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とにかく怖い話。コミュの【実話のコピペ】父と夢遊病

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・ミクシィの『怖い話スキー』コミュニティに書かれたお話です。書かれた方の許可はいただきました。

・一応まとめたのですが、原作を、他の方のコメントと平行して読むのも面白いかと思います。原作を読まれたい方は、『怖い話スキー』コミュのトピック「父と夢遊病」で読んで下さい。

・また、結構長文ですので、コメント欄を活用させていただきます。あらかじめご了承下さい。


〜〜〜〜〜〜では、始めます。〜〜〜〜〜〜



私にとっての怖い話があってきました。今まで誰にも言えずに苦しかったので、ここに書いたら少しは楽になるかな…と安直なんですが、書かせていただきます。遅くなりましたが、私ゆうひと言います。


『父と夢遊病』


私、中学の頃から、夢遊病なんですよ。そう頻繁でないにしろ…夜な夜な起きては、何をするわけもなく、無意識にテレビ見てたりとか、お風呂入ったりとか…普通の生活をしてるらしいのですが…(たまに、うっすらと覚えてたり夢の中の出来事とごちゃまぜになってたりはします。)

小学生の…いつの話か忘れましたが、四年生よりは下だったと思います。私の地元には○○峠という心霊スポットだったり、事故が結構多発する峠があるんです。その丁度降りた所が私の住む町でした。私の父は怖い話とかが好きな人で、面白く人を怖がらせるのが好きな人でした。たとえば、私と母さんがお風呂に入ってる時にライターの火をお風呂の窓から火の玉のようにユラユラさせてビックリさせたり。
そんな父と、ある日の休日、バイクに二人乗りして○○峠に向かいました。50ccのバイクにお父さんの膝に乗っかって。…って、違反なんですけどね。

ここからはうろ覚えなのですが、その峠の途中に電波塔(?)に続く道みたいのがあって、その入り口にバイクを止めて行くってお父さんは言ってたけど、私は怖いからヤダって駄々をこねて、父が1人で行ってみるから、ここで待ってて。と言って、その道を上り始めました。その日は私の地元では珍しく雪が積もっていて、その電波塔の入り口には雪だるまが作ってありました。まだ幼かった私は、無邪気にその誰が作ったか分からない雪だるまを近くにあった棒きれで、バンバン叩いて壊してたら、雪だるまの首がゴトンって落ちて雪が積もってない道路に落ちたんです。その時、落ちた真っ白な雪だるまの頭の下の部分が、赤く滲んできて、その時は恐怖もなく、「なんだろ?」と思って持ってた棒きれでブスブスと刺してたら、中から首だけの猫の死体が出てきました。私はビックリして泣きじゃくってると父が上から降りてきて、「どうしたとや?」と訊くので、今までの話を説明しました。すると父は「酷いことをする人もおるもんやね−。あんま気にすんな」と言って、バイクに乗って帰りました。

で、話は小学校六年生の頃に入ります。


小六の五月にバイク事故で父が亡くなりました。その一年前から、父が単身赴任になって、その峠を越えた所の町に転勤になりました。でも、週末に父はバイクを飛ばして私たち家族の所に帰ってきてたので、私はちっとも寂しくありませんでした。
それから一年後の五月…突然の父の死…泣き崩れる母と高校生の兄と私とで一度現場に行く機会があって…その場所が…電波塔の入り口の手前のカーブでした。ガードレールは思い切りバイクがぶつかって曲がっており…バイクの破片もそのまま残ってました。
私はその時、前に父と行った雪だるまを壊した日を思い出し、「私のせいだ…」…そう思って、泣きじゃくりました…雪だるまを壊して猫の首だけの死体をそのまま放置しちゃったから、私は呪われたんだ…今でもどこかで、私のせいだって心のどこかで思っています。会話で父の話があるたびに泣いて心の中で「ごめんなさいごめんなさい」と呟いてしまいます…。

小学校の残りの期間は多少不登校になってました。兄はちゃんと学校に行ってたのですが、何かあるたびに「お腹痛い」や「熱っぽい」と言って、休みがちになってました。

中学に入って、母が「きっとちゃんと言ったら、お友達もおって楽しかけん、言ってみーね」と言われたので、行くことになりました。すると、本当に友達が出来、楽しい時間が過ごせたので、私は父への罪悪感とかが楽しい時間の中で少しずつ薄れていったのです。

中二に入って…今でも起こる症状が起きました…。

夜中にトイレに行きたくなって二階のベットから一階のトイレに行こうとしてると一階のリビングで母が泣いてたんです。「どうしたと?」母に近寄って訊いてみると、急に母に頬を打たれました。急なことでビックリして泣いてる私に母は「親不孝なことはせんでって、あれだけ言ったのにあんたは…!」と怒って泣いていました。するとリビングのテーブルにタバコの吸殻が灰皿の中に入ってたんです。私たち家族の中でタバコを吸うのは、ヘビースモーカーの父だけだったので、吸殻を見つけた時に母はまず兄を疑い、兄は妹である私が吸ってたのを見たと言ったらしいです。
私「私が煙草を吸うわけなかろーもん!」
母「お兄ちゃんが見たって言っとったとよ!」
私「いつよ!」
母「さっき!!」


