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とにかく怖い話。コミュの(高梁と菊地) 先輩と私

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他コミュにも投稿させて頂いた話です。

物語で登場する人物名等はフィクションです。
また長い話であるため、最後までお付き合い頂けると幸いです。



「来週温泉旅行にいくよ〜!」
 
 私は大学で温泉同好会に入っている。
 特に旅行や温泉が好きなわけではなかったが、
 入学早々に声を掛けてきたのが、このサークルの人間だったというのが入部の理由。
 
 部員数も4名と少なく、活動内容が非常に曖昧で、
 入部以来、部室で惰眠を貪るのが私の日課だったが、
 どうやらちゃんと活動していたらしい。
 
 部室に響くような声で発言したのは、3年の副部長の一ノ瀬だ。
 長身で、スタイルが良く、ハキハキとした物言いの彼女は、
 男性より、むしろ女性にモテる女性だ。
 
 ほとんど部室に顔を出さない部長の田端に代わり、
 一ノ瀬が実質このサークルを取り仕切っている。
 
「来週ですか、急ですね」
「うん〜、それがね〜」
 
 2ヶ月先までリサーチした結果、
 オフシーズンの休日で宿泊費を一番安く抑えられる日取りが、
 来週の土日なのだそうだ。
 
 温泉同好会は、その名の通り、
 個人的な趣味と気まぐれから設立されたサークルだ。
 当然、スポーツや芸術のような結果を残せるものでもなければ、
 大学に貢献できるものでもない。
 だから予算も部室の維持と備品を買い揃える程度にしか通らない。
 つまり、旅費は実費なのだ。
 
 この計画性のない旅行計画は、たぶん彼女の気まぐれなのだろう。
 
「お留守番じゃ…」
「ダメ!」
 
 言葉を被せるように即答された。
 
 親からの仕送りだけで、生活のやりくりをしている私にとって
 想定外の出費は痛い。
 もちろん、お金が欲しければバイトをすればいいのだが、
 そもそも外を出歩くのが怖いのだ。
 
 小6の頃、突然何かの気配を感じるようになった。
 それが霊であると知ったのは中3の頃。
 以来、私はそういうものが居そうな場所をずっと避けてきた。
 旅行などに行っても大丈夫なのだろうか?
 
「先輩も行きます?」
 
 私の隣に座って本を読む色白の男に声を掛ける。
 彼の名前は菊地。
 大学の1つ上の先輩で、入学早々に声を掛けてきたのが彼だった。
 
「部員だったら参加した方がいいのかなぁ」
 
 何とも曖昧な返答だ。
 菊地が行くと言うのなら、私としても答えが出しやすいのに。
 
「当たり前じゃない、ちゃんと参加しないさいよ!
 特にホヅミ、あなたは1年なんだから先輩の言うことは聞くものよ!」
 
 一ノ瀬は腕を組み睨むような顔で、私と菊地を見る。
 彼女の気迫に呑まれ、私達は首を立てに振った。
 それを見て一ノ瀬はニッコリ笑う。
 
 ちなみにホヅミとは私のことだ。
 八月一日と書く、名前ではなく苗字だ。
 
「よろしい!詳細は追って連絡するよ〜」
 
 これは説得ではない、パワハラだ。
 なるほど、男性にモテない理由が分かる気がする…
 
 こうして、入部以来はじめてサークル活動に参加することになった。
 
 
 
 一ノ瀬は旅行計画を告げると、足早に部室を去っていった。
 私と菊地も帰路につく。
 
「しかし、副部長は嵐のような人ですね」
「ははは、本当にね」
 
 菊地は眉を潜め、困ったような顔で微笑んだ。
 
 菊地とは特に住んでいる所が近いというわけではないが、
 毎日部室に顔を出す面子ということもあって、
 それとなく一緒に帰ることが自然な流れになっていた。
 
 並んで歩くと、私と菊地には結構な身長差があることが分かる。
 菊地の背が高いわけではない、私が低いのだ。
 狭い歩幅とのんびりした性格が相まって、私は歩くのが遅い。
 そのため、友達によく置いていかれそうになる。
 
 しかし彼の場合、自分のペースで歩けるのだ。
 きっと合わせてくれているのだろう。
 
 また、菊地にとっては遠回りだというのに、
 いつも私が住むアパートの近くまで送ってくれる。
 本人は寄りたい店がこの近くにあるからと言っているが、
 たぶんそれは、彼なりの気遣いなのだろう。
 
 もし私が部屋に誘ったら、菊地はどんな顔をするだろうか。
 もちろん、そんな勇気はないのだけれど。
 
 実は、私が入部した当初、普通の人と変わらなかったはずの菊地に、
 いつからか嫌な気配を感じるようになった。
 おそらくそれは、彼に憑いている霊なのだろう。
 そのことで彼をずいぶん疎ましく思っていたこともあったが、
 今は逆に気に掛かる。
 嫌な感じのものは何かしらの影響を与えてくるからだ。
 
 何故平気で居られるのだろう?
 教えてあげたほうがいいのだろうか?
 
