビールをきゅーっと煽る。
ビールをもう一本頼み、ゆっくりとカレーを食べる。
恐らく、この師匠はわざとゆっくり食べているんだろう。
わざとゆっくり、ビールを飲み、そしてらっきょうをぽりぽり音をさせて食べている。
「ああ〜〜甘露甘露!!前座を立たせて飲むビールは旨いねえ〜〜お愛想ね!!おい、払っとけ!!」
弟子は巾着から財布をとりだし、支払いを済ませる。

「誰ですか?あれ・・・」
「三升家小禄と言ってね、そりゃ巧い噺家だよ。ああやって弟子をいびるのが趣味だな。」奥から長さんが答える。
厳しい上下関係、それはこんなカレー屋でも発揮されるのだ。
「詳しいんですね」と言うと、長さんは珍しく淋しげな表情になり
「まあ・・な・・・・落語、好きなんだよ。」
健さんに以前聞いたのだが、長さんの喫茶店は実際流行っていたらしい。
もともとは真面目な人だったので、一心不乱に働いてそれが実って支店まで出すに至った。
けれども、ある日喫茶店にやってきた流れの予想屋に引っ掛かり、あっという間に博打の虜になって、店と家族を失う事になったとか。
それにしても、なぜあの小禄師匠がこのカレー屋にしょっちゅう来るのか、それも決まって長さんのいる時に来るのか、決して語れない事情があるのだと健さんは言っていた。
「あの小禄のシゴキに耐え抜けば、それは巧くなるよ。実際二つ目になったのを一人知ってるけど、そりゃ巧いよ。でも、小禄はなかなか真打ちにさせない。お座敷に引っ張り出して、端唄から踊りまで全部見せつけて、ここまで出来なきゃ真打ちなんか張れないねえってやっちゃうんだ。」
何故それを長さんが知っているのか、凄く不思議なのだがそれを聞いてはいけないのが、ここのルールだ。
人の身の上話は突っ込んじゃいけない、嘘を吐きたいときは誰にでもあるからが健さんの独り言だった。
その点満だけは出所がはっきりしている分、他の連中とは違う明るさがあった。
満の夢は、故郷の駅前にカレースタンドを作る事だと言う。
客あしらいや味付けなど、もう五年は辛抱して覚えるんだと明るい笑顔を浮かべて頑張っている。
やがて、ピンさんが来る時間になったが、ピンさんは現れない。
長さんは「こりゃ、ピンさん・・ふけたかな・・」と呟いた。
ふける・・つまり、突然来なくなってしまう事を意味する。
この店ではしょっちゅうで、酷いのになると休憩時間にいなくなってしまった事も、二度や三度じゃないと言う話しだ。
と、そこへ年の頃70くらいの老婦人が現れた。
物腰が柔らかで、およそこんながさつな店には似合わない。
「あの・・ちょっとお尋ねしますが、こちらに佐々木幸之助と言う男性はおりませんでしょうか?」
こういう話しは長さんの受け持ちだ。
「佐々木・・コウノスケですか??」
「はい。松下幸之助のコウノスケと同じ字を書きます。」
「そう言う人はいませんが・・」
「じゃあ、あの・・背が高くて顔の青白い無口な男性は働いておりませんか?」
「柳田一郎の事ですか?ここで顔が青白くて背が高いと言えば、柳田一郎ですけどね。」
「ここではヤナギダイチロウと名乗っていたのですね?」
「失礼ですが・・・」
「佐々木幸之助の伯母なんです。目黒に住んでいます。」
長さんは喫茶店に電話をして、誰か自分の代わりにちょっと来て欲しい旨を伝えると、運良く親方が仕込みで来ていたので替わって貰う事に。
長さんとその老婦人は喫茶店に行く。
親方は「ここじゃあ、履歴書なんて誰も信じないからな。語りたくない話しばかり持ってる連中が多いんだよ。満もとんだ人生勉強だな・・」
満は黙って下を向いて、拭き掃除をしている。
満はこまめで、常に清潔を忘れない。
やがて、小一時間ほどして長さんが婦人と戻ってきた。
婦人は「では、この連絡先によろしくお願いいたしますよ。」と二度三度頭を下げて、店を出ていった。
親方は「じゃあ、長さん頼むよ。」と喫茶店へ。
不思議な事は、誰も長さんに何も聞こうとしない事だ。
思わず俺は「どうでしたか?」と聞いた。
すると、長さんは恐い顔をして「知らなくて良い事だ。」とだけ言うと、その連絡先の紙に火を着けて、ガス台の上で燃やしてしまった。
この店で働く人間にとって、過去は関係のない事なのだ。
その日働いて、食事をして帰る。
それだけの事だ。

