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日本史 異説!逆説!こぼれ話?コミュの聖徳太子の摂政期に主神が天之御中主神から皇祖神が月讀命から天照大御神に差し替えられた。

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以下の主神・皇祖神差し替え説に対してご批判・ご感想お寄せいただき大いに議論してください。


『日本書紀』に記載のない西暦600年の遣隋使についての「隋書」倭国伝の記事で、大王が未明の祭祀を行っていたことを窺わせる記載があります。ということは大王は主神や皇祖神を祭祀しているはずですから、六世紀末までは主神は天照大御神ではなく、皇祖神も天照大御神ではなかったと思われます。607年の第二回遣隋使については「日出処の天子」と太陽中心の世界観が示され、この間に大神道改革があったのではないかと想像できます。

『古事記』の最初の神は天之御中主神で、この御神体は北極星ですから、中国神話では主神です。六世紀末までは大和政権の祭祀の主神は天之御中主神なかったではないでしょうか。元々倭国は日本海の海洋国家であったとすれば、航海が重要で天之御中主神が主神だったことも頷けます。

また皇祖神は月讀命ではなかったでしょうか。なぜなら、月讀命は「夜の食国」を建国し、天照大御神は「日の食国」を建国したと元々の伝承ではなっていたはずだからです。天照大御神が高天原の主神となったのは、七世紀の神道改革後とすれば、元の説話では天照大御神も天下りして「日の食国」を建国していたことになります。それは当然太陽神である饒速日命の王国である河内・大和の地域です。

 そうすると月讀命も「夜の食国」を建国に天降りした筈で、それは筑紫倭国だと考えられますね。何故なら、月は古音では「つく」で「つくし」は「月地」に由来するのではないかと想像できます。風土記の伝承はそのことを否定するために後から作ったものです。

 このことは大王家の先祖に当たるニニギの父、忍穂耳命の出生譚である天照大御神と須佐之男命の宇気比(誓約)の矛盾点からもあぶりだせます。元々イザナギ大神は三貴神にそれぞれ象徴的な神器を賜った話しであったところが、アマテラスだけに勾玉を贈っています。アマテラスには鏡の筈ですね。月讀命に勾玉、スサノヲに剣となる筈です。それを後の宇気比につなげるために、アマテラスに勾玉にしているのです。

 そして宇気比ではスサノヲの剣からアマテラスが宗像三女神を生み、アマテラスの勾玉からスサノヲが忍穂耳命を生んでいます。アマテラスが勾玉にしたのは、月讀命と差し替えるためだったと想像できます。そうしないと大王家の祖先神になれないからです。

 三貴神は「天下を治めるべき」「御寓の珍子」だとされているのですから、それぞれが天降って三倭国を建国したという三倭国伝承があった筈です。とするとアマテラスがそのうちの2つの祖先神というのは不自然で、月讀命が宙に浮くのは腑に落ちません。

 ニニギの曾孫の磐余彦が東征して饒速日王国を倒し、河内大和が「夜の食国」に変えられていたので、六世紀末まで大王の祭祀は未明に行われていたのではないでしょうか。それが隋の皇帝の訓戒もあり、農業中心の大和国家ではやはり太陽神を主神・皇祖神にしたほうが社稷が保てるということで、聖徳太子の摂政期に大神道改革が断行されたわけです。その際神罰が下るのではないかと懸念されたわけですが、最高責任者として摂政の厩戸皇子が神罰は一身に引き受けると宣言されたので、聖徳太子と呼ばれるようになったのではないでしょうか?

コメント(3)

>>[1] コメントありがとうございます。天之御中主との差し替えについての動画です。

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