 いわゆる、霊感や第六感というものがあったとして、
 これまで私は何度も周囲に理解を求めようとしてきた。
 しかし本当に信じてくれた人はいない。
 
 考えてみれば、自分で得た感覚を他人に伝えるのは難しいのだ。
 霊という不確かなものを話に聞いただけで信じる方が、どうかしている。
 もしかしたら、今まで霊と思ってきたそれらは錯覚で、
 私は病気なのかも知れないと思うこともあった。
 
 だが、菊地には気になる点がいくつかある。
 彼は見えるのではないだろうか?
 もしそうなら同じ日常を共有できるかも知れない。
 
 聞いてしまえば早いことなのだろう。
 けれど期待が外れ、また孤独になってしまうのが怖いのだ。
 何故なら、普通の人間にとって私のような人はホラ吹きなわけだから。
 
 私は菊地に嫌われたくない。
 
「じゃあ僕は近くの店に寄って帰るよ」
 
 目の前の交差点を過ぎれば、すぐ私の住むアパートが見える。
 菊地は交差点を渡らず、繁華街の方へ歩き出した。
 
「あの先輩、わ、私の部屋に…」
 
 言いかけて途中でやめた。
 菊地は振り返り、私の呼び掛けの続きを待っている。
 
「…いや、何でもないです、気をつけて帰って下さいね」
 
 部屋に誘うなんて無理だ!
 男性と付き合った経験のない私にはハードルが高すぎる。
 
 遠ざかる菊地の背中を見つめながら、情けない気持ちでいっぱいになった。
 
 
 
 温泉同好会の空白が続く活動スケジュールに、
 一ノ瀬が旅行という計画を盛り込んでから5日が過ぎた。
 
 静かな部室には相変わらず私と菊地が居る。
 部長の田端はともかく、どうやら一ノ瀬は旅行当日まで顔を出す気はないらしい。
 
 部室の中央に置かれたテーブルを挟み、
 私の向かいに座って本を読む菊地を眺めながら、旅行のことを考えていた。
 
 外を出歩くのはためらってしまうけど、菊地と旅行をするのは悪い気がしない。
 どんな温泉なんだろう、混浴だったら… 困るなぁ。
 浴衣を着たら、可愛いと言ってくれるだろうか。
 
 そういえば、追って詳細を伝えると言いつつ、
 5日も経つのに一ノ瀬から何ら連絡がない。
 まったく、しっかりしているのか、いい加減なのか…
 
 テレレレテッテッテー
 ドラクエのレベルアップの着信音が鳴った。
 私のものではない、これは菊地の電話だ。
 
「あ、部長?お久しぶりです」
 
 電話の相手は田端のようだ、これは珍しい。
 田端とは入部以来、1度しか会ったことがないものだから、
 私の中でレアリティの高さはハンパない。
 
 このサークルに部長が不在なのは、当たり前のような感覚でいたから
 今まで気にしたこともなかったけど、
 改めて考えてみると、田端は何している人なんだろう?
 
「一ノ瀬さんが?分かりました、行ってみます」
 
 菊地は電話を切って私を見る。
 
「ちょっと一ノ瀬さんのアパートに行ってくるよ」
「え?どういうことですか?」
 
 田端の話では、一ノ瀬から旅行計画の報告と誘いがあって以来、
 まるで連絡がつかなくなったらしい。
 彼女の友人に聞いたところ、どうやら大学にも来ていないようだった。
 
 さすがに心配になって、
 菊地に彼女のアパートへ様子を見に行って欲しいと連絡をしてきたのだ。
 
「そんなに心配なら、まず自分で様子を見に行けばいいのに…」
「まぁ部長は色々忙しい人だからね」
 
 菊地は諭すように言いながら、出掛ける準備をしている。
 
 私は一ノ瀬が少し苦手だ、だから自分から積極的に関わろうとは思わない。
 しかし、そんな話を聞かされると確かに心配になる。
 もしかして彼女の身に何かあったのではないだろうか。
 
