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理科教育コミュの理科の先生は、最先端の科学に興味がない?

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Rika ML などでずっとなんだか分からない違和感を覚えていたのですが、ふとこう思うようになりました。

理科の先生は、最先端の科学に興味がない? というか センスオブワンダーが、私が期待したほどですが、ないんじゃないかなという気がします。どうなんでしょうか?

コメント(31)

それは偏見ではないかと(^^;;しかし仕事も忙しいし、最先端の科学技術を原著論文をいちいち参照している暇はなかなかとれないし、そこまでできる分野は限られているし、普段は日本語のレビュー記事を読むので精一杯なんではないでしょうか?
自分も最初、理科の先生は最先端の科学に興味がないのかなって思いましたけど、教育実習で感じたのは、それよりも先生方は、理科ではなく教育の研究に忙しいみたいです。
理科の施設・備品等の予算が少ない中、教材開発などを一生懸命やっている先生がいらっしゃいましたよ!
もしくは、教育学科出身の先生だったからかもしれませんが。
教師の仕事は教科指導だけではありませんからね。
それに、個人的に興味はあってもそれを教育に生かせるか
どうかは別の問題でもありますし・・・
こんにちは。
みなさんのお考え、納得する所が多かったです。

職員室の先生の机、引き出しに入っている書類・・・機会があれば見てみましょう。

担当の校務(これだけでごっそり!)、教育相談、学校行事(宿泊学習、職場体験学習、体育大会、合唱コンクール)、部活動指導、生徒指導、学習指導、特別支援教育、外国人生徒指導、健康指導、進路指導、道徳指導、特別活動(学級活動、学年生徒会)、総合的学習、成績評価、作問・・・・

など、理科とは関係のないファイルがずらっと並びます。
どの先生も理科を手抜きしているつもりはないと思うんですが、相対的に割合が小さくなってしまう。

職員室の机の引き出しは、「どうしても理科にかける時間を多くとれなくなってしまっている現状」が目に見える形になった場所であると言えるでしょう。

「理科を教える」ことのみならず、社会からは全人的な教育が求められていますからね。
あるときは、合唱の指導者、あるときはスポーツの指導者、あるときは相談役、ある時は栄養士と・・・いろいろな顔をもたなければなりません。

集団全体を動かし、教育効果を上げる機会が多くなってきますから、科学的なことよりも、心理学系や集団のマネージメントについて勉強することが多くなってきますね。
そのようなわけで、帰宅後も科学を勉強する時間は多く取りにくい。そんなところでしょうか。

理科の先生というものは、本来好奇心がかなり旺盛なものです。
熱心な先生は、授業に活用できる範囲で教材研究をがんばっています。
理想は、最先端の科学にも詳しく、センスオブワンダーの感情をもって子供たちに接し、未来へ彼らをナビゲートできる先生でしょうね。
今の子供たちが将来社会で活躍する時代をできるだけ見越して教えていくスタンスが望ましいでしょう。

まあ、状況は校種によって若干異なるとは思いますが。
(これは中学校での話)
>教育に生かせるか
ここらへんが一番問題でしょうね。
突き詰めると教育とは何かという問題かもしれません。

センスオブワンダーを教えるものではないのかもしれませんね。

フィクションの影響力が絶大なのですから、センスオブワンダーは、
別だてでやったほうがいいのかもしれません。

ガンダムのおかげで日本では、2足歩行ロボットの研究がすすんでいます。
先端科学というのが脳科学か核融合か、ナノチューブかES細胞か、どのあたりを指すのかが分かりませんが、いちおう新聞記事になるようなものは皆さんチェックしていると思います。

が、科学雑誌、それも英文のものをとなると、とたんに減るでしょうね。ニュートンあたりは人気がありそうですが。

これは先生がもともと何が専門だったかによるところも大きいでしょうね。あるいは先端科学が先端過ぎてしまい、物化生地のどれかにジャンルわけできないと敬遠してしまう傾向もあるかも知れません。
ちょっと悪く言ってしまうと、最先端を知らなくても子どもを教えることはできます。もっと言えば、今の学校で教師本人や子どものセンスオブワンダーをいちいち大切に扱っていたら、多くの理科教師は1年以内に過労死しかねません。
これはある意味で教員の労働環境の問題であって、教員だけの問題ではないと思います。理科教師がセンスオブワンダーを大切にできる(それがきちんと評価される)学校をつくることも考えるべきだと思います。