二日ほどして、ピンさんが現れた。
「すみません・・シフトを間違えて、おまけに風邪を引きまして・・」そう親方に言うと、親方は
「ああ・・良いよ良いよ。時にはある事だよな。気を付けてな。」それだけ言う。
誰も、その老婦人の事を言わなかった。
ただ、ピンさんは「ちょっと引っ越す事にしました。これが連絡先ですので・・。」と、親方にメモを渡していた。
何か引っ越す事情がピンさんに出来たんだ・・それだけの事なのだ。
老婦人との関係があるのかどうか、それも何も言わなかった。
ここの職場は、朝来て挨拶だけすれば、後は沈黙していても仕事は出来る。
ピンさんにとって、それがどれだけ有り難いか・・・
俺だって、ここにいる事を昔からの知人や親戚には知られたくない。
幸いなことに、今までその様な事は無かったし、第一この忙しい店に来る客で、あれこれ詮索する暇のある客はいないだろう。
それが俺にとっても他の連中にとっても幸いなのだ。

外は雨が降り出して、余り人通りもない午後だった。
早番だった俺は、そろそろ上がりかなと思いつつ、やる事も行くところもある訳じゃない手持ちぶさたさが身を突き刺す感じだった。
夫婦者らしきがそんな時に店に入ってきた。
時間から言って、東北地方への夜行に乗るんだろう。
男は40歳代で女は30に入ったくらいか・・
カレーを頼むと、ひそひそ話を始めた。
女がいろいろ話し掛けるが、男は不機嫌そうな相槌を打っているだけだ。
ピンさんはこんな時にも無関心で、グラスを洗って拭いている。
男はそそくさと食べて出ようとしているが、女は嬉しそうに独り言の様に話を続けている。
と、男が「うるせえよ!!早く食え!!」
その声で、女は黙って食べ始めた。
男は立ち上がると、店の中の赤電話に向かい、十円玉の音をさせながら話し始めた。
夜行に乗ること、もう帰らないこと、そして・・・
「これからは俺は勝手に生きる。お前の都合で生きるのは沢山だ!!」
がちゃんと音をさせて電話を切った。
「ありがとう・・うれしいよ・・」女には明らかに東北の訛りがある。
「早く食えよ!!」
不機嫌そうに煙草を吹かしながら、男は横を向いた。
きちんと横わけにした髪型や清潔なヒゲ剃り跡・・・
しかしこの女は余りに田舎ものだ・・
不倫の末の逃避行か、或いは三行半を突きつけての婚前旅行か・・・
男は黙って小銭をじゃらじゃらとカウンターに並べ、何も言わずに女を連れて出ていった。
赤電話、10円玉、東北、古里の駅上野、そしてカレーですね。
ピンさんはその小銭をかき集めて、黙って仕分けする。
一切感情を交えずに、チャリ チャリと音をさせて・・・
五円玉が二枚入っていた様子で、それは一円玉と一緒に木箱に入れる。
金を入れ終わると、ピンさんは黙って手を洗い、またグラスを拭く。
外はいつの間にか、本降りの雨・・・
配達の兄ちゃんがずぶぬれになりながら「ひゃ〜〜」と言って飛び込んできた。
「大盛りね!!大盛りだよ!!」
こいつスプーンまで食っちまうんじゃないかと言う勢いで、掻き込む掻き込む。
さっきの男とは違う健康そうな様子に、思わず顔もほころんでしまう。
黙ってグラスを拭いているピンさんとは好対照だ。

やがて親方が「ご苦労さん、上がって良いよ。」と言うので、晩飯代わりのカレーを自分でよそって食べる。
雨の中、別に傘なんかいいやと思い濡れ鼠で駅まで行き、いつもの常磐線に乗る。
寒々とした車内、そして亀有駅の北口から安アパートに辿り着く。
銭湯に行って後は寝るだけだ・・・
誰とも会話らしき会話をしない生活がずっと続いている。
実際、あの店の連中とうち解けている訳でもない。
雨漏りの模様が出ている天井を見ていると、いつの間にかまどろんでいた。
外は、いつしか雨は止んだ様だ・・・
もともと俺は接客は苦手なんだ。
むしろ、キッチンへ入って杓文字を使っていた方が向いてると思う。
鉄っつあんも長さんも、実に愛想がいい。
しかし、俺は苦手だ。
銭湯に行くと、番台にはいつもの爺さんが座っている。
この爺さんは、時代劇の大ファンで、野球の時間でも時代劇を見ている。
「おい!!爺さんよ!!ワンちゃん見せてくれよ!!」
そう威勢のいい兄ちゃんたちが頼んでも、知らん顔をしている。
「ああ??」「何??」そう答えると、また食い入る様に見つめているので
文句を言った方も呆れてしまうのが常だ。
風呂銭を出した時、仕切りのドアが開いて小さな子供が入ってきた。
当然女湯が見える。
チラッと見えた白い太ももなんかよりも、もっと俺の目を引くモノがあった。
あいつは・・・もしや・・・
あの運輸会社で別れた限のあの女の子にそっくりな横顔を見た気がした。
おもわず胸がときめいてしまう。
こんな感情になったのは、どのくらい前だったろうか・・・
それほど、記憶にないのだ。
俺の隣で、子供が水鉄砲をして遊んでいて、水をかけた。
「こらっ よそのおじさんに叱られるだろ!!」
ぱちーんとお尻を叩かれて、子供が泣き出す。
俺はそれどころではなかった。
どこを洗ったのか判らない感じで、髭も中途半端に剃って風呂から上がる。
幸い道を挟んで反対側にベンチがあって、そこに腰掛けて出てくるのを待つとしようか・・・

