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現代物理学史 コミュの絶対静止座標の存在とコリオリ力

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地球表面に固定された局所回転座標系で記述されたコリオリの力と絶対静止座標の存在について

要旨
ニュートンの運動の第2法則は絶対静止空間の存在を前提として、加速度の概念と、それとは全く異なるレベルの力学の概念を継ぎ足して構成されている。ここではユークリッド空間における3次元立体を現す関数の対称性と合同性を用いて、ニュートンの運動の題2法則が前提とする絶対静止座標系の絶対性と客観性を定義した。ニュートンの運動の第2法則に現れる加速度は4次元時間空間の幾何学の概念である。幾何学の概念から導かれる加速度の概念が力の概念を定義するから、気象学や海洋学で用いられる局所回転座標系でのナビエストークスの方程式に現れるコリオリ力はニュートンの運動の第2法則で定義された力とは全く別物である。これを仮想的な力と呼ぶのは便宜上の慣習である。この慣習はニュートンの力学の前提とする絶対静止座標系の客観性と絶対性をあいまいにする。したがって気象学や海洋学におけるナビエストークスの方程式のコリオリの力と呼ばれる項は絶対空間の各点における1回回転が局所回転座標系の2回回転として記述されていることをしめし、気象学や海洋学におけるコリオリの力はニュートンの運動の第2法則であらわれる質点と環境との相互作用ではなく、(素粒子のスピンと同じく)3次元絶対空間の各点に埋め込まれた質点に内在する固有の性質であることをしめした。


1.ニュートンの運動の第2法則

大気や海洋という流体の運動を予言することができるとする根拠は何か?ニュートンの運動の第2法則がその根拠であると普通は言われる。

ニュートンは3次元の絶対静止座標系に正座している観測者にとって実質的な大きさを持つ地球の質量が地球の中心に集まっているように表現できることを図形を使って証明した(ニュートン著、「自然哲学の数学的諸原理」の「第12章:球形の物体の引力について」。中央公論社刊、世界の名著、231ページを参照せよ)。

それでは絶対静止座標系の存在はいかにして保証すればいいのか?絶対空間という意味はどの観測者から見ても結論がただひとつ確定するということで、数学の分野では一義性(ユニーク)という専門用語で表現される。これに対して観測者によってさまざまな結論が得られるが、それらのどの結論も間違いではない場合はこれらの結論は客観性をもつという。

したがって絶対空間とは誰が観察してもただひとつ(ユニーク)であるという一義性をもつ空間である。絶対静止座標系とはどのような観測者が観察しても静止していることが定義できる座標系である。

ナビエストークス方程式(とよばれる粘性流体の運動方程式)は絶対空間の各点に埋め込んだ質点にニュートンの運動の第2法則をあてはめている。すなわちニュートンの運動の第2法則は絶対静止座標系の中心に正座した観測者が観測する質点は        
(質量)*(加速度)=(力)
を満たすと表現される。したがってニュートンの運動の第2法則には3つの概念が含まれている。質量と加速度と力である。

ここで絶対静止座標系の原点と質点との距離を時々刻々に測って質点の加速度を求めるのだから、加速度は4次元時間空間の幾何学の概念である。そのうち加速度だけが運動学的な概念である(伏見、1973)。

運動学とは3次元的な図形の性質である幾何学に、時間の要素を加えたもので、時間空間の4次元の幾何学である。時間空間の4次元の幾何学では絶対静止座標の中心から計った質点の位置の時間的な変化をあつかう。座標系の中心に正座した観測者にとって孤立した質点が等速直線運動をするように見える場合、そのような観測者の立場を絶対静止系と定義する。

それでは孤立した質点とは何か?孤立した質点とは外部から何の影響も受けていないと考えられる質点である。外部から何の影響も受けていないとはどういうことか?地球表面上の質点はすべて重力の影響を受けている。重力の影響を避けるにはスケートリンクのようなものを考えて、氷面に束縛された質点の運動を考えればよいのである。こうして3次元空間内の運動をヴェクトルとして成分にわけて考察すれば重力の影響からは孤立した質点の存在を保証することができるのである(伏見、1973)。

では上のようにして孤立した質点が等速直線運動をしているように見える観測者を選んだとしよう。さて上で定義した絶対静止座標系に正座しているにも関わらず、この観測者は質点が加速度を得たような観測をしたとせよ。このときは、観測者は周囲の質点系がこの質点に影響を与えたのだと解釈して、加速度に質量をかけた量でその影響を測り、これを力と定義すればよいのである。すなわち質点と環境との相互作用がニュートン力学でいう力の概念なのである。


2.地球表面上に張り付いた局所回転座標系上に正座する観測者

我々観測者は絶対静止系に正座しているのではない。我々は回転する地球の表面の局所座標の原点に正座しているのである。我々が気象学や海洋学で原始方程式と呼び習わしているナビエストークスの方程式は回転する地球の表面の任意の場所に固定された局所的回転座標系で記述されているのである。