「私も一緒に行っていいですか?」
 
 菊地は口に右手を当て、少し考えるような素振りをした。
 
「そうだね、一緒に行こうか」
 
 
 
 田端から教えられた住所へと赴く。
 
 そこには何とも可愛らしいデザインのアパートが建っていた。
 昭和の匂いが漂う民家が隣接して建つ下町の住宅街には、
 似つかわしくないメルヘンさがそこにある。
 まるでお菓子の家だ。
 
「ぶっ!」
 
 不覚にも笑ってしまった。
 あの勝気で押しの強い一ノ瀬が、こんなアパートに住んでいるのか。
 意外性とは誰にでもあるものなのだな。
 
 菊地の顔を覗くと、口の端を吊り上げて目元をピクピクさせている。
 どうやら笑いを堪えているようだ、私と同じことを思ったらしい。
 
 一ノ瀬が住む102号室のカーテンは締め切られていて、
 外からでは中の様子を伺うことはできない。
 
 菊地がインターホンを鳴らす。
 
 ピンポーン ピンポーン
 
 しばらく待ってみたが、何の反応もない。
 試しにもう1度鳴らしたが、やはり反応がない。
 そもそも連絡がつかないということは、部屋に居ないのではないだろうか?
 
 ガチャ
 
 ゆっくりとドアが開きはじめる。
 隙間からドアノブに手を掛ける白い手が見えた。
 なんだ、居るじゃないか。
 
 頬が少しこけて、目の下にクマをつけた女性が部屋の中から出てくる。
 目は虚ろで焦点が合っていない。
 それはさながら病人のうようで、一瞬誰だか分からなかった。
 
「一ノ瀬…さん?」
 
 私と菊地は顔を見合わせる。
 普段の活発な一ノ瀬からは想像もできない今の姿に、
 掛ける言葉が見つからない。
 
 一ノ瀬は病気なのだろうか?
 もしかして、ずっと部屋に篭って伏せていたのではないか?
 早く病院へ連れて行かないと!
 
 力なくよろけ、その場に倒れそうになる彼女を菊地が支える。
 
「保険証と部屋の鍵を取ってきます!」
 
 私は一ノ瀬の部屋に足を踏み入れた。
 
 そのとき部屋の中から嫌な気配を感じた。
 まるで冷蔵庫を開けたときに、
 それまで密封されていた冷気が一気に漏れ出してきたかのような、
 冷たく重苦しい空気が部屋全体に充満してる。
 
 私は気持ちが悪くなり、思わず外へ飛び出した。
 
 勢いよく部屋へ上がり込んだにも関わらず、
 すぐに出戻りした私の行動を菊地は理解できないかも知れない。
 しかし体裁を気にする余裕などなかった。
 
 これはきっと霊だ、それも1人や2人じゃない。
 
 私は一ノ瀬を見る。
 この異常な部屋に彼女はずっと居たのか、
 私なら1日も持たずに気が触れてしまいそうだ。
 
 何故、彼女の部屋がこのような状況になっているんだろう。
 
「僕が行くよ」
 
 菊地は一ノ瀬を私に預け、部屋の中へ入っていく。
 
 例えば、菊地は霊の影響を受けにくい性質だったとしても、
 部屋に居るそれらは、彼に憑いているものと比較にならないほどの禍々しさを感じた。
 
 一ノ瀬を一刻も早く、
 病院へ連れて行かなければいけないのは分かっている。
 だが、この部屋に入ってはいけない、彼を連れ戻さないと!
 
 不器用で間が抜けていることは十分に自覚している。
 私を良く知る友達に私についてを尋ねたなら、
 十中八九、ミイラ取りがミイラになるタイプだと答えるだろう。
 
 だけど、咄嗟に菊地を助けなければという気持ちに突き動かされる。
 私は一ノ瀬をその場に寝かせ、彼の後を追った。
 
 再び一ノ瀬の部屋へ上がる。
 その瞬間、気圧が変わるようなキーンとした耳鳴りと頭痛が私を襲う。
 酷い悪寒と吐き気が込み上げてくる、意識が飛びそうだ。
 
 私は這うように部屋の奥へ進むと、
 机の上に置かれた一ノ瀬のものであろうPCのモニターを眺める彼の姿が見えた。
 
「なるほど…」
 
 菊地はポツリと呟く、何に納得をしたのかは分からない。
 それより今は、菊地を連れて早くここを出なければ。
 
 しかし何故か声を掛けたくても、
 まるで話し方を忘れてしまったかのように呂律が回らない、
 いや思考が停止していると言った方が正確な表現なのだろう。
 
 必死に彼の足へしがみつき、部屋を出るよう促す。
 それが私に出来る精一杯の行動だった。
 
「ちょっと待ってね」
 
 菊地は私からゆっくり離れ、
 おもむろにPCのLANケーブルと、LANのアタプタを引き抜いた。
 そして私を抱きかかえ、玄関へと向かう。
 
 この部屋の異常な空気に当てられ疲弊したのか、
 それとも菊地に抱きかかえられたことで安心したのか、
 徐々に意識が薄れていく。



※コメントに続きます。

コメント(19)

