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アジア系アメリカ人研究会コミュのアメリカのアジア系移民資料館、博物館

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ロサンゼルス

■Japanese American National Museum(全米日系人博物館)
 369 East First Street, Los Angeles, California 90012
 電話(213)625-0414  FAX(213)625-1770
 開館時間:火〜日 11am-5pm
 入場料:大人 $8 会員は無料
 http://www.janm.org/jpn/main_jp.html

 アメリカの移民資料館、博物館といえば、まずはやはりここでしょう。博物館と資料館を兼ね備えています。全米から中学生や高校生が訪れ、日系のボランティアから収容所や日系兵士の話を聞いています。奥の資料室には、日本の研究者もしばしば訪れています。
 先週、私が訪れたときも、ある学校の団体が入っていました。開館時間は11時から5時ですが、団体は10時から入れています。
 現在、ルース・アサワの作品が特別展示されています。幾何学的な彼女の作品は天才的といえます。普通に見えるものを特別なものにすることがアーティストの役割だと彼女は言います。でも、彼女の場合、それにはしっかりとして幾何学的な理論が裏打ちされているように思います。
 資料室には和書、洋書、日系新聞、日系雑誌、日系関連のニュースレター、日系関連のビデオ、DVDなどが置かれており、コピーもできます。ビデオを見たければ、受付でヘッドホンを借りて2階にあるモニターで見られます。私もここを訪れると、ブルース・ヨネモトのビデオアート作品など、手に入りにくい作品をいくつか見ています。
 また、ミュージアムストアには多くの日系移民関連の文献やDVD、CD、およびグッズが置いてあります。Hideo Kobashigawa、Henry Sugimotoら、日系画家の葉書やカードもあります。私は、Hideo Kobashigawaの絵が好きで、何枚か買って来ました。Kobashigawaは日系のゴッホだと勝手に思っています。
 

サンフランシスコ

■National Japanese American Historical Society (NJAHS)
 1684 Post Street San Francisco, CA 94115
 電話: 415.921.5007 FAX: 415.921.5087
 http://www.nikkeiheritage.org/
 通称、「ニンジャ」と呼ばれるこのミニ博物館は、1980年にGo for Brokeの名前で設立され、1986年に現在の名称に変えました。季刊で、Nikkei Heritageという雑誌を発行しています。日系移民関連の文献、DVDもいくつか置いてあり、購入できます。
 先日、アジア系アメリカ映画祭で「ミリキタニの猫」が上映された後、ミリキタニ氏を迎えてリセプションが開かれました。
 奥には日系関連の文献もいろいろありますが、一般には開放していません。

■Japanese American National Library(日系研究図書館)
 1619 Sutter San Francisco
 電話 415-567-5006
 開館時間 月〜金 1時〜5時

 館長、カール松下による私設図書館。松下さんは日本人ですから、問い合わせも日本語でOK。
 1969年に開館というからもう38年の歴史があります。1967年に、仲間と日系図書館があればいいなあという話をしていたら、ちょうど翌年にUCバークレーを中心としてアジア系移民の公民権運動が広がり、それが追い風となって69年に開館したといいます。
 JACLから寄贈されたダンボール何十箱もの日系人収容所関連の資料は貴重です。文献だけでなく、一世たちが持っていたドーナッツ版のレコードもかなりあります。日系の音楽史を研究するにはうってつけの資料でしょう。ウェブサイトは残念ながらありませんが、この図書館に行けば、パソコンが置いてあり、キーワードを入れるとさまざまな資料が検索できるようになっています。それごとウエブサイトに載せるのは莫大な経費がかかるのでやっていないそうです。
 3年前まで、サンフランシスコには、日系の資料館がここともうひとつ、ジャパンタウンのJCCCNC内に「日米史料館」というのがありました。岡省三さんという方がやっていらした史料館ですが、2004年9月に岡さんが他界した後、閉鎖されています。
 岡さんが日本語の資料を、松下さんが英語の資料を集める、というふうに住み分けをすることにしていましたが、実際には松下さんの方にも日本語の資料がかなりあります。
 先日、訪ねたとき、日米史料館のことを松下さんに聞きましたが、今のところはどうにもならないようです。日本から100万ドルで買いたいという人もいたようですが、コミュニティからの反対があったらしい。コミュニティの協力でできた史料館が、日本人の手に渡るのはおかしいということで、それはそれで道理です。
 日米史料館の一番貴重な資料は、戦前に発行されていた『新世界』という新聞でしょうから、それだけでも松下さんの図書館に寄贈されればいいと私などは思います。史料館には幸徳幸衛(幸徳秋水の甥)の絵など、文献以外にも貴重なものがありました。ああいうのも皆の目に触れるところに置いて欲しいと思います。岡さんは高齢でしたが、亡くなった後のことを全く考えていなかったようです。
 岡さんは癖のある人でしたが、亡くなる一年前くらいから人柄が穏やかになり、「松下君、是非会って君にいっておきたいことがある」というので、何だろうと思って行ったら、「君は立派な館長になった」といわれたそうです。私も岡さんには生前何度かお会いして話を伺ったころがあります。厳しい人でしたが、サンフランシスコの日本町のことを丁寧に説明してくれたり、余っている資料をいただいたりしました。ジャーナリストの叔父、岡繁樹の話も何度か伺いました。
 ハワイでは、ハワイ島に「ハワイ島移民資料館」という私設の資料館を運営していた大久保清さんという方がいましたが、大久保さんが亡くなった後、日系コミュニティが資金集めをして資料館を存続しているようです。日米史料館もそういう形にする方法もあるでしょう。ただ、日本語の文献の価値を今の日系人がわかるかどうか、その辺りが大きな問題でしょう。
 日系研究図書館の将来はどうですかと暗に尋ねたところ、自分が亡くなった後も、存続できるようにしてある、ということでしたのでホッとしました。
「あんた、日本で引退したらここを引き継がんか」
と松下さんから冗談混じりに言われましたが、それもいいかもね。