え…?私はビックリしました。さっきって…私はトイレに行くまで、ずっと寝てたんです。

私「私、煙草なんて吸っとらんもん!」
母「嘘!お兄ちゃんが嘘ついたことなかろーもん!」

確かに…兄は、そういう嘘を付く人ではありませんでした。私もそう言われて、兄に翌日確認したら、まるで慣れてるように吸ってたと…煙草は父の仏壇の中に入ってて(月1で線香の代わりにお供えしてます)、そこから煙草を取り出して吸ってたと…。私は何がなんだか分からなくなったのですが…それからちょっとだけ家族の仲が悪くなりました…。

中三の夏に、母から急に言われました。
母「あんた…病院行かんね?」

急な話で何言ってるんだろと思いながら…
私「なんで?」
母「あんたね…夜中、何しよーか知ってる?知っとってやっとーなら、アレやけど」
私「夜中?寝とーに決まっとうやん。」
母「…じゃあ、やっぱ病院行かないかんよ」
私「だから、なんでよ!?」
母「あんたね…夜中、動き回っとうよ」
私「え…?」

この話を聞いて、母は何を言ってるんだ、と思い、精神病院に行くことを頑なに拒んでいたのですが、数日後に私が無意識に夜中にバナナとかを食べたりしてるビデオを見せられ…私は、半信半疑のまま病院に行きました。


と言っても、病院では話しかしませんでした。でも、たまに父の話題になると極端に硬直する私を見てお医者さんが「お母さんも誰も聞いていない。君のお父さんとの事、色々聞かせてくれないかな?」と言われ…私は全てを話しました。

それからお医者さんに「君は悪くない。決して悪くない」と言われ…私は少し楽になりました。

それから高校に入るまで、私は夢遊病の症状はほとんど出ませんでした。


高校に入って、仲の良い女友達が出来、友達四人で、友達の家でお泊りしたことがありました。わいわいと夜中まで話して、私が疲れて先に寝てしまったんです。 父の事故後、初めての他人の家でのお泊りでした。


次の日…急に皆が私に対しての態度がよそよそしかったんです。

ねぇ…どうしたと?私、何かした?

何を訊いても、いやぁ…とだけで、教えてくれません。軽蔑の目というよりは、どちらかというと皆、脅えてた感じがして…私もそれ以上聞けませんでした。

それから、私はその友達三人との付き合いがなくなってしまいました。私も肝の大きな人間ではないので、友達に強くあの日のことを訊くことも出来ませんでした。ただ…心の中では、また夢遊病が再発してしまったのではないかという気持ちはあったのですが、そのことはどうしても私の中で忘れてしまいたいことだったので…三人の友達と一緒に、そのことは忘れようと決めました。

高校三年の時、母に訊きました。

私「ねぇ、私まだ夢遊病続いとうっちゃないと?」
母「そんなことないよ。お母さんも心配で、夜中あんたの寝顔ば見たりしよったけど、最近はそんなことはなかよ…」

私は、そんな母の言葉も信用出来ないくらい精神的に参ってました。

(続く)

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(続き)
高校を卒業してから、東京に上京して、アパレル関係の仕事につきました。服飾系の高校だったので自然とそうしたかったのもあり、また家を出たいという気持ちが強く、母の反対を押し切って上京してきました。上京する時に母に、
「何か自分の周りで異変があったら、すぐに病院に行ったりしなさいね」
と言われ、やっぱり私の夢遊病は治ってないんだなと思いました。

上京して半年…私はたまに朝目覚めると、口の中に煙草の臭いが残ってることに気付きました。最初は気のせいだと思ってたのですが、部屋もなんだか煙草の臭いがして…。部屋中を探してみたのですが、煙草の灰も煙草自体も見つかりませんでした。

上京して一年で、初めて彼氏が出来ました。同じ職場の男性で、非常に優しい男性でした。その方は父と同じ銘柄の煙草を吸ってたので、なんだか私もその匂いが好きになりました。父が亡くなって、ちょっと煙草嫌いだったのですが、痘痕も笑窪って言うんでしょうか…こういうことで好きになれちゃうんだなって…彼氏のことを好きでいれた自分が、ちょっと嬉しくなりました。

たまに彼氏の家にお泊りをすることがありました…が、当時の私は、一度も彼の隣で寝たことはありませんでした。

「俺の隣じゃ、寝つき悪い?」と訊く彼。
「ううん、そんなことないよ。ごめん。」あまり深く言わずに、その件は口に濁してました。

それから数ヵ月後…私は、彼の前で、つい寝てしまった日があったんです。

その翌日、彼がいつも通りな感じで私の隣にいました。
「ああ、良かった…夢遊病、出なかったんだ…」
私は安堵しましたが、彼が急に笑いながら言いました。

「お前さぁ、あんなこと隠してたのかよ…別に俺に隠さなくたって良いじゃないか…」

ヤバい…夢遊病バレちゃったのかな…そう思ってると…

彼「急に夜中に外に出たから、どうしたんだろ…と思って後付けたら、コンビニの前で煙草吸ってんだもん…最初はビックリしたけど、俺と同じ銘柄の煙草だったよな、アレ?隠さなくても、全然吸ってよかったのに〜」

って…。

私「うそ…だって、私煙草なんて持ってないよ?私が煙草吸ってたの?」
彼「?そうだよ?コンビニで煙草とライター買って吸ってた…それも一本吸ったらコンビニのゴミ箱に残りの煙草もライターも捨ててた。そこまでしなくても、言ってくれたら吸ってよかったのにさー。」