程なく、さっき俺に水をかけた子供とその父親が出てきて、誰かを待っている様子なのだ。
そして出てきたのは、まさしく目当ての彼女だ・・・
あっ・・・と声を出しそうになった。
一緒に帰ろうと言う様子で、中睦まじい。
あれから先の亭主と別れたのか??
さまざまな思いが駆け巡る。
ふへ・・・ふへへへへ・・・所詮こんなもんか・・・
アパートの一室に戻り、顎を撫ぜると剃り残しがひどい。
まあ、良いか・・・
半ばやけ気味で、天井を見つめているうちに、寝付いてしまった。
夜中、カタカタと風が窓ガラスを叩く。
どうも、また雨が降り出したらしい。
「そう言えば、明日は休みか・・・」
とは言え、何処かへ行くあても無し、元々の無趣味故何かをするでも無し、
結局布団から出ないで一日が終わるんだろう。
さっきの様子がまた目に浮かぶ。
あの子供は父親の連れ子なのか・・・
年齢が合っていないから、多分連れ子なんだろう。
彼女もやっとの事で、ささやかな幸せを掴もうとしているのかも知れない。
どうせ、たった一杯のカレーしか出せない店のボーイでは、出来る事も限りあるなと自虐的になる。
あの店に入って、誰とも無く会話を交わさない生活を続けている内に、どうも話しをする事自体億劫になってしまった。
思い切って、誰かと仲良くなろうと思った事も無いではないが、相手はどこか自分の領域に立ち入らせない何かを発している。
あの人なつっこいキーやンでさえ、女の話はするが自分の事はこれっぽっちも言った事はない。
長さんがいる時に必ずやってくる三升家小禄にしても、お互い何の用事なのか、一切判らない。
ただ、お互いの事は触れないようにしよう・・・そう言う不文律みたいなのがあって、成り立っている店なのだ。
そう言えば、長さんが経営していたと言う喫茶店でも行ってみるか・・・
何となく覗いてみたくなっただけだが、ちょっとワクワクした気分になり、遠足前の小学生にでも戻った様な心持ちになった。

翌朝、九時頃目覚めた俺は近所のパン屋でコッペパンを買い、そのまま牛乳で流し込んだ。
常磐線に乗り、南千住まで行く。
駅の側の三叉路の角だと聞いていた。
行ってみると、確かに喫茶店はあった。
ドアを開けると、湿っぽい匂いにトイレの悪臭も混じる。
流行っていないと思いきや、男達が十名くらい各テーブルに陣取っていた。
見るからに苦労人と思われる五十絡みの女性が一人、その奥にはエプロン姿がちらちら見える。
この女性が長さんの奥さんなのか??そう思ったが確証はないし、聞くわけにも行かない。
男達は皆それぞれ不機嫌そうに、煙草をくゆらせたり競馬新聞に赤鉛筆で印を付けたり、会話も無く不味そうにコーヒーをすする。
「何しますか?」
その女性に、いきなり無愛想に注文を聞かれた。
慌ててメニューを見ると、なぜかカレーの文字があった。
「じゃあ、カレー」
「ちょっと時間掛かるよ。良いの?」
「はい」
「カレー一枚ね」
相変わらずトイレの匂いがする。
男達は、不機嫌そうに押し黙ったままだ。
雰囲気に慣れてきて、この男達が何者なのか、ようやく掴めてきたのだが
手配師達なのだろう。
恐らく、山谷の労務者を手配して現場に送り込み、その後一服をここでするんだろう・・・そう思っていると、男の一人が
「ゲンちゃんよ、そろそろ行かねえか?」
「待てよ。まだカモが来てねえだろうがよ。」
「先に行ってんじゃねえんか?」
「いいや。ここに来る。」
「奴め、金は持ってくるんだろうな?」
「ああ・・間違いねえよ。」
「話ししてる処を見られたら拙いだろがよ!!やっぱりお前先に行ってろ!」
ゲンちゃんと言う名前の男は、大あくびをして立ち上がり、勘定を済ませると出ていった。
それをじっと見ていた、もう七十にも届こうと言う白髪の、しかし逞しい男が
「どこまで悪なんだかよ。サマしてまた巻き上げるってか?何人やったら気が済むんだ?・・・」
「オヤっさん、そんな事いわんでくださいよ。お互い金あっての身の上じゃないですかね・・・」
やがて、カレーが出来てきた。
店のカレーよりも、ぬるくて美味くない。多分缶詰をそのまま温めたんだろう。
福神漬けの安っぽい赤さとグリンピースの緑色がこうなると毒々しい。