気象学や海洋学のコンピュータシミュレーションで用いられているナビエストークスの方程式は地球表面上に固定された局所座標系の中心に正座した観測者から見た質点の運動方程式である。ここで局所座標系という理由は地球の表面の任意の場所(たとえば北緯30度、東経135度)に座標系の原点を固定した座標系は非慣性座標系であるということである。つまり局所座標系の原点に正座している観測者自身の天頂から振り子をぶら下げると振り子の振動面は観測者に対して振動数が
ΩSin(観測者の緯度)
で回転するのである。このことが地球が自転していることを我々に教えるのである(註2)。このことは何を意味するか?

ナビエストークスの方程式に書いてある仮想の力としてのコリオリ力は
2ΩSin(観測者の緯度)
とかかれるが、普通の力学の教科書では絶対静止座標からみた質点の位置と地球表面上の任意の場所に固定した回転座標系から見た質点の位置を2階微分してもとめた加速度をニュートンの運動の第2法則に入れることにより、コリオリの力を導入している(註3)。

絶対静止座標系をOXYZと書こう。地球表面上の任意の場所に張りついた局所回転座標系o*.x*.y*,z*に正座した観測者の天頂から吊るされた振り子にコリオリの力が働いていると想像すれば、その観測者は自分自身が絶対静止座標系に正座していると勘違いして、あとはナビエストークスの方程式を原始方程式と呼んで演繹的な議論をするのである。

しかし我々は絶対静止座標系に正座していないことに固執する。どんな観察者からみても一義的に決定されなければならない絶対静止座標系を基準にすると「我々の地球の地軸はOX軸、OY軸、またはOZ軸のいずれに沿っているのか?またはOX軸、OY軸、OZ軸上の絶対座標でどう表現できるのか?」
次節ではこれに対する答えるために絶対静止座標系と局所回転座標系の時間空間幾何学を考察する。


3.絶対静止空間における3次元立体の対称性と合同性

絶対静止座標系を基準にした3次元空間の各点を絶対空間とよぼう。絶対空間に配置された3次元立体F(X,Y,Z)の対称性と合同性を議論することは絶対空間における幾何学の問題である。3次元立体の幾何学の問題を議論するのだから、3次元立体の中心は絶対静止座標系の原点に一致させる。

ここで3次元立体の表面の張り付いた局所回転座標系(この局所回転座標系の原点をイタリアのミラノ市に置いたとせよ)を考えよう。絶対静止座標系のYZ平面上でY軸とZ軸の二等分線上にとった直線をこの局所座標系の天頂z*とせよ(図1)。つまり絶対静止座標系のY軸をYZ平面上でZ軸方向に45度回転させれば局所回転座標系の原点(北緯45度にある場所、たとえばミラノ)に正座している観測者の天頂z*を指すのである。

このとき、地球の北極N*は絶対座標のZ軸と交差し、赤道はXY平面と重なっている。地球の地軸方向の径(さしわたし)は赤道面の径よりも小さい。つまり地球は3次元絶対空間で球ではなく回転楕円体であるから、地球表面の形状はYZ平面上でz*軸を対称軸として非対称である。ニュートンの運動の第2法則では4次元時間空間の幾何学であると言ったが、3次元立体が回転楕円体であるとする幾何学の条件が3次元空間座標の時間発展記録を表現しているのである。

さて我々の地球にとって絶対静止座標系OXYZの取り方は絶対的であるといえるのか?つまりわれわれはこのOXYZが絶対静止座標系であることをどのようにして知っているのか?この問いに対する答えは否である。絶対性とは一義性である。一義性とはどのような観測者にとっても答えはひとつに決まるということである。今の我々は「地球表面の任意の局所座標原点(北緯45度にある場所、たとえばミラノ)に正座している観測者にとって絶対静止座標系の基準とあるユークリッド空間のX軸、Y軸、Z軸が一義性を持っているか?」と問わなければならないのだ。つまり地軸をZ軸に一致させたが、「地軸はX軸にしてもいいのか?地軸はY軸にしてもいいのか?それとも地軸は絶対静止座標系の特定の座標(X,Y,Z)を使って一義的に決定できるか?」という問いに答えなければならない。

まず我々は「絶対静止座標系の存在とは何か?」を問わなければならない。つまり「絶対性とは何か?」を問うのである。絶対性とは一義性である。一義性とはある操作を行う前の状態とその操作を行った後の状態とが全く同じであるということである。つまり操作を執行した後の状態に何の変化も認められないから、だれが観測してもただひとつ(ユニーク)に決定できるのである。操作が普遍性をもっているといってもよい。今の場合は「絶対静止座標系の原点に正座しているさまざまな絶対観測者が勝手に決める絶対静止座標系(すなわち絶対静止座標軸(X軸、Y軸、Z軸))によって我々の地球の形状が異なるのか?」を問うのである。