※続きです。


 気がつくと、ソファーで横になっていた。
 隣には菊地が座っている。
 
「ここは…」
 
 辺りを見回しても、ここが病院であると、しばらく分からないでいた。
 目の前のベットに横たわり、点滴を受けている一ノ瀬を見てようやく気づく。
 
 菊地の話では、
 あの後、衰弱した一ノ瀬と、気絶した私を連れて、
 この病院へ来たのだそうだ。
 
 一ノ瀬の容態はやはり酷く、深刻な水分不足と栄養不足で、
 もし2〜3日発見が遅れていたら、命を落としていたかも知れなかったらしい。
 
 そうか、一ノ瀬はとりあえず助かったのか。
 
「良かった」
 
 私は一ノ瀬の顔を覗きこむ、どうやら深く眠っているようだ。 
 一ノ瀬からは嫌な気配を感じない。
 どうやらあれらは、彼女ではなく、彼女の部屋に憑いているらしい。
 
 一ノ瀬の寝息を聞いて少しホッとした。
 
 でも退院したら、またあの部屋へ戻ることになるだろう。
 根本的な部分はまだ解決していないのだ。
 
 だからといって、私に何が出来るというのだろうか。
 ただ霊を感じるだけで、除霊などといった術を知らない。
 仮に一ノ瀬へ事の顛末を伝え注意を促したところで、きっと信じないだろう。
 こんな力を持っていても、結局私は無力なのだ。
 
 
 
「さて、お見舞いは20時までらしいから、そろそろ帰らなきゃね
 それとも、ここに泊まっていく?」
 
 窓を見ると、外はもうすっかり暗くなっている。
 
 確かに一ノ瀬を1人にするのは可哀想で気が引けたが、
 付き添いで病院に泊まるのは絶対に避けたい。
 
「明日またお見舞いに来ましょう」
「そうだね、
 明日の午後には一ノ瀬さんのご両親と部長もお見舞いに来るそうだから
 それがいいかもね」
 
 私達は病院の正門を抜け、外庭へ出た。
 
 この時期は昼夜の寒暖差が激しくなるのだ。
 今日は日が暮れる前に帰宅するつもりだったから、日中に合わせた軽装のままだ。
 外の肌寒さが一層染みる。
 両手に息を吐き掛け、少しでも暖を取ろうとした。
 
 そんな様子を見た菊地は羽織っていたジャケットを脱いで、私に手渡す。
 気持ちは嬉しいが、彼は明らかに痩せているように見える。
 身長差があるにも関わらず、私たちの体重はそれほど変わらないだろう。
 菊地こそ、もっと防寒を心がけるべきだ。
 
「先輩、風邪引いちゃいますよ」
 
 私は菊地の好意を断った。
 たぶん今までも、誰に対しても彼は優しいのだろう。
 でもその優しさが、彼にとって不利益な結果を招くことを私は知っている。
 あまり、自分を犠牲にしないで欲しい。
 
 そんな私の心配など、当然伝わるわけもなく、
 菊地は更に不安になることを言った。
 
「さて、僕はもう1度一ノ瀬さんの部屋へ行くよ」
 
 また、あの部屋へ行くのか…
 一ノ瀬の検査結果を一般的に見れば、過度のダイエットのために、
 彼女があのような状態になったと説明ができるだろう。
 だが私は部屋に居る霊の影響だと確信している。
 
 確かに菊地はあの部屋に居ても平気そうな顔をしていたが、
 わざわざそんな危険な所へは行かせられない。
 しかし菊地が見える人間であると確信が持てない以上、
 あの部屋について説明をするのは難しい。
 