もう1つ言うと、子どもという人間と日々接していれば、自然科学とは別のセンスオブワンダーがたくさんあります。子どもの成長の中に新しい発見をすることは、おそらく自然科学のセンスオブワンダーと同じくらい魅力的です。もちろんそのような子どもたちと自然科学の魅力を共有するのが理想ですが、それが現実として難しい場合、子どもの成長という魅力の方にのめり込んでしまう人も多いのではないかと思います。
教員のおかれた状況によると思います。

高校では、最先端に触れる機会は多いですし、進学していく生徒が、それを求めます。授業内容が最先端の研究とどう結びついていくのか噛み砕いて教える必要性を感じます。
SSHやSPPを学校としてうけた時は、生徒よりも教員たちがわくわくしながら大学の先生方の講義を聞いていました。機会があれば、教師も知的好奇心に火がつくことを見てきました。

進学校じゃなくても、最先端はいずれ教え子たちが大人になったときの日常に還元される技術と成ってくるはずだから、教師が面白いなぁと思ったことを伝えたいという理科の先生は多いです。ただ、生徒指導や特別活動(若ければ運動部の顧問)に割かれる時間が多いのでなかなか出来ないというのが実情です。

高校生でも、スペースシャトルでたんぱく質の結晶化実験を成功させたり、プラナリアの下山さんのように、大学がやらないすきま分野で、新しい発見を見つけることも出来る=指導している先生がいます。
センスオブワンダーをお持ちの先生は多いと私は感じています。
explain vs explore で、explore を少ししてみましょう。
単なる説明をしているだけの議論では価値ある情報は生まれないでしょう。
では、まず、
教育活動で忙しいに関してキーワード探し(explore)してみましょう。

事務作業などの合理化はなされているのでしょうか?
標準化されることによる事務合理化は結構あるような気がします。
役割分担もあるかもですね。
純粋の知識の伝達、受験対策なら、塾の先生呼んできたり、
最先端のは、大学院生呼んできたりするのもいいでしょう。

また理科教材ですが、もっと気の利いた素材ベースでいいものがでてくると違うような気がします。日本は、先生が工夫していろいろ教材をつくるのがいいところらしいので、そういった工夫の中でよいものが普及するといいですね。

事務合理化、役割分担、理科教材充実

他にキーワードあるかな。
>理科の先生は、最先端の科学に興味がない?
かどうかについてです。
現在中学校に勤務している身としては、4のkitokitoさんの意見が一番現状を表しているように思います。

また一時期、私は科学館のような場所で勤めていました。その時、あまりに一般の方の科学リテラシーが低い事に唖然とした覚えがあります。例えば食塩の摂りすぎは問題だという展示をみながら、その展示を見ていた方が「私は大丈夫よ、だってラーメンのスープ、薄めて(全部)飲んでいるから」などという会話をしていました。ちょっと極端な零下もしれませんが、科学的に考えたら、?と思ってしまう会話があちこちで散見(聞?)されました。
科学のおもしろさを伝えたい!と強く思って働いていた私は、もちろん最先端を伝えることも大切だけど、それ以前にやるべきことがたくさんあるのでは・・・とも思いました。学校での理科教育も、同じような側面があると私は思います。

話題は変わりますが、9でtadashiさんが学校の現状の問題点(事務的な効率化など)を述べられていますね。まったく同感です。あまりに衆愚的な公務員体質・システムにあきれてしまいます。いわゆる”お役所仕事”です。
ただそれを、現場の教員の責任だと思われてしまっては辛いですね。公立学校の現状では、教員サイドで変えられることはごくわずかなのです。
にしき さん

生産的な議論になってよかったです。

最低限事務の効率化をするようにするといいと思うのですが、どこから手をつけるといいのでしょうか?
netcommons の新井先生とは知り合いなので、グループウエア的な
機能でそれがカバーできるならお願いすることがでいます。
http://www.netcommons.org/
tadashiさん

