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とにかく怖い話。コミュの【創作、長文】私の友達

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以前、「【創作】描くこども」を書いた者です。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=65443581&comm_id=1154462

こちらの作品は、数年前に(mixiではない場所で)発表したものですが、ラストを少し変えています。



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 中間テストの最終日。伊藤瑞江が学校を休んだ。中三の二学期って、受験生にとっては大事な時期。

 はじめのうちは、大丈夫なの?とか、ざわついていた教室も、試験開始と共にすぐに静かなペンの音に浸蝕され、引き潮のようにテストが終了したあとは、もう誰も、その話題には触れなかった。

 その程度。私たちのクラスの中で、彼女の存在は、その程度だったの。
 ひょっとしたら、このクラスの中で、瑞江と一番仲がよいのは、私、なのかもしれない。
 瑞江と私、家は近いのよね。幼稚園は一緒だったし。だけど、小学校が別々だったから、そのまま、遊ばなくなっちゃった。今はもう挨拶だってあまりしない。同じクラスなのに。

 瑞江はいつも、教室のはじっこのほうで本を読んでいた。かといって暗いわけじゃない。いじめられているわけでもないし、他のクラスの女子で、仲がいい子はいるみたいだし。幼い頃は「姉妹のようね」と言われた私たちだったけれど、いつのまにか彼女は彼女、私は私、と、別々の世界を持っていて。それはそれでまるく納まっていたの。
 私のほうだっていつも、小学生の頃の仲良し三人組、紗奈と夏穂とつるんでいたし。
 今日だって、ようやくテストが終わった記念に、三人で映画を観に行こう、って言っていたの。だから、瑞江が休んだことなんて、悪いけど、気にかけてなんていなかった。

 なのにあのとき、紗奈が「忘れ物をした」なんて言うから……


「ねぇ、下駄箱前って臭くない? 待ち合わせ場所、ここにしたの誰?」
 手鏡で、前髪のチェックをしていた夏穂が、つま先で下駄箱を軽く蹴飛ばした。
「紗奈のせいよ。紗奈が、ここで待ってて、なーんて言うからよ」
 私のその答えを、聞いているのか聞いていないのか、夏穂は、今度は別の角度からの髪型チェックに余念がない。

 夏穂は悪い子じゃない。メールだと自分から会話終わるのは絶対イヤってくらいレス魔だし。でも、リアルでの会話になると、いつもこうなのよね。
 なんか、攻撃的っていうか、強引で、悪口も少なくない。私も、夏穂のペースに、なるべく合わせるんだけれど、時々、自分で言い出しておきながら、同じこと言った私に、感じ悪〜い、みたいな反応もあったりして、それはそれで疲れる感じ。

「ゲッ!紗奈ってば、なんでハゲノと一緒なの? まさか不倫?」
 夏穂の声につられて階段を見ると、紗奈とハゲノが一緒に降りてくる。
 ハゲノってのは私たちの担任。萩野(ハギノ)って名前で、ヅラ疑惑があるからハゲノ。
「ありえないっしょ」
 と、答えたけれど、そのときには夏穂はもう、私ではなく、紗奈の隣にいた。
 紗奈の手をひいて走って戻ってくる。
「早く行こうよ。映画、はじまっちゃう!」
「ごめーん。映画の割引チラシ、教室の机の中に忘れてきちゃってー」

 紗奈はちょっとおっとりとしている。美人だから男子の人気も高いらしい。だけどそれを全部、夏穂がガードしているから、私たちは三人のまま、欠けることなく、一緒にいられるのかも。
「おい、待て待て。橋本!」
 靴を履き替えた私たち……というか、私を、ハゲノは呼び止めた。

「あらら。真智ご指名ー」
 私を?
 夏穂ははしゃいでいる。えー。テスト終わったんだから、私だってはしゃぎたいよう。
「橋本さぁ、伊藤と家近かっただろ。帰りに様子見てきてくれないかな……電話してもつながらないんだ」

 なんで、ここで、伊藤瑞枝の話が出るの? 私、関係ないのに。
 しかもそれって、私が瑞江の家に寄れってこと? せっかくの解放感が、いっきにしぼむ。
「先生、私、これから映画観に行く約束してるんだけど」
 別に瑞江のこと嫌いじゃなかったけれど、先に約束していたのは、紗奈と夏穂だから、後からそんな予定をいれるのは、二人には申し訳なくって。というか、それ以前に、最近はそんなに仲良くないし。
「クラスメイトだろ。映画観た後でいいからさ、頼むよ」
 ハゲノってば、しつこいな。まだ言っている。
「覚えてたら行きまーす」
 そう答えて、私たちはダッシュで駅に向かう。もう、放置よ。

「でもさぁ。ハゲノって職務放棄じゃない? なんでうちらが行かなきゃなんないの、って行くのは真智ひとりだけど」
 夏穂の自分ツッコミに、紗奈がタイミングよく相槌をうつ。
「ねえ、真智ちゃん。私もついていくよ?」
 紗奈が嬉しいこと、言ってくれると、大抵、夏穂が続けるの。
「え、ちょっとまってよ。なんでアタシだけ行かないの? 行くなら一緒に行こうよ!」
 ここで、夏穂に恩を作っちゃうと、あとで大変なのは何度か学習したわ。だから、本当は一緒に行きたかったけれど、私はこう言うわけ。
「二人ともありがとうね。でも方向ぜんぜん違うし、ちらっとのぞくだけのぞいてすぐ帰るから」
 って。
 すると、三人の関係はちゃんと守られるってわけ。友達と長続きするコツ、甘えすぎないこと。

「そう?……じゃあ、頑張ってね」
「頑張れー」
 紗奈もあっさり話切り替えたってことは、やっぱり行きたくはなかったんだよね。私、よく読んだ。
 そして、その話題はもう終わり。


 話題が変わると言ったら、当然、映画のことばかり。
 受験生がこの時期にって言われるかもしれないけれど、息抜きって必要よ!しかも、シリーズモノ三作目で、完結編なの。一年に一つしかやらないし、去年も、一昨年も、三人で観に行ったし。今年でラストよ。受験終わるまで、なんて、待ってらんない。

 突然、夏穂が走り始めた。
「信号が変わる!」
 それだけじゃない。
「エスカレーターは走るもの!」
「パフェの誘惑を振り切れ!」
「エレベーター混んでるから、階段使おう!」
 夏穂につられて、あちこちでダッシュを繰り返す。それがよかったのか、時間にはなんとか間に合った。
 いつもは強引なことも多い夏穂だけれど、夏穂のおかげでなんとかなることも少なくない。

