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日本競輪振興会コミュの日本競輪振興会資料室

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コメント(12)

日本転車振興会・デンマーク視察 [ 自転車 打つ ]
http://plaza.rakuten.co.jp/koganei3/diary/200804030000/

欧州の競輪視察レポート

 はじめに

 日本自転車振興会は、ヨーロッパの自転車競走事情を視察するため、専門職員を派遣することになった、派遣されたのは総務部弘報課長 伊藤 朗、業務部競技課 佐々木章雄の両名で、昭和三十三年六月二十日SAS機で羽田を立った。その出張日程一ヶ月のあいだでもっとも大きな目的は、我が国の競輪同様、自転車競技にトータリゼーター組織により車券を発売しているというデンマーク国の実状調査にあった。このレポートは同年七月十六日に帰国した両名が提出したレポートを元に構成している。
 なおデンマーク競輪事情通によると、同国における競輪の歴史は古く、一八八八年にオードラップ(コペンハーゲン)競輪場が創設されたときからであるとのことであり、単勝式、連勝式は一八八八年より実施し、複勝式は一九四二年、三重勝式は一九五〇年に採用実施されているとのことである。

 1、概要

 デンマークには競輪場が現在(一九五八年当時 以下同様)三カ所ある。
  (1)オードラップ(ORDRUP) 三七〇米 コンクリート
  (2)オーフス(AARHUS) 三三三.三米 コンクリート
  (3)オーデンス(ODENSE) 三三三.三米 コンクリート
 これは同国の三つの島に各一カ所ずつ在るわけで何れも所在地の地名である。かつてあった「エシビエルグ」は採算がとれなくなったために現在は閉鎖されている。実際に見ることができたのは同国首都コペンハーゲン市郊外のオードラップ競輪場だけである、オードラップは市内の住宅街にあり東京でいえば荻窪あたりの感じのところである、周囲は住宅が隣接しているがそのためになにかトラブルが起きるということは全くないそうである。

 2、競輪場施設

 敷地面積    約六〇〇〇坪
 グランド周長    三七〇米
 グランド幅員      八米
 グランド路面    セメント
 観客収容力   一四〇〇〇人
 付属建築物
  メーン・スタンド(有蓋)
  特別観覧席(二階)のみ椅子席 他は立見席
  売店(各コーナー)
  穴場(各コーナー)四カ所 ホーム・バック各一カ所 計六カ所
  選手控室(事務室、会議室を含む)(バンク内半地下式)
  審判塔

 3、競技場(オードラップ競輪場)の各施設について

 イ、走路
  走路面はねずみ色コンクリートの原色で第一センター第二センターに大きく広告が白太文字で描かれており、またその他場内にも多くの広告が掲げられている、これらは各色を用いて彩色されている。カントは四〇度前後、正確な数値は不明である。同競技場は一八八八年の創設から二回の大改修工事を行っている。カントが平地面よりやや高い程度であるから我が国のような土もり工事ではなく掘削によるものである。

 ロ、選手控室
  選手控室はバンク中央より第二センター寄りに半地下式で設けられ、室内は電灯、暖冷房が完備している。ここには、役員事務室、管理室、会議室(二室)、食堂、医務室、マッサージ室、修理室、自転車置場、バスルーム(シャワー、トルコ風呂)選手室(計十五室、各室ロッカー三、)雨天練習場、トイレがあり、選手控室、本部、管理、番組編成等競技に関するいっさいの組織がこの中にあるわけである。

 ハ、審判設備

  審判塔は走路内側、ホームストレッチのストレート第一コーナー寄りに設けられており、鉄枠ガラス張りで高さは約四米の円筒形をしている。内部は判定写真設備(スリット撮影機、現像、引伸し)確定発表の電気装置があり、かなりせまいので四人はいれば一杯になって身動きができない。屋根には長さ六米程度の照明装置があり必要に応じてゴールラインを照らすことができる。マイクによる選手の呼び出し、周回通告、我が国の打鐘に相当するブザー等の装置もここで操作する。