この問いにたいしてはYZ平面の二等分線をz*軸として、z*軸を対称軸として、z*軸を天頂とする局所回転座標の原点(北緯45度にある場所、たとえばミラノ)を通過する子午線の形状は、東京とおなじ緯度にあるシリアのアレッポにおける天頂をz**軸とした局所回転座標系で記述された地球の形状と合同であることを思い出そう。

絶対空間で回転する地球の形状を指定するために地軸をZ軸に一致させる絶対観測者にとってはY軸をZ軸方向に回転させてz*軸を選択する方法は無数に存在することになる。北半球の局所回転座標系を指定するためにはお互いに直交するX軸とY軸は絶対空間では自由に選べる。つまりX軸とY軸を交換してもいいのである。つまり絶対静止座標系でXY平面を決めれば北半球の任意の場所で局所回転座標系(x*、y*、z*)が決まり、この局所回転座標系の原点に吊るした振り子は右手座標系で1日に1回転するのである。

それでは絶対静止座標系のY軸を90度だけ右回転させて新しい絶対静止観測者が地球の南半球を眺める場合を考えよう。この新しい絶対静止座標系は旧座標のY軸の正方向が北極と交差し旧座標のZX平面を赤道面とする(図2)。したがって南極はY軸の負方向と交差する。

ここでアフリカのガボン共和国のリーブルビルを絶対静止座標系のY軸と交差し、エクアドルの首都キドを絶対静止座標系のX軸と交差するとせよ。アフリカのリーブルビルとエクアドルのキドは赤道上でおたがいの経度が90度離れている。このときリーブルビルを出発し、北極を訪問してキドに到着したとせよ。この旅行者はキドから南半球に渡り南極を訪問して再びアフリカのガボン共和国のリーブルビルに戻ってきたとせよ。

この旅行者の軌跡は絶対静止座標系に正座した絶対観測者からみると360度の回転である。しかし北半球の任意の場所に張り付いた局所回転座標系に静止した観測者から見ると右手座標系で反時計回りに360度回転している。一方、南半球では左手座標系で赤道から南極に進み、南極でキドに直面して90度だけ右側に向きを変えてリーブルビルを向いてふたたび赤道に向かったのである。南半球では局所回転座標系は左手座標系で記述する。したがって南半球での旅行者の軌跡を北半球の局所回転座標系での記述に書き換える操作は、右手座標系から左手座標系への変換の操作である。この操作とはユークリッド空間の絶対静止座標系では南半球で左手系で記述された旅行者の軌跡を現す関数の逆関数に変換する操作である。

逆関数を求める操作はユークリッド空間の座標軸をすべて逆符号にすればよい。われわれの地球の形状はユークリッド幾何学の絶対静止座標系でX軸とY軸の区別をしなくてもよかったから、逆関数を求める操作はZ軸の符号を逆にすればよい。このことはXY平面を対称面とした鏡像変換であるから、地球の北半球表面に張り付いた右手座標系ではY軸を回転軸とする180度の回転角変位による軌跡が追加されたと解釈しなければならない。すなわち南半球の軌跡を北半球の右手座標系で表現すると180度回転の角変位を余分に付け加わるのである。

これは右手座標系や左手座標系がお互いに対称変換によって交換可能な回転面と回転方向を指定するのにたいし、絶対静止座標系は右手座標系と左手座標系を区別しないことに由来する普遍的な性質である。3次元ユークリッド空間で非対称な3次元立体の形状をしめす関数が対称面を通過する操作が2義性をもつことはメビウスの帯や複素関数論のリーマン面の2義性をもつことと対応する。(齋藤、2007の9ページを参照)。

ここで旅行者の軌跡が北半球の局所回転座標系で760度の回転に対応することと北半球の局所回転座標で記述された連続体としての流体粒子の回転角速度が2Ωであることとを比較しよう。北半球の局所回転座標系で記述された質点の位置を2階微分して求めた質点の加速度は絶対静止座標系に固定された振り子の振動面を基準にして計算したと考えてよい。したがって振り子の振動面は振り子の吊り下げられた局所回転座標系の原点に正座している観測者は1日に360度の回転の角変位を観測する。それでは局所回転座標系で記述されたナビエストークスの方程式は2ΩSin(緯度)という加速度がでてくるのはなぜか?それは加速度が絶対静止座標系を基準にしているからである。


