とにかく怖い話。コミュのマリコ

長文、駄文失礼します。

こいつはまだ俺が学生の頃の話なんだけどね、昼間っから酒飲んじゃ競馬に麻雀、駄目学生のお手本みたいな生活をしてたんだよね。六畳一間に流しと便所、すんげぇ狭いけど、とりあえず風呂も付いてたよ。いつ崩れてもおかしくないようなボロアパートの二階に住んでてさ。

そんで、夏の終わり頃だったかなぁ。暑い日にさ、日頃の不摂生が祟ったんだね。風邪ひいたんだよ。熱も39℃近くでてさ。一日中寝てたんだけど、クーラーなんてあるわけないし、扇風機は蒸した空気をグルグル攪拌してるだけで、全く使い物にならないのよ。
もう汗だく。体中ベタベタなわけ。夕方の六時過ぎくらいかな。ちょっと薄暗くなってきた頃に、もう耐えられねぇ、荒療治だ！つって風呂に熱いお湯を張ったんだよ。
熱い風呂に入って沢山汗を流して、そんでもって沢山水分取れば熱も下がるだろうと思ったのよ。頭ボーっとしてんだけどさ、フンフン鼻歌なんて歌ってさ、暢気なもんだよね。ザバーっと風呂に飛び込んだの。
元来、風呂好きだったからさ、長風呂なのよ。どんぐらいつかってたのかな？
風呂場の窓をカラカラと開けると、格子の間を白い湯気が逃げてく。お月さんがでてる。外はもう暗闇。たぶん七時近かったんじゃないかと思うのよ。もう頭も熱と風呂にのぼせてクラクラしちゃってさ。半分風呂の中で寝ちゃってたのかもね。蛇足なんだけど、風呂の中で寝るってのは気絶に近い状態らしいよね。

そのうちね、アパートの外階段をカンカン上がってくる音が聞こえてきたのよ。そんで、うちの玄関をバタンと開ける。盗られる物なんて何一つありゃしないから、うちは一度もカギかけたことが無かったのよ。
麻雀仲間の悪友か？違うな。この歩く音はマリコだ。生意気にも、この頃の俺にはいたんだよね。彼女が。
ガサガサとビニール袋の音が聞こえる。大方、スーパーで買い物してきたんだろう。晩飯を作ってくれるんだな。助かった。そんなふうに考えながら、お互い声はかけない。いつものことだったから。
それからどんぐらい経ったのかな。六畳間から声がしたのよ。ごはんできたよ～って。もうこっちは半気絶状態だからね。あいよ～って返事して、動く気はないわけ。目を瞑って、また相当時間が過ぎたと思うんだよね。

そんでね、三度目ぐらいかな。
ごはんできたよ
って言うのよ。マリコが。

抑揚のない低い声で。

異様な気配にふっと顔を上げるとさ、風呂の折り戸のスリ硝子の向こうにさ、立ってるのよ。
電気消した暗い中に。

ロングヘアーにロングのスカート、ぴちっとしたTシャツ着てさ。いつものカッコなんだ。
でもね、手に何か持ってんの。スリ硝子だから、ハッキリとはわからないんだけど、包丁みたいに見えるんだよね。
正直、驚いたよね。風呂に入ってんのにさ、背筋が冷たくなったよ。もう少しで上がるよって声をだすのが精一杯だった。

ちょっと怖くなって目を瞑ってるうちに、バタバタと玄関を出て行く音が聞こえたんだよね。せっかく作ってくれたのに、マリコを怒らせちまったかな。申し訳ないことしたな。
そんなふうに思って、やっとこさ風呂から上がったのよ。ふと時計を見ると、23時をまわってんの。俺は六時間以上も風呂に入ってたのか？
そんで、六畳間を覗くと、暗い部屋のテーブルの上に、茶碗が置いてあるんだ。ご飯が山盛りで。

よく目を凝らして見るとさ、何か刺さってんのよ。
それが箸なんだ。仏にあげるメシみたいに、山盛りのご飯の真ん中に箸が刺さってんの。
慌てて電気つけて近寄ってみると、そのメシの横に、白黒の俺の写真が置いてあんの。目の部分だけくり抜かれて。
ふと携帯を見るとさ、留守電が入ってんだ。マリコから。
恐る恐る聞いてみると、ずっと笑い声だけなんだ。次の瞬間、それがパッタリ途切れて、ぼそっと、
あたしのほうが上手く作れるでしょ。
そこで切れてた。

もう、のぼせた頭もシャキッとしたよね。冷静になってよく考えてみたらさ、マリコとは半年前に別れてんだ。俺の浮気が原因で。
別れた後のマリコのことは知らない。生きているのか死んでいるのか。何をしているのかも。

茶碗と写真を窓から放り出して、留守電も消去して、一度もかけたことのない玄関のカギをかけて布団の中で震えたことは、書くまでもないね。
そっから三日三晩、熱と悪夢にうなされたよ。
正直、意識も正常じゃなかったし、あれが夢だったのか現実だったのかはよくわからない。
今となっちゃ、学生時代の良い思い出だね(笑)