と、店のドアが開いて六十近いだろうか、ちょっとこざっぱりとした身なりの
気の弱そうな男が入ってきた。
そして、さっきの男の前に座ると懐から封筒を出してきて、
「これが昨日の負け分だ。今日は返して貰いますよ。」
そうか・・・
こいつ等は組んでいて、イカサマ麻雀で稼いでるんだ。
この男もまた、身ぐるみを剥がれるんだろう。
こうやって、長さんもここを追い出されたのか・・・
そう思うと、カレーの味も余計不味く感じられた。
そそくさと店を出て、何となくぶらぶらしてみる。
店の裏側に、表札が掛かっている。
しかし、どこにも長の字はなかった。



調理場がちらちら見える。
さっきのおかみさんと、ひょろっとした感じの、白髪のオヤジがいる。
夫婦じゃないし、親子でもない。
会話を交わすでもなく、お互いを気遣うでもない。
オヤジは、銜え煙草で不機嫌そうにタマネギの皮を剥いている。
手慣れた手つきは、多分昔は一人前の調理師だったんだろう。
それが身を持ち崩したのか、喫茶店で缶詰のカレーを温めて出す。
そう言えば、長さんは調理師の資格を持っているんだろうか?
どうみても、あの不器用な手つきからして持っているとは思えない。
よく考えてみれば、元喫茶店のオーナーと言うのも本当か嘘か判らない。
嘘だろうと本当だろうと、別に今の自分にも他人にも関係ない話しだ。

そのまま駅へ戻り、下りの電車に乗る。
低くたれ込めた雲は、雨が近いことを示していた。
午後は何をして過ごそうか・・・別に何もすることはないし、寝るに限るか?
さっきのカレーがまだ胃の中に残っているし、これなら別に夜食わなくても良いかなと考えて、何も買わずにアパートへ。
天井を眺めながら、いつしか寝ていた。
翌日は早番で、十時に店に行く。
すでに、ナベさんと満は来ていて調理場で忙しく働いている。
健さんと俺で今日は交代まで切り回す事になっている。
今日は日曜日だから、おそらく昼前にもう一人入るはずだ。
まあ、誰でも良いので別に確かめはしないが・・・

店を開けてすぐに、子供連れが入ってきた。
子連れは一番困る客なんだ・・・
何せ時間が掛かるし、しかも周囲に迷惑を掛ける。
ここは子供には不向きな店で、正直来て貰っては困るんだ。
様子をちらっと見ると、身なりが良くてこの店には不向きだ。
夫婦は40前か・・・子供は二人で、小学校低学年と幼稚園くらい。
亭主はいきなり
「ここにはカレーしかないのかね?何カレーだ??」
健さんはぶっきらぼうに
「普通のカレーですよ。それしかありません。大盛りがあるだけです。」
「トオル君にマナブ君はそれで良いのかな?お前は?」
「嫌ですよ・・だからこんな店に入りたくないって言ったんですよ。」
「上野の山まではまだ距離があるよ。」
「でもそこまで我慢なさい!!」
「ママ・・お腹空いた。」
「君!!ここのカレーはちゃんと作ってるんだろうね??」
「作ってますよ。調理場は店の奥です。」
その時である・・・ドアが開いて、電気工事の関係者らしい一団が入ってきた。
恐らく鉄道関係だろう・・・ヘルメットには様々なシールと工具類を腰にぶら下げて、それが動くたびに音を立てる。
「大盛り!!四つ!!」
「徹夜明けは応えるな〜〜〜」
「本当はビール、きゅっと行きたいけどな〜〜」
「だめだめ。我慢我慢。終わって母ちゃんに乗っかりながらビールいけよ!!」
あっと言う間にカレーが湯気を立てて四つ並ぶ。
それをがっつく四人。
顔は真っ黒で恐らく潜り込んで仕事をしていたんだろう。
「第四工区の図面、ありゃおかしいぞ。」
「誰が引いたんだ?」
「公団だろう。」
「現場も見ないでか?」
「所詮あいつ等はそうだ。」
「こっちは使われる身だからな。」
子供達はそれを見て唾を呑み込んでいる。
そりゃあの食いっぷりを見れば誰だってそうだ。