欧州の競輪視察レポート(2)
 ニ、ナイター設備

  レースはシーズン中ウイークデーでは午後七時から十時(日没は九時)であるから走路だけを照らす照明装置が走路外側に約十米間隔で設置されており、なるべく選手の目を直接刺激しないよう留意されておりまた、コーナーでは強い光源で選手の背後から照らすなどの配慮もされている、観客席及びスタンドはふつうの電灯設備があるだけで特に強力な照明は施されていない。

 ホ、入場料

  特別観覧席 五.五クローネ(二七五円)
  一般席   三.五クローネ(一七五円)正面から一、二コーナー
  一般席   二.五クローネ(一二五円)その他

 4、入場者、売上高、競技種目、審判、選手など

 イ、開催

  競輪は各クラブ(D・C・U デンマーク・サイクル・ユニオン下に三つのクラブがある)が政府に申請し許可を受け行っている、オードラップは年間三八日以内、他の競輪場は二八日以内で許可されている。監督官庁は我が国でいう大蔵省に相当する組織であるが、運営は各クラブが行っており完全な民営である。開催シーズンは四月末から九月末、月に六〜七日、ウイークデーでは午後七時から十時、休日は昼一〇時より開催。雨天時は開催中止、広告は新聞広告が中心でポスター看板は少ない。レース数は一日平均一七レースでレース間隔は短く一〇分位である。

 ロ、運営に係わる職員数

  マネージャー          一名
  トレーニングマネージャー    一名
  走路審判員           四名
  審判              二名
  発送員             二名
  周回員兼打鐘員         一名
  確定塔係            一名
  時計員             一名
  入場券発売員(女性)      四名
  案内係(女性)        一八名
  穴場係           一〇〇名
           合計   一三五名

 ハ、入場者

 入場者は一シーズン、オードラップで四〇〇〇〇人、他では二〇〇〇〇人、ファン層は主としてサラリーマン、商店主等で一応紳士然とした連中であり、年少者も多い、ファンを大別すると、車券購入を目的とするもの、レース観戦を楽しむもの、両方兼ね備えるものが各々三分の一の割合との由である、場内各所に食堂等が完備しているので客は各々ビールなどを飲みながらのんびり観戦している。プログラムは一クローネ(五〇円)で販売されている。レースの観戦態度は極めて理想的で、卑俗な野次等は聞かれない。選手を激励することは盛んなものであり特に少年少女が一生懸命に応援していた。予想屋は場内外を問わず皆無であり予想は一般新聞紙上に小さなスペースで掲載され、結果も同じく掲載される。

欧州の競輪視察レポート(3)

 ニ、車券

  単勝式  一枚  一クローネ
  複勝式  一枚  五クローネ
  連勝式  一枚  三クローネ
  三重勝式 一枚  三クローネ
  単勝式は二通りあり普通は一着を的中するものであるが、一着者になるものが絶対であると予想される時には二着者を的中するものが発売される。レース発送三分前が最も車券が購入されるときである。

 ホ、売上高

 車券の売上高はオードラップで一シーズン平均二四五〇〇〇〇クローネ、オーフス五〇〇〇〇〇クローネ、オーデンス五五〇〇〇〇クローネで、オードラップは一日平均七〇〇〇〇クローネ(競馬は二五万〜六〇万クローネ、鳩レースは二五万クローネ)で邦貨にして三五〇〇万円位である。売上金を一〇〇とすると政府税金一六、クラブの収入二〇、払戻金六四で、クラブは競輪場の補修、人件費等の開催費用を賄っている。

