香港ノワール映画−英雄片−コミュの【番外編】宝島(パオタオ)：トレジャー･アイランド

『天幻城市』(92年)に続くホウ･シャオシエン(侯孝賢)プロデュースによる台湾のシティ･フィルムズ(城市電影)の第2作となります。監督は映画評論家出身で本作が２作目となるチェン･クォフー(陳國富)があたり､『天幻城市』よりフィクショナル且つ実験性に富んだ映像に仕上げています。
まず舞台が20世紀末の台北に設定されています。撮影が93年ですから､そこから数年先の近未来なのかもしれません。おそらくは97年の香港返還も考慮されていたと考えられます。
ただ近未来とはいえSF的な描写は無く､OPタイトルにて主演のリン･チャン(林強､画像左)らがどこかの廟堂で太鼓を打ち鳴すパフォーマンスの後､前半20分位まではリン･チャンを含めた若者たちの群像劇が描かれます。カフェバーに集い､オシャレなファッションに身を包んだ彼らは､かつて日本でも流行したトレンディドラマを彷彿とさせるのですが､取止めの無い話に笑う彼らのリアクションは表層的で､ヒステリックな女性もいれば､何やらトラブルを抱えてるらしい男女もいます。リン･チャンと写真店で働く恋人ターシー･スー(蘇慧倫､画像中)との会話もどこかギクシャクしており､要は対面でのコミュニケーションが正しく取れてないワケですが､一方で彼らはトランシーバーを使いニックネームで呼合いながら､スクーターや軽トラックで高速道路を移動し匿名での通信を巧みに活用しています。まだインターネットが今ほど普及する前の話です。
リン･チャンは当時台湾でカリスマ的な注目を集めていたロック･ミュージシャンでした。『天幻城市』では､劇中の音楽監修も行い楽曲も提供しています。ターシー･スーは日本公開時｢トレイシー｣という誤った英語名で紹介されてました。彼女は子役出身で､学業での休業を経て19歳で歌手デビューを果たし､本作撮影当時は台湾のトップアイドルとして多忙な日々を過ごしていました。ふたりとも台湾のショービジネス界で現在も元気に活動を続けています。

さて､リン･チャンが地下にある喫茶店で､ミステリアスな美女ヴェロニカ･イップ(葉玉卿､画像右)に出逢ってからは､にわかにサスペンスフルな展開になってきます。彼女の日記の内容がモノローグとして随所に挿入され､彼女を囲う暗黒街の住人ジャック･カオ(ガオ･ジェ=高捷)も現れて､リン･チャンの主役としての存在感も際立ってきます。台湾の若手俳優で固めた『天幻城市』と異なり､本作ではヴェロニカ･イップやデヴィッド･ウー(吳大維)といった香港で活躍する新進俳優を起用し､華やかでよりエンタメに寄せた作りになっています。特にヴェロニカは､リン･チャンとジャック･カオ(ガオ･ジェ)にとっての｢ファム･ファタル(運命の女性)｣的存在としてクローズアップされてきます。
ヴェロニカ･イップは､ミス･アジアに入選後､当時としては珍しい成人映画､つまりポルノ作品に出演し豊満なヌードを見せていましたが､数作出演後歌手デビューを果たし､ポルノ出演のイメージを払拭しお茶の間の人気者になっていました。デヴィッド･ウーもまた香港で高い人気を誇る若手シンガーでした。ジャック･カオ(ガオ･ジェ)は『天幻城市』での熱演でもわかる通り､台湾のみならず香港でも活躍する性格俳優です。本作でも悪役とは言え複雑なキャラクターに挑んでいます。彼の手下役で後年ジャッキー･チェン(成龍)やジェット･リー(李連杰)とも共演するジャクソン･ルー(樓學賢)が顔を出しています。

そして後半､ヴェロニカがジャック･カオ(ガオ･ジェ)の愛情を確かめる為に偽装誘拐を企てたあたりから､銃撃シーンが挟まれ一気に緊迫した急展開を見せます。ヴェロニカに惹かれるリン･チャンは自ら渦中に飛込む格好となり､ふたりの接近に気付いたターシー･スーもあどけない表情に似合わずバイクを駆って彼を追います。そしてクライマックスの釣堀での銃撃戦へと雪崩れ込みますが､ここが本作の実験的演出がイチバン現れている場面でしょう。ヴェロニカやジャック･カオ(ガオ･ジェ)を追う武装した一団も警察なのか組織の私兵か､それとも組織とグルになった警官隊なのかハッキリ明示されていません。台詞は極力省略され､照明弾の閃光と陰影を効果的に使ったスタリッシュな描写になっています。リン･チャンはジャック･カオ(ガオ･ジェ)の人質となったターシー･スーを助け多くの血が流れた現場から共に脱出します。夜明けの河原を恋人リン･チャンと歩くターシー･スーの足は軽く､表情も晴れやか。彼らは命の危険を脱し､一応のハッピーエンドを迎えました。そして台北の街ではまたノイズのような無線のやり取りが繰返されるのです…。

本作は前項でもお伝えした『天幻城市』同様､日本では小規模にて劇場公開され､その後｢ビデオ安売王｣レーベルからビデオが発売されました。残念ながら現状は未DVD化の状況です。
本作も『天幻城市』同様､台湾のカリスマ的ロックシンガーのウー･バイ(伍佰)が主題歌を担当しています。イントロを聴けば判る方も多いと思いますが､実は老いてなお話題を振巻いているジュリーこと沢田研二さんの代表曲｢時の過ぎゆくままに｣の國語(北京語)版カヴァーなんですね。しかもタイトルが｢愛你一萬年(あなたを一万年愛する)｣という､元ネタの気だるさとはうって変わった激熱なラヴソングに変貌しております。動画サイトでは1000万回を超える再生回数を記録した､強烈なインパクトを刻み付ける必聴の価値ありな１曲です。

『宝島(パオタオ)：トレジャー･アイランド』主題歌｢愛你一萬年｣PV動画↓