私は、驚きとショックで涙が止まりませんでした。嗚咽して泣いてる私の隣で彼が、
彼「勝手に後を付けてごめん!いや…誰でも知られたくないことだってあるよな…でも隠し事して欲しくなかったんだ」
と見当違いの謝罪を受けました。

私は別に彼に煙草を吸ってるシーンを見られたことで泣いてるわけじゃなかった…。

私は今までもきっと、そんな感じで夜な夜な煙草を買ったりして吸ってたんだ…そう思うと、色々な感情が湧き出てきたんです。

それから私は、あえて喫煙者になりました。もちろん父が吸ってた銘柄の煙草で。


私は、安直に考えました。もし…夢遊病が、どこかで煙草を吸いたい自分に対しての抑圧だったとしたら、煙草を日常的に吸ってれば治るんじゃないか…。

それで、慣れない煙草を一生懸命吸いました。
彼氏からも、
「夜中吸ってたときは慣れた手つきだったのに、俺の前じゃ、ぎこちない感じってどういうことだよ(笑)」
と笑われたのですが…あえて、夢遊病のことも父の事も彼には内緒にしてました。

それから一ヶ月くらい経って、意外なことが起きました。

私が持ってた煙草が、朝起きると無くなってるのです。
一日だったら気にも留めなかったのですが、数日経っても尚、10本以上あった煙草が箱ごと無くなってたり、ゴミ箱にクシャっとなって捨ててあるのです。

私は意味が分からなくなりました。そして怖くなりました。自分がやった自覚がない分、この部屋に誰かいるんじゃないかって…私はこのことを彼氏に相談しようか迷いました…でも、自分では何も解決出来ないし、精神病院に行けばもっと自分がおかしくなりそうで…その日の夜…彼の家に行き全てを話しました。

彼は信じられないという顔をしていましたが、長い沈黙の後、

彼「話してくれてありがとう。なんだか、凄く嬉しかったよ。きっと俺には分からないような心境だったり怖かったんだろうけど、これからは一緒に付き合っていくからな。あまり重く考えるな。」

私は泣いて、彼の言葉に従おうとしました。

(続く)
(続き)
「一緒に住まないか?」

彼に夢遊病の事を告白した一週間後、彼からの思わぬ提案でした。内心凄く嬉しかったのですが、彼は本当の意味で私の夢遊病を見たわけではないし、私は私じゃない自分の行動でもし彼を傷つけるようなことがあったら…そう思って頑なに拒否しました。

「分かった…とりあえず、一緒にいる時間をもう少し持たないか?俺の前で寝たくないのだったらそれでも良い。でもこれからも一緒にいるならずっとそういうわけにはいかないだろう?俺はお前の何を見ても、お前はお前なんだし、気持ちは変わらないよ…」

一抹の不安はあったものの、彼の提案が涙が出るほど嬉しくて、私たちは毎週土曜日、一緒に一夜を過ごすことを約束しました。

そして土曜日。

彼「寝たか?」
私「ううん、寝てない」
彼「無理して寝ようとしなくて良いからな。自然と眠たきゃ寝れば良い。」
私「うん、ありがとね。」

そうやって寝れない土曜日が何週か続きました。そして一ヵ月後の土曜日。

私「私、今日は寝るね。」
彼「あんま無理するな。」
私「うん、大丈夫。今日は寝れそうだから。。。」

そうやって、やっと一ヵ月後、私は彼の部屋で寝ることが出来たんです。

翌朝。

私「どうだった?私、何かしてた?」と訊く私。
彼「ううん、大丈夫。昨夜は何もなかったよ。ゆうひ、大人しく眠りについてたよ。。。まぁ、俺もすぐにイビキかいて寝てたんだけどね(笑)」

私は安堵しました。実は私の考えすぎで、夢遊病もまた、いつのまにか抑制出来るようになってたんじゃないかな。そうポジティブに捉えてました。

そして次の週も次の週も、私は彼の前で普通に床に就いたのですが、彼は至って普通に接してくれて、何もないといつも通りの笑顔をくれてたので、私はもう大丈夫なんだ。そう思って何事もないように彼氏彼女として過ごしていました。

それから半年後。彼の家にいつも通りに言った時に私は

私「ねぇ、もうそろそろ一緒に暮らしても良いかな〜と思ってるんだけど…どうかな?」
半年前の彼の誘いを受けたいなと思い、私のほうから切り出したら、彼の顔が一瞬曇ったのを私は見逃しませんでした。

なんだか、重い沈黙が流れ、彼は言いました。

彼「なぁ…俺も色々調べたんだけど、ゆうひ、とりあえず病院に行ったほうが良いかもしれない。俺の友達が医者やっててさ、良い病院があるって。ほら、日本では精神科とか偏見に満ちてるけど、今じゃアメリカとかじゃ、そういうのは普通の人が普通に行く場所で。。。。」

彼の話は続きました。沈黙も作らないように。そっか、そうなんだ。私の夢遊病、やっぱり治ってなかったんだ。。。私を傷つけないように言う彼の言動が、逆に私の傷を広げるような気持ちになりました。そうじゃないって分かってるのに、まるで彼が裏切った。。。そういう気持ちが私の心を埋め尽くしました。