■The Japanese American History Archives(日米史料館)
 1840 Sutter Street San Francisco, CA 94115
 電話(415) 776-0661
 http://amacord.com/fillmore/museum/jt/jaha/jaha.html
 岡館長が亡くなった後、資料館は閉鎖された状態ですが、ウエブサイトだけは残っています。

■Chinese Historical Society of America(美国華人歴史学会)
 965 Clay Street San Francisco, CA 94108, USA
 電話: (415) 391-1188 FAX: (415) 391-1150
 開館時間 火〜土 12時〜5時
 http://www.chsa.org/
チャイナタウンのPowell街とClay通りのところにあります。
歴史学会、なんて名前ですが、博物館です。博物館の月曜休館は常識としてわかるが、日曜日を休むとはけしからん!
 今回は日曜日に行ったので、ふられてしまいました。過去、何度か行っていますが、一見の価値ありです。ストアーにも中国系移民に関する文献がたくさんあります。
 チャイナタウンを散策しながら行くといいでしょう。坂が多くて疲れますが。


サンノゼ

■The Japanese American Museum of San Jose (JAMsj)
 535 North Fifth Street San Jose, California 95112
 電話(408) 294-3138 FAX (408) 294-1657
 http://www.jamsj.org/
 1987年に創設されたサンノゼ日系アメリカ博物館は、資料館も兼ねた博物館です。
 『北米の小さな博物館』(彩流社 2006)という本に、ジャーナリストの林かおりさんが、この博物館のことを丁寧に紹介していますので、詳しくはそちらをお読みいただきたいのですが、こじんまりとした博物館で、結構資料もそろっています。
 残念ながら、現在拡張工事中で休館。来年リオープンします。


シアトル

■Wing Luke Asian Museum(ウイン・ルーク・アジア博物館)
 407 7th Avenue South, Seattle (206) 623-5124
 開館時間:火〜金 11am-4:30pm;土日 12pm-4pm
 入場料:大人 $4;シニア・学生 $3;子供(5-12歳)$2
 http://www.wingluke.org/
 アジア系と一口に言っても実は非常に多様なのだ、というコンセプトを強く打ち出している博物館。大きな場所に移転する計画もあるというが、アジア系移民全体を扱うのだから、確かにロサンゼルスの全米日系人博物館くらいのスペースは欲しい。
 日系人の収容所については、シアトルにあるDenshoというプロジェクトチームが、資料を提供しています。
 ウィン・ルークは、数年間軍隊にいた後、政府機関に勤めながら人種差別に取り組んだ中国系アメリカ人です。1965年の飛行機事故で亡くなりましたが、彼の遺志を継ぐ人々が設立しました。中国系だけでなく、アジア系移民全体を視野に入れているところがすばらしい。さすがにシアトルの国際地区にあるだけのことはあります。

常設展示
One Sony, Many Stories
アジア系移民の移住にまつわる体験談の記録
The Densho Project
 日系人の体験の記録
Camp Harmony D-4-44
 日系人強制収容所の施設の再現

