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とにかく怖い話。コミュの坂

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高校三年目の、夏の頃。
ぼくの地元はとても坂の多いところで、自転車通学をしている身としてはこの上なく苦痛だった。
更にぼくの家は長い坂の上に建っている。行きはまだしも、帰りはほんとうに地獄である。

運動部に所属していたぼくは、日が暮れる頃に帰るなんてことは日常茶飯事で、毎日のように西陽に身体を焼かれながら上り坂を必死に登坂していた。


ある日の夕時。
家までの上り坂の麓の脇に、花束が添えられていた。ぼくは首を傾げる。昨日まではあんなもの、なかったはずだ。
ここでなにか事故でもあったのか。いや、そんな話は聞いたことがない。狭い町内だ。事故があればその日の内に町全域に広まるだろう。


不思議に思いながらも花束の前を通り過ぎようとした時、強烈な耳鳴りに襲われた。
思わずその場で止まって自転車から降り、耳鳴りが収まるのを待つ。十秒もしない内に耳鳴りは止んだが、どうにも嫌な予感がしてならない。早く帰ろう。意識的に花束の方を見ないようにしながら、ぼくは急いで坂を登り始めた。

違和感に気付いたのは、坂の中腹まで来た時だった。

ひとの気配がしない。と、いうよりかは、生き物の気配がまるでしないのだ。いつもなら電線の上にはカラスや小鳥が停まって鳴いているはずだし、山鶏のほうほう、という声も聞こえてこない。ひとの生活音もしない。

聞こえるのはペダルを踏む音と、タイヤがアスファルトを噛む音、ぼくの息遣い、心臓の鼓動。それらだけだ。だから却ってこの不自然な静けさが浮き彫り立って、背筋が寒くなった。

まるで、ぼくひとりだけが世界から一歩踏み外してしまったようだ。

なにより、自転車のペダルがヤケに重い。なんだろう、疲れているのか。そうか、そうだな。今日の練習はハードな内容だったし。ぼくは無意識の内に「ある可能性」に目を瞑る。見ないふりを、気付いていないふりをする。

でも、だめだ。もうぼくは見てしまっている。その存在を認めてしまっている。

西陽がぼくに当たる。ぼくの右側の地面に、濃い影がくっきりと浮かぶ。ぼくはペダルを踏みながらもう一度、その影を横目でちらりと見る。ああ、やっぱり、見間違いなんかじゃない。

後ろに、だれか乗っている。

小柄な人影。子供?いや、そんなことはどうでもいい。どうしよう、どうしたらいい。そうだ、自転車を漕ぐのをやめてしまえばいい。そうして後ろを向いてしまえば、きっとだれも乗ってなんかいなくて、……それで?

また前を向いた時に、ナニかがそこにいたら?
どうなるんだ。

悪いイメージが次から次に浮かんでキリがない。だめだ、このまま自転車を漕ぎ続けるしかない。いや待て、このまま家までずっと着いてきたらどうするんだ。それに家に着いたら否が応でも自転車を降りなければいけない。そこから先は怖くて考えられない。

延々と頭の中で自問自答を繰り返していると、

「ねーえ!」

という叫び声が遠くから聞こえてきた。
次の瞬間、ペダルがふっと軽くなり、声に驚いたのもあり、ぼくはバランスを崩して自転車ごと転んでしまった。
幸い上り坂でスピードは出てなかったので、怪我はなかった。起き上がって周りを見てみると、丁度坂を登りきっていたようだった。


「ねーえ! ってばあ!」

また、声が聞こえた。声のする方に視線を向けると、道端でふたりの男の子が追いかけっこをしていた。
その明らかな生き物の気配と音に、ぼくはほっとした。どうやら助かったみたいだ。試しに後ろを振り返る。横倒しになったぼくの自転車があるだけだった。







その日の夜、夢を見た。
自転車の後ろに乗っている夢。前で自転車を漕いでいる誰かの背中に抱きついている夢。やけに視線が低く、背中しか見えない。

「――――」
「――――」

"ぼく"と前のひとがなにか会話を交わしている。でも声はぜんぜん聞き取れない。
自転車が急に加速した。
凄い勢いで周りの景色が後ろに流れていく。
下り坂に差し掛かったようだ。