(続く)
(続き)
私「ねえ、いつからなの?」
彼「え?」
私「私の症状が出てるの」
彼「・・・。」
私「ねぇ、いつから?」
彼「…いや、ここ最近の話だって。」
私「嘘つき…本当は最初からずっと半年間、続いてたんでしょ!ねぇ、ずっと私を傷つけないように嘘ついてたんだよね!なんで言ってくれなかったの?それって、私の異常な行動を隠したかったんだよね?それって逆に傷つくよ!なんでよ!なんで何も言ってくれないのさ!」

私はその場で嗚咽して泣きました。そう…本当に一緒に考えてくれるんだったら、彼一人で背負って欲しくなかった…本当は一緒に私の病気のことを考えて欲しかったんです。。。


彼「なぁ…ちょっと冷静になって考えてみたら良いと思う。俺はいつだって、ゆうひの味方だし、何でも力になってあげたいと思う。これからだって同じさ。俺はゆうひを信じてる。な、ゆうひ。」

これが、彼なりの優しさであり、別れの言葉だったんだな…と思いました。私は夢遊病の中で何をしていたのか真相も聞かずに、それから彼の家には行きませんでした。彼の優しさが痛かった。それから彼から何度か連絡があったけど、決して取ることがなく、私はそれから一ヶ月も経たずにアパレルの仕事を退職し、他のアパレルの仕事に転職しました。

そうこうして一年が過ぎた頃、母から連絡がありました。母とは、高校の頃から、少し関係がぎこちなくなっていました。

母「今年の盆は帰ってくると?」
私「分からん。」
母「そう…あんた、何か最近変化とか異変とかないね?」

すぐに夢遊病のことを訊かれてるって分かりました。

私「うーん、よう分からん…」
母「そうね…あんた何かあったらすぐにでも…」
私「そんな言われんでも分かっとーよ!!」

私って最低…自分の病気のことで母にあたるなんて…言いながらも自己嫌悪に陥ってました。

母「…なら良かけんね。でも、たまには帰ってきんしゃい。あんた、お父さんの○周忌も帰ってこんかったやろうもん…」

そうだ…私の中ですっかり父のことが消えかかってました。いつの間にか、父への罪悪感が、夢遊病へと矛先を変えていたんです。そっか…私のこの病気の原因はお父さんのことが関わってるかもしれない。そう思い、私は地元…もう言葉遣いで分かると思うのですが、福岡へ帰ることにしました。

丁度、そのタイミングで実家に同窓会の案内が届きました。久々の同級生…と言っても、お泊り会の翌日からは、この同窓会に行ってもなんだ楽しくない人間関係だったのですが…もしかしたら今なら、あの日、何があったのか、昔の友達は教えてくれるかもしれない…そう思い、私は福岡に帰るついでに同窓会の案内状にも出席に丸をつけました。どうしても、自分の病気のことが知りたくて。


お盆前、私は福岡に帰ってきました。よそよそしい親子の会話をして数年ぶりの福岡を満喫しようと思っていました。ただ、帰郷中、一度も家に帰って寝ることはありませんでした。ビジネスホテルに泊まって、日々仮眠を取るような感じで過ごしてました。元彼との件から少し、不眠症になってた私は、落ち着いて寝ることが出来ませんでした。

お盆より前に、同窓会があり、夕方頃、同窓会の会場に行きました。どの人も懐かしい顔ぶれ。お泊りした三人も来ていました。「綺麗なったねー」「大人っぽくなったねー」「出世したねぇ」と、皆と懐かしむ会話を楽しんだ後、思い切って、グループになって飲んでるお泊りの三人の所に座りました。
若干、空気が変わったのは分かりましたが、すぐにリーダーシップを取ってた友達が「久しぶりやん」と、拍子抜けするような口調で話しかけてくれました。
高校の時の半分は一緒につるんでた仲だったし、あの件を除いては本当仲が良かったですから、すぐに溶け込み思い出話に華が咲きました。

で、私は思い切って、あの日のことを三人に訊きました。

(続く)
(続き)
「四人でお泊りした日ぃあったやん?あの日はごめんね〜!私、お泊り行く前にお兄ちゃんに無理やりお酒飲まされとってから、でも三人には内緒にしようと思って平然としとったっちゃけど…あの日なんかやらかしちゃったんやろ?」

私は嘘をつきました。夢遊病…そんな重苦しい言葉使ったって理解に苦しむだろうし、何よりも真実味がないことくらい私が一番よく知ってたから。

ちょっと沈黙があった後、三人は爆笑しました。

私はキョトンとしました。

「ねぇ、私何をやらかしたとー?教えてよ〜!」

リーダーシップ取ってた女の子が言いました。

友達「今日はお酒飲んどるのに大丈夫なん?良かったぁ〜。酒癖悪いんやね〜」
私「え?ごめん。本当覚えてないっちゃん、あの日…ねぇ、私何したと??」
友達「何したというか…なぜか凄く怒っとって、で、私の部屋の障子に無言で穴ば開けよった(笑)」
友達2「そうそう、あの時なんだか奇妙というかバリ怖ぁなっとって、私たち涙目んなって止めよったんやからぁ」
私「え?あ〜、ごめんごめん!私、障子破るの、ばり好いとってからさぁ!つい酔っ払っとって、やらかしちゃったんやね…本当ごめん!!」
友達「いやいや、もう過去だし、今思えば楽しかったなぁ〜って思っとうけん…まぁ、数年後の真実に乾杯やね♪」