4.まとめ

ニュートンの運動の第2法則は絶対静止空間の存在を前提として、加速度という4次元時間空間の幾何学の概念と、それとは全く異なるレベルの力学の概念を継ぎ足して構成されている。地球の表面に張り付いている粘性流体の粒子にニュートンの運動の第2法則をあてはめたものをナビエストークスの方程式といい、地球表面上の局所回転座標系でナビエストークスの方程式を表現したものは気象学や海洋学で原始方程式とよばれて気候温暖化予測で用いられている。地球表面に張り付いた局所座標系は慣性座標系でないから、ニュートンの運動の第2法則で定義された力とは全く別物を仮想的な力と呼ぶのは便宜上の慣習である。この慣習はニュートンの力学の前提とする絶対静止座標系の客観性と絶対性をあいまいにする。

気象学や海洋学におけるナビエストークスの方程式は局所回転座標系の言葉で表現されている。実はニュートンの運動の第2法則は絶対静止座標系の原点に正座している慣性座標系でのみ成立するのである。教科書では質点の位置を2階微分すると2Ωが自動的に出してくるが、南半球の左手座標系と北半球の右手座標系の存在は絶対静止座標系から観測した自転する地球の形状がユークリッドの絶対空間で非対称であることの帰結である。このことはナビエストークスの方程式にでてくるコリオリの力はニュートンの運動の第2法則が加速度という絶対空間における4次元時間空間の幾何学の概念であることに基づいている。したがって回転面と回転方向を示す局所回転座標系で表現されたコリオリの力が2Ωで表現されるのは回転角変位が南半球と北半球を持つ回転楕円体の4次元時間空間の幾何学的な性質なのである。

つまり絶対空間おける1回回転が局所回転座標系の2回回転として絶対空間の各点に埋め込まれている。したがってニュートンの運動の第2法則は(素粒子のスピンと同じく)3次元絶対空間の各点に埋め込まれた質点の内在する固有の性質である。

参考文献:

齋藤行正、2006:物理学の落穂拾い(第1部)研究速報(環境総合テクノス)

伏見康治:1973、現代物理学を学ぶための古典力学、岩波書店

マリオン著、伊原千秋訳、1973:力学II、現代基礎物理学選書、紀伊国屋書店

註:日本で発行されている気象学や海洋学や地学の教科書にはコリオリの力が高校物理で習う水平方向(x方向)に初速度Vで投げた石が描く軌跡が鉛直断面(X−Z平面)で放物線になることと同じ方程式で説明されている。これは絶対静止座標系と局所回転座標系を混同して答えだけ出そうとするやり方である。論理的に誤りであり、したがって教育的にも悪い。このような悪い教育(答えさえあえば論理なんてでもいいという実用主義プラグマチズムの洗礼)を受けた学者たちは自分の無知に気がつかないのだ。

コメント(5)

ここですね。

>したがって気象学や海洋学におけるナビエストークスの方程式のコリオリの力と呼ばれる項は絶対空間の各点における1回回転が局所回転座標系の2回回転として記述されていることをしめし、気象学や海洋学におけるコリオリの力はニュートンの運動の第2法則であらわれる質点と環境との相互作用ではなく、(素粒子のスピンと同じく)3次元絶対空間の各点に埋め込まれた質点に内在する固有の性質であることをしめした。


 慣性力の問題を論ずる時に、いつも不思議に思う「仮想的な力」の不自然さの問題です。スピンを論ずるのと同じく、内在的な固有なもの、と展開するほうが確かにしっくりとするでしょうか。
 「質点と環境との相互作用ではなく」 この表現の「心は?」を把握したいところです。
はい、そうです。

要旨には「その心を本文で詳しく示す」と匂わせておきながら、本文の後半部分では書きなぐってしまい、どこにその心があるのか読んでもすぐにはわかりませんね。混乱させてしまいごめんなさい。

このこと(コリオリの力の説明)については、今これから後半部分をかきなおします。

追伸:
慣性系でないのに仮想の力と呼ぶことによって「あたかも力のように思え」というのは(受験対策にはそれでも良いが)人間の自然認識としては間違いである」と私は思います。

仮想力が人間の自然全認識として間違いであるのなら仮想力は教育上では良いことではありません。角谷典彦著「連続体力学」共立出版の5−7ページには「時間空間の関数として表現する連続体の概念について」すばらしいこと(いったん定義された連続体というのは、もはや実在の物質とは直接は関係のない1つの抽象概念であることに注意したいという但し書き)が書いてあります。

流体の性質を連続体で表すのと同じ問題が電子スピについてもあるのではないかと私はおもいます。電子のスピンが固有の性質というのは「受験対策なら電子を巨視的な球状の物体と考えてもそれで間に合うこともあるから便利だが、本当は電子は3次元空間で球状の物体ではない」ということだと私は考えます。

私は一言で言うと「ニュートンの力学方程式F=maとブラウン運動の拡散方程式と量子力学の方程式の3つの数学的構造の違いがこれらの鍵(エッセンス)になるということを主張いたしたいとおもいます。このことが私の一番言いたい結論なのでうまく整理してわかりやすく書かねば誰にも読んではいただけませんよね?