「どうして、また行くんです?」
「部屋に忘れ物したんだ」
「でも鍵がなければ入れないじゃないですか」
 
 菊地はニコニコしながら、
 ズボンのポケットから鍵を取り出す。
 
「持ってきたんですか!?」
「明日には返すから」
 
 あきれた。
 これでは空き巣と変わらないではないか。
 
「女性の部屋へ勝手に上がり込むなんて失礼ですよ!
 せめて明日、ご両親の承諾を得てから…」
「明日じゃ遅いんだ」
 
 菊地は言葉を遮るように言った。
 
 明日では遅いとは、どういう意味なのだろう?
 もし一ノ瀬の両親や部長が来てからでは遅いということなら、
 まさか本当に空き巣でもするつもりなのだろうか。
 
 もちろん彼を疑いたくはないが、
 どれほど善良な人間でも魔が差すということはある。
 
「わかりました、私も行きます」
 
 仮に菊地が何か良からぬことを考えていたとしても
 その都度、私が止めればいい。
 
 何より、あの部屋へ足を踏み入れた菊地の身に、
 何かあったらと思うと不安で仕方がないのだ。
 
「…わかったよ」
 
 菊地は少し困った顔をしていたが、承諾してくれた。
 
 
 
 私達は再び、一ノ瀬の住むアパートへやって来た。
 まるでお菓子の家のような、可愛らしいデザインの外装に、
 昼間のような笑いも感動も起こらない。
 
 ここはもうお化け屋敷なのだ。
 夜の薄暗さと静けさが、私の恐怖心を掻き立てる。
 
 私は菊地に悟られないよう、そっと寄り添う。
 菊地の手荷物が私の足に当たった。
 
 菊地はここへ来る途中、何故かスーパーに寄って、
 清酒と書かれたラベルの貼ってある一升瓶を3本と、
 自由帳と書かれたラインの入っていないノートを2冊買った。
 
 私は菊地の手荷物を覗く。
 一体何のためにそんな物を買ったのだろう。
 
「…媒体?たぶんサイトにあった動画だと思う」
 
 菊地は先ほどから誰かと電話をしている。
 その横顔にいつもの微笑みは消えていて、少し強張っていた。
 
「わかった、やってみるよ、またな高梁」
 
 相手の声が聞こえないから、電話の詳細な内容は分からなかったが、
 どうやら一ノ瀬の部屋について話していたようだ。
 
 菊地は電話を切って、私を見る。
 
「じゃあ忘れ物を取ってくるから、ホヅミは外で待っていてね」
 
 部屋の鍵を開けドアを開く。
 電気をつけていないから、当然中は真っ暗だ。
 一ノ瀬の部屋は他のものと変わらない造りなはずなのに、
 先の先入観も相まって、全くの違う部屋のように感じさせる。
 
 この中にあれらが居るのだ。
 
 菊地は電気のスイッチを探し当て、部屋の照明を点ける。
 
 ビビビ… パリンッ!!
 
 !!
 ビックリして体が竦み上がる。
 
 部屋の奥で瀬戸物が割れるような音がした。
 玄関に設置されている電球のみが点灯し、部屋の奥を薄暗く照らし出す。
 どうやら、奥内の照明に使われている蛍光灯が割れたらしい。
 
「ちっ ここはお前らの居場所じゃないっての」
 
 菊地は聞こえないぐらい小さい声で悪態をつく。
 だが確かに聞き取った。

 彼の言うお前らとは、霊のことではないだろうか?
 やっぱり菊地は見えるのではないか?
 
「すぐに戻るから」
 
 そう言って、菊地は部屋のドアを閉めてしまった。
 先ほどまでの恐怖心が薄れ、代わりに不安が込み上げてくる。
 
 今日私が体験したことも、一ノ瀬の身の上に起きたことも
 この部屋に居てこそのものなのだ。
 確かに外にいれば害はないのだろう、だが部屋の中に居る菊地は違う。
 
 彼は私が味わったあの恐怖を今まさに体験しているかも知れない。
 いや、仮に見えるのならば、私の知らない別の恐怖だろう。
 
 連れ戻したいという気持ちが膨らむ。
 しかし先の恐怖で足がすくむ。

 こんな風に待たされるのは、何とも歯がゆいものだ。
 菊地が部屋に入ってから、どれぐらい待っただろうか。
 
 時間にすればおおよそ20分ぐらいなのだろう。
 しかしずいぶん長い間、待ってるような気分になる。
 
 早く出てきて欲しい。
 
 ボン!!
 
 !!
 風船が破裂したような音が響いた。
 私は辺りを見回す。
 だが音の出所になるようなものは見当たらない。
 
 きっと部屋の中からだ。
 
 アパートの壁は薄いが、ドアを閉めてしまえば、
 ある程度の防音効果はある。
 それにも関わらず、外まで届くほどの破裂音が聞こえてきたのだ。
 
 菊地の身に何かあったのではないか?
 