私は、びっくりしました。今まで聞いた私の夢遊病の症状とはちょっと違ってたから…日常生活や、喫煙…それ以外の行動は大人しくフラフラしてるって聞いてたから…もしかしたら元彼に対しても、半年の間、また違った行動をしていたのかもしれない・・・・私は久々の友人の前で笑いながら、頭の中ではそういう思いを募らせていました。

同窓会の日はそういう感じで解散。何よりも、仲良しだった友人とのシコリも無くなり、少し気分がスッとしました。…と言っても、私は嘘をついてしまったんですけどね。

そうこうして数日後、お盆でお坊さんがお経を唱えに我が家に来ました。このお坊さんは、私がまだ小さかった時から、また父が生きてた時からの知り合いで、お経を読み終えた後、説教(説法?)があり、私に向かって「すっかり大人の女性になったね〜」と、私の子供の頃の面影を思い浮かべながら話されてました。父方の親族の盆と周忌は皆、このお坊さんが担当されてたので、私たちのことをよくご存知でした。子供の頃は、「お坊兄ちゃん」と呼ぶほど、まだ若かったお坊さんもすっかり歳を召されてて、今では妻子持ちでお子さんも後を継がれるほどに成長したと仰ってました。
「君のお父上はね、君を通してこの世界を見てるんだ。お父上に、ゆうひちゃんの素敵な世界を見せてあげなさい」なんとなく印象に残ったお坊兄ちゃんの台詞でした。

その夜、灯篭流しを終え(と言っても、今は環境問題や火事の心配で、灯篭は流さなくなりました)、帰宅途中に母に「私、明日お父さんのお墓に行ってみる。」と言いました。
「上京してから一度も行ってなかったけんね。色々話してきんしゃい。」久々に会った還暦過ぎた母は、皺の増えた顔をクシャっとして笑いました。ちょっとなんだか切なくなりました。

次の日、実家に寄ることなく、線香と菊の花を持って、父のお墓に歩いて出かけました。

父の墓は、綺麗に掃除され、毎日のように母が来てるのがよく分かりました。造花を生けた花瓶に菊の花を生け、お墓に水をかけ手を合わせました。

お父さん覚えてる?私と一緒に峠に行った思い出…私ね…

私は今まで父に伝えたかったことを話しました。どうして死んだのか…事故ってのが分かってても、その事故がなぜ起きたのかは不明でした。私はそれを知りたかった…でもやっぱり死人に口なし、結局父が眠ってるらしい墓は沈黙し、私はなんの解決もなく、その場を…そして福岡を後にしました。

新しく始めたアパレルの仕事も二年が過ぎて、すっかり職場には慣れ溶け込んだのですが、やはり夜の飲み会に連れて行かれても酔っても寝ないという気持ちでいつも朝まで起きてました。相変わらず、彼と別れてから煙草を止めたはずの私の口臭が、朝になると煙草の臭いをさせてたりするので、いつも夜は油断が出来ませんでした。「ゆうひちゃんって、本当ガードが固いよねー」同期の男性にそう思われても仕方ないなって思ってました。

(続く)
(続き)
私は、ビデオカメラを買いました。中二の時に見せられた私の夜な夜な歩く姿以外で私の姿を客観的に見たことがなかったからです。私は一体何をしてるのか…何がしたいのか…福岡で見つけられなかった答えを、そこで見つけたかったんだと思います。私は、押入れの上の小さな押入れを少し開け、そこにビデオカメラをセットしました。電気を消し、ビデオカメラの方を見ると私を映すビデオカメラの録画中の赤いランプ、ウーッと唸るビデオカメラの音…その日は一睡も寝付けませんでした。

次の日も同じ要領でビデオカメラをセットしました。昨夜一睡もしてなかった為か、すぐに寝付くことが出来ました。

次の日、全てのテープ残量を使い果たしたビデオカメラを押入れから取り出し、巻き戻して再生しました。そこには、今まで私が想像も付かなかった私の姿が映し出されてたのです。


ビデオカメラをパソコンで再生しました。上手く文章で書けないので、簡単に見たものをまとめますね。

二時間は普通に寝てました。

急にモソモソ動いて起きると、外に出て行きました。

約20分後に帰ってきました。

手を洗って、ウガイまでしてました。

寝ようとしたと思ったら急に、ジーッと10分間くらいビデオカメラを眺めていました。

就寝。

普通に見れば、普通に夜中起きてコンビニでも行ったのかと思うような感じだったのですが…なにしろ私、そんな記憶がありません。目はちゃんと開いてました。そして何よりも怖かったのは、手を洗った後…布団の中に入ってボーッとしてると思ったら、急にカメラをキッって感じで見て…それから10分間、見つめるんです。なんだか、違う私が私のことを見てるようでゾッとしました。

私はその日の仕事中、ずっと考えていました。外にいた20分間、何をしてたんだろう…煙草を吸ってたのは確かです。だって、口の中がまたヤニ臭くなってたから…。それから帰って律儀に手を洗ってウガイするのも不明だったし、何よりもビデオカメラを見てたのは、ビデオカメラの存在を知ってた行動なのか、はたまた何かあると思ってジーッと見てたのか…それから私は、寝た後の私の行動を毎日ビデオカメラで撮るようになりました。そんな長い期間ではなかったのですが、とりあえずそれからも、また違う変わった行動をし始めるのでした。