やおら、かみさんの方が
「あなた、トオルにマナブ、出ますよ!!こんな臭い店にいられるもんですか!!お会計幾ら??」
「何も食べてないからいらないですよ。」
「あたしたち、お腹いっぱいになりましたの。これで宜しいかしら?」
言葉は上品だが、目には毒を含んでいる。
明らかに蔑視の眼差しだ。
そして、財布から二千円を出してカウンターの上に置いた。
いいですねぇ。
上野は、動物園や文化会館、芸大や博物館・美術館群という文化的な顔と、
アメ横を中心にエネルギー溢れる庶民的、大衆的な下町が共存する不思議な街。

それを踏まえて、あの立地のクラウンエースなら実際にありそうなお話ですね。
この後の展開が気になります。
「六百円のお釣りです」
しかし、その女性は明らかに蔑視のまなざしで、健さんを見ると「グラスの新しいのでもお買いになればよろしいわ。お釣りはいりません。」
「そりゃ困るんですが」
「宅は困りませんの」
「お釣りは収めてください」
その時だ・・電気工事の一人が、やおら
「ぐちゃぐちゃ言えば飯がまずくなる。さっさとお釣り納めて出て行ってくれよ」と言うと、真黒い顔でぎろっと女をにらんだ。
しかし、世間知らずは困ったもので、女は
「まあ失礼な!!宅を誰だと思ってらっしゃいますの??あなた!!名乗ってくださいな!!」
おずおずと男は名刺を出した。
カレーのスプーンを口にくわえながら、その名刺を見るなり、一人が大笑いを始めた。
「じゃあ、俺を誰だと思ってんの??ええ??役所じゃ係長と課長は天と地の差があるの知ってるでしょ?技師長に逆らうの??明日役所に電話してやろうか?
あそこの部長は誰だっけ?どのみち工学部の建築学科だろ?」
「し・・・失礼いたしました!!」
男はばねで弾かれた様に六百円をカウンターから取って財布に収めるが早いか出て行った。
あっけに取られた女が子供を叱りつけながら付いていく。
四人の男たちは溜飲を下げた様子で大笑いをしていた。
「しかし技師長って良く咄嗟に浮かんだな??」
「この前見回りに来てたからな・・ああ言うのはしょせん現場を知らないからな・・さあ、飯を食って仮眠するか・・・」
男たちも出て行く。
健さんは何もなかったかの様に片づけをする。
ここは、汗臭い男が似合う店だ。
お上品ぶっている客は本当に困る。
この日は不思議なくらい何もなかった。
そして、客の入りも悪かった。
こういう日が年に二三日必ずあるんだそうで、こんな日は手持無沙汰で
遅番と入れ替わるが早いか帰るに限る。
上野ではぎりぎり発車に間に合った。
最後尾は珍しく荷物車で、運送会社にいた俺にとってはどこか懐かしさを感じる車両だ。
滅多に見る事はない・・しかし、今日は偶然出会った。
今日は珍しい事尽くめかなと思いながら、アパートに帰りそのまま風呂に行く。
カレー臭さを洗い流し、五月の風を受けながらあの荷物車に、自分の少しだけ夢のあった日々を思い出していた。
上野駅発の長距離列車に荷物を積んだ事もあったな・・
この荷物と一緒に故郷に帰りたいな・・
何度そう思ったか。
しかし、今はただ毎日を過ごすだけの人生。
今日も明日も明後日も同じ事の繰り返しなんだろう。
あの荷物車の様に、いつかは朽ち果てて見捨てられて・・
そんな俺にあのアパートはぴったりだなと自虐的になる。
新聞を取らない俺にとって唯一世間との交流は壊れかけたラジオだ。
そのラジオもついに寿命なのか、ガーガーと音を立てるだけだ。
呆れて・・思わず笑いたくなる。
笑いながら、万年床に潜り込む・・腹も空いてないし、ちょうど良い倹約だ。
天井のシミを見ていて、いつかまどろんだ・・・しかし・・・・
安普請のアパートが揺れたと言うか、廊下を走る激しい靴音で目が覚めた。
「おい!!早くしろ!!」
「いったい何があったんだ??」
「とにかく駅へ!!」
相次いでドアの開く音、そして乱暴に閉まる音。
鍵をガチャガチャさせる音・・・
ここの住人達は俺も含めて気力の充実してるのはいないから、そんな激しい音をさせる事はまず無い。
服を着て、外へ出て見る。
かなりの数が駅へ急いでいる。
普段亀有駅の北口なんて殆ど人だかりはしてないのに、それがしている。
見れば、上り電車が止まっていて・・どうも発車する様子が無い。
何か事故でもあって止まってるんだろうと思い、野次馬根性よろしく駅へ行く。
駅員が何人か相手に話をしているが、かなり聞いている方は興奮している様子だ。
「とにかくさあ、今三河島はどうなってんだよ!!」
「いや、その細かい事はここでは判らないんですよ・・」
「判らないって、それが駅員の言う事かよ!!」
そこへ、交番の巡査も入って一生懸命なだめているが、どんどん人の数は増えている。
俺は比較的落ち着いている感じの人に何が起きたのか、聞いてみた。
「あの・・何かあったんですか?騒がしいので起きてしまいまして・・」
「ああ・・どなたかご家族がまだ帰ってこないとか?」
「いや、そう言う訳じゃないんですが・・」
「こちとら娘が戻らないから心配でこうして駅に来てるんだよ!!三河島で大事故があったって言うじゃねえかよ!!」
この人に聞くんじゃなかったと後悔したが、ただならぬ様子が窺えた。
と、アパートの住人が三名ほど集まっているので、どうしましたかと聞いた。
「三号室の方ね・・あのね、五号室の木庭さんが戻らないんで・・」
五号室の住人は聞けば新聞配達をしながら大学に通っている苦労人だ・・その彼の友人が心配して駅に来ている。
と、やおら大声を上げた男がいる。
イヤホンを耳に入れて臨時ニュースを聞いていたらしい。
「おい!!死者多数だってよ!!!!」
その声が引き金となり、駅員は可哀そうに五名くらいに改札ボックスから引きずり出されてしまった。
もっとも彼とて何が起きているか知らなかったのだろう・・とにかく、詳しい情報が入ればお話ししますのでと言うばかりだ。
そこへ、屈強な巡査が三名やってきて群衆を整理し始めたが、巡査も殆ど情報は知らなかった。
人混みは徐々にその数を増し始めた。
しかし、巡査も駅員もなかなか本当のところを把握出来ないでいる。
時間は十一時近くになろうとしていた・・
さっきのラジオの持ち主は急いで家に帰ったのだろうか、姿が見えない。
しかし、ただ事じゃない出来事が起きた事は、その駅員の様子で何となく解り始めた。
やがて、駅員が駅の黒板に下手糞な字で状況を書き始める。