効率化をはかるための大前提として、関わる人間が”効率化したい”と共通認識を持つことだと思います。

学校の現場(特に公立)では、まず事務職の方が本当には効率化したいと思っていない(ように見えます)。ごく普通のお役所仕事の事務の方といった感じでしょうか。もちろん全員の事務の方がそうだとはいいませんが、意識を持っている方はかなり少数派だという実感です。
教員側も、児童・生徒指導についてはとても意識を持っている方であっても、事務的な効率化は二の次だったり、「わたし、パソコンは苦手で・・・」という方がいまだにかなり多かったりします。校長などの管理職がたまたま正しい理解を持っていて効率化推進をしてくれる場合はいいですが、とんちんかんにIT推進論者だったりすると、かえって混乱したりします(ただ単にパソコンを使っているだけでネットワークに詳しくない方をIT推進の責任者にしてしまったり)。

グループウェア等ですぐれたモノが合っても、そもそも”グループウェアって何?”などという管理職・事務・教員の方に一から説明し、そして効率化を図る・・・というのはとても大変です。その労力をはかるだけの余裕はなかなかありません。

授業が入っていない、いわゆる”空き時間”であっても、実験準備だったり資料作りだったり、はたまた授業を抜け出してたばこを吸っている生徒と”鬼ごっこ”して”格闘”しなければなりません(普通に授業が成り立っている学校ならまだしも、荒れている学校だと空き時間は生徒ともみあったりする修羅場です)。

何だか八方ふさがりのような文章で申し訳ありませんが、ごく平均的な公立学校の現状だと思います。こういった現状を変えるとしたら、昔の日本がそうだったように、黒船という外圧でしか変わらないのかな・・・などと思ってしまいます。

話は大げさになりましたが、まずは”効率化したいという共通認識”を職員全員が持てれば、少しずつでも変わるかもしれません。
>tadashiさん

XOOPSを教育現場に導入されたらな、と私も思います。生徒が自由に書き込める掲示板を作ったり、学年を超えた情報交換を行う時に、「校内版2ちゃんねる」にしてしまわないためにもユーザー管理は大切だと思います。実際にXOOPSでホームページを作っている学校もありますね。

が、にしきさんのおっしゃっているように教育現場のIT化は前途多難です。その学校の全ての先生がUSB接続のメモリーをフロッピー代わりに使えるようになっただけでもかなりの進歩だと思います。

一方で、そういった事務処理よりも、先端科学の話題にも手を伸ばしてみようと思わせる気持ちにブレーキをかけているのは、生徒指導と休日もない部活動ではないでしょうか。

こればかりはいくらOA化されても人力で行うしかありません。

先生方の机の上を見てみると、教科に関する教育雑誌を読んでいる方もいらっしゃるし、最近では朝の読書活動もあるので、そういう時間に授業や教科から離れて、好きな本を読んでいる先生も多いようです。
>まずは”効率化したいという共通認識”を職員全員が持てれば、少しずつでも変わるかもしれません。

ですね。どこかでそういった学校がでてきてかわってゆくのがいいんでしょう。

雰囲気が変わるのは、やはり外部の講師を呼んだりして、外に開かれたようにすると違うのではないでしょうか?
>雰囲気が変わるのは、やはり外部の講師を呼んだりして、外に開かれたようにすると違うのではないでしょうか?

そうですね。それも一つの方法だとは思います。

ただ現状を考えると、なかなか浸透は難しそうです。それは、よいちさんもおっしゃられているような部活動や生活指導、その他現場の忙しさがあるため、さし当たってすぐさま必要ではない外部からの講師を呼んでの研修などは敬遠したりする傾向が非常に強いからです。

以下は中学校の話です。
夏休みをあけて今、自分の勤務校は非常にバタバタしております。先日、生徒会の選挙がありました。水泳大会がありました。そして後期に移り変わるために学校内の学級委員や図書委員等の入れ替えがありました。9月下旬に、区の連合陸上大会があります。そしてその翌々日には、校外学習で班別行動・飯ごう炊さんがあります。そして中間テストに部活動の新人戦があります。非常に忙しいと思いませんか??・・・と言われても、恐らく端から聞くと、何でそれだけでそんなに忙しいの?と思われることでしょう。