そして、約一週間の間、毎日寝る前にカメラを設置して自分の寝た後を撮るようになりました。

始めの数日は本当、前に書いたような行動をして過ごしてました。夜中に近くのコンビニに行き

「ちょっとお酒入ってて覚えてないんですけど、私昨夜、ここのコンビニに来ました?」

って意味不明な質問をし、店員さんは怪しみながらも、

店員:「ええ、いらっしゃってましたよ。煙草買って帰られてましたよね?」
私:「そうですか…私、何か話してました?」
店員:「いえ、何も言わず、大体いらっしゃると煙草だけ買って帰られてましたよ。」
私:「ってことは、私結構頻繁に来るんですか?」
店員:「え?いや…来てます…よね?」
私:「あ…そうですよね。すみません、お酒に飲まれっぱなしで…(笑)」

なんとも怪しまれるような会話だったと思いますが、とりあえず逃げるように家に帰りました。やっぱり外出したらコンビニへ行って煙草買って外で吸ってたのかなぁ…でもたまに部屋にも煙草の臭いがしたりするから部屋でも吸ってたりするんだよな…とりあえず一週間は撮影してみて考えることにしました。

一週間の撮影が終わりました。カメラに監視され眠るというのは、なんとも寝つきが悪かったのですが、眠れない日はお酒を入れてでも無理して寝るようにしていました。

撮影した中で、一日だけ変な行動を取った日がありました。その日は、久々にマイセンの煙草を買って数本だけ吸った日でした。

その日、私は二時間くらいは大人しく寝ていたと思うと、ムクッと起き、急にパソコンを起動し始めました。パソコンの起動音が聞こえる中、私のカバンの中から煙草を取り出し、火をつけ煙草を吸い始めました。

なるほど…煙草が手元にあったら、買いに行かずにその場で吸うのか…。私は画面にうつった私をまるで監視するように凝視していました。
にしても、あまりに…なんというか、画面の私は姿勢といい、態度がいつもと違うんです。胡坐をかいて、煙草を持つ手をその膝に置き…まるで毎朝、新聞を読んでた時の父を思い出すような光景でした。

「これ…本当に私…?」

(続く)
(続き)
起動したパソコンに向かう「もう1人の私」は、パソコンに保存してあった映画を見始めました。この行動が「もう1人の私」を知るのに関係してるのか分からないのですが「ニューシネマパラダイス」という私の1番好きな古い映画です。簡単にこの作品の話を言うと、トトという名の映画好きの少年の半生を描くような作品なのですが、この作品のあるワンシーンまで早送りして、そのシーンを見ながら「もう1人の私」は泣いてました。【!注意:この先の※文章は映画『ニューシネマパラダイス』中盤のネタバレにもなります!】

※「もう1人の私」が見た映像は、映画「ニューシネマパラダイス」の中盤…ニューシネマパラダイスが火事で燃えるシーンです。アルフレッドが盲目になるシーンですね。そのシーンを見て涙していました。※


にしても…「もう1人の私」の行動は私とは思えない行動が目立つんです。ひとしきり泣いた後、パソコンから離れ、煙草の灰をティッシュにくるみ、トイレで煙草と灰を包んだティッシュを捨てたようでした。(トイレの水の音が聞こえたので。)その後いつものように、手洗いウガイをして、この日はカメラを意識することなく就寝しました。

この映像を見て、私はゾッとしたのと同時に、なんとなく分かってきたことがありました。なんというか、「もう1人の自分」は多少私に気を遣ってるようなのです。朝起きたら、パソコンの電源もちゃんと切られてました。

この一日を除いて特別な変化はありませんでした。これが分かったトコロで私、どうしたら良いんだろう…私は今の私の症状を1番知ってるはずの元彼のところに行くことにしました。本当はもう会いたくなかったのですが、私は例え病院に行っても、何をしても、今の私の行動の真相が知りたかったんです。風の噂で、元彼には新しい彼女が出来たことを聞きました。きっと今、私が出たら煙たがるはず…それでも、この衝動を抑えることが出来ず、ビデオ撮影を一通り終えた私は、彼に連絡を取りました。

彼に携帯で連絡を取りました。
どうせ出てはくれないだろう…そんな不安が3コール目では払拭されました。

元彼「ゆうひ?ゆうひか?」
私「うん」

久々の彼の声が嬉しかったのですが、その気持ちを出来るだけ押し殺すように話しました。

元彼「元気か?連絡しても出ないし、心配したんだからな!」
私「うんごめん、ありがとう。うん、大丈夫だよ」
元彼「…。」
私「?なに?」
元彼「嘘だな。」
私「え?」
元彼「じゃないと電話しないでしょ?」
私「…。」
元彼「どうしたの?言わないと分からないよ。」
私「…でも」
元彼「新しい彼女が出来たって話?」