これからもどうぞ私の粗雑な文章に飽きずに、皆様の厳格な査読をお願いいたします。
「回転座標系の中心を絶対静止座標系に一致させてコリオリ力を導びく方法」に対する私の考え
 
                  高専の先生

回転座標系の中心Oに正座している観測者(したがってOという局所的な座標原点付近に留まっている観測者) が外径方向に初速度Vで投げた質点に対して、この質点の径方向(外径方向)に向かって右手にコリオリの力を受けて、この質量が移動する距離が径と直角方向にVωt2であるとして、この距離を2階微分すると径と直角方向の加速度が求められるという論理について私の意見をいかに述べます。

たしかにこの論理でよさそうに見えます。なぜなら、これは回転する座標系の中心Oから見た質点の軌跡であることをしばらくの間は忘れて、慣性座標系上で表現されたようにみなして議論すればこれで正しい答えが得られるからです。

上の議論ではまず質点の加速度αを時間空間の幾何学を使って2ωVと求め、この加速度2ωVが外部環境と質点との相互作用(すなわち力)であると考えれば慣性座標系上で表現されたニュートンの運動の第2法則の形になります。

ここでは回転座標系の中心Oを絶対静止座標系と思えばいいわけです。日本で発行されている気象学や海洋学の教科書には2通りの方法でコリオリ力の導が説明されています。

ひとつの方法は絶対静止座標系などに少しも煩わされずに、ここで述べたように見掛けの力を実際の力のように考えて説明しています。しかし「回転座標系を仮想的に慣性座標系での実体に働く相互作用としての力として解釈してはいけない」と我々は主張いたします。

もうひとつの方法では絶対静止座標系から見た回転座標上の質点を2階微分して2ωVを天くだりに導いています(伏見康治先生の本「現代物理を学ぶための古典物理」でもこうしてコリオリ力をみちびています)。私はここで「絶対静止座標系から見た質点」と言いましたが、この方法は質点の位置(空間座標)を機械的にただ2回微分しただけです。したがって微分に現れる項に絶対性静止座標系の意味を充分に議論し尽くしていないと我々はここで主張いたします。

我々は後者のような天くだりのコリオリの力の導き方に4次元時間空間の実体としての意味(観察対象の物理実態的な意味)を与えたいのです。

これは単に解釈の問題(または趣味の問題)のように見えますが、そうではありません。ニュートンの運動の第2法則では「質点の位置を2回微分した幾何学としての加速度が質点と環境との相互作用としての力だ」とするために、ニュートンの運動方程式では「異なる加速度は異なる相互作用とみなすことができますが、異なる速度で動く2つの座標系は区別できません」。これがニュートン力学の真髄とも言えるガリレイの相対性原理の心です。したがって速度ゼロの絶対静止座標系と一定速度の慣性座標系をニュートンの運動の第2法則は区別できません。このためにニュートンの運動方程式から波動方程式(時間も空間の2回微分がある) は導かれるが、拡散方程式(時間微分は1階、空間微分は2階)は導かれません。つまりニュートンの質点の力学と拡散の過程は全く別物です。波動方程式は時間反転が可能ですが、拡散方程式は時間反転ができません。それは前者が絶対空間の存在を前提とした幾何学から出発しているからで、ニュートン力学は座標系が止まっていようが等速度で運動していようがかまわないからです。しかし、後者は座標系が静止する条件がすでに拡散過程に組み込まれているからです。

ニュートンの運動の第2法則と熱や物資の拡散法則は数学的に全く相容れない構造をしているのにそれを無理やりにくっつける行為が何を意味するのかを誰かが問わなければならないと思っています。

付録:
誰にとっても共通の座標系がただひとつ指定されなければならないというのが「絶対静止座標系」という意味です。誰が見てもただ一つに決まる一義性(ユニーク性)が絶対という言葉の意味です。一義性が絶対静止座標系の本質(一義性がなければ絶対静止座標系と言えない)です。

たとえば鏡の前に立った自分Aと鏡の中の像A‘とは鏡の面を挟んで対称ですが、自分Aが右手を上げれば鏡像A’は左手を上げ、AもA‘もどちらも幾何学的には対等です。AとA’が幾何学的に区別できるのはAとA‘を外から眺めている人間Cです。なぜなら地面に足をつけて立って上下を区別している人間Cにとっては、地面に対して鉛直方向を向いた特別な方位(つまり絶対静止座標系O−XYZ) は同じ地面上で生きているという自然的条件を共有するかぎりは誰にでも通用するからです(国府田隆夫、2007の物理学会誌記事参照)。