常磐線は三河島駅近くで多重衝突事故の為現在各駅で抑止中。開通の見込みは立たず。多数の負傷者が出ており、下記の病院に搬送された。
墨東病院、慈恵医大青戸病院、白髭橋病院・・・・

そこへ、一人の少女が踏切を渡って駅の南口から回ってやってきた。
さっき俺が声をかけた男性の娘らしい。
「父ちゃん!!大変だよ!!あたしも早かったら巻き込まれてたよ!!」
「何があったんだ??」
「なんでも、電車が土手下に突っ込んで凄い数が死んでるって!!」
「何より無事でよかったよかった!!早く帰ろう!!」
「ちょっとまってよ。お譲ちゃんはどうやって帰ってきたの?」
「上野で何か凄い騒ぎだから京成で青戸に出て、それからバスで・・」
たちまち少女は"時の人”になっていろいろ質問されていたが、彼女とて何も判らない。
やがて、助役が何か紙を持って出てきた。
「御待ちの皆様にご説明します。電車は当分動きません!!」
そんなことわかってるぞと罵声が飛んだ。
「状況ですが、土浦行き貨物○○列車と下り取手行き○○電車が衝突しまして、線路支障を起こし、そこへ上り上野行き○○電車が衝突し先頭車両が土手下に転落し倉庫に突っ込んだ模様で・・」
どのくらいの死人が出てるのか??とまた罵声が飛ぶ・・・
その次の瞬間、居並ぶ全員は凍りついた。