私が気になることをズバッと言われました。

私「…うん。」
元彼「本当だよ。」

ズキッとしました。私は別れた元カノ…なんだよな…。

私「だよね!ごめんね、急に電話しちゃって!いやぁ、彼女さんに迷惑かけちゃうし切るね!」

私は無理バレバレの明るさで結局何も訊けないまま、電話を切ろうとしました。

元彼「病気のことか?」
私「…。」

電話を切ろうとする手が止まりました。

元彼「な?そうだろ?」
私「ごめん…ごめんねぇ…」

私はここで泣くのはズルイと思いながらも泣きました。元彼は付き合ってた当時と同じように慰めてくれました。慰められるほど、私のズルさを痛感して余計に泣きました。最終的に元彼はそんな私に笑ってました。

元彼「落ち着いた?」
私「うん」
元彼「よく頑張ったな。偉いよ。俺もまだ何も知らないと思うけど、お前は本当に偉いと思う」
私「うぇっ…(半泣)」
元彼「もう泣くな」
私「ごめん…うん…大丈夫!もう泣かない」
元彼「ああ、そうだな。…それで、俺は何をしたら良い?」
私「え?」
元彼「ヘルプが欲しかったんだろ?出来る限りのことはするよ。」
私「うん、ありがと…でも大丈夫。電話したのはね、訊きたいことがあったの」
元彼「俺に?」
私「そう、だから正直に答えて欲しいの」
元彼「…分かった。で、訊きたいことって?」
私「私が寝た…その後の行動…一緒に過ごした、半年間の中で、私が何をしていたのか教えて欲しいの。」
元彼「…。」
私「大丈夫、もう傷つかないから…いや、傷つくけど、ちゃんと私の病気を知りたいし、受け止めたいの」

(続く)
(続き)
そう…本当の意味で、私の病気に偏見を抱いてたのは、母でも元彼でもない…本当は自分自身が一番、この病気に目を逸らし傷つかないように逃げていた…私は、いつの間にかそれに気付いていました。

元彼「分かった…分かったよ。じゃあ正直に話すね。」
私「うん、ありがと。お願いします」
元彼「別にエッチなこととかしてないからね?」
私「もう、そういうの良いから!(笑)」
元彼「ごめん(笑)…じゃあ話すよ。」

「もう1人の私」について分かるかもしれない…その気持ちとは別に、前みたいに元彼と話せてる…その嬉しさもあり、鼓動が少し早くなった感じがしました。

元彼「煙草吸いにコンビニに行ったって日のことは話しただろ?その行動がずっと続いてた…夜道だし、色々危ないなと思って、いつも後付けてたけど、10分くらいしたら普通にいつも帰ってきてたんだ。最初は『大丈夫か?』ってゆうひに声かけたりしてたけど、反応がなかった。後日、夢遊病を調べたら話しかけてはいけないと書いてたから、それからはただ見守ってる日が続いたんだ。でも、ある日…」
私「ある日…?」
元彼「…。」
私「大丈夫だから、お願い言って!」
元彼「ある日、寝てる俺を叩き起こしたりし始めた。『どうした?』って訊いても何もなく、そのまま寝てしまったりとか、布団の中で急に蹴飛ばされたりとか…ちょっと攻撃的になったんだ。」
私「うそ…。」

凄く好きだった彼に危害を加えるなんて…正直、信じられませんでした…でも、彼があまりにも落ち着いてその話を話すものだから、信じざるおえなかったんです。

元彼「…。」
私「ごめん、続けて…」
元彼「…。一度だけど、凄い形相のお前から、寝てる俺の腕に煙草を押し付けられそうになった…俺はビックリして飛び起きた。その後お前は煙草の火を消し、寝た…それからこれでは危ないって思って、俺の医者の友達に相談した…。」
私「…ごめん…。」
元彼「いや!謝ることないよ…きっとお前の意思とは違うってのは分かってたし…」

彼に散々謝って、電話を切りました…もう大丈夫、大丈夫だから、ごめん!…って言って強引に…。それでも私への優しさを消さなかった彼の優しさに電話を切っても尚、涙が止まりませんでした。ごめんなさい…でも、彼と付き合って、本当に良かったと思いました。


私はもう逃げない…私は私のこの夢遊病について、色々な可能性を考えてみました。

・父の事故死のトラウマからの病気の発症。
・純粋に、そういった類の病気。

そして…こんな有り得ない話だとは思うのですが…

・父が私の中でまだ生きている…。

背筋が寒くなりそうな話だったのですが、私は父のことが好きだったので、もしそうなら何かコミュニケーションは取れないか…そんなことを考えていました。

色々な憶測がありましたが、冷静に考えれば過去の事故のトラウマが抜けないという可能性が一番だと思い、精神病院に通うことともう一つ、ヒプノセラピーというものを受けることにしました。

ヒプノセラピーというのは、上手く説明出来ないですが、自分の潜在意識を掘り起こし、ストレスや過去のトラウマを解放することで、その気持ちを軽減させるものだったと思います。専門家ではなく受けたものとしてしか言えないので、なんとも言えませんが…。

(続く)
(続き)
先に精神科への通院を始めました。お医者さんに今までのことを包み隠さず全て話しました。話せるようになっただけでも、私は少しは成長したのでしょうか…お医者さんは、淡々と説明してくれました。

医者「ずっと夢遊病と思ってたんだよね?」
私「え?違うんですか?!」
医者「いや…まだ分からないけどね。レム睡眠行動障害かもしれないね。」
私「レム睡眠…」
医者「行動障害ね。まぁ、夢遊病の一種なんだけどね…」