 ヘ、実施種目

  四周競走 日本における競輪とほぼ同様、出走選手数は八〜十名でスローレースになるものが多い。
  1/4マイル競走 出走選手数は七名、四〇二米を全力疾走する。
  ポイント競走 出走選手数は十一〜十三名、周回数は七〜十二周、毎周ポイントで三、二、一点。
  ポイント・ハンデキャップ競走 ポイントレースに距離ハンデ三〜五米、実質的には影響はない。
  ハンデキャップ競走 三名の開催委員がハンデを付け三周〜八周の距離を走る、三周では五米〜八〇米、八周では五〜二四〇米のハンデで周長三七〇米のバンク一杯を二十九名の選手が疾走する。
  アンノン・ディスタンス競走 スタート後適当な時期にピストルが鳴りそこからホームストレッチ判定線から一周してゴールとなる、出走選手数は十二名
  ミス・アンド・アウト競走 各周回で最後尾の選手からオミットされる競走。
  スクラッチ競走
  団体追抜競走

 ト、選手

 選手はすべてD・C・Uに登録している、プロ 二五名、アマ(トラック) 四〇〇名、アマ(ロード)二〇〇〇名であるがD・C・Uが出場を決定しなければどこの競輪場にも出走することができない、同国における最高賞金獲得選手はKAI・VERNER選手三七歳、一年間に邦貨で四〇〇万円程度の競技収入がある、プロ選手はシーズンオフにインドアで行われる六日間レースに参加できこの競技の参加賞邦貨で二〇万円が最も安定した収入である(六日間レースでは車券の発売はなくスポンサーからの賞金のみで運営されている、興行的に価値が高い)、一日に三から五レースに出走する選手の脚力は強靭であるがこれも合理的で猛烈な練習の賜といえよう。賞金はプロ一レースあたり、一着二〇〇クローネ、二着一〇〇クローネ、三着七五クローネ、アマでは、一着七〇クローネ、二着五五クローネ、三着四〇クローネである。レーサーはイギリス製が多く、部品にはイタリー製のものも見受けられる
競輪からケイリンへ
http://blog.goo.ne.jp/yoroshiku109/e/be80fbe58de6da9812dee8a30bc3bd7c

バンク先生が競輪の起源について述べている。
http://blog.goo.ne.jp/yoroshiku109/e/8764c1809385e48f426358423884d2f9

例えば、陸上競技のように、走るカテゴリーだけでも、たくさんの種目があるのですが、短距離の種目だけでも、100M200M400Mと三種目ありますが、短距離のスペシャリストでも、すべてパーフェクトに、三種目勝てないものです。競輪は、陸上選手でいう100メートルの選手から、マラソンの選手まで、勝てるチャンスがある競技です・・・競輪は、奥が深いと私自信感じ経験しました

公営競技の成り立ちは、日本の復興のために、ギャンブルを、合法化したものです。 興行として、競輪が、1番手っ取り早かったので 初期ギャンブルといえば競輪でした。 ただ、考案した方は、自転車競技というより、実用車で、簡単に賭けが、出来るからと考えたんじゃないんでしょうか。 私見ですが、ヨーロッパの伝統ある自転車競技を、参考にしたのでなく、新しい賭け事として考案したのだと思います。 ただ、簡単にできる賭けが、自転車であったために、自転車競技の側面をもちながら、過去の偉大な先輩達が、創意工夫して、日本で独自に、特殊な自転車競技種目を、造りだしてしまったと考えます。

ところで、トラックレースって、起源となっている国が結構ある。
競輪は日本だが、チームスプリントは、イタリアンチームレースという、4人編成のレースが起源。200mフライングタイムトライアルは昔、「カナディアンタイムトライアル」と言われたし、スプリントはフランスが起源。そしてマディソンは、マディソンスクエアガーデンで最初に行なわれたことから名づけられている。

ところで、競輪の起源は実は日本ではなく、デンマークだという人もいる。
http://plaza.rakuten.co.jp/koganei3/diary/200804030000/
実は、賭けを対象とした自転車レースは、1888年にデンマークで始まっており、どうやら、1970年代まで続けられたらしい。しかも、上記を見ると、「四周競走」というレースは、競輪と非常に類似していたようなのである。

