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夜の暗室。コミュの短編連作「絶望アリス。」

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 僕らが行ける場所なんて、限られている。
 灰色に待ち焦がれた原風景や、朱色に切り裂かれた原体験は、何も教えてはくれない。
 常識を破る術や、
 偏見を崩す手段。
 可能性を放棄しない選択肢。
 自殺していく未来達。
 それは風のように僕らの脳髄を通り抜けていくだけだ。吹き抜けて、そのまま去っていく。
 両耳は飾りに成り下がっている。
 両目は節穴に身を落としている。
 口からはノイズしか聞こえない。
 鼻腔には悪臭が住み着いている。
 舌は嘘の吐き過ぎで、何枚重ねか数えられない。
 それが旧時代の人類の、最終進化段階。
 終末退化段階。
 動物でさえわかるものが、わからないのだ。
 見えないと思うから見えない。聞こえないと思うから聞こえない。感じられないと思うから感じられない。社会という害悪が「見えない」「聞こえない」「感じられない」という常識を作り出し、常識という公式が僕らの教科書に刻まれたまま消えない。
 これが罪だと言うなら罪だろう。
 罰だと言うなら、罰なのだろう。
 けれど、罪と罰は法律によって決められた概念のはずだ。
 罪が無ければ罰は無い。罰が無ければ罪の意味が無い。
 では……その法律を作ったのは誰だ?
 僕らは誰に対して、その責任を負っている?

 くだらない。
 縛られている、のでは無いのだ。
 自分で自分を、自分で作った硬い硬い鎖で、目を血走らせながら縛っている。
 誰かに傷つけられないように。
 誰かに嫌われないように。
 自分のために、他人しかいない人生を生きている。

 さあ。
 わかっただろう?
 僕らの――いや君の人生に、君はいない。だから現実感が無い。生きている気がしない。退屈だ。面白くない。死にたくなる。殺したくなる。狂いたくなる。物語に憧れる。白馬の王子を望む。茨の姫を望む。
 見ろ。聞け。感じろ。
 手当たり次第に破壊しろ。
 神ですら、新世界を作る前に旧世界を破壊したのだ――自然淘汰の名の元に。

 だから、壊せばいい。
 世界を原子から組み直そう。

 きっとココは、間違ってしまったのだから。

コメント(1)

 1 「鏡の世界。」

 彼らはみんな、盲目だ。
 世界にはこんなにもたくさんの人間がいるのに、誰もがそれを見ることが出来ていない。
 だから、世界はきっと酷薄だ。
 例えていうなら、無感情な科学者。
 俺達に目を与えないまま、広い広い実験場のような箱庭世界に放り込んで、誰が最初に迷路を抜けられるのか試しているようなものだ。俺達はあの無力なマウスの代替物として、数々の障害が潜む迷路を、ゴールであるチーズを求めて必死に駆ける。
 そう、俺達が目指すゴールにあるのは、たった一つのチーズの欠片に過ぎない。手に入れてみれば何のことはない、噛み砕いて飲み込んでしまえば忘れてしまう、一度の夕食に過ぎない。
 そして俺は、ある特殊な薬品を投与されたマウスだった。

「何が見えるの?」
 俺がベンチに座って煙草を吸っていると、一人の少年が話しかけてきた。慌てて煙草を灰皿に押し付ける。
 ――不思議な雰囲気を持った、少年だった。
 黒いシャツに、黒い綿のズボンを履いている。大人びていてぱっと見た感じでは年齢の判断がつきにくいが、おそらく小学生低学年程度だろう。蒼い石のはまったペンダントを下げているが、年齢の割によく似合っている。そして親の仕業か知らないが、髪の毛に金色がところどころ覗いていた。まあ、流行なのだろう。
 しかし、何より気になったのは質問の仕方だ。
 子どもには、わかるのだろうか。
「何を見ているんだと思う?」
 俺は特に明確には答えず、探ってみることにした。
「うーん……他の人には、見えないもの?」
 笑顔で少年は答えた。しかしその裏側が全く読めない。漂う子ども特有の純真さは、どちらかというと巧妙な演技に感じられた。
 彼は笑顔を崩さず、俺の答えを待っている。
「そうだよ」
 俺は、話してみることにした。
 大した理由は無い。ただ、こんな話を数少ない友人にすると気味悪がられるのは目に見えているので誰にも話したことは無く、しかし誰かに話したいとかねてから思っていたのだ。
「あのね。俺には、人の回りにガラスの壁が見えるんだ」
「ガラス?」
「そう。見えるようになったのは随分前。最近になって、これが何なのか予測がついてきたところさ」
 少年は綺麗な笑顔のままで、俺を促すように黙っている。
 彼の目には、話す気を起こさせる魔力があった。
「これはきっと、心の壁なんだ。君だって、誰かが君の心の中に入ってきたら嫌だろう? そういうことを防ぐための盾みたいなものが、俺にはガラスの壁の形になって見えるんだ」
 少し難しい話だったかもしれない。しかし俺には、自分でも正体を推測でしか考えられないようなものをうまく説明する能力は備わっていない。
「そうなの」
「そうなんだ」
「じゃあ、あんまり人と話すことが好きじゃない人とかだと壁はどう見えるの?」
 どうやら理解しているらしい。
 俺は答える。どうせ今後大した関わりにならないような相手だ。
「壁は大きくその人を包む。他人を近くまで来させないようになるな。話しかけやすい人と話しかけにくい人っているだろう。話しかけにくい人は、大抵壁が大きいな」
「ふうん」
 興味があるのか、無いのか。
 彼はそして、次のような言葉を口にした。
「じゃあ、ボクにはどんな壁が見える?」
 ……言われて、やっと気づく。
 壁と言っても、僕の目にはガラスのような外見だ。不純物なんて混じらないから限りなく透明に近くて、目を凝らさなければ見えないような壁。