 私、思うの。理想の友達ってさ、自分の理想の性格しているとかなんかじゃなく、自分が相手を許せる間柄な友達のことなんじゃないかな、ってこと。

 映画の内容も、友情がふんだんに盛り込まれていた。友達と観に来るってやっぱいい。
 いっぱい笑って、ちょっと泣いて、たくさん楽しんで。私たちのテンションは、映画のあとも下がることなく、ファーストフード店に移動して遅くまで盛り上がった。
「あ、もうそろそろ図書館の自習室、終わる時間」
 紗奈のおうち、お母さんがけっこうキツイらしいのよね。
「お。腹減ったし、そろそろ解散すっか」
 夏穂も映画のパンフをこっそりノートの隙間に挟み込む作戦を実行する。私も真似して、ノートを開いて……そこに、今日のテストの問題用紙を見つけてしまう。
「あ」
 そう。瑞江のことなんて、すっかり忘れていた。


 二人とは、駅前でバイバイ。
 瑞江のことがあってもなくても、方向が違うから。
 彼女達は、同じ団地。駅からそう遠くないところに十年くらい前に出来た大きな団地。逆に、私の家は、ちょっと小高い丘の上にあって、夏なんかは、坂がきつくて死にそうになる。あの団地が出来なければ、私も、新しくできた小学校になんて行かず、瑞江と同じとこに通っていた。ま、そんな仮定の話なんてしても過去は変わらないけれど。

 住んでるところが違うからって、二人が、私を仲間はずれにしたことは一度もないわ。
 でも、心の底のどこかに、カタチを持たない寂しさが、ひたひたと満ちてゆく。特に、楽しい時間のあとだと、余計に切ない。
 私がこうして歩いている、暗くてきつい坂道と、彼女たちが歩いている、商店街を通り抜けるひらけた道は、なんかこう、根本的に違うような気さえしてくるもん。

 ふぅ、と、ため息をひとつついて。私はハゲノに言われたことをもう一度噛みしめる。そう、瑞江の様子を見てきてほしいってアレよ。

 瑞江の家は、私の家よりも、もう少しだけ坂を登る。それも、あんまり行きたくない理由のひとつ。とは言っても、ほんとうに「少しだけ」だから、私の家の前から、見えないこともないのよね……あ、瑞江の家、電気ついてる。

 とりあえず、カバンを自分の家の玄関に放り出し、私は、坂をさらに登る。
 久しぶりに立つ瑞江の家の前。幼稚園のときはよく一緒に帰り、まるで自分の家みたいに出入りしていたっけ。

 呼び鈴を押すことも、なんとなくためらってしまうくらいに、私と瑞江は、異なる時が刻まれた道を歩いてきた。坂道もなく、にぎやかなあの道を通って帰る紗奈や夏穂のほうが、気持ちの中では、ずっとずっと近い道の上。
「なんか、気が重いなぁ」
 深呼吸を何回かして。
 私は、とうとう、呼び鈴を、押した。

 ちょっとだけ待つと、聞き覚えのある声が返ってくる。
 瑞江のお母さんだ。

「あの、橋本です。みっちゃん、いますか?」
 昔は、みっちゃん、まーちゃんの仲だったけれど、学校ではもちろん、瑞江ちゃん、真智ちゃん、って呼び合っている。なんかさ、それって、年とると普通じゃん。でも、親の前で、学校方式で呼ぶと「仲悪くなったの?」なんて心配するから、あえて、呼び方続けているのよね。
「あら、まーちゃんじゃない。おひさしぶりねぇ。いるわよ。ちょっと待ってて」

 オトナの時間の流れかたって、私たちとは違うんだな、って感じること、けっこうある。瑞枝ちゃんのお母さんの中では、小さかった幼稚園のときのわたしの記憶と、今の私とは、きっとほとんど離れていない隣同士。
 そういう温度差も、なんだか疲れるのよね。オトナって、感受性が鈍いんじゃないかって思うこと、けっこうある。ああ。私、あまり早くオトナになりたくないな。
「……まーちゃん?」
 インターホンの中から、瑞江の声がして、もやもやとした考えがどっかに行ってしまう。自分で「みっちゃん」って呼んでおいてなんだけれど、違和感。そういえば、瑞江にこう呼ばれたのって、ずいぶんひさしぶりかも。
「う、うん。あのさ、今日」
 その声を遮って、瑞江の声が大きくなった。
「ありがと!じゃあ、ちょっと、あがって!」
「え? あ、うん」
 なんか、勢いに押されちゃった感じ。

 強引ではあったけれど、私は瑞江を嫌いなわけじゃなかったし、そのまま、あがらせてもらうことにしたの。
 玄関で靴を脱ぐと、瑞江の家の匂い、の中に、懐かしさを取り戻す。よかった。これなら、緊張感も早く消えてくれそう。


 瑞江は、元気そうだった。とはいっても、普段、話をしないから、いつもと比べてどう、みたいなことは、言えない。ただ、今日の昼間、学校を休まなくちゃいけなかった、ってほど、具合悪そうには見えなかっただけ。

 瑞江は、グレーのトレーナーの上下を着ていた。もうそろそろ涼しくなる時期だけど、まだトレーナーは早いんじゃない? それに私、いま、坂道がんばって登ってきて暖かかったから、余計に、気になったのかも。
 でも、それだけ。それ以上の違和感なんて、なかったのよ。

「あ、今ちょっと部屋片付けてくるから、リビングで待ってて」
 大きな足音が響く。私の、返事も聞かずに行っちゃった。
 瑞江ってば、ひょっとしてけっこう元気?

 二階にある部屋への階段を途中まで駆け昇り、それからあわてて引き返してきた瑞江。
「ねぇ、まーちゃん」
 顔が近くて、ドキっとする。
 え?
 なんだろう、これ、甘い香り。
 香水、つけてるのかな。でも、そういうのともちょっと違う気もする。
「今日のこと、お母さんには、まだ言わないでおいてね」
「うん。わかった」
「ヒミツのツ、よ」
「うん。ヒミツのツね」
 階段を勢いよく登ってゆく瑞江を見ながら、幼稚園時代の二人の合言葉を、久々に噛みしめる。
 秘密を共有すると、ぐっと距離が近くなるものよね。何か二人で見つけるたびに、「ヒミツのツ」って合言葉を言い合った。そうすると、もう、そのことは、誰にも言っちゃだめなの。お母さんにだって、ナイショ。あ、そういえば、昔、男の子たちを真似て、瑞江と二人だけで、秘密基地探したっけ。あんまり素敵な場所を見つけたもんだから、十回くらい「ヒミツのツ」を言い合ったけ……あの場所、どこだったっけなー……
 そこで、なんか自然に笑っちゃった。だって、私、小さい頃って本当に、瑞江とばかり遊んでいたのよ……今とは違って。


