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物語を作ろうコミュのカレノイヤホン

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彼は周りの皆に溶け込むようにか、いつもイヤホンをしていた。



人交う街角の中にいる人々からしたら、私の存在なんて誰も気にも止めず、私ですらそんな人々の一部であった。

そんな彼と出会ったのは、私がいつも利用する通勤電車の同じ車両で、彼は空いてる椅子にも目もくれず、あまり開かない側のドアにもたれ掛かるように日々俯いていた。

以前私は彼を付け回すかのように、彼のいつも降りるホームから改札までの距離を往復していた事があった。彼の背中を追うというストーク行為を哀れに思う自分をさながら、彼へのひたむきなる興味に自ずと認めざるを得なかった。

そんな彼と初めて会話を交わしたのは、ホームから改札までの途中、彼が不意に落とした小銭を、今まさに私が手伝いたいという気持ち一心の面持ちで、私が必死に手伝った時に彼がくれた言葉が、すべての始まりだった。

「ありがとう。見つからない分は、探してくれなくていいですから」

「いえ、大丈夫です、きっと見つかります」

そして、私が隅々まで探してる最中、彼はそこから足早に去っていってしまった。その時彼の落とした50円玉を私はただただ彼に渡したくて、次の日私は彼に会うために、いつもの車両に飛び乗った。



朝8時25分。

時間ピッタリの定刻通りに、いつもの通勤電車の前から4番目の車両が私の所で止まった。
いつもなら彼がその車両の奥のドアに寄り掛かっているはずなのに、その日は珍しく彼の姿はなかった。

「え、あれ、いないんだ」

私は自然に彼に声をかけられる、今日という日を期待していた。それなのに。



「あ、昨日はありがとうございました」

「え、」

不意を突かれた。

彼は私を見つけるやいなや、隣の車両から私の車両へと移動してきたのだ。

「あ、あれ、いつもこの車両なのに、、」

私の動揺は落ち着かないまま、彼に言わなくてもいい情報をつい口ずさんでしまっていた。

「ボクを前々から、知ってくれてたんですね?」

彼は白いイヤホンを耳から外し首からかけて、ニッコリと微笑んだ。
次の瞬間、私は昨日のお金をすぐさま彼の目の前に差し出していた。

「こ、これ、落ちてました」

私は彼と話す手段のそれを、今のタイミングで差し出した事を、差し出してすぐに後悔した。

「昨日は本当にゴメンなさい。急いでたので、キミにありがとうって声をかけられなくて」

「いえ、全然良いんです」

もうこれで、彼と話す機会を失った私は、彼に背を向ける事しか浮かばないと思ってたのに。慌てふためいた私は、彼の言葉に被せる勢いで、ふと思いついた言葉を声に出して発していた。

「い、いつも、どんな曲を聞いてるんですか!」

初対面の人にかける言葉にしては、不自然でしかなかった。

「え、ああ、これですか?」

彼は首にかけてあったイヤホンを手に取り、静かな表情で私にこう言った。

「引っ張ってみてもらえますか?」

「え?」

意味が判らなかった。
だけど彼は少し笑みを浮かべて止まないので、私は恐る恐る彼のイヤホンに手をかけて動かした。

「え、、!?」

「そう」

私はイヤホンの先を呆然と見つめながら、彼は満足そうに私の顔に目を遣った。

「こういう事、なんです」

「音楽を聴いてた訳じゃ、ないんですか?」

当たり前のように、イヤホンの先にあるはずのものが何もなかった事に、私は彼の意図を知りたくて仕方なかった。

「わざと、ですか?」

「はい」

「いつも、毎日、してましたよ、ね?」

私は気になって、その理由を彼に聞いてみた。

「音楽を聴くためのイヤホンをね、皆同じように使ってるけど、ボクは心を閉ざすために使ってるんです」

「え?」

「皆、自分の暇の時間を埋めるため、もしくは愉しむための欲のためにイヤホンを使用するけれど、ボクは周りとの歩調を合わせながら耳を塞ぐために使ってるんです。耳を塞ぐというより、心を塞ぐように」

私はさらに質問を続けた。

「それは、周りの雑音への遮断、ですか?」

「それも多少はないとは言えないけれど、どちらかと言うと、自身へのゼンですよ」

「心の落ち着き、ですね」

彼は意図的に何も聞こえないようにそれを付けていた。耳栓の効果以上の意思を、自身の心に携えて。

「イヤホンの使い方をそういう形で行い続けると、普段見えにくいものが次第に見えてくるんですよ」

「え、」

彼は頷いて目を細めた。

「心の目です。その偽りなき心の目で物事を見つめるんですよ」

「、、私のは、どう見えますか?」

彼との会話はとても興味深く感慨深かった。

「ふふっ」

彼は吹き出すように笑った。

「え、なんで笑うんですか?私、何か変なの映ってます?」

「あ、いえいえ、素敵な人に恋焦がれてるって事だけは判りました」

私は頬を赤らめてすぐ、背を向けた。

「、、やっぱり、こっち見ないで下さい」

「あ、でも、素敵な人が誰かまでは、ボクには判りません。でもキミがそこまで想う人は、そう想われてるのを知ったら、きっと幸せでしょうね?」

私はもう一度、彼の方を見つめた。

「、、そう、なんですか?」

私の言葉にしばらくして、彼は再び耳にそれを装った。

「お金、ありがとうございました。またお会いする事もあるでしょうが、今日はこれで」

彼は私の気持ちを知ってか、それをはぐらかすように私の前から立ち去っていった。

「あ、あの、私、、」



そんな僅かな言葉たちも彼の元に届く事もなく彼は私から離れていこうとした、その時。

隣の車両に足を乗せようとして、彼は突然私の方を振り返った。

「今度は、ボクから声をかけても、いいですか?」

私は明るい表情で頷いて、彼の所まで走っていった。

「イヤホン、今度は私に貸してくれませんか?」

「え?」

彼は不思議そうな顔をした。

「私も、心の目で見れるように努力します。そしていつか私の素敵な人に、私の心の素顔に気付いてもらえるように、、」



「、、不純、だね」

彼はまた笑った。

「あなたの方こそ、心の目とか何とか適当な事言って、」

「人の心がもし仮に他人に見えてしまったら、きっと堪えられないですね。恋も嘘も成立しなくなっちゃいますし」

「ズルいです、そう知ってて言ったんでしょ?」

恋は、いつだって駆け引き。いつの時代も、そうじゃなきゃ恋らしくないから。

「そう、だからね、次はボクから声をかけますね」

「、、じゃあ、私にイヤホン貸して下さい」

「え?」

私は何も判ってない、彼はそんなような顔をして、イヤホンを差し出した。

「素顔な人の心の音が、どうか私には優しく聴こえますように」





明日。

彼のイヤホンは、私と彼と半分ずつ左右に分かれて互いの耳に取り付けられている。

「私の心の音、聴こえる?」

「んー、いまいち」



イヤホン自身に、心の目も心の音もないって事は互いに知っていた。

そこにあるのは、イヤホン特有の短さで心の距離は縮まっているのだろうという思い過ごしや迷信だけで、二人は幸せだった。



「耳を澄ます事、そう言えば今までなかったなあ」

「それって実は、心を澄ましてるのと同じ事なんだよ?」

私はスマシ顔で、彼の顔を見てニンマリした。


「じゃあ、すましてこー」

そして、彼もつられた。

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