 私は恐怖など感じる間もなく、
 弾かれたようにドアを開け、部屋の中へ入った。
 
「先輩!」
 
 私の目に、宙を舞っている白くて小さな無数の物体が写る。
 それが細かく刻まれた紙切れだと認識するのに数秒掛かった。
 
 奥内の中央に菊地が立っていた。
 足元には蓋の開いた一升瓶が3つ置かれている。
 
 この部屋で感じた、あの禍々しい嫌な気配は嘘のように消えていて、
 ただ紙切れが無造作に散らばっているだけの静かな空間がそこにあった。
 
「一体何が…」
「外にで待っていてと言ったのに」
 
 菊地を見て私は確信した。
 見えるのか、それとも感じるだけなのかは分からない。
 ただ彼は私と同じ日常を見ている。
 
「とりあえず、片付けるの手伝ってくれる?」
 
 菊地は部屋を見回し頭を掻きながら私に言った。
 
 
 
 翌日、私達は一ノ瀬のお見舞いへ行った。
 
 病室の中はまるでドラマのセットのように整頓されていて、
 少し開いた窓からは微風が入り込んでくる。
 ここが病院でなければ、何と清々しい光景だったろうか。
 
「菊地!ホヅミ!待ってたよ〜」
 
 病室へ入ると、ベットから起き上がり、
 ニコニコしながら大降りで手を振る彼女の姿があった。
 
 たった1日で、そこまで回復するのものなのか…
 
「看護師さんから聞いたよ〜
 2人が助けてくれたんだって?本当にありがとう!」
 
 病人なのに声が大きい。
 
「生きていて何よりです」
 
 菊地が微笑みながら言った。
 
 昨日自室から出てきた一ノ瀬を見たときは本当に焦った。
 死ぬ要因のないと思っていた人が、目の前で死にかけているなど、
 これまでに経験がなかったからだ。
 
 確かに私は一ノ瀬が苦手だ。
 だけど、彼女の姿を見て急に涙が溢れてくる。
 
 本当に生きていて良かった。
 
「ちょっとちょっと、なんでホヅミが泣くの!」
 
 一ノ瀬は驚いた顔で言う。
 
 菊地はポケットからハンカチを取り出し、私に手渡す。
 受け取ったハンカチで涙を拭った。
 だけど、全く止まる気配がない。
 
 この涙の理由は、一ノ瀬の無事に安心しただけではない。
 張り詰めた糸が切れたかのように、
 私の身の上に起きた出来事、その都度感じた気持ちの実感が
 ようやく今沸いてきたのだ。
 
 2人には悪いが、今はただ泣いていたい。
 涙腺が壊れたかのように、私の涙は止め処なく流れ続けた。
 一ノ瀬が私の頭を撫でる。
 普段の彼女の言動からは、とても考えられないような優しい目をしていた。
 それはまるで子供をあやす母親の姿だった。
 