「まーちゃん、待っている間、そんなとこじゃなく、こっちにいらっしゃいな」
 瑞江のお母さんに呼ばれて、私はリビングへと向かった。リビングには、昔と変わらないものがけっこう残っている。
 あ。金魚の魚拓。懐かしいなぁ。瑞江のお父さんの趣味は釣り。夏祭りでとった金魚で魚拓を取る方法を、ご指導してもらったんだっけ。私も、瑞江も手と顔をまっくろにして……あ、確か、ついでに二人の顔拓も作ったような。
 私と瑞江との思い出の引き出し。こんなにも、いろんなものがしまってあったのか、と驚いた。どうして私たち、いま、こんなに離れて生活しているんだろう。ここの家に居ると、どんどん、昔の記憶が蘇ってくる。

「本当に久しぶりねぇ……背、のびた?」
「あ、はい。」
 瑞江のお母さん。この派手な色のフリルエプロン、相変わらず手作りなのかしら。
「何飲む? お茶がいい? アイスコーヒーやジュースもあるわよ?」
 矢継ぎ早に質問が浴びせられ、なんだかよけいなことまで答えそうになっちゃう。
「……えーと……じゃあ、何かお茶で」
「冷たいの? 暖かいの? 紅茶と日本茶とどちらがよいの?」
 どうしよう。なんでもいいんだけれど……そういえば瑞江のお母さん、イギリス小物も好きだったよね。紅茶も高いのばっかり集めてるって、言ってたような……
「あ、えーと……日本ので……麦茶とかでいいです。」
 瑞江のお母さんはぷっと笑った。
「まーちゃん、変わってないわね。そういうとこ」
 笑われちゃった。何がおかしいのかしら。オトナって時々、ヘンなとこでウケてるし。
「分かったわ。冷えた麦茶ね」
 それとも、変わってない……って、私。昔も麦茶を選んでたのかしら?

 嬉しいような、恥ずかしいような、複雑な気分。私の中の、変わっていない部分。瑞江の家の、変わっていないところ。
 私、取り戻せるかしら。忘れかけている、大切なものを。
 そんな気持ちが、ちょっとだけ、私の中に生まれた。


 瑞江が、どたどたと降りてきて、私の手を引いた。
「ごめんね、お待たせして。片付け、終わったから。あ、お母さん。これから……ちょっと大事な話をするから、邪魔しないでね」
 瑞江って、こんなに早口に喋る子だっけ?

 私は瑞江のお母さんに頭を下げると、瑞江のあとをついていく。
「本当に、ひさしぶり、よね」
 私を部屋へと招き入れた瑞江は、後ろ手にドアを閉め、ようやく、一息ついたようだった。
「瑞江、いったい、どうしたの?」
「えへ。久しぶりだよね、真智ちゃんが、私の部屋に来るのって」
 お母さんが居ないところでは、まーちゃんじゃなくなっていた。いまではそっちのほうがしっくり来るから、くすぐったくはなくなったけれど、ちょっとだけ寂しい気持ちにもなったりしてて。

 でも、そのあと瑞江が、やけに昔の話、たくさんしはじめたから、懐かしさのほうが戻ってきて、すぐに寂しいのはどっかいっちゃった。

 うーん。
 だけど。

 だけど、変なの。瑞江。

 そう。わかる。私、わかるの。瑞江、妙に明るく振舞っているっぽい。
「何があったの? 試験だって……いま、大事な時期じゃない」
「……うん」
 瑞江は、その場に、へたりこんだ。表情も、途端に暗くなる。
「うん。あのね……」

 視線を合わせようとしない。そんなにも、言いにくいこと?

「体調、悪いの?」
 瑞江は、目をそらしたまま、静かに、頷いた。その一瞬に、すごく不安そうな顔したの、私、見逃さなかったわ。
「……そんなに、悪いわけじゃないの。でも」
「でも?」
「……ねぇ、まーちゃん、私たち、今でも友達?」
 瑞江が、また、「まーちゃん」って呼んでくれた。私は、瑞江をじっと見た。



(コメントへ続きます)

コメント(32)

 瑞江の、まっすぐな瞳が、ようやく私のほうを向く。
 そして、その目の持つ強さに、私は驚いた。真剣な、ううん、それだけじゃない。何かを伝えたいのか、それとも我慢しているのか、尋常じゃない思いつめかた。

 正直、私は躊躇したわ。

 いくら懐かしさにひたって長い間の溝が埋まったような気がしたからといって、私と瑞江は、ずーっと違う道を歩いてきた、その事実は変わらない。それを、無理に忘れ、気にしないよう心の中に押し込めたまま、私は、瑞江のこの想いを受け止め切れるのものなのかしら。

 あと、思いとどまりたくなったのは、もうひとつ。瑞江の、目の力強さ。私、一度も見たことないの。こんな表情。なんか、ドキドキするくらい。並大抵の覚悟じゃ、こんな目をした人の気持ち、受け止めらんないよ。

 もう一度、瑞江を見つめる。私の、一番、古い、友達……

 瑞江は、ずっと、黙って私を見ているまま。その後ろにある大きなカーテンが、ほとんど黒に近い濃い目のグレーのせいか、いっそう雰囲気が重くなる。今にも、その、薄暗がりの中に溶け込んでいきそうなほど、弱っているようにも見える瑞江。さっきは、元気かも、とか感じたけれど、違う。頑張りすぎて、外側だけつっぱって、でも中身はもう、ボロボロのぐちゃぐちゃな、そんな感じ……いまなら、さっきより更にわかる。わかるのは、友達、だから?

 すごく迷う。でも……
 私は、悪者にはなりたくなかった。ここで、瑞江を自分から切り離してしまうと、もう二度と会えないような、そんな気さえする。
 二度と会えないって?
 そう。中間テスト、サボったのよ。受験生なのに。しかも、ズル休みっぽいの。
 まさか、他のクラスのお友達にいじめられてて、自殺、とか?
 コワイ考えがいくつも浮かぶ。

 ……瑞江。
 瑞江の目を、じっと見つめ返した。ちゃんと、正面から。


 とても、永い時間が経った気がする。私はどれだけ迷っていたのかしら。瑞江は、まだ、答えを待っていてくれているのかしら。私は、深呼吸をひとつした。そして、瑞江の、手を取った。

「……ずっと、忘れていたの。みっちゃんが、私にとって、大事な友達だっだんだってこと。ごめんね。」
 無言の瑞江の瞳から頬へ、音もなく涙があふれて、つたう。
「……あり……がと……」
 二人の距離が縮まってゆく。お互いに手をとり、たぐり寄せて、それからしっかりと抱きあった。
「みっちゃん、元気だしてね。私は、みっちゃんの友達だよ」
「…………と……」
 瑞江の声はもう、押し殺したすすり泣きにつぶされて、ほとんど聞こえない。ただ、彼女の指先だけが、私の肩に、強く「ありがと」と、刻んでいた。