むろん、そのことが分かったのは、競輪が誕生した後のこと。1958年に日本自転車振興会がデンマークを視察した際にその詳細が明らかになったのだとか。

競輪からケイリンへ(2)

競輪は、倉茂貞助と海老澤清という二人が実質的な創始者。しかしながらこの2人、自転車競技選手でもなんでもなく、前者は元軍人で、後者は元満州国の官吏である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B6%E8%BC%AA

ところが、2人とも戦争が終わって仕事がなくなってしまったことから、何か仕事をみつけなければ・・・ということではじめられたのが競輪だった、というわけ。しかも当初は、この2人を中心に「私営」で開催しようと画策していた。

しかしながら、公営ギャンブルの先輩である競馬は、日本競馬会は財閥解体の流れを受けて逆に国営化されることになり、また地方競馬は、GHQの命によって、各自治体主催で行なわれることとなったことから私営介入の術はなく、競輪開始当時、政権政党だった日本社会党の尽力を得て行なわれることになった。

という話の流れに即すと、バンク先生の話は正しい。

ということで、T社長がよく、

「競輪は日本固有のギャンブルなんですよ!」

と言っていたが、それも間違っていない、ということなのか?

競輪の場合、参考とされたのは欧州発祥の自転車競技ではなく、競馬だった。したがって今でも、「直線勝負」云々の話が出てくるが、これは明らかに競馬を意識したもの。トラックレースの場合、本当の意味での勝負どころは、「コーナー」である。

また、一部の競輪場では、「八の字クロス」というレースが行なわれたそうだが、これは、競馬の障害競走からヒントを得たものだろう。

したがって、創世記の名選手が世界選手権に出場しても歯が立たなかったのは、明らかに、仕掛けどころというのか、やっているレースの内容が違っていたから、ということに他ならなかった。

競輪が世界選手権の種目として最初に行なわれた1980年代は、どちらかといえば、長距離選手のほうが強かった。特にフローラーっていう選手は、ロードレースのほうが本職だったし。しかしながら、初期の頃は、モレロンやシングルトン、そして競輪選手が対抗するといった図式でもあったから、バンク先生が言う通り、距離不問のレースであったといえる。

しかしながら、誘導のペースが速すぎるとか、スタート方式が縦一列とは何事か!っていうことになり、日本式の競輪に徐々に特化されていくと、長距離選手の出番はなくなった。今、「ケイリン」は、スプリントレースに類似した短距離レースとみなされている。

一方、「競輪」もかつては、ロードレースが本職だった選手が飛び込んだケースも少なくなかったが、思うに、大成した選手はほとんどいない。そして今、ロードレースにもプロの道が開かれているため、長距離選手が競輪界入りするケースはあまりなくなった。

と考えると、競輪も限りなく今、「ケイリン」に近づいているといえる。しかしながら、競輪選手の大半は「追い込み選手」である。追い込み選手は言うまでもなく、自分でレースを作れない。その点については、ロードレースのオールラウンダータイプに近いといえるかも。オールラウンダータイプの選手は、大半が、アシストする選手が前後にいて、「おいしいところだけ」持って行くような選手でもあるからねぇ。但し、タイムトライアルが強くないといけないけど。

ケイリンの場合、はっきりいって、追い込み一辺倒の選手だと勝つのは難しい。しかしながら、追い込み選手がいないと競輪は面白くない、というファンは今でも多い。問題はそのあたりっていうことになる。
競輪の歴史等に関するWebサイト