例えば校外学習。出かけるための準備、というと何を想像されますか? 班別で行動するためには班を決めなくてはいけません。班を決めたら、各班ごとに班長や会計など、係を決めなくてはいけません。係ごとに集まってどんな事をすればよいか生徒に考えさせます。そして係ごとに出た意見をまとめ、小冊子などにまとめさせ、印刷し、そして配布します。さらに班ごとや個人ごとに事前学習を行います。・・・これだけの事で何時間くらいかかると思いますか? 少なく見積もって3時間。ていねいに生徒に学習させるとしたら5時間くらいはかけたいところです。

もちろん、生徒にやらせずに教員がお仕着せで行事をやるならば、もっとてきぱき行くでしょう。しかし、それでは教育の意味がありません、生徒自身に考えさせ、自分たちの力でやった(気にさせる)という事が大切だからです。

昨今、授業の時数はしっかり確保せよ、という至上命令があるため、正規の授業の枠でこれらの準備に使える時間は「学級活動(週一時間)」と、うまく計画を立てられたとして「総合的な学習(週2〜3時間程度)」の一部を使うしかありません。そうすると、一つの行事をこなすのに3週間くらいは準備が必要と言うことになります。しかし日程的には厳しいため、授業時を超えて放課後に生徒を残して冊子の印刷をしたり、飯ごう炊さんのための火の付け方などを調べさせたり・・・ということになります。ところが、中間テストの前だったり新人戦前だったりすると、生徒もそちらも練習したり勉強したりしなくてはなりません。教員も、放課後はそれらを指導しなくてはいけません。片手で部活動を見ながら、そしてもう片方では校外学習の調べ物をさせ、そしてその合間に翌日の授業の準備と実験の準備。そういえばクラスの生徒が何か相談したいと言ってたな。その話も聞いてあげなくては。保護者からの電話もあったみたいだ。あそこの家は両親共働きだから、夜でも電話するか。あ、部活で誰々がケガしたみたいだ。ちょっと病院へ連れて行かなくては。そして心配しないよう、そのケガした生徒の家に連絡をしなくては。あ、生徒が職員室に来た・・・と思ったら、○○と××が喧嘩してるって?!仲裁し、その後の指導をしなくては。そして荒れている学校だったら警察へ生徒を迎えに行ったり・・・。

そんなどたばたの中では、よほど信念があって何かをしたい、と思っている方でない限り、新しい風を現場に持ってくるのはとても大変な現状があります。しかも新しいことのすばらしさがすぐに分かってもらえればいいのですが、そうでないときには同僚からも「あの人、いつも自分の趣味のことばかりやって」と思われてしまいます。

そんな忙しい現状だからこそ、僕は、使える道具はできるだけうまく使って仕事を効率化するべきだ・・・と思うのですが。
問題は、2つあるんじゃないでしょうか?

1.学校って何するところって
ていう根本的な問題ですね。

2.やることがクリヤにきまっているときに、
合理化、省力化できるところがあるか?

議論を生産するために、explore (調べてみよう)を随時
いれるのがいいですね。

私は、先生の仕事の一部を高学年が低学年を面倒みるという形で解決するのがいいのではないかと思っていますが、そういったことはあるのでしょうか?
最初の本題からずいぶんとずれた書き込みで申し訳ありません。

僕自身もRika MLに入っています。
決して最先端科学に対して興味が無いわけではありません。

しかし優先順位から行くと、日々の目の前の理科の指導の話の方がさし当たって必要なため、Rika ML等の理科系のネットワークではそのような話が目立つのでは無いでしょうか。

当方、科学館のような所に勤めてから中学校の現場に入りました。前職の時には、理科教育の研究会に出て毎回、違和感を感じていました。延々、授業の教え方について論議していたからです。例えば植物の事を教えるのに、葉から教えるか花からかなどなど。その当時の僕には、単なる方法論の話であって、もっとその(科学的な)内容についてもっと吟味すべきでは、と思っていました。

しかし現場に入った今から考えると、まったくもっておごった考え方だったと思っています。生徒の概念をどのように育て、そしてやる気をださせるか。それは実際に授業をやってみて、生徒の生の反応を知って、そしてその上できちんとカリキュラムを考えないといけません。それらには、ある意味単なる方法論の話かもしれませんが、お互いに意見を交換することが非常に大切です。

tadashiさんが最初にRika MLに感じられた違和感は、もしかしたらその辺の所に関係するかと思い、書かせていただきました。
早速のご返信、ありがとうございます。

>私は、先生の仕事の一部を高学年が低学年を面倒みるという形で解決するのがいいのではないかと思っていますが、そういったことはあるのでしょうか?