「死者は100名以上との情報があります・・・申し訳ありません!!」

「どうしてくれんだよ!!」
「早く現場の状態を把握しろよ!!」
「家の亭主が・・・」
普段さびしい北口がごった返している。
俺は、そんな中言い表しがたい寂しさに襲われて、いたたまれなくなりその場を静かに離れた。
みんな、誰かを待っている。
待ってくれている人がいる。
そこへ行くと俺は・・・誰もいないんだ。
もし、あの電車に俺が乗っていて、死んだとしてもここで待ってくれている人はいないんだ・・・
誰もいないって妙な気持に、酔うと言うか・・涙が出そうで出ない、泣きたい様で笑いたい不思議な感覚に襲われていた。
そのまま、部屋に戻り布団をかぶる。
五号室の木庭・・苦学生で一生懸命新聞を配達しながら大学へ通っている・・
少なくとも未来はあるんだろうな。
俺には何もないんだと、そう思うと寝るしかないと腹を決めて、そのまま布団を被った。
夢現の中に、廊下をどたどた走る人の気配を感じたが、俺には関係ない事と思うと起きる気もしなかった。
俺は新聞を取っていない。
俺なんかに関係ある様な出来事なんか無いんだと、俺は世の中から消えた人間だと、そう思っているから新聞を見る必要もないと思ってるからだ。
だから、昨日大きな事故があったんだろうくらいの気持ちでいて、あまり深く考えもせず出勤しようと亀有駅までやってきた。
改札口に張り紙がしてあり、常磐線は事故で不通とありバスの乗り場はかなりの長蛇の列になっている。
待っている人々は新聞を広げ、酷い事故だとか、近所の誰それが怪我をした等言葉を交わしていた。
これではバスに乗れるまでどのくらい時間が掛かるか判らないし、ひとまず店に誰かいるなら、かなり遅れそうだと連絡しようと一旦アパートに戻る。
誰が捨てたか判らないが、新聞の一面が目の前に飛び込んできた。
その時、俺は愕然とする・・あれは、俺が目にした荷物車じゃないのかと。
どうやら、荷物車が衝突し木っ端微塵になってしまったらしい。
自分の、少しだけ良かった時代が木っ端微塵になった気持ちがして、酷く打ちのめされた。
このまま、今日は休みたいなと思ったが取り敢えず電話をしてみる。
すぐに出た人がいる。
だが、声の主に聞き覚えはない。
どうやら、オーナーらしかった。
「あの〜まだ誰も出てきてないんですか?」
「ああ・・ボーイさんね。誰かに何かあったらいけないから、自転車で来たんだよ。親方はさっき出てきて、今日はどうしようかって相談してるんだ。こんな事は戦争以来だよ・・常磐線で来る人間が三人いるから、店開けられないかなってさ。さっき一人からは電話があって、少し遅れてでも歩いて行きますって言うから、じゃあ来ておくれと言ったところだよ。亀有だと、大変だなあ。出てこられそうなら出てきてよ」
金町まで行って、京成電車で上野行くしかないなと思い、歩く事にしてアパートを出ようとした時、入り口で五十がらみの女性に声をかけられた。
「こちらは、幸荘ですか?」
「はい・・そうですが?」
「五号室の、木庭孝の母です。倅がお世話になっております」
「木庭さんの・・管理人さんは向かい側に住んでますよ」
「ありがとうございます」
女性は、丁寧にお辞儀をして管理人の家に入っていった。

そう言えば、母親には連絡を取っていない。
もしかすると、俺が事故に巻き込まれたのではと心配してるだろう・・少し思ったが、俺が死ねば管理人が電報を打つから別に何もしなくてもと思い返した。
金町と青砥と、どっちが近いのかともあまり感じず、中川のほとりまでやってくる。
向こうに京成電車が走っているのを見て、金町に行くよりも川沿いに青砥に出た方が良さそうだと歩き出した。