 抱き合ったまま、どのくらいの時間が経っただろう。
 瑞江は、ふと、私から離れた。そして、何かを決意したように、大きく、うなずいた。
「みっちゃん、落ち着いたの?」
「うん。ごめんね」
 瑞江は、鼻をかんだ。ちょっと大きな音。つい、二人とも笑い出す。
 そんなに楽しいわけじゃない。どうしていいか分からなくて。でも、落ち込んだままでもいたくなくて。笑うことで、何かにしがみつこうとしていた。
 しがみつく?……そう、しがみつく。ここに、いま笑ったこの瞬間に、かけらでも明るい気持ちに満たされた今に、しがみつきたいの。
 理由のわからない不安が、そんなにも大きかったのは、瑞江が、さっき言いかけた「でも」……あのあとが気になっていたからなのかも。それになぜか、聞きたくない気持ち、ってのもあって。
 ひょっとしたら、私、まだ、迷い続けているのかも。



(続)
 聞いてあげたほうがいいのかな。
 それとも、聞かないままがいいのかな。
 どちらにしたって、瑞江が抱えていること、は、相当なこと、なんだろうという、予感はしていた。

「誰にも、言わないでね」
 その曖昧な均衡を破ったのは、瑞江だった。

 きた、って、私は思った。
「言わない。約束するわ」

 言わないし、言わないですむよう聞きたくない気持ちもけっこうあった。でも、そう言うしかないよね?

「お願いよ……」
 彼女は、くちもとを、きっと結び、私の答えも待たず、おもむろにトレーナーの上を、脱いだ。

 ……え?……ちょ、ちょっと……
 瑞江は、トレーナーの下に、何も着ていなかった……ブラも何も。

 私の前で、上半身を露にした瑞江は、震えていた。また、目をそらす。そうよね。こんなこと……している方じゃない見ているだけの私だって、ちょっと目をそらし気味になっちゃうよ。恥ずかしすぎ。

 えっと。

 私は、整理がつかない頭のなかを、無理やり落ち着かせた。
 瑞江、レズとか、そーゆーやつなのかな?
 私、トモダチならいいけれど、そーゆーのは、無理だよ。

 白い上半身は、この部屋に唯一聞こえる音、秒針の間隔よりも小刻みに揺れ、瑞江の呼吸が、荒くなっているのがわかる。
 私を、また、じっと、見つめる。

 その瞳に、涙が浮かんでいるのを見ちゃって。
 ……この部屋から逃げ出したり、できない感じになっちゃった。


 隠すこともしないその胸のふたつのふくらみの頂上は、わずかに紅く、上下していた。
 瑞江のおっぱい、私よりも大きいかも。そんなことを考えていると、瑞江は、とうとう口を開いた。
「手を、出して、みて」
 ちょっと、怖かった。でも、ここまできて……

 私は、黙ってうなずいたわ。そーゆー感情が芽生えたとかじゃない。ただ、彼女の、圧力のある声が、私の内側から、ぎゅっと、手を、つかみだしたの。

 瑞江は、私のてのひらのすぐ前に、自らの乳房を近づけ……それから、自分の両手で、片方の胸をわしずかみにする。
 私の、てのひらに、あたたかいものが、落ちる……え?
 ……なにこれ……母乳?
 瑞江の乳首から流れ出た白い液体は、あのとき瑞江から感じた、甘い匂いの正体だった。
「……みっ……」
 それ以上、声が出てこない。
「赤ちゃん、出来ちゃったみたいなの」
「え、あ、赤」
 瑞江の手が、すっと私の口を塞ぐ。
「声、もう少し、小さく……」
「そうね、ごめん」

 私が、自分の中のぐちゃぐちゃとした混乱を立て直しているうちに、瑞江は再び、トレーナーを着ていた。
「相手、私の知っている人?……学校の中の誰か?」
 こんな時でも、私の好きなあの人じゃなければいい、とか、そういうことを考えている自分が嫌。

 瑞江は、静かに、首を横に振る。それにホッとする自分も嫌。
 さっきは瑞江を助けたい、とか、ちょっとは思ってたのに。昔からの親友、みたいな気持ちにどっぷりだったのに。私、なんて心が狭いんだろう……
「言いたくなかったら言わなくてもいいけど……でも、産むの?……お母さんにもまだ、内緒にしているんでしょ?」
 瑞江は、私の顔をじっと見つめる。




(続)
 そして、見つめては、視線を伏せる、何度も何度もその繰り返し。
まるで……まるで、高いところから、飛び降りるのを、ためらっているような……どうして、そんな例えが浮かんだのかは分からない。でも、それ以外の言葉が見つからないくらい、瑞江の顔は、瀬戸際の顔、だった。

 その、重苦しい雰囲気が嫌で。私は、無理やり、話題を変えた。
「ねぇ、Hのときは、どんなだった?……やっぱり痛いの?」
 すぐには、言葉が返ってこない。目もそらしたまま。

「あ、言いたくなかったら」
その、私の言葉を、遮って、瑞江は、話し始めた。

「……昔、さ、秘密基地、探したよね。覚えている?」
 急に話が変わる。きっと意味のあることなんだろうけれど。
 でも、私は、大人しく、その流れに従った。
「うん」
 ちょうどさっき思い出したばっかりだし。
「なんかね、こないだ、たまたま、思い出しちゃって……でも、どこだか思い出せなくて」
 彼女は、そこで、少しだけ、微笑んだ。
「なんで、だろ。それが、ずっとひっかかちゃって……やめればいいのにね。探しはじめてしまったの」
「うん」

 ヒミツのツ、だったから、ノートとか日記とかに書くのも禁止だったもんね。頭の中にしか、ない場所だもん。そりゃ、すぐには見つからないよね。

「いろんな場所を探したわ。はじめは全然わからなくて。でも、探しているうちに、昔の記憶が戻ってきて」
 今なら、その「戻る」感覚、わかる。
 ひとつ、取り返すと、あとからずるずると、全部、くっついてくるの。
「そして、とうとう。見つけたの。秘密基地を」
 私は息をのんだ。

「それはね、この坂をずっと登っていった先の、古い洋館の敷地の中。あの洋館、塀に穴があってね……小さな子どもなら気が付くけれど、大人は気づかないような、そんな場所に」
 コドモとオトナ。
 私たち、まだまだコドモなつもりでいた。だって、中学生だし。でも、幼稚園の頃とかから比べたら、大きくなっているし、本当にコドモとオトナくらい違うわよね。
 秘密基地に気づけなかったのは、コドモじゃなくなってしまったから?
 でも、私よりも確実にオトナに、少なくとも「母」になった瑞江は、気づいたのよね、それ、に。
「その塀の穴の奥、小さな祠があったの。綺麗な花に囲まれて……」

 ……!
 思い出した。
 私も、思い出した。秘密基地!