中学校だと、上級生が下級生の・・・と言うことですね。例えば部活動で練習の面倒を見る、程度の事なら可能でしょう。
しかし大部分の場面では、下級生の面倒を見させるための上級生への指導がかえって面倒だったりする事も多いでしょう。
さらには上級生も、決して模範的な上級生ばかりでなく、トラブルを起こしたり下級生にちょっかいだしたり・・・などという事を考えてしまいます。
生徒を信用していないわけではありませんが、過去に色々な経験を持てば持つほど、これをやったらこんなことをやった生徒がいた・・・という知恵(?)ばかり増えてきてしまいました(^_^;)

昔のようなのどかな時代の時には、先生が中間テストの丸つけに上級生を使ったなどという話も聞きました。しかし今それをやったら大問題でしょうね。
おおらかさがなくなり、様々なこまかい規則が増え、そして形ばかり色々な書類を作らせられさらに忙しくなっている。それが今の現状のように感じています。
>例えば植物の事を教えるのに、葉から教えるか花からかなどなど。
1の教育とはなんぞやですが、
知識の伝達は、人間がやらなくてもいい部分けっこうあるかなと思っています。

仮説実験授業の話を出しましたが、人が集まる場としての、学校の意味が問われているのではないしょうか?

違和感は、仮説実験授業がそれほど発展しなかったところにもあります。

莫とした感覚なのでなんともいえないのですが、。。。

個人的には、高学年が低学年を教えるという形式が導入されることが解決になるような気がしてなりません。

逆に、先生が先端技術の講演会などに参加するのは、教える立場から教わる立場への役割交代になります。

おそらく、莫とした違和感は、role lock があると感じているのかもしれません。
英語読める人は、role lock どうぞ
http://www.ncracpe.org/subregions/postings/Yvonne%20Agazarian%20Workshop.pdf#search=%22%22role%20lock%22%20agazarian%22
>1の教育とはなんぞやですが、
知識の伝達は、人間がやらなくてもいい部分けっこうあるかなと思っています。

あ、そういう方(ほう)の視点でしたか。すみません、違う論点の話を書いてしまっていたかもしれません。

ただ現状では、学習指導要領のしばりや時数のしばり、そして教員の時間的な制約などから今の形にせざるを得ないような実情があると思います。

 >先生が先端技術の講演会などに参加するのは、教える立場から教わる立場への役割交代になります。

そうですね。機会があれば是非いきたい!と思っている理科の先生も多いと思います。しかし休日の部活指導(とサービス出勤)などのため行けなかったり、仮に時間的に空いていたとしても疲れ切っていて新しい情報を得るだけの気力が萎えてしまったりしているのが僕の反省です(汗)。
>ただ現状では、学習指導要領のしばりや時数のしばり、そして教員の
>時間的な制約などから今の形にせざるを得ないような実情があると思
>います。

教育にあまり危機感がないのではないでしょうか?

優秀な理工系若者を陸軍、海軍が、青田がりした時代が昔はありました。今は、知的生産が状況を変える力をもっているという意識が希薄なんではないでしょうか?

変わるとしたら、どこから変わってゆくんでしょうね。

学んだものが、教える立場にしばらくしたら切り替わると、それが状況の大きな変化を生み出すというのが私の考えなのですが、賛成する人も反対する人もいないんですね。
>教育にあまり危機感がないのではないでしょうか?