「競輪ヒストリー」*学術論文が掲載されています
http://www.geocities.jp/keirin55/
「競輪の歴史」*年表です
http://members2.jcom.home.ne.jp/okunatsu/keirin/history/history.html
■花月園競輪が累積赤字49億円で廃止へ (日刊スポーツ)
花月園競輪が本年度いっぱいで廃止される方向で検討されていることが15日、分かった。同競輪場の主催者である神奈川県競輪組合と神奈川県、横浜市、横須賀市が共同で設置した有識者による「神奈川県競輪組合あり方検討委員会」(山田紘祥委員長)の最終回会議が、この日行われた。報告書(案)では累積赤字が約49億円あり、10年度以降の業績改善の見込みが立たないことから、同競輪場を廃止する方向性が示された。東日本屈指の競輪場・花月園競輪が本年度いっぱいで廃止される可能性が大きくなった。年々、売り上げ、入場が減少し、累積赤字が増大する中、4月に設置された「神奈川県競輪組合あり方検討委員会」では、これまでの5回の会議で、同競輪の存続を含めて検討を重ねてきた。
しかし、これといった現状打開策が見つからず、試算では現在約49億円の累積赤字が、4年後の13年には約77億円にまで膨らむことなどから、この日に出された報告書(案)には、同競輪廃止の方向性が示唆されている。今後は再度、神奈川県競輪組合、神奈川県、横浜市、横須賀市の4団体で最終検討が行われるが、大勢に大きな変化は考えづらい状況。急な廃止は、関係者に深刻な影響を及ぼすことになるが、早ければ来週中にも最終結論が発表される見通しだ。同競輪場は50年に開設され、東日本の中心的存在として、88年には年間で約913億円の売り上げを記録した。だが、バブル崩壊後の長引く不況、業界全体のファン離れや高齢化などから、年々売り上げが下降し、昨年はピーク時の20%弱の約166億円にまで落ち込んだ。来年度以降の業績改善には、ナイター開催や場外発売の増強が考えられるが、住宅地に近い同場は薄暮開催が限界で、ナイター開催は不可能。また、川崎競輪場と近いことなどから、場外発売の日数が少ない(他場は本場開催分を含めて年間約200日、花月園は約130日)ことなども、大きく影響している。施設会社で、昨年から受託運営会社として2年契約を結んでいる花月園観光も、累積赤字が約40〜50億円あり、苦しい経営を強いられている。来年以降の受託契約も未定で、同競輪場の運営がさらに厳しくなることが予想される。廃止となれば、近年では02年の甲子園、西宮、門司、東日本では72年の後楽園(休止)以来となる。
写真:外部有識者による「神奈川県競輪組合あり方検討委員会」の最終回会議
http://www.nikkansports.com/race/kka/news/photonews_nsInc_p-rc-tp1-20090916-544312.html
[2009年9月16日8時52分 紙面から]

■花月園競輪が来年3月いっぱいで廃止決定(日刊スポーツ)
累積赤字に苦しむ花月園競輪が、来年3月いっぱいで廃止されることが1日、正式に決定した。同競輪を運営する神奈川県競輪組合(神奈川県、横浜市、横須賀市)が示した、同競輪場の廃止を含めた「競輪事業の見直し方針」が、この日に行われた第2回神奈川県競輪組合議会臨時会(牧島功議長)で了承されたもの。近年では02年の甲子園、西宮、門司以来、東日本では72年の後楽園(休止)以来となる。「累積赤字の一層の拡大が避けられない」として、約60年の歴史を誇る花月園競輪が廃止されることが決まった。この日行われた第2回神奈川県競輪組合議会臨時会で、施行者である同県競輪組合が(1)同競輪場の来年3月いっぱいでの廃止(2)川崎、小田原の両競輪場での借上開催(各年2節)を継続し、その中の1節を売り上げの見込めるG3クラスの開催として行う(3)構成団体の財政負担については、累積赤字の着実な解消のための財政措置を行う、などの見直し方針を説明。6人で構成される同競輪組合議会で全会一致で了承された。同競輪場は50年に開設され、最盛期の88年度には約828億円を売り上げるなど、東日本の中心的存在として、競輪界の発展に大きく寄与してきた。だが近年は長引く不況や、ファン離れ、高齢化などで、売り上げが低迷。住宅地にあるためにナイター開催ができない、などの不利な立地条件もあり、本年度末までの累積赤字は約53億5400万円と推定されている。
同組合では今年4月に、有識者6人による「神奈川県競輪組合あり方委員会」を設置し、9月までに6回の検討会議を重ねた結果、同競輪場の廃止の方針を決定。同月に議会に提出し、先月18日に行われた第1回の組合臨時会を経て、この日の決定に至った。花月園競輪場の廃止は、競輪界にとって大きな衝撃になることは間違いない。各場とも売り上げ減に歯止めがかからない状況でもあり、よほどの現状打開策が出てこない限り、今後も同様に廃止に追い込まれる場が出てくることが懸念される。
[2009年12月2日9時6分 紙面から]
史上初ミッドナイト競輪来夏にも試験開催記事を印刷する
(日刊スポーツ)
史上初のミッドナイト競輪が、来年夏にも開催されることが2日明らかになった。午後9時以降の深夜時間帯に無観客で行われ、車券はすべてインターネット、電話投票のみで発売される。開催場は天候に左右されず、近隣への影響のない前橋(前橋市)、小倉(北九州市)の両ドーム。施行者側も、場内発売や警備などの人件費を含めた開催総経費を大幅に圧縮できるなどメリットがある。売り上げ低迷が続く中、現実的な試みとして注目される。