参考文献:国府田隆夫:鏡の謎:物理学と哲学の関係について、日本物理学会誌、2007年、1月号、Vol..62 , No.1,2007.
絶対静止座標系と局所回転座標系について

コリオリ力を仮に力のように思いさえすればあとは計算がどんどん進められるからいいような気もします。
その理由は「コマの回転をコマに乗った座標系の中心付近から眺めれば
ちょうどコマの外径方向にむかって右側に力を受けると解釈すれば、本来は絶対静止座標系でした
ニュートンの運度の第2法則に含まれる時空幾何学(つまり位置の2階微分)が、
局所回転座標(つまりコマの表面に張り付いた座標)ではまるで力のように表現できて便利だからです。

しかし、これを便利だからと言って仮想力と呼んですませていると過ちを犯すおそれがあると主張したいのです。
つまりニュートンの運動方程式と拡散の方程式を同時に扱わねばならなくなったとき(つまり地球の流体を真似しようとするとき)には、
仮想力を実際のニュートンの原理で定義された力と混同してしまう危険性があります。

質点の位置を時間空間の幾何学として表現する方法(粒子を追跡するという意味ではラグランジュ的な方法)と、
空間に固定された境界を通過する熱や物質の総量をフラックスとして
表現する方法(空間に固定されているという意味ではオイラー的な方法)とは数学的な構造はまったく異なります。

前者(ニュートンの原理)は不動の基準点としての絶対静止座標系がニュートン原理とは独立して存在します。
不動(つまり基準とする座標系の中心が速度がゼロ)なのか、基準とする座標が一定速度でう語彙tえいるのかについてははニュートン原理は不問にしているのです。
不問にする理由は、絶対者が一義的に不動の基準を与えてくれているとニュートンは他人任せにしたのです。
(つまり「絶対静止座標の存在は神が保証した」と言って、神の行動には言及しないのがニュートンです。)
それ故に、ニュートン原理(F=質量*(加速度))は加速度だけを問うのです。
つまりニュートン原理は座標系が絶対静止しているのか、座標系が一定速度で運動しているのかをぜんぜん気にしません。
これがニュートン原理の心であるガリレイの相対性原理です

しかし後者(境界を熱が通過する原理)では運動する熱や物質が空間に固定された領域の境界を通過する回数を記録する方法です。
ここではたとえば質点が境界に到達するまでの軌跡という時空の幾何学的情報は問いません。
したがって拡散過程では初期時刻と最終時刻が問われます。
つまり拡散過程の原理にはおのずから時間的変化率(つまり物質量の時間的勾配、すなわち拡散速度)が組み込まれています。
これが拡散方程式が時間の1回微分、位置の2階微分になる理由です。
つまり拡散過過程は絶対静止座標系(物質が移動を開始する原点が一義性をもつ)が拡散過程そのものに組み込まれているのです。

気候シミュレーションではニュートンの運動の第2法則を流体粒子の時間空間幾何学にあてはめています。
連続体としての流体粒子の描く軌跡は微分可能だと仮定しています。
なぜなら、ニュートンの運動の第2法則は微分方程式で表現されているからです。

一方では流体粒子よりも小さい気体分子の熱運動の集計がブラウン粒子(花粉の中の微小粒子)
に衝突してブラウン粒子が描く軌跡(これは微分不可能な軌跡)は微分不可能です。
これらの微分不可能な軌跡を初期時間から足し合わせれば、空間の境界を移動する
ブラウン粒子の総量の時間勾配と空間勾配が拡散の幅として決まります。

このようなブラウン粒子は分子の熱運動の帰結です。
しかし、われわれの流体粒子は乱流によって拡散します。
乱流はニュートンの運動方程式をみたします。
乱流の中の流体粒子は連続で微分可能なニュートンの運動方程式を満たす運動をします。

このような議論を気象シミュレーションでやっていく予定です。
4:質点の力学と流体粒子の熱力学は両立しない

前書き:
新井朝雄さんの本から言葉を借用しました。かりやすくなったか?かえって難しくなったか?
公開するまではまだまだ時間がかかりそうです。



4.1 絶対静止座標から見た地球方面に張り付いた局所座標

質点とは何か?我々が知覚する諸現象が生起する場所としての空間が物理空間である(註1)。

註1:この節では新井朝雄著「物理現象の数学的諸原理――現代数理物理学入門、共立出版、2004年刊、の164ページを参照せよ。

したがって物理空間は我々が現象を観測することによって不可分に定義される、ユークリッド幾何学が成立する空間である(註2)。我々の知覚による観測事実にはユークリッド幾何学が適用できるのである。我々の周りの物理空間で我々が知覚する物体の広がりを無視し、「我々が知覚する重さの感覚を表す質量は物理空間に埋め込まれた無限に小さい点に閉じ込められている」というのが質点の概念である。