自分は孤独だなあと思いつつ、あの事故で死んだら親が悲しんで、小さな墓に入れられてそれで終わりだなと、妙に愉快な気分になる。
ふと見ると、大きな鯉が死んで腹を見せて浮いている。
そんな有様を見ると、いっそ荷物車と一緒に木っ端微塵に砕け散って死んだ方が楽かも知れないとも考えた。
誰が待つまでもなく、俺が仮に電車で死ねば募集しますと入り口に貼って、俺みたいな人間がやってくるんだろう。
カレーを出してお金貰って・・楽しいとかうれしいとかの感情なんか忘れてしまった。
空を見ると雲が流れて、あんな大事故があったなんてとても思えないのどかさだ。
このまま散歩して店に行くのを止めようかなとも思いつつ歩いて行くと、青砥の駅に出てしまった。
まあとにかく店に行こうと思い、そのまま電車に乗る。
空席があったので座ると睡魔に襲われて、そのまま寝込み気がつけば上野の地下駅に電車は着いていた。
入ったばかりらしいまだ少年の面影を残す駅員に肩を揺すられ、駅を出た。
店に来てみると、はたして親方と長さんがぼんやりと座っている。
「今日は臨時休業にするよ・・・」と親方はつぶやく様に言った。
長さんも手持ちぶさたで、瓶詰めの佃煮と前の日の残り御飯でお茶漬けでも食べたらしい。
「まさかなあ、何人か逝かれちまったんじゃねえかって、それがなあ・・・」
「何人か乗ってたとか?」
「それだって判らないからな。だから今日は安否の確認をするよ。こんな事空襲以来だ」
親方は連絡先のノートを持って来た。
それを拡げながら、つぶやく・・・
「みんな、本当の事を書いてるか怪しいからなあ・・なあ長さん??」
「へへっ・・・」
長さんはおどけた様に首を竦めて見せた。
今日のシフトでは、オレに長さんに親方と満と遅番でピンさんに健さんだ。
この中で、親方が心配してるのはピンさんで、彼の連絡先は南千住だ。
「ピンさんは嘘がつけないからね」
親方は予てからそう言っていた・・・だから、南千住に住んでいるのは事実だろう。
それにしては満が来ない。
満は千駄木の親戚の家に間借りしているのだそうで、常磐線とは全く関係がない。
店をのぞき込む常連らしい客も何人かいたが、様子を見て何も聞かずに立ち去っていった。
遅番の時間になったが、満もピンさんも来ない。
健さんはのそっと現れた。
「満とピンさんが現れないんだよ・・・健さん何か知らないか?」
「いや・・・オレは何も・・」
「そうだろうな・・いや・・良いんだ・・しばらく店にいてくれるか?オレは何も食ってねえんだ」
親方は店を出て行き、そして長さんと健さんは壁にもたれて居眠りを始めた。
長さんも健さんも、寝顔を見ていると何となく今までの人生が判る。
円満そうに見える長さんの眉間の皺は相当深く、健さんの頭も白髪が相当目立つ。
苦労に苦労を重ねてきて、ここに居着いてるつかの間の平安なんだろうかと、その寝顔を見ていると却って眠れなくなる。
健さんがかつて、ここの店で働くには他人を気にしちゃ働けないと言ってたっけ。
自分だってそうだ・・・勤め先で、やっとの事で家庭を持てるかの矢先に突然の倒産・・
ただ何となく通り掛かったこの店で店員募集を見て、メシの食いっぱぐれはないだろうと応募しただけの巡り会い。
自分が誰で何をしてきたのか何て聞かれた事もない。
そんな物思いに耽っていたら、親方が戻ってきた。
手には新聞とラジオを持っている。
「そこのラーメン屋に借りてきた。あとこれで名前の照合だ・・・」
新聞を拡げる。
ラジオでは犠牲者の氏名を読み上げている。
犠牲者の数は100名をとっくに超えているが、損傷が酷く身元確認にかなり手間取っているとニュースは伝えた。
「早版の夕刊買ってきましょう」
そう言って長さんは駅まで買いに行く。
戻ってきた長さんが新聞を拡げ、そしてある一点を見て凍り付いた様子だ。
みるみる禿げ上がった額に汗が浮かぶ。
ただ事ではない様子だ・・・
新聞から顔を上げた長さんは、泣き笑いの表情だった。
目が血走って、少々涙ぐんでいる。
「あいつが・・・あいつが・・・死にやがった・・・」
ハハ・・・ハハハ・・・と力のない笑い声が響いた。
健さんは黙って外を見ている。
関心も何も無いと言った感じだ。
その時である・・・
「御免よ」と聞き覚えのある声がした。
「なんだなんだ・・今日は休みかえ?折角ちょいとビールでもと思ったんだが・・・」
いつか見た小禄と言う落語家だ・・・そして、弟子を相変わらず連れている。
「世間じゃあ、あたしは死んだらしいんだよ。昨日の事故でさあ・・・でもさ、噺家が定期持っちゃ洒落にもならないやね。五厘じゃあないんだからさ。あたしが死んだら喜びそうな奴がいるから、そいつにまずご挨拶をと思ってさ」そして、物凄い目つきで長さんをじろっと睨んだ。
長さんは凍り付いた様子でピクリとも動かない。
しかし、親方も健さんもそのやりとりには我関せずと言った感である。
「そっかい。今日は休みなんだね?じゃあまた出直してくるとしようかね。おい・・小ゑん・・・あたしが出ていって塩を撒かれないか、鈴本に遅れて来て良いから見ときな」
小禄は雪駄の音をさせて出ていった。
小ゑんと言う前座はそのまま立って見ている。
「塩なんか撒きゃしねえから、安心して行きなよ」
健さんはそう言っても、小ゑんはまだ見ている。
じっと、長さんを見ている。
長さんは、額から汗をぽたり・・・ぽたりと新聞の上に落とした。
息づかいが荒い。そう言えば、よく薬を飲んでいるから、心臓が悪いのかも知れない。
やがて・・・小ゑんは「お邪魔しました」とお辞儀をして出ていった。
長さんは黙って額の汗をぬぐい、水を飲んだ。
まだ満は現れない・・・ピンさんもだ。

ログインすると、残り10件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

カレー専門店 クラウンエース 更新情報

カレー専門店 クラウンエースのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。