「――――!!」

"ぼく"がなにかを喚いた。



目が覚めた。
真っ暗な部屋。ぼくの部屋。
なんだったんだろう、今の夢は。やけにリアルに脳裏に焼き付いている。
なんとなくさっき見た花束のことを思い出しながら、今は何時だろう、と身体を起こそうとする。


身体が動かない。金縛りだ。ぼくは焦った。
夢から覚めてすぐに金縛り、なんてパターンは初めてだった。

さらに被っている布団が沈みこんでくる。まるで、布団の上に乗っただれかが、徐々に体重をかけるように。冗談はやめてくれ。そうか、夢か。まだこれは夢の続きなんだ。


【えちゃん】


耳元で、男と女の声が混じりあったような、ざらついた声で囁かれた。

気がつけばぼくは飛び起きて、なにもない空間に向かって無我夢中で腕を払っていた。あ、身体、動く。鼓動が凄い。心臓が今にも口から飛び出そうだ。
電気をつけて、ぼくは部屋を見渡す。だれもいない。なんの気配もない。なんだったんだ、今の。

改めて時計を見ると、驚いたことに布団に入ってから一時間も経っていなかった。でも、もう眠れそうにない。


喉が乾いたので台所に行く途中、リビングで晩酌をかっくらっていた父に、あの坂で事故があったかどうか訊いてみた。坂での出来事、さっき見た夢。それらと、坂の麓で見た花束は、たぶん無関係ではない。そう思ったからだ。

「おまえが産まれる前になあ。あったよ、自転車で。わしの同級生やったわ」

詳しく訊いてみると、姉弟のふたり乗りだったらしい。下りでスピードを出しすぎ、曲がることも止まることもできないまま、ブロック塀に正面衝突。

皮肉なことに、前で自転車を漕いでいた姉だけが助かり、後ろに乗っていた弟は即死だったそうだ。
姉弟。ぼくはさっき聞いた声を思い出す。

おねえちゃん。

そう、言ってはいなかっただろうか。
さっき見た夢は、ひょっとして。
"ぼく"じゃなく、その弟の。

そして、坂で後ろに乗っていたのは。

「なんでそんなこと訊くんや」

訝しむ父に花束のことを話す。あの異常な体験のことと、夢のことは秘密にしておいた。たぶん、鼻で笑われる。

「ほんまに、花束置いてあったんか」

父は驚いたように言う。
弟を死なせ、ひとり生き残ったその姉は、激しい自責の念に駆られ、毎日のように花束を添えていたそうだ。
しかし事故があってから数年も経たぬ内に県外への引っ越しが決まり、それ以降、花束が添えられることはなかった。

「その姉も、阪神淡路大震災で死んだそうやけどな」

父が特に感情も込めずに言う。
じゃああの花束はだれが置いたのか。事故の風化を悼むだれか、だろうか。

「いや」

父がかぶりを振るう。

「帰ってきたんちゃうか」

帰ってきた?
姉が?
死んだのではなかったか。

「せやから。……帰ってきたんやろ」

何十年か振りに。
ビールを飲み干し、父はそう言った。



それからぼくが高校を卒業して地元を飛び出すまで。

坂の麓には花束が毎日のように置かれるようになり。
坂を登る時、たまに、いつもよりペダルが重くなる時があった。


その日の夜は、決まってあの夢を見る。



  了

コメント(8)

文章力が素晴らしいですねぴかぴか(新しい)わーい(嬉しい顔)

でも、二日酔いで読むには長かったです(笑)あせあせ(飛び散る汗)
読みやすくて臨場感がありました!

怖いんだけど、ちょっと切ないお話あせあせ(飛び散る汗)
読んでいただけて感謝感激の極みを表明したいのでありますぅ〜。きゃぴ〜。
下手なキャラ作りもそこそこにしておこう。

坂は怖い。
長い下り坂をじぃっと見つめていると、ふらりと招かれるように降りてしまいそうになる時があります。
みなさんも下り坂には気を付けて。
ありがとう、そう言っていただけるならなによりです。
遭遇、廃屋、行列と新しく書きましたので、よろしければそちらもどうぞ。

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