危機感を持っている方は多いと思います。僕自身、特に理科教育、そして社会全体の科学リテラシーの低さに対しては危機感を持っています。

しかし世論一般的には、ニートやフリーター、そして心の問題などの方が圧倒的にclose upされていますね。教育に対する危機感が、そちらの方向に向かっている気がします。もちろんそれらも大切です。ただこの場に参加さている方がお感じになられている”危機感”と世間一般の教育に対するそれとでは、かなり違うでしょう。

教員の中でも、本当の意味で理科教育に対して危機感を感じて活動されている方もいます。仮説もそうだと思いますし、科教協、法則化理科、理科カリキュラムを考える会などなど、色々なスタンスで活動されている方たちがいます。一昔前なら、Niftyserveのフォーラム、【理科の部屋】には大勢の熱い方たちがいらっしゃいました。ただ、そういった活動で一所懸命活動されている方ばかりかというと、そういう方たちは教員全体から見たら少数派だと思います。それは決して意識が低いわけでなく、目の前の子ども達に対して膨大な時間と意識を傾けていて余力がほとんど無い方が多いからだと思います。

>変わるとしたら、どこから変わってゆくんでしょうね。

変わるとしたら、というか、効果的に変えたいとするならば、やはり制度やシステムからだと思います。ただ現状の学習指導要領(法的な強制力があるんですよ!)や教育委員会の制度が急に変わるとも思えません。

そうすると、地道な努力であっても目の前の生徒に対して精一杯出来ることをしつつも、学校の中だけにとどまらずあちこちで新しい風を受け止め、身近な所から少しずつ改善していこうとするより他ないのでは・・・と思っています。
>tadashiさん
tadashiさんの言っている最先端の科学技術って何なのでしょうか?

理科の教員が参加して意味のある先端技術の講演会とは、
どのような分野の、どのような講習会なのでしょうか?

最先端技術:ナノテクにしろ、バイオ関連にしろ、核関連にしろ
小〜高校レベルの施設では実験できなかったり、
実験することじたいが違法なものすらあります。

また
仮説実験授業で使える実験のほぼすべてが、古典的な技術です。

だから
古典的な技術を習得するため研修会や
理解を深めるための講習会などは
大学や博物館(科学館や水族館・動物園)などで
教育委員会などが主体になったり、先生方の有志が集まって
盛んに行われていますよ。

一応、理科の先生向けに
農業高校でも行っている様な
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)の講習会を行ったことがありますが
先端技術の講習会といっても、精々その程度だと思います。

以上のようなことから
最先端技術に関する興味は
理科の先生方は、科学雑誌のNetonや日経サイエンスや
NHKスペシャルの番組を見る程度で十分だし
専門家の講習会を受講するよりも、
わかりやすく、効率的だと思っています。



>変わるとしたら、どこから変わってゆくんでしょうね。
このトピックの内容からは外れますが・・・
変わるとしたら、
親というか…地域社会から変わっていくのではないでしょうか。

極端に例えると
・親が学校に行く必要性がないと思っていたら
 その子どもは、学校に行きません。
・親が勉強しなくて良いと命じれば
 いくら先生が勉強しろ、といっても勉強しません。

学校が親を、地域を変えることもできるし
親が、地域が学校を変えることもできるはずです。

だから私は、このように問題を単純化して考えて
生徒よりも、その保護者のことを考えて活動することが多々あります。
中学校の現状は、概ねにしきさんの書き込みにある通りだと思います。にしきさん、お互い忙しいですが頑張りましょうね。

さて、
本質的な問題は・・・・
「学校って何するところ?」
にあると思います。
その点、tadashiさんと同意見です。

学校教育が受け持つべき範囲というか、境界線が曖昧ですね。
パソコンなどで事務の効率化をしていくことには賛成ですが、

境界線が曖昧なままでは、IT技術でせっかく浮いた時間も多分、「子供たちのため・・・・」と企画される新しい教育活動(理科以外)ですぐ埋められてしまい、多忙感はそれほど解消されないと思います。

というか、既にそのようになっていませんか?

読み書きソロバンの時代、寺子屋の時代に比べて今の学校教育内容・・・随分と贅肉がついてしまったのでは思います。

増やすことは、簡単。
でも減らす勇気をもつ必要があるのではないでしょうか。

もちろん楽をしようというのではなく、私たちが本来力を入れるべきことに集中するためです。
やはり、理科教師として採用されたからには、理科に力を入れたい。
kitokitoさん

>理科教師として採用されたからには、理科に力を入れたい。

まさしく同感です。現在・・・特に中学校では・・・理科の教員であっても理科の問題が一番でない事が、一番問題だと思います。
ただ全人教育的な観点から言って、教科だけやっていればいいとも思いませんが・・・。