 幼稚園が終わったあと、私は、いつも瑞江の家で遊んでいた。うちのお母さん、パート仕事していたし。
 だから、いっつも二人で遊んでいて。秘密基地を見つけてからは、瑞江の家じゃなく、ずっとそこで遊んでいた。
 だって、すごく綺麗な場所だったの。

 もぐりこんだ塀の穴の奥は、庭園みたいになっていて。そこには、いろんな色の、たくさんの種類の花が、庭全体を覆いつくすように咲いていた。だから、その誰も住んでいないって噂の洋館が静かにそびえていても、私たちは気にしなかった。

 そうそう。その中に、ひとつ。小さな丘があったの。庭園の真ん中あたり。その丘の横にあいていた小さな穴が、私たちの秘密基地だったのよ。





(続)
 目を閉じると、あの不思議な空間が、瞼の裏に、今でもくっきりと見える。
 丘の穴は、たぶん、それほど大きくないわ。でも、こどもの私たちにとっては、それが洞窟みたいに感じられて……あの、洞窟……祠だったんだ。
 祠、という響きは、ちょっと神秘的で、それから、少し恐さを感じる響き。

「ね」
 瑞江は、目の前の空間に、指で小さなカタチをいくつかなぞった。
「なんか像みたいなのいくつもあったの、覚えている? 可愛い顔の」

 あ、居た居た!
 小さな石で出来た像がいくつもあった。お地蔵さん、ってわけじゃない感じの、違う何か。

「うん。覚えているよ。あの像を家族にして、おままごととかしたよね」
 祠だと今思えば、ひょっとしてずいぶんとバチあたり?……コドモってすごいよね。
 私の頬が緩んで、あのときの記憶の中から、楽しかったことをたくさん引っ張り出しているのに、瑞江の顔は反対に、だんだんと険しい表情になってゆく。

 私も、途中で、笑うのを、やめた。

「その祠の中でね。今思うとさ、わたしたち、随分と罰当たりなことしてたのかな、とか思ったの」
 罰当たり、という、コトバ。さっき、自分の中にぽこんと出てきたコトバだったけれど、こうやって、人の口から出されると、随分と戸惑う。
「……うん」
 なんだか、急に、その先、聞きたくなくなった。
 背中に、冷たいものを感じる。
 この部屋に、何かいるみたいな。

 ……いる……?……いる、って……ちょっと私、いま、なに想像した?
 え、ちょっと待って。
 いる、としたら、やっぱアレ?

 母乳が出るって……もう産んだってこと? まだ、産む前なの? そんな思考がふわりと浮かぶけれど、瑞江の声は、そんなもやもやとした考えを、私の中から外へ、するりと放り投げてしまった。
「そのときね」
 って、一言だけで。
 そう、いまの瑞江の声には、そんな不思議な強さがあるの。

「雨が、降ってきて……」
 私の耳も心も、瑞江の話に戻ってきていた。

「わたし、なんでかわからないけれど、その祠の中に、隠れたの……雨宿りっていうか」
「雨宿り?」
「傘持ってなくてね……あと、どうしても、汚したり濡らしたりしたくない本を持っていたから。」
 秒針の音が、耳につく。
 ……時間が進むのが、怖い。
 時間の流れに、何にしがみついても留まることのできない大きな流れに、圧されて、どこかへ連れて行かれそうな。
 しかも、その秒と秒の間の刹那に、私は、どうも、違う音を聴いているような気がしてならないの。

 自然と、そわそわしちゃう。
 いつの間にか握り締めていた手のひらの中の、湿度がどんどん高くなってゆく。
 怖い。
 瑞江はと言えば、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、私ではないどこか遠くを見つめながら、話を続けている。
「……そこで、わたしは夢を見たの。おままごとしている夢。わたしと、まーちゃんと、それから、こどもたち。あの、たくさんの像たちに似ていたわ……」
「そ、そうなんだ。な、懐かしいね」
 自分の声が震えているのが分かる。

 瑞江と、私の間の、長いへだたり……永い乖離は、もう、取り戻せないほどになっている。きっとなっている。瑞江、おかしい。すごく変。
 想像妊娠、そんな言葉すら浮かぶ。

 いやな汗をたくさんかいて、体中の水分がどんどん失われてゆくのが分かる。
 ああ、喉が渇く。
 私まで苦しい。

 瑞江が、ふたたび、私の方を見た。
「こどもたちはね、ずっとずっと昔に……」
 ……瑞江?
 無言のまま、口をぱくぱくと動かしている。
 なにかの言葉を、呑み込もうとしているのか、それとも、とんでもない言葉を吐き出そうとしているのか。




(続)
 なにか、おかしい。胸の奥がざらついてゆく。
 それにいま、こどもたち、って言った? 瑞江の母乳の甘い香りが、脳の中にまた忍び込んでくる。その香りが、恐怖と混ざると、吐きたくなる気分。

 瑞江、そんな目で、私を見ないで。

「……ずっと、ずっとずっと昔に」
 え? いまの……瑞江の、声?
 私たち、どれだけ一緒にいなかったんだろう。瑞江がこんなになっちゃってるのなんて知らなかった。そうだ。瑞江、お母さんには内緒にして、って言ってた。瑞江のお母さんに助けを求めれば、ここを逃げ出せる?

「……」
 でも、私の喉は乾ききっていて、声が出ない。
 喉が……

 せめて、この部屋だけは出よう、って、私、立ち上がろうとした。
 そのとき、瑞江があんなこと言わなければ、きっと立ち上がれて、部屋のドアまでたどり着いてたはず。
 瑞江の声は、いつもと違うまま、こう言ったの。
「殺されたのよ」

 私は、その言葉に、本当に殺されかけた気がした。

 いくつもの冷たいものが、私の皮膚を通り抜け、体の内側に直接触ってくる感じ。私の奥に、食い込むような、痛み……違う、痛くはない、痺れるというか、とにかく気持ち悪いのだけは確か。
 やだ。
 助けて。
 逃げたい……でも、逃げられない。

 瑞江は、表情を変えずに、続ける。

「殺されたの……貧しくて。食べるものがなくて……祠のあった場所に放り込まれては、焼き殺されたの。こんな時代じゃなかったら、きっと、その生を、喜ばれて育っただろうに、ね」
瑞江の言葉のひとつひとつが、私を、この空間に縫い付ける。

 助けて。
 瑞江。なんで、私をこんな気持ちにさせるの?
 やっぱ、違う。瑞江は、私の友達なんかじゃない!
 紗奈!夏穂!助けて!……わたしの、ほんとうの、友達!