さて物理空間に埋め込まれ質点の幾何学を取り扱うためには位置を指定する基準が必要である。この基準を絶対静止基準とよぶことにする。ここで絶対という意味はどのような観測者からみても唯一の静止の基準がきまるということで、一義性(ユニーク)、一意性と言っても良い。絶対静止基準の原点に正座した観測者を絶対観測者と呼ぼう。

絶対観測者が設定した3次元絶対空間に自転する地球が浮かんでいるとしよう。この地球表面上に住んでいる我々も、自分を中心として座標系を設定することができる。いま北半球の任意の場所で右手座標系を設定したとしよう。これを右手系の局所回転座標と呼ぶことにする。「局所」とは地球表面上で自分が正座している場所の近くという意味である。図1では北極点に局所回転座標の原点があるが、北半球の地表面上の任意の場所で局所回転座標系を設定できる。

質点の力学は慣性座標(つまり絶対静止座標系または絶対静止座標系に対して等速直線運動をする座標系)でニュートンの運動の第2法則がなりたつことを言う。すなわち絶対観測者から見て静止していても、等速直線運動していてもニュートンの運動の第2法則は同じ形をしていて、見分けがつかないのである。これをガリレイの相対性原理という(註3)。

註3:一義的に決まる絶対静止座標も、この絶対静止座標に対して等速直線運動をする無数の座標も全てひっくるめて慣性座標と呼ぶならわしである。「こんなことは当たり前で何が面白いか?」と思ってはいけない。ニュートンの運動の第2法則から導かれる結論は、絶対静止座標に正座する絶対観測者が計ったのか、絶対静止座標に対して等速直線運動する座標に正座している観測者が計ったのか区別がつかない、つまり絶対静止座標系の存在を仮定しなくても良いということになるからである。実際、新井朝雄は慣性座標系なる概念を導入しないで、「物理空間のどの点も平等である」として物理空間をアフィン空間(ベクトルの平行移動が定義される空間)と仮定している。しかし、それでもここで議論する拡散方程式とは運動のスケールが違うことを後でしめす。


図1では絶対静止座標系(XYZ)に正座した観測者からみると北半球の表面上の右手系の局所座標系(xyz)の中心に正座した人が右手を上げたとき、右手の描く軌跡F(XYZ)に対して空間反転写像R(XYZ)= (-X,-Y,-Z)を行なえば左手座標系がえられる。すなわち北極に正座する観測者の空間反転写像が南極に正座する鏡像になることを言っている。

これは絶対静止座標系のZ軸が一義的(ユニーク)に決定できる(つまりどんな観測者から見ても絶対静止座標系は一義的に決められる)から絶対静止座標系のZ軸を認識する絶対静止座標系自身はもちろん絶対静止座標系に対して等速直線運動する座標系に正座している観測者は、北半球に正座している人の手が描く幾何学と南半球に正座している人が描く手の幾何学が区別できるが、北半球の局所座標の中心に正座している人は南半球の鏡像の幾何学を区別できない(鏡に写った像はまったく自分と同一だと思う)ことを意味している。すなわちニュートンの運動の第2法則が絶対静止座標系の存在を仮定しているから、空間反転対称性を持つ地球の表面に張り付いた局所座標系には鏡像が常に付きまとうことになるのである。

つまり空間反転対象性を持つ地球表面上に設定されたある局所座標上に正座している観測者が見た質点の力学方程式(すなわち時間tから位置座標Rへの写像)は必ず対応する鏡像の局所座標上の力学方程式(鏡像を示す写像)を含んでいるのである。これが絶対静止座標を持つニュートンの質点の力学の宿命で、これが質点の力学に波動(サインコサインなど)の解が出てくる根拠である。(参照:拡散方程式の解は指数関数である)



4.2 質点の力学で表現される流体粒子の運動

また質点の力学では我々が考察の対象とする流体粒子の位置を点で表現し、空間の各点では質点の属性を示す量(物理量)を定義でき、質点の位置の時間変化は連続関数で表現できる。

流体粒子とはナビエストークスの方程式に現れる物理量が確定するように有限体積をもつ粒子状の物体であった。つまり対象とする物質が存在する物理空間の各点Pで、Pを取り囲む体積δVを考え、その中に含まれている分子の全質量をδmとしたとき、任意の点Pにおける密度がδm/δVで定義できるくらいの小さい粒子を流体粒子と名づけるのである(角谷、1969)。

ナビエストークスの方程式に現れる種々の物理量(たとえば速度νや、各点Pにおける応力)についても、任意の点P付近における局所的な値を定義することができるが、これらの微小な流体粒子の大きさはPの位置を変えたときも、また同じ点においても別の物理量(たとえば密度と速度とのように)の定義に現れる流体粒子の大きさとは一般には異なるのである(角谷、1969)。数学的に厳密に定義しようとおもえば、ナビエストークスの方程式に現れる全ての物理量が定義できるような流体粒子のうちで最大の大きさの粒子の半径をゼロとみなすような仮想的な物体が連続体としての流体粒子である。時間の刻みについても分子運動の影響が現れないくらいの有限時間δtが有限体積をもつ流体粒子の位置を測る目安(時間目盛り)である。