それらの問題を解決した上で、最先端の科学技術などについても扱っていけるような、そんな理科の授業が展開できたら最高ですね。
ナノテクノロジーで思い出したのが、「アトムファクトリー」というビデオです。
 
こちらのサイトにはまさに先端科学を研究なさっている方々の取り組みが、動画つきで紹介されています。
http://www.ps.nime.ac.jp/kyozaisien/science-web/data/kenkyu/13/index.html

筑波大学の木塚徳志助教授の研究ですが、原子の一粒一粒が見えて、それをまるでゴマ粒のように操作できてしまうというものです。これを原子分子の学習で生徒たちに紹介したことがあります。また、カーボンナノチューブの模型を見せて、今ではこうやって原子を好きな形に並べてつなげることもできるんだ、とも話しをします。

理科MLでどのような議論がなされているのかは存じませんが、「この単元ではどんな導入をしているか」とか「発展学習にはどんな教材を使っているか」など、そういう話になれば、きっと皆さん工夫されていると思います。


また、教育現場には危機感がないと思われるのであれば、ぜひ最寄りの学校に足を運んで頂ければと思います。たいていどこの学校でも学期に1度くらいは授業参観や学校公開日が設定されていると思いますし、中には、いつでもいらして頂いて構いませんというところもあるでしょう。

そして理科や選択理科、あるいは総合的な学習の時間など色んな授業をご覧になって、こんな陳腐な内容では生徒はつまらないだろうと思われれば、ぜひ率直にご意見をぶつけられてみてはいかがかと思います。

確かにここ数年、確かな学力という言葉に拘束され、科学の楽しさよりも、いかに分からせるかという教え方の議論が活発なような感じがします。それも大事なことですが、一日中白衣を着ている方もいますけど、理科教師は子どもにとってもっとも身近な科学者としての自覚も忘れてはならないなと思います。
うーん、役割固定が問題なんじゃないかなと、いうのは誰も反応しないですね。。。。。
役割固定について、

>高学年が低学年を教えるという形式が導入される

と解決が期待される問題と、

>先生が先端技術の講演会などに参加する

ことによって期待される効果を並行して述べられていますが、この2つの間の相関がいまいちはっきりしません。

もとを辿ってみると、このトピックの出発点でも、

>理科の先生は、最先端の科学に興味がない?

>センスオブワンダーが、私が期待したほどですが、ないんじゃないか

と2つの疑問をいっぺんに述べられていますが、これは別個に考えた方が振り回されずに済むのではないかと思います。

トピックを読み返してみると、何か教育現場にたいして新たな疑問や解決策が次々と浮かんできているようで、今議論なさろうとされていることが出発点とどう関係しているのか常にふり返ってみる必要があるように思います。

単に、いま理科教育の現場、あるいは理科教師に欠けているものを列挙していこう、というテーマが底流にあるというのならば話が通じますが、それでは生産的な議論にはなりませんよね。
tadashiさん

役割固定については、組合などが目に見えて反対をしていますね。しかし初めから文科省・教育委員会に反対ありきのような姿勢はあまり好きではありません。

役割固定については、公務員では考えたところで権限がない・・・というのが現状です。そうすると組合運動へ・・・という流れしかないのです。
議論は発展するもんじゃないかな。
もとは、違和感なんです。

似非科学批判の方法になにか違和感を感じていました。
そこが出発点です。

感じていたのは、個別の理科教育といったところよりに、ずっと根が深いところにあるもののようです。

それから、
役割固定 role lock は、制度的なことではないです。

role lock を一時的に解除することにより、解決できる
ことが結構あるのかなと思ったのでした。
教える立場と教わる立場の交代です。

より議論を深くするならば、ある程度つっこんだ知識も必要かなと今思っています。
agazarian を読まれ方いらっしゃいますか?
http://www.ncracpe.org/subregions/postings/Yvonne%20Agazarian%20Workshop.pdf#search=%22%22role%20lock%22%20agazarian%22
私は、思想的な背景は、agazarianの考え方をもとにしています。

教育は、コミュニケーションの場です。コミュニケーションの本質についてのなんらかの立場があって、知的な意味での教育の議論は生産的になるのではないでしょうか?

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