「う、うぅぅ……げほげほっ」
 瑞江は、私の気持ちを遮るかのように、咳をした。その咳をしたときの声は、私の知っている瑞江の声。

 気持ち悪い話が途切れたこともあり、私は少しだけ、平静を取り戻すことが出来たわ。
 そう……本当はわかっている。瑞江は、ただ、純粋に、苦しいだけ、って。

 気持ちが、自分のまわりを、うろうろしている感じ。
 瑞江のこと、思う気持ちと、それに対する違和感と。

 でも、本当に、つらそう。
「……だい……じょうぶ?」
 ようやく、声が出る。それと同時に、私の体を押さえつけているものが、ふっと力を弱めた気がする。体が軽くなった感じさえする。
 瑞江は、私を手で制しながら、相変わらずげほげほと咳をしている。やがて、咳がひどくなり、その紅さが目立つ唇から、何かが、落ちた。

 そのときのこと、あまり、覚えていない。

 ただただ強烈な印象が、私の記憶をすり潰して削ってしまうほどの衝撃が、あったから。

 あの、唇から落ちたもの。

 いたずらにしては、ひどすぎるモノ。というか、いたずら、だと、思いたい。まだ、目の前にあるそれを、私は、受け止めきれずにいた。
 でも、それ、は、私を、じっと見ていた。
 瑞江の唾液にまみれた、ぬるっとした……目玉のようなものが。




(続)
 その目玉、私をじっと見つめている。私のこと、分かっているの?

 おもちゃだって信じたいよ、でも、確かめきれなくて……確かめるよりはむしろ目をそらしたいのに、怖くて目をはなせない。


「み」
 ようやく、出せた声が、これだけ。喉をふりしぼり、助かりたい気持ちを山ほどこめて、たったこれだけ。

 瑞江の咳がようやく止まる。

 私はすぐに、もうひとつ、気付きたくないもの、に、気付いてしまう。
 カリカリという音。
 瑞江の咳に隠れていた音。

 なに、これ? 虫?……それとも、鼠とか?

 体中が痺れて動けないのに、音のほうへ気持ちを向けようとすると、それだけは、何の障害もなく、即座に叶う。
 見てしまってから、一瞬で、後悔する。
 だってそこは押し入れ。何もない壁とかだったら、自分をごまかせるのに。よりによって押し入れって……中に何か入れるじゃない!

 カリカリという音はまだ続いている。
 やがて、その音と同じペースで、押し入れの襖が、徐々に開き始めているような気がする。

 早く逃げたいのに、体は動かないまま。

 いやよ。
 夏穂、こんなとき、夏穂の強引な手に、ひっぱられたい。
 紗奈、こんなとき、気持ちが落ち着くことを言ってちょうだい。
 助けて。
 泣きたい。
 でも、涙も出ない。
 乾きは、のどだけじゃなく、私の瞳をも、枯れさせているみたい。

 カリカリ……カリカリカリ……

 ……うそよ……うそでしょ?
 音は、少しづつ、でも、本当に、押し入れの襖が、開いてゆく……

 いや。いやよ。
 瑞江!
 どうして、私はこんなに怖い思いをしなきゃいけないのよ!

 ……カリカリカリ……
 どんなに、祈っても、音は止まない……

 カリカリカリ……
 少しづつ、少しづつ、でも、確実に、押し入れの扉は開いてゆく。
 私は、あの、目玉みたいなものから目を離せないまま、でも、その、目玉の向こうにある押し入れの、広がりつつある隙間に、気が狂いそうになっていた。

 ふと、目玉が、ころん、と、転がった。

 誰も、何も、していいないのに。瑞江だって、窓のカーテンによりかかって、ぐったりとしているのに。

 ころり、ころり、と、転がる目玉。そう、あのカリカリ音と、同じペースで。

 見たくもない、目を合わせたくないものに、私はずっと、目を奪われたまま、それが押し入れの隙間の手前まで行くのを、ただただ、見させられていた。

 カリカリ、という音がぴたりと止まる。目玉も、そこで、転がるのをやめる。

 ああ。
 でも、また、私を見ている……

 ふいに、その目玉が、視界から消える。消えるって言っても、透明になったとかじゃない。
 押し入れの中から、小さな手がひゅっと出て、その目玉をつかんで消えたの。

 頭では何がなんだかわからなかったけれど、乾ききったはずの喉から、ガラスをかきむしるような音が飛び出た。声を出している私自身が、それを信じられないくらい。
 いまの、私の……悲鳴?

 全身に、凍てつくような寒さを覚えながら、震える体を支えようとする。本能的に、ここで気絶するわけにはいかない、と、そう、思ったから。

 不意に、甘い香りがいっぱいに広がる。
 なに? ちょっとしたパニック。自分の口を覆っている手を、そっと口から離して、はっとする。口の中に忍び込んできた、この、甘い味。これって……瑞江の……




(続)
「どうかしたの?」
 部屋の外から、瑞江のお母さんの声がした瞬間、私の体はまた動くようになった。

 帰ります、と、言いたかった。多分、しわがれた息が出ただけ、だったろうけれど。

 私、階段を駆け下りて、靴のかかとをつぶしたまま履き、いそいで家に走り帰った。
 途中で転びそうになったけれど、一瞬でも、立ち止まるのが嫌で、スピードが落ちるのも嫌で、走りぬいた。
 玄関の鞄をつかみ、家の中に入る。鍵をかけ、まっすぐに、自分の部屋へと逃げ込もうとした。
 私の部屋も二階。階段をかけあがろうとして、私は何かにぶつかった。

「真智? 帰ったの?」

 ぶつかったのは、私のお母さんだった。

 階段を踏み外しそうになった私をぎゅっと抱きしめてくれる。
 私は、いつもの現実にようやく帰ってきた気がして、嬉しくなって、お母さんにしがみついた。
「テスト、どうだった?」

 何かを答えたかったけれど、声はまだ出ないまま。喉の奥に、乾いた何かが貼りついてしまっている感じ。
 ただただうなずくだけの私を、お母さんは笑顔でなでてくれた。

 心の中で、安心のため息をついたとき、お母さんの手が止まった。

「あら、真智……なにか甘い匂いがするわね。買い食いしてきたわね?」
 私、反射的に、お母さんから離れた。

 そして、ちょっと寝るね、と、声にならない声を絞り出して、自分の部屋へと飛び込んだの。ベッドの中に入って、頭から布団かぶって、私、祈った。何度も祈ったわ。
 泣きながら。
 助けてって。

 あちこちが痛い。からだも、こころも。

 いま、何があったの? ひょっとして、あれ、飲んじゃったから?
 さっきのこと、ほんのちょっとの短い間のことだったけれど、すごく、すごく長く感じた。

 ……瑞江。
 その名前が出てきたとき、私の中には、心配よりも、恐怖や怒りのほうが大きかった。

 なんで?
 やっぱり、瑞江、友達なんかじゃないよ。
 だって、本当の友達なら、あんな怖いこと、巻き込んだりしないよね?