インターネット時代を象徴する「ミッドナイト競輪」が来年夏にも誕生する。開催時間帯は他場のナイター競輪終了後の午後9時ごろから。終了は深夜0時前後。発売はすべてインターネット(パソコン、携帯電話など)、電話投票に限定。また観客ゼロの無観客開催となる。

試験開催されるのは前橋、小倉の両ドーム。ドームバンクは競技運営が天候に左右されず、無観客で完全シャットアウトすることで近隣対策もクリアできる。また施行者側は運営経費の負担が大幅に軽減できる。無観客のため場内の車券売り場、場内外の警備、無料バスの運行なども不要。「人件費を中心に運営コストは通常開催の半分以下になる。開催に支障はない」と関係者は大歓迎する。

試験的に3日間開催でS級のみ6個レースが予定される。「入場者も減っているし、あっせんされれば僕らは走るだけ。無観客でも競走に影響はない。声援もないけど、ヤジもないから走りやすいかも」と、あるS級トップ選手は言う。本場への入場者数減、売り上げも右肩下がりに歯止めがかからない。花月園競輪は来年3月をもって廃止されるなど業界には明るいニュースは少ない。そんな中で施行者側の経費負担が大幅に少なく、パソコンや携帯電話から車券を購入するファン層の拡大へ時代の流れに合致した試みだ。

スカパーの競輪専門チャンネルやインターネットで実況生中継される予定。無観客だが、実態のないバーチャル競輪ではない。12年に復活を目指す女子ケイリンは、開催運営上の諸問題が手つかずのままで肝心の売り上げを危ぶむ声も大きい。ミッドナイト競輪は運営上のリスクも少なく、女子競輪よりも現時点では極めて現実的だ。すでにドーム以外にナイター競輪を実施する2場もミッドナイト競輪開催に前向きだ。競馬や他の公営ギャンブルにも存在しない画期的なプラン。帰宅して深夜にビール片手にリラックスしながら車券を楽しめる時代がスタートする。

[2009年12月3日7時38分 紙面から]
競輪事業撤退に伴う補償金請求事件について(1)