 あのメルヘンなアパートといい、この人の意外性には驚かされる。
 もしかしたら、ただ私が知らなかったというだけで、
 これが本来の一ノ瀬なのかも知れない。
 
「もう大丈夫です」
 
 どれぐらい泣いていただろう、目が腫れぼったい…
 でも何だか落ち着いた。
 
「一ノ瀬さん、昨日部屋の鍵を持って帰ってしまったので
 お返ししますね」
 
 菊地は、昨日くすねた部屋の鍵を一ノ瀬に手渡す。
 彼女は受け取った鍵を見つめながら言った。
 
「そのまま持っていてもいいのよ、今度は夜に尋ねておいで〜」
 
 おい!ちょっと待て!
 それは聞き捨てならないな、一体どういう意味だ。
 
 ムッとした私を見て彼女はニヤニヤしている。
 前言撤回だ、やっぱり一ノ瀬は一ノ瀬だ。
 
「ところでどうして、こんな容態になったのですか?」
「スルーかよ!」
 
 菊地は一ノ瀬の発言を無視して聞き返す。
 ムッとした彼女を見て私はニヤニヤする。
 
 一ノ瀬はため息をつき、少し間を置いてから言った。
 
「それがね〜、実はよく覚えていないんだ〜」
 
 一ノ瀬は旅行計画を立てたあの日、帰宅した後、
 観光で回るであろう箇所をネットで調べたのだそうだ。
 
 旅行の情報サイトや、個人の日記などをチェックしていたら、
 ある1つの動画に目が離せなくなった。
 見ていると何故か気分が高揚し、何度も再生したらしい。
 
「最初は旅行でテンション上がっているのかと思ったんだけどさ〜」
 
 そのうち気が触れたかのように気持ちが高ぶって、
 まともに思考することが出来なくなった。
 それからのことは、断片的にしか覚えてないそうだ。
 
「冷蔵庫の生魚を食べて『うめ〜!』とか言ってたの覚えてるけど、
 ぶっちゃけありえないでしょ〜、そんなの」
 
 なるほど…
 一ノ瀬は私と間逆ではあるが、思考が停止するという点においては同じだ。
 間違いなくあれらの影響を受けたのだろう。
 
 
 
 もう彼女の部屋にあれらは居ない。
 今後はいつも通りの生活が送れるはずだ。
 
 ただ気になるのは、昨日菊地が電話で話していた内容だ。
 一ノ瀬も動画を見てからおかしくなったと言っている。
 
 動画と霊がどう結びつくかは分からないが、
 菊地は始めから原因が分かっていたのではないだろうか?
 
 そして何より、菊地が一ノ瀬の部屋でやっていたこと。
 もしかして菊地は、霊に対する何らかの対処法を
 知っているのではないか?
 
 彼への疑問が確信に変わると、今度は別の疑問が沸いてくる。
 
「もし動画を見て、気分が高揚するようなことがあったら、
 すぐに僕へ連絡を下さい、いいですね?一ノ瀬さん」
 
 菊地は真剣な表情で一ノ瀬に言う。
 彼女は少し困った顔で考え込んでいたが、
 すぐに何か企むような不適な笑顔を浮かべて言い返した。
 
「それって…
 エロい動画を見て気持ちが高ぶったときでもいいの〜?」
 
 このアマ…
 一ノ瀬は私を横目で見ながらニヤニヤしている。
 
「さて、ご両親が来られる前に、僕たちは退散しますね」
「またスルーかよ!」
 
 菊地は一ノ瀬の扱いが上手く、割と仲が良い。
 でもそれは2人は恋仲であることを私に連想させる。
 もちろんそんなはずはないのだが、何だか心が痛い。
 
 誤解があるといけないので言っておくと、 私は菊地が嫌いじゃない。
 だからといって、好きなわけではない、たぶん。
 
「また、明日来ますよ、副部長」
 
 特に時間の指定はしなかったが、明日の約束を交わして、
 私達は病院を後にした。
 
 一ノ瀬が入院してから1週間が過ぎた。
 彼女は既に退院し、今は元の生活を送っている。
 だが、あれからまだ1度も部室に顔を出していない。
 
 彼女が立案した旅行計画は、当然流れてしまったわけだが、
 少し楽しみにしていただけあって残念だ。
 
 静かな部室には、相変わらず私と菊地が居る。
 
 あの一件から、菊地が私と同じ日常を共有していると確信したのだが、
 まだ直接聞けないでいた。
 
 いつも菊地は部室で読書をしているのだが、
 今日は珍しく前のめりになってテーブルにうな垂れている。
 
「どうしたんですか?先輩」
「あ〜…うん」
 
 菊地はダルそうに顔を上げて私を見る。
 
「一ノ瀬さんが退院してから、毎晩のように電話くるんだよ」
 
 あのアマ…
 
 菊地が言った連絡の意味を勘違いしているんじゃないか?
 部室に顔を出さないくせに、菊地には連絡するんだ。
 
 例えば一ノ瀬の普段の言動は強がりだったとして、
 もしかしたら、あれ以来、1人になるのが怖いから紛らわせようと
 彼に連絡しているのかも知れない。
 
 でも何故だろう、少しイライラする。
 
「良かったですねー、楽しく会話できてー」
「…ホヅミ、何か怒ってない?」
「ええ、怒ってますよー」
 
 菊地はため息をついて、再びテーブルにうな垂れた。
 
 ホヅミといい、一ノ瀬といい、女心はわからん…
 とでも思っているのだろう。
 もっと悩め、私ばかり悩むなんて不公平だ。
 
 
 
「先輩、私のお願いを1つ聞いてくれたら許してあげます」
「え〜、なにを〜?」
 
 菊地はテーブルに顔をつけたまま、ダルそうに聞く。
 
「あのときのような無茶は、もうしないで下さい」
 
 彼は急に起き上がった。
 その表情は言葉に出さなくても、戸惑いや驚きが見て取れる。
 直接的ではなくても、今の言葉で十分に理解したはずだ。
 
 少しの間沈黙が続く。
 菊地は表情を緩め、優しく微笑みながら答えた。
 
「ホヅミもね」
「え?まさか先輩…」
 
 ガチャ …バタン!
 