 その少年には、どんなに目を凝らしても、壁は無かった。

「……君は」
 何者だ、と言いかけた俺を遮るように、彼は話し出した。
「壁、かぁ。きっと壁を持った人達は、自分の心の壁なんて見えないんだろうなぁ。自分がどれくらい他人を退けているかも知らず、誰かに理解されないだとか、友達が出来ないだとか、悩んでいるんだろうな。ちょっと馬鹿馬鹿しいよね」
 そこで彼は、おどけた表情を見せた。
 突然大人のような口調で話し出した少年に面食らった俺は、うまく返事の言葉が見つけられない。そんな俺には構わず、彼は続ける。
「ねえ、お兄さん。もしもの話をしていい?」
「……ああ」
 彼はもったいぶる様子も全く見せず、まるで当然のことのように、言った。

「もし彼らのガラスの壁が、鏡の壁になってしまったら、彼らは生きていけるのかな?」

 鏡の、壁。
 今はガラスの壁だから、相手の姿くらいは見える。壁の内側には入れなくとも、相手の姿やかすかに伝わる声から、相手のことが少しはわかる。
 けれど、それが鏡に変わったら。
 見えるのは相手ではなく、自分の姿だ。理解されない悲しみに苦悩し、情けなく、みすぼらしく汚らわしい、哀れ極まりない自分の姿。それが相手の壁に映る。
 そんな世界では、他人に見せた行い、他人に向けた言葉は、全て自分に返ってくる。そこに確かに存在する他人と繋がる手段は無く、ただひたすら自分とジブンの二人しかいない世界に埋没していくだけだ。
 ――なんて、素晴らしい。
「じゃあ、ボクは行くよ。とりあえず、言うべきことは言ったしね」
 彼は何の未練も残さないかのように、くるりと背を向けて歩き出してしまった。
 一方の俺は未練がましく、彼の背中に必死に声をかけた。
「な、なあ」
「何?」
 俺が引き止めるのをわかっていたかのように、振り向く少年。
 その勢いで、ペンダントがふわりと揺れた。
「願えば、叶うかな」
「それはお兄さん次第だよ」
 即答する。
「壊れた時計は、修理屋で治せる。でも割れた歯車はもう使い物にならないから、交換するしかない」
「…………」
「お兄さんは、交換されたギアの一つなんだ。でもギア比はまだ決められていない。大きな大きなのっぽの古時計を、どんなスピードで回すかも、逆回転させるかどうかさえも、小さなギア一つで決定できる」
 俺は思考がほとんど停止してしまい、何も言い返せない。
 ただ、ひたすらに、彼の言葉を記憶しようとしていた。
 尊い預言のように、
 悪魔の囁きのように、
 重く響く彼の言葉を。
 かちかちと回るこの世界で。
「自分の役割は自分で決めることだ。人生なんて小さなものは考えるな。旧世界を殺せ。新世界を生み出せ。それが新製品の見るべき夢だ」
 言葉の割に、演説のような高慢さは感じられない。少年はその外見に見合わず、深い優しさを感じさせる口調で語りかける。いつからか俺は彼の言葉が、頭の中で紡がれているような錯覚を覚えていた。
「みんな勘違いしているんだ。気づいてしまえば得られるものなのに、社会だとか、常識だとか、そういう下らないものに感性を埋め固められてしまっている。脳の使っていない部分ってあるでしょう? あれは、意識することで動き出すんだ。意識できなければ使われない。意識は電力みたいなものだ。人間も電流で動くって、人間の大好きな科学が説明しているんでしょう? しかしまあ、科学は人間が常識に縛られた証拠品だよ。世界という裁判官に提出された犯罪証明さ。全く――気づくことが出来れば、誰もが新製品になれるのに、ね」
 俺は身動き一つ出来ない。
 蛙だと思っていた何かに、睨まれてしまった無毒の蛇だった。
「これ以上は、自分で考えること。お兄さんは、六年も前に気づけたのだから」

 ――それが最後だった。
 俺は結局何も言葉を発せずに去っていく彼の背中を見送り、正体不明の少年の言葉をただ反芻していた。
 時計、歯車。人間、世界。
 新製品。
 旧世界を、殺す。

 俺は呼吸を落ち着けて、焦ることなくゆっくりと、ベンチから立ち上がった。

 ギアは、他にもあるはずだ。

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