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名人治療家をめざそう!コミュの「粘膜療法」・・両親の置き土産(2)

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こちらは平成18〜19年の話です。
(平成元年“カイロもどき療法”での開業から、
「骨格矯正」⇒「筋肉・反射療法」と進み
既に気光エネルギー整体療法に切り替えていましたが・・
気光整体療法の『粘膜療法』ができる前でした)

10ヶ月間ほど医師である弟夫婦と同居していた母が帰ってきたとき・・
普段は滅多に飲まない薬を山ほど抱えてきました。(貧血が進んでしたようです)
最初、私は強くは言わずにいましたが(というより、医師である弟の指示に従っていて
私の話は耳に入らない状態でした)家内は“それなりに”薬は控えた方が良いと・・
私の意向を伝えていましたが・・
(薬剤処方のため、弟の紹介状を持って病院にも連れて行きました)

しかし、帰ってから半年後の春、通っていたディ・ケアサービス先で黒い胃の内容物を
吐いて内科に連れて行かれ・・胃がんと診断されました。
この頃になると、
ようやく、母も薬の副作用が怖くなり、入院治療も拒否するようになっていました。
しかし、貧血が徐々に進行していき、時に黒っぽい便も(下血)

私は、胃がんと診断されたことで、胃がんが原因での下血との思い込みがありますから・・
胃がん治療を続けました。
最初は「対話・徒手確認」での「胃がん」の反応が出ていましたが
何回か繰り返すうちに・・・その反応もなくなっていました。
しかし、下血が続きます。

次第に、自力で動けなくなって・・自宅療養で、毎週、内科医による訪問回診や、
訪問介護サービスを受けていましたが、下血による真っ黒な便は一向に改善出来ません。
《おかしいな?胃がんの反応は無くなっているのに!なぜ?》と、思い続けていました。

確か、母親が逝く1ヶ月前頃でしたか、
千島喜久男著『血液と健康の知恵』地湧社刊を読み始めていました。

そして、母が逝く10日ほど前頃、著書の中で・・

『・・広島、長崎の原爆記録にも明らかに記載されているように被爆後数日以上生き
残ったものは殆ど凡てが腸粘膜がやられ、腸出血していわゆる原爆性赤痢にかかってい
たことが認められている・・若い細胞の腸粘膜が破壊され血管が露出して出血したもの
であることは容易に推定できる。そして、腸粘膜の造血組織である絨毛も亦同時に破壊
され、赤血球造血が出来なくなる・・』
という箇所で釘付けになりました。

《胃がんからの出血とばかり思い込まされていたのか!
胃がんの反応(言霊・対話・徒手確認)が無くなっているのに、おかしいと思っていた!
下血の原因は・・腸粘膜が、薬でやられて、腸の毛細血管がむき出しになって!》
と、気がつき・・「言霊・対話」の対象を「腸粘膜」に切り替えてみると・・
今まで反応しなかったものが、お腹の広範囲に返ってきます。

すぐに『結合組織療法』の応用で、「粘膜療法」を加えてみると・・
確か3日目でしたか、それまで真っ黒い便だったものが・・
私の便よりきれいな色の便になっていました。

しかし、既に自力で動けない状態で(“床ずれ”までには至っていないものの辛い様子)
寝たきりの姿が忍びない状態でした。
《これでは腸粘膜が治っても・・“蛇の生殺し”になってしまうな!》
《ダラダラ長引くのは、本人も辛いだろう!》との思いで、「粘膜療法」を“戻し解除”!

翌日には、これまでと同じような真っ黒な便に戻り
・・それから丸2日後に、母は逝きました。

母からは「粘膜療法」の置き土産でした。

*******

「下痢症」は、父親の“置き土産”で解消されていましたが
私の弱かった胃腸も・・ようやく、この年になって「普通」に!

その後、「粘膜療法」には大いに活躍してもらっています。
(下血によらない)貧血も・・「腸粘膜療法」で、早急に改善できるように・・

*******    *******

母の葬儀の後日談です。

体調が良くないと、葬儀に参列出来なかった叔父宅(母の実家)に、
家内と一緒に挨拶に出向いたとき

いきなり叔父が「何か残っていなかったか?」と聞くのです。
(叔父は“禅問答”のような言い方をよくします。)
最初、《ん?何のことか?》と思っていましたが、すぐにピンと来て

「いや〜僕も気になってジックリ探したんやけど、何も残っていなかった!」と言うと
叔父「そうか!残っていなかったんやな!」と、念を押されたので
私「この頃の火葬は火力が強いから、残らないのと違うやろか?」というと
叔父「いや!この前も同じ部落の者がガンでなくなったけど、ちゃんと残っていた!」と。

要するにガンで死んだ場合、火葬した後に、くすぶったような物が残るのです。
父親の場合は肺がんのあった場所に・・しっかり残っていました。

叔父の家からの帰りの道中、車の中で、
家内が言うには「お母さんの胃がん、治っていたんだね!」と。

以下、「会員ページ」にて
また『治療力低下や、体調不良の原因の中に・・』も「会員ページ」にて

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http://blog.livedoor.jp/tarikikikou/archives/51851337.html

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