 勢い良く開かれた部室のドアの向こうに、一ノ瀬が立っていた。
 なんという間の悪さだ。
 
 彼女は荒々しく足音を立てて、部室へ入ってくる。
 私達の目前までやって来て、テーブルを強めに叩く。
 
「さて!旅行計画を練るわよ〜!」
 
 部室に響くような声で言った。
 
 私と菊地は顔を見合わせ、思わず笑う。
 この人は本当に懲りないな、でも、それでこそ一ノ瀬だ。
 
 
 あの一件以来、私と一ノ瀬の距離は、
 笑い合い、冗談を言い合うぐらいには縮んだような気がする。
 
 菊地については、結局分からないことばかりだけど、
 彼のお陰で、ようやく自分の存在を肯定できた。
 
 無理に暴く必要はなどない。
 菊地へ抱く疑問も、整理のつかない自分の気持ちも。
 
 知ってしまうそのときまで、今を楽しもう。


※おわり。
前回のお話 まとめ

夏!恋!ときどき生霊
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裏・夏!恋!ときどき生霊
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日常を共有できる友人
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灰色の光景
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初めてコメントさせていただきます。
めっちゃおもしろいです!めっちゃファンになりました♡

これからも楽しみにしてまーす☆
> さっちゃん さん
初コメントありがとうございます!

結構長かったにも関わらず、最後まで読んで頂き嬉しく思いますw
ファンだなんて、おいちゃんテレるぉ///

ボチボチ書いていくので、良かったらこれからも宜しくお願いします!
> はねね さん
前回に引き続き、コメントありがとうございます!

本当は長すぎると読み手も大変だろうから、
いつも8000文字ぐらい(トピックに収まるぐらい)に抑えて話を構成しているのですが、
今回は書きたいことがいっぱいあって調子に乗り、長文にしてしまいました^^;
結構長かったにも関わらず、最後まで読んで頂き嬉しく思いますw

またこれからもボチボチ書いていくつもりなので、良かったらこれからも読んで下さい!
このシリーズ好きです♪
全部読ませて頂いてますっ
今回のも面白かったです!!
次も楽しみにしてます☆

> RIKA さん
コメントありがとうございます!
シリーズを通して読んで頂き嬉しい限りですw

心理描写や怖い表現をはなかなか上手く書くことが出来ませんでしたが、
今回は少し頑張ってみました!

これからもこのシリーズを読んで頂けると幸いですm(_)m


> 本能寺は変@ATROCIOUS さん
確かに話が長くなってしまって、読み手の方は大変だったと思います。
申し訳ありません。

確かに今回の話は創作なのですが、中には実話を元にアレンジした話しもあったります。
今後は短く簡潔で実話に基づいた話も投稿していければと思います。
どうも心霊系と言うよりも
恋ドラみたいな2人の関係の方が気になります♪
(`・∀・´)
その後の2人の結末も
ヨロシクお願いします!
ヽ(*^ω^*)ノ
菊地君は、いつの間にか霊対策ができるようになってるなー、とは思ってましたが(^^;

そこに至るまでのもあるのかしら????興味津々(^-^)次回楽しみに待ってます☆
> パンダ さん
コメントありがとうございます!
怖い話を書いているつもりでも、なかなか怖い表現が出来なくて悶えてます〜

自分の中で怖いという感情は、喜怒哀楽のどれにも該当しないと思うのです。
だから、なかなか上手く書けないんですよね〜、誰か教えて!

人によっては、ホヅミと菊地の関係は、恋というより吊橋効果だと思われる方もおられると思いますが、
これは、率直に言うと吊橋効果の一種だと思います。
しかし、擬似的な恋から本物の恋になることもあるのではないでしょうか〜

その後の2人の関係については、物語を通して触れていければな〜と思っていますw
また、投稿するので、読んで頂けると幸いですw


> かず さん
コメントありがとうございます!
この物語はオムニバス形式書いており、実は時系列がバラバラです〜
話によっては、同一人物ながらも年齢が異なっており、
成長前の菊地であったり、成長後の菊地であったりします〜
今回出てきた菊地は色々な過程があって成長した菊地・・・となっていますw

菊地が霊を認識するようになる過程のお話もそのうち書きたいと思っておりますw
また、投稿するので、読んで頂けると幸いですw

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