特別展示
今年の11月まで、How the soy sauce was bottled: Uncommon stories of common objectsと題して、アジア系移民の気持ちを表現した工芸品などが展示されています。

■North West Nikkei Museum(西北日系博物館)
 Nikkei Heritage Association of Washington内
 1414 South Weller Street Seattle, WA 98144 USA
 電話 (206) 568-7114
 関連サイトhttp://www.jcccw.org/main.html

 2002年秋に開設された新しい博物館。常設ではないので、3日前までに申し込みをしないと原則的には見られません。
 Nikkei Heritage Association of Washingtonには、日本語学校、図書館なども併設されており、図書館には火曜日と金曜日に日系人がボランティアに来ています。私はツチノさんという、在米40年の方に、博物館を案内していただきました。「ロサンゼルス、サンフランシスコ、サンノゼなどに比べると、シアトルではこういう動きが遅い。一世の日系人はもういないので、日本語の資料を集めるのは難しい。もう少し早くこういうことをすべきだった」とツチノさんは言っていました。
 Nikkei Heritage Association of Washingtonは現在の施設を拡張して、Japanese Cultural and Community Center of Washington(ワシントン州日本文化市民会館)をつくるべく、資金集めをしています。


ベインブリッジ島

 シアトルの桟橋52番からフェリーに乗って30分。短いですが、ベインブリッジ島までは快適な旅です。
■WW2 Nikkei Internment and Exclusion Memorial
 参考サイト
 http://www.bicomnet.com/nothappenagain/
 http://www.bijac.org/memorial.html
 今、ベインブリッジでは、WW2 Nikkei Internment and Exclusion Memorial Projectという計画が進んでいます。500万ドルをかけて、日系人収容所という歴史が「二度とないように」という思いをこめて、2009年の完成を目指しています。Nidoto nai yoni(Let it not happen again)と書かれた石碑はすでに現場にありますが、Interpretive Centerなどもこれから建設されることになっています。資金の大半はワシントン州から出ていますが、あと200万ドル足りないらしいです。
 私は、Clarence Moriwakiという地元の議員さんに車で建設現場を案内していただきました。その他にも、日系人の歴史がパネル展示しているBainbrige Island Historical Society & Museumにも連れていっていただきました。日本人の名前を冠したSakai Schoolという小学校にも、日系人の収容所の歴史が廊下に展示されているし、市役所にも日系人関連の写真が置いてあります。地元の日系人会の会長、フランク・キタモトさん宅にも伺いましたが、歯科医を営んでいる会長宅にもいろんな資料が置いてありました。キタモトさんは、映画「ヒマラヤ杉に降る雪」にも出演しているそうです。Moriwakiさんも出る予定だったけれど、ロケ日に都合が悪くなってしまったそうです。
 食事をしながら、Moriwakiさんは、ベインブリッジ島で収容された日系人のことをいろいろと話してくれました。この地の白人は日系人に対して好意的で、収容所から出たらいつでも戻ってきてほしい、歓迎する、という態度だったそうで、その点は他の地域とはずいぶん異なります。
 それにしても、日系人の影響が強い地域です。ベインブリッジ島の桟橋に着くと、島の観光案内の冊子が置いてありますが、その冊子の「ベインブリッジの歴史」のページにも、日系人が収容された歴史がしっかりと書かれています。

 写真はサカイ小学校の廊下に展示されている日系人の歴史と、二度とないように、の石碑です。


ポートランド

■Oregon Nikkei Legacy Center
 121 NW 2nd Avenue, Portland, Oregon 97209.
 火〜土11am to 3pm  日 12 to 3pm 
 入館料 $3
 電話 503-224-1458.
 http://www.oregonnikkei.org/

 このレガシーセンターがあるところは、昔は日本町でした。日本町は、今ではロサンゼルス、サンフランシスコ、サンノゼの3箇所しかありません。それにしてもこのセンター、3時に閉館というのは早い。
 センターには常設展に加え、特別展もあり、4月までロジャー・シモムラの作品が展示されています。私は6年前に訪れましたが、子供のとき収容所で過ごした館長に、収容所体験はどうでしたか、と聞いたとき「Very interesting」という返事が返ってきたことを今でもよく覚えています。同じことを体験しても、その受け止め方は実にさまざまです。