 そのとき、不意に携帯が鳴る。このメロディは夏穂からのメール。
 そうよ。私の本当の友達は、紗奈と夏穂の二人だけ。
 いまの私にとって、何よりも、心強い味方。
『いま、なにしてる?』
 そのメールに、すぐにレスをした。
『電話、平気?』

 すると、すぐに紗奈から電話がかかってくる。

「いまね、夏穂の家。今日、テストが終わったからって、お泊まり会のお許しでたの! もし、真智ちゃん来れるなら、どうかなって思ってさ……」
 また、涙が出てくる。
 でも、この涙は、嬉しい涙。
 その声に、答えようとして、開いた口を、咳が占領する。




(続)
 げほげほげほ、と。
 喉の奥から蝕まれているような咳。気持ち悪い。

 私に、友達と話させないつもり?
 まるで、咳そのものが、意思をもつナニカのように感じる。

 そんな恐い考えが、一瞬にして、もっと恐い考えに、とって変わられた。
 ナニカって、何よ?

 でも、すぐに、何も考えられないくらい、咳が、急に激しくなる。

 げほげほげほ……

 げほげほげほげほ……

 げほり。

 そう、聞こえたの。私の耳には。

 そして、私の目の前に、ナニカが落ちていることに気付いた。
 確かに、痰のようなものが出た感じはした。
 でも、それは、こうして見ていても、まだ、信じられない。

 ナニカは、指。

 小さな、赤ん坊の、指に見えたの。

 咳は止んで、こんどは、耳の奥に、耳鳴りのような、赤ん坊の泣き声が、響き始めた。
「い、いや!」
 自分の、いつもの声が出て、気付く。声が戻っていること。

 そして、紗奈との電話の途中だったこと。
「いやなの?」
 紗奈の、驚いた声に、慌てて答える。

「ち、違うの。行く、って言いたかったの! ちょっと喜び過ぎて、部屋でこけそうになって」
 必死に取り繕うと、電話は夏穂に変わった。
「待ってるぜー!」

 通話は途切れ、私は、呆然と、目の前の指を見つめた。

 すると急に、胸が痛くなる。こころが痛いんじゃなく、からだそのものが痛い感じ。おそるおそる、ブラウスを脱ぎ、ブラを外す。いつもより、私の胸、大きくなっている?
 瑞江がやったのと同じように、両手で、乳房を押してみた。

 あの、甘い香り。

 小さな指は、カリカリと、音を立てながら、私のひざの上にこぼれたその液体へと、近づいてくる。

 なんか、可愛い。
 私は、ちょっとだけ、そう感じた。

 そう思った瞬間、さっきまでの恐怖がなんだかどこかへ行ってしまったみたい。

 殺されたこどもたち、そう、瑞江は言っていたっけ。頭の中に、あの、祠の中の風景が浮かぶ。可愛い顔の像がいくつも……きっと、生きたかったよね。つらかったよね。幸せに、なりたかったよね。
 小さな指は、どうやっているのかわからないけれど、私のお乳を吸っている気がする。いとおしい気持ち、守ってあげたい気持ちが、湧いてくるのが不思議。お母さんになる、って、こういう気持ちなのかしら。

 両手で、その指を拾い上げ、ぎゅっと、でも、優しく優しく抱きしめた。もう一度、この世に、生きさせてあげたい。少しづつ、少しづつ、産んであげるからね。


 不意のメール着信音にビクっとする。夏穂からの新着メールを開いてみると、シンプルな内容。
『ついしーん。なにかおやつー』

 そうだ、これから紗奈と夏穂と、お泊まり会。早く準備しなきゃ……あ、いいこと、思いついちゃった。

 私は「母乳」を、小さなペットボトルに少し出した。これを、どうにかして二人に……そして。
 だってね、前に三人で約束したことがあったのよ。私たち、オトナになって、子どもを産んでも、友達でいようね、って。最高のママ友になれるよね、って。





(終)


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長い文章を読んでいただき、ありがとうございました。
これでも、自分の書いたモノの中では、比較的長くはない作品となります。
表現的には、Mixiでアップできるレベルかな、と、思ってはいますが、何か問題などございましたら、ご指摘下さい。

また、こちらのコミュのジャンル別検索に【創作】はございませんが、本来、このコミュでは【創作】は望まれないトピなのでしょうか?
コミュの趣旨にそぐわないのであれば、今回、前回の作品も含めて削除し、以降は実話系のネタ(があれば、ですが)に限ってアップするようにいたします。

以上、よろしくお願いします。
入り込んでしまいました
まるで自分が真智になったような不思議な感覚になりました

私は創作の話も好きです
だんぞう@原稿中さんの世界をもっと読んでみたいです
>ねこさん
ありがとうございます。
そう言っていただけると、励みになります。

また、そのうちに。
>秘密の猫背ちゃん。
ありがとうございます。


>ゆぅま(wktk}(〃ω〃) さん
ありがとうございます。そして、ご指摘、感謝です。
どうやら、二重投稿されてしまっていたようです。一回しかクリックしていなくとも、たまにあるんですよね。ダブっていた分については削除しました。
どうも失礼いたしましたw
凄く楽しかったです。また面白い話を聞かせてください♪
>猫蹴りさん
ありがとうございます。
次回もそう言っていただけるよう、精進いたします。
入り込んでしまいましたよ(^-^)
あなたの作品、大好きです
>ばんびさん
ありがとうございます。
そう言っていただけるのは光栄なことです。
>ゆ-ちャムさん
あ、なるほど。ご指摘ありがとうございます。
言われてみれば、主人公の年齢設定に対して、ちょっと表現が固かったり、使い慣れないだろう漢字がありましたね。これは油断してました。

いくつかそれっぽいのをピックアップしておぎなってみます。

蹴飛ばす:けとばす
職務放棄:しょくむほうき→仕事しない
尋常じゃない:じんじょうじゃない→フツーじゃない
曖昧な均衡を:あいまいなきんこうを→「聞いてあげたい」と「聞きたくない」とが混ざった心のバランスを
祠:ほこら
随分と:ずいぶんと
永い乖離:ながいかいり→もうずっと別々に歩いてきちゃった二人の距離は
潰して:つぶして
痺れて:しびれて
隙間:すきま