図2では流体粒子の大きさで絶対空間に目盛りを刻んで、流体粒子の位置を指定できるようにしてある。すなわち流体の運動をナビエストークスの方程式で表すときはこの図2のように流体粒子の大きさを最小の空間解像度として絶体観測者は物体の位置を測るのである。図2では絶対静止座標の原点Oから見た流体粒子の仰角を灰色の三角形でしめしてあるが、仰角をゼロと見なして流体粒子の中で分子運動を無視するのが質点の力学である。

質点の力学では流体粒子は外力を受けてその位置を変化させる。流体粒子の位置が変化すると、その流体粒子は軌跡を描く。この軌跡を示す図形の解像度は流体粒子の大きさである。図2では赤い矢印が流体粒子の位置の時間変位を示している。


4.3  流体粒子の熱力学

これに対して流体粒子の熱力学は絶対静止座標系の存在とは無関係になりたつから、地球上の局所座標で表現された流体粒子の温度や物質濃度には絶対静止座標に基づく制約は何もない。つまり流体粒子の熱力学はニュートンの質点の力学とはまったく別の概念であり、質点の力学とは別のレベルの論理で構成されている。

流体粒子の熱力学は図2で空間刻みを入れた絶対空間の箱の中の分子の運動を考察の対象としている。分子自身の軌跡を問うているのではない。分子自身の運動エネルギーは温度として表現されることは統計力学に任せてしまうのである。

熱や物質の拡散方程式は数学論理の上ではフーリエーの法則やフィックの法則から演繹的に誘導される。フーリエーの法則もフィックの法則もニュートンの質点の力学のように絶対静止座標の中心から見た時間空間の幾何学を問うものではない。このことは拡散方程式が1階の時間微分と2階の空間微分をふくんでいること、したがって拡散方程式の解が指数関数になることにあらわされている。すなわち大気に排出された汚染物質は有限時間で無限遠に到達するという解がでてくるのである。これは明らかに間違いである。いや、拡散方程式の解をこのように解釈してはいけないのである。

つまり気候シミュレーションに使われるナビエストークス方程式にパラメータとして含まれている密度は瞬時値であるが、気候シミュレーションに使われる温度や物質の拡散方程式の解(温度や物質の濃度)は流体粒子の温度や物質密度の瞬時値ではないのである。

「拡散方程式を解いた答えは温度や物質密度の確率を表してるのだからいいではないか?」と言ってはいけない。ニュートンの質点の力学で仮定された前提と拡散方程式が成りたつ前提が異なるのである。

拡散方程式は流体粒子の内部にある分子の軌跡がブラウン運動であるという前提に立っている。ブラウン運動するのは分子ではなく、分子から蹴られた巨大粒子だが、この巨大粒子をブラウン粒子と呼ぼう。ブラウン粒子はそれでも流体粒子よりは小さい。分子運動がなければブラウン粒子は動かないから、分子運動の表れがブラウン運動である。ブラウン運動するブラウン粒子の軌跡の解像度は流体粒子の解像度よりもものすごく小さい。これが流体粒子の定義である。すなわち流体粒子の運動は質点の力学で表現され、質点が描く図形は微分可能である。しかし流体粒子の熱力学に現れる拡散方程式の解は無数のブラウン粒子が微分不可能なジグザグ運動した軌跡に基づいている。

さらにナビエストークスの方程式に現れる流体密度をきめるために必要な温度の物質濃度は流体粒子の乱流運動にも依存する。乱流運動とは流体粒子の不規則な運動だから、乱流運動する流体粒子の位置の解像度は流体粒子の大きさの整数倍である。このような流体粒子の乱流運動による温度と物資濃度の輸送過程がブラウン運動の同じ数学で表現されることは誰にもわからない。

気候シミュレーションだけでなく、大気汚染や海洋汚染などの環境アセスメントでも拡散方程式が使われているが、これも公理系として確立しているからではなく、拡散過程の数学が未発達だから、昔のままの数学が使われているだけである。

環境省発行の「窒素酸化物総量規制マニュアル」には「実際の大気汚染の状態とシミュレーション結果とが相当程度に整合しうるように確認した」といい、つづけて「一種の割り切り等を伴った判断を行った」という趣旨が書いてある。これは何を意味するのか?シミュレーション結果と実際の汚染状態を整合させるのに、一種の割り切りを学者が行ったのである。


次の節では海洋表層の乱流がブラウン運動とは異なることをしめす観測を紹介しようと思う。

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