ハワイ

■ハワイ大学・梶山文庫
1975年に客死した作家、梶山季之のコレクション。1977年、美那江夫人により寄贈された。原爆・朝鮮・移民関係を中心に梶山が生前集めた書籍類約7000冊が収められている。
この資料室の背表紙を眺めていると、この作家の脳の中をのぞいているような感じがする。硬い本だけでなく、大正時代のポルノ雑誌の全集などもあって、どれだけいても飽きない。
連絡先: Tokiko Yamamoto Bazzell
Japan Specialist Librarian
e-mail: tokiko@hawaii.edu
Asia Collection, University of Hawaii at Manoa Library
2550 The Mall, Honolulu, HI 96822 U.S.A.
http://www.hawaii.edu/asiaref/japan/special/kajiyama/index.htm

■Hawaii Japanese Center
ヒロでハワイ島日本人移民資料館を開設していた大久保清が集めた文献を所蔵。「コナエコー」など、大久保さんは価値ある資料を持っておられた。
住所 751 Kanoelehua Avenue Hilo, Hawaii 96720

コメント(10)

 是非いろいろ行ってみてください。それぞれ特色があって面白いですよ。見たいものを絞れば、観光程度でもいろいろ見られると思います。Denshoのサイトには入っていますか。まだでしたら覗いてみてください。http://www.densho.org/

 ロサンゼルスのリトル・トウキョウに、ロサンゼルス市立図書館・小東京分館ができました。住所は、203 S. Los Angeles St. LAで、セカンドとロサンゼルス通りにあります。日系人にとっては70年越しの夢だったようです。この図書館に行くと、「羅府新報」が置いてあります。

 また、日系詩人、加川文一の詩碑が、小東京のホンダプラザにできています。LAに行くことがあれば、見に行ってください。加川文一の詩集も最近、再発行されたようです。

 写真は、今、サンフランシスコの「ニンジャ」に展示されている人形です。日系人がつくったものですが、髪は実際の人間のものが使われています。
非常に役に立つ情報をありがとうございました。

きちっとまとめるのは流石席亭!m(_ _)m

ベインブリッジ島って、Mary Gruenewaldさんがいた島でしたかね? 
ロジャー・シモムラの小さな画集を持っています。

浮世絵から影響を受けたという版画には、人種差別への怒りがあふれている。

なかなか面白いアーティストです。
 今回は日程がきつく、ポートランドのレガシーセンターまでは足を運べませんでした。シアトルから電話をしたら、「5時までだったら開けておいてあげるよ」といわれたのですが、シアトルから電車で行くと結構ありますからね。

 ロジャーシモムラの作品を見たかったですが、また機会のあることを願って。レガシーセンターの近くにある桜もきれいなんですよね。

 Mary GruenewaldさんがいたのはVashon島でしょう。ベインブリッジ島の南のもっとでかいやつ。

 ヒマラヤ杉に降る、、を見たのは確か1999年。なつかしいな。
お疲れ様でございます☆
サンフランシスコの資料館については恥ずかしながら全く知りませんでした(8年前に街中に遊びに行った事はあるのですが)。参考になります。

ベインブリッジ島も日系関連の事に興味を持ってからは行っておらず、あらいつの間にそんな事に・・・!と驚きです。日本マニアのご夫婦が純和風旅館を作ったなんて話は聞きましたが。。
ベインブリッジもヴァッション(Maryさんの出身地かつSeattle's Best Coffeeの発祥地)も、リタイアした夫婦または新婚カップルが居住するような閑静な所ですよね。2〜3年前、denshoサイトに非常に気になるニュースが載っていたのを覚えておられますか。なんでもとある小学校の生徒の親が、日系人強制収容が間違っていたと歴史で教えるのはけしからん!と学校に怒鳴り込んだとか。丁度その頃ミシェル・マルキン女史が問題発言をしまくっていた時でもあり、よりによってベインブリッジで・・と悲しくなりました。もしかするとその親御さんは新参者で島の歴史など余りご存知なかったのかもしれませんね(それかもっと奥地の軍事基地出身なのかもなんて)。

ヒマラヤ杉が日本で公開されたのは2000年の4/1だったと思います(初日に行った記憶があるからですw)。キタモト氏は多分、港での立ち退きシーンに出演されていたのだろうと思われます。因みに撮影地はPort Townsendだったとか。
『ヒマラヤ杉・・』は推理の部分が単調で面白みには欠けていたけれども、出来の悪い映画ではなかったと思います。確かオーストラリア人の監督で、「結局、米国人の監督には収容所の話は撮れないのか・・」と感じました。

もう一本の『愛と哀しみの旅路』はアイルランド人のアラン・パーカー監督でしたしね。(苦笑)自分の国のことも映画に出来ないんだ。

ですから、今度の『アメリカン・パスタイム』には大きな意義があるのではと思っています。

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