こんな感じでしょうか。
なるべく読みやすいように、とは、心がけているのですが、申し訳ありませんでした。
ありがとうございます。
ひょっとして、本文、携帯じゃ読めないくらいに長いかな?
PCからだと、10000文字くらい入力できるから、つい、だだーっと入れちゃったけど……次からは、もう少し短く切った方がいいかなー。
、←これが多くて
読みにくかったなー
だんぞうさん>>
矢継ぎ早ってのも
初めて聞いたから

だんぞうさんの賢さが凄い(*´д`*)


携帯小説よく読むけど
だんぞうさんの世界観が凄い良かったです(。・_・。)ノ

長編を読みたい←
>ぼ ぶ あ き さん
おー。そうですね。
実は、気付いた時には減らすようにしているのですが、油断するとついつい。
お好みさんを焼く時もいつも我慢できずにひっくり返しそうになる私です。言葉を一歩一歩紡ぎながら進むとき、自分の思考の足跡ってほどでもないのですが、ついつい句点を入れちゃうんですよね。
もう少し気に留めてみるようにします。
ありがとうございました。
>ゆ-ちャム さん
またまたありがとうございます。
聞く人に届く言葉で書きたいな、という思いと
同じ言葉の繰り返しだと読んでいる人が飽きちゃうかな、という思いとの中で
いつも言葉を選びながら書いています。
本当の正解なんてないと思いますが、それでもよいバランスを探したいものです。

長編もそのうち試しにあげてみることにします。

初めて拝見しましたが一気?一期?に読ませて頂きました。是非他の作品も読んでみたいです。

読み終わった直後の感覚としてはどことなく、小説の「王様ゲーム」に近い雰囲気を感じました。

抗えない恐さと僅かに海間見える切なさ?…

長々した感想失礼しました(-.-;)
>Ayance☆≡ さん
ありがとうございます。
確かにこの長さだと、トリックは一転よりも二転三転していてもよいかもですね。
着想から勢いで一気に書いちゃう場合が多いので(飽きっぽいとも言う)、すぐに発表せずにちょっと寝かしてから見直して膨らましてみようかな。
>なおちさん
「王様ゲーム」というのは初耳でした。ググってみたところ、人気の小説っぽいですね。
私もモバゲータウン時代はいくつか小説をアップしたりしていましたが、エブリスタになった時に私の環境からログインしにくくなってしまって放置しちゃったまま……というのを思い出しました。
そこでホラーばかり書いているわけじゃなかったので、こちらに転載できる作品も限られていますが、皆さんのありがたいお言葉に調子に乗ってしまいそうです。
ただせっかくご指摘もいただいているので、もう少し見直してはみるつもりです。


これは

希にみる

面白くて完成度がたかい!
普通に怖かったし

なんか自分にもありそうな気がした!
>大河バイエルン さん
ありがとうございます。
体験した際には是非こっそり教えてくださいませ。
皆様からいただいたコメントを読んでいるうち、つい、話の続きを考えてしまいました。蛇足にならなければいいなとは思いつつ、調子に乗って付け足してしまうことに。


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私はあのペットボトルとそれから産まれたばかりの可愛い指を連れて夏穂の家に向かった。どうやって二人に飲ませようか、とか、この子の名前は何にしようか、とか考えているうちに気がついたら夏穂の家の前に居た。
 インターホン越しに、夏穂達のテンションの高い声が聞こえる。私の大切な友達。早く三人で盛り上がりたい!

 扉が開き、私をあたたかく迎えてくれる二人。夏穂のママが私に「お夕飯、まだよね?」と尋ねてくれる。
 やった! これってチャンスよね?
 遠慮がちにうなずきながらも私の頭の中は、どうやって飲ませようかってことでいっぱい。
「まずさ、荷物くらい置いてこようよ」
 紗奈が私の手を引っぱると、夏穂が荷物を奪い取る。ペットボトルとあの子が入っている私の荷物を。
「に、荷物くらい自分で持てるってば」
 だけど二人は一流ホテルマンみたいに私を部屋まで案内するの。あの子のことを考えると、胸の奥がチクリと痛む。でも、二人に怪しまれないようにしなきゃ……

 夏穂の部屋にはもう布団が敷かれていた。しかも私の分まで! 普段、私たちがソファがわりに使っていた夏穂の折りたたみベッドは部屋の隅に追いやられている。
「ね、早くパジャマに着替えようよー」
 紗奈が私のシャツの裾を引っぱりながらボタンを外そうとする。いつもはこの後くすぐり攻撃が来るのよね。身構えなきゃって脇腹に力を入れた時だった。

 げほげほげほ……あの咳が来た……まだ早いよ……まだ飲ませてないのに。

「だ、大丈夫?」
 紗奈が慌てて背中をさすってくれる。
「ト、トイレ……」
 私は紗奈の手を振り払う。とにかく今は一人にならないと。瑞江が産むのを見た時の自分のことを思い出す。いま二人に見られちゃうのってヤバイって!

 げほげほ、げほげほげほげほっ

 咳が急に激しくなる。立っていられないほどに。

 げほげほ……ごほ……

 咽の奥に、イノチを感じる……だめ、間に合わない!

 げほり。

 私は、「産まれたモノ」が二人に見えないよう、必死に両手で隠す。なんとかこの場を乗り切って……
「真智ちゃん!」
 紗奈が私の肩をつかんで、ぐっと抱きしめてくれる。
「だ、大丈夫だから」
 私はなんとか平気な風を装って、笑顔を作ろうとした。
「隙あり!」
 不意に後ろから夏穂が私に羽交い絞め。この後いつもみたいにプロレスの技が…………あれ? 来ない?
 夏穂に両手の自由を奪われたままの私のワイシャツは紗奈によってをまくりあげられ、下着まで無理やり外……ちょ、本気?
「ちょ、ちょっと、紗奈?」
 逃げようとするけれど、夏穂の力が強くて、動けない。そんな私に馬乗りになった紗奈は、私の胸に吸い付いた。
 びっくりしている私の手が、あの子の一部を隠している手の平が急にこじ開けられる。夏穂だ。
「紗奈、独り占めすんなよ。あたし達は『友達』って決めたじゃないか」
 そう言いながら夏穂は、私の手から奪ったあの子を……食べた! 二人は凄い力で私を押さえつけ、声をそろえてこう言ったの。
「お腹、すごく空くの」




(終)


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お粗末さまでした。

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