平成19年11月2日、平塚市が本市に対して提起していた競輪事業撤退に伴う補償金の支払いを求める訴えについて、平成22年5月14日に横浜地方裁判所の判決がありました。
平塚市が訴えていた請求の内容は、本市が昭和27年から開催していた平塚競輪事業から平成13年3月に撤退したことに対して、「50年近く継続されてきた賃貸借契約を解約するには、信義則上、未償却の設備投資(リース料を含む)が存在する場合に、これを清算するべき義務がある。」として、2億円(平成12年度末における未償却残額及びリース料残額の12分の2の額(7億2,398万1,549円)の内金)の支払いを求めるものです。
判決の内容は、競輪事業から撤退して競輪場賃貸借を終了させるについては、少なくとも3年度の予告期間をおくべきであり、予告期間をおかずに賃貸借を終了させたことにより、本市が平塚市に対して1億539万6,254円の損害を与えたことから、その額の支払いを命ずるものなどです。
本市としては、過去の調停の経過などを踏まえると、行政間の訴訟でもあり、裁判所から損害額の算定根拠が示されたことから、円満に解決を図ることが妥当と考え、この判決を受け入れることといたしました。
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kisya/data/2010/20100517.html
鎌倉市記者発表資料(2010.5.17)
競輪事業撤退に伴う補償金請求事件について(2)*経緯経過

平成19年11月2日、平塚市が、鎌倉市に対して競輪事業撤退に伴う補償金の支払いを求める訴えを、横浜地方裁判所第2民事部に提起しました。
そこで、この訴訟に至った経過などについてお知らせいたします。

平塚競輪事業とは
鎌倉市は、昭和26年9月に自治省(現・総務省)から競輪施行者として指定を受け、昭和27年2月に第1回の競輪を開催して以来、平塚競輪場を借りて平成13年3月まで毎年2回(計12日間)競輪を開催してきました。競輪事業は、地方自治体の財政に寄与するために行われるもので、当時、平塚競輪場では、平塚市、鎌倉市のほか、藤沢市、六市競輪組合(逗子市、相模原市、三浦市、秦野市、厚木市、大和市により構成)が競輪を開催していました。

平塚競輪事業からの撤退
平塚競輪事業の売上は、平成元年度をピークに前年度割れが続くようになり、平成7年度には単年度収支が「赤字」の状況に陥りました。このため、平成11年7月、鎌倉市は藤沢市などと連名で、平塚市に対して賃借料の値下げや開催月の見直しなどを要望しましたが、受け入れられませんでした。そして、繰越金が底をついた平成11年度には、競輪事業の赤字補填のための一般会計からの繰り入れをするに至り、平成12年8月の鎌倉市競輪事業審議会からの「早期撤退」の意見を踏まえ、平成13年3月末をもって競輪事業から撤退しました。

平塚市からの肩代わり補償金の請求
鎌倉市が競輪事業からの撤退を表明した当時、撤退する自治体が競輪場を所有する自治体に一時金を支払う例が多く見られました。競輪場を所有する自治体は、撤退した自治体の開催分を肩代わりして開催するので、開催により生ずる赤字分を補填させるという考えに基づいていました。
平塚市は、撤退を表明した鎌倉市と六市競輪組合に対し、赤字5年分として4億5,259万80円を請求し、六市競輪組合はこの支払いに応じましたが、鎌倉市は支払いの根拠・理由が見当たらないと判断し、肩代わり開催の協議が整わないまま平成13年3月末をもって鎌倉市は撤退しました。

補償金請求の調停
平成14年12月、平塚市は、平塚競輪場に係る設備投資額の鎌倉市負担分として、7億2,398万1,549円の支払いを求める調停を横浜地方裁判所に申し立てました。調停の中で、調停委員会から1億円の和解案が示され、鎌倉市としては受け入れる意向を示しましたが、平塚市から不調の申し入れがあり、平成16年11月をもって調停打ち切りとなりました。

補償金請求訴訟
平成19年11月2日 訴訟提起
訴状の概要はこちらをご覧ください(PDF:21KB)

一審判決
平成22年5月14日(金)に横浜地方裁判所において、「競輪事業撤退に伴う補償金請求事件」に係る判決の言い渡しがありました。
判決主文は、以下のとおりです。

主文
1. 被告は、原告に対し、1億0539万6254円を支払え。
2. 原告のその余の請求を棄却する。
3. 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告、その余を原告の負担とする。

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