レム睡眠行動障害とは、眠ってる状態の中で夢を見ると、その夢での行動に、体が異常反応して、夢の行動を現実でもしてしまう…そういう症状らしいです。
この障害になると、寝言や殴る・蹴るなどの暴力的行動がみられ、たまに自傷するケースもある危険な症状らしいのです。

私「でも私、そんな暴力的な夢を見た覚えがありません」
医者「夢の記憶ってあるかい?今、攻撃的になってたあの頃、どんな夢を見たかって…覚えてるものかい?」
私「それは…分かりません。」
医者「でもま…睡眠時遊行症も併発してる…結構稀なケースだね…」

私はチンプンカンプンでしたが、簡単に言えば、レム睡眠行動障害という夢と現実の区別が体がつかなくなる症状と、睡眠時遊行症(夢遊病)という、夜な夜な同じ動作を繰り返す症状…この二つの症状が、私が夜な夜なする行動の原因と考えられるらしいのです。

医者「とりあえずお薬出しますので、様子みましょうかね?」

お医者さんは、結構淡々としていました。私も色々な疑問があるものの、とりあえずお医者さんに任せてみようと思いました。

夢遊病がどこまでの行動をするか分からないけど、パソコン起動させたりコンビニで煙草買ったりするのだろうか…。(後々分かるのですが、これはケースとしてあるらしいです。)

薬の成果なのか、私は夜起きることはなくなったようでした。ただ…なんだか根本的な部分の解決をしたようには感じず、スッキリとはしていませんでした…。

次は前々から予約していたヒプノセラピーに行きました。もし、過去のストレスによるものなら、一体何が私をそんなに苦しめるのだと…。

数日後、私はヒプノセラピーという所(?)に行きました。リラックスした状態でセラピストさんと少々お話して、夢現(ゆめうつつ)の状態のまま話すという感じのことでした。でも、その記憶はハッキリとしていました。

今の私から少しずつ遡り、過去の話をしていきました。こうやって、ここに過去の話を書けたのも、多分このセラピーで思い出せたからじゃないかなと思います。とにかくここに書いたことは全て話してたと思います。

ただ…話を進める中で…意外なことが分かりました。

私、小学校一年生くらいの頃の記憶がないんです。

セラピストさんに尋ねられても…ただ…沈黙の中、ただただ涙が出てきました。

「今日はこれくらいにしましょうかね。」

終わった後、確かにスッキリしたんですが、どうしても小学校一年の頃の記憶が思い出せません。それがどうしても気になって…

「あの…どうしても小1の頃の思い出が知りたいんですけど…」

と言うと、

「そう焦らないで、ゆっくりと開放していきましょう。」

と言われました。

元々幼稚園の年少まで佐賀にいた私は、幼稚園の年長の頃、福岡に引っ越してきました。年長組でのお遊戯会は覚えてます。…ただ…それ以降と小学校に入学してからの半年か一年間の記憶がまるで思い出せないんです。

次のセラピーの予約を取り、私はその場所を後にしました。

(続く)
(続き)
その日の夜、母に電話しました。

母「久々やね〜?ちゃんと食べようと?」
私「うん、元気しとーけん、心配せんで。ねぇ、変なこと聞いて良い?」
母「どうしたとね、急に」
私「いいけん」
母「なんよ?」
私「私ってさ…小1くらいのときの私って、どんな感じやった?なんか変わったこととかって、あった?」
母「…。」

一瞬沈黙がありました。

母「なんねぇ〜、急にどうしたか〜って思ったらそげんことね。あんた、相変わらずそんな感じやったよ…」
私「…。」
母「それよりあんた、こっちには帰ってこんとね?お兄ちゃんも会いたい言いよったよ。もう正月も近いっちゃけん………」

やっぱり小1の時に何かあったんだ…多分、それは私だけではなく、家族も知ってる何かが…私は、次のセラピーで絶対思い出してやると、覚悟を決めました。

と、次のセラピー。

セラピスト「そんなに緊張しないで、リラックスしてください。いつも通りに」

あまりに私が息み過ぎてしまい、その日はセラピーにもなりませんでした。

次のセラピーで、私はやっと小1の頃の頃の私が見えてきたのです…。


セラピスト「無理しないで良いですからね。少し小1の頃に遡りましょうか…」

私「小1…私は…」

セラピスト「…。」

私「私は…」

セラピスト「…。」

私「痛い…」

セラピスト「ん?」

私「やぁぁあぁぁああだぁあああ!!!熱いよぉお!やめてぇぇえええ!!やぁぁえぇてぇよぉぉおおお!!」

私は必死にセラピストさんにしがみ付き、まるで歯医者を嫌がる子供の泣き声のような声をあげたんです。きっとセラピストさんも驚いてたんでしょうけど、一番ビックリしたのは自分自身でした。

セラピスト「大丈夫よ、ここにいるから」

私「いたぁああい!!熱いぉぉお!!やぁぁあだ!!やぁぁあだぁ!」

セラピスト「大丈夫、大丈夫だから」

私…なんでしょうか…私は右腕を左手で歯を食いしばり必死で抑えていました。セラピストさんに抱きしめられました。

私「起こしてイジメるぅぅ…タバコでイジメぅぅ…やぁだ言ったのに、熱い言ったのにぃぃ…パパがぁぁ」

セラピスト「大丈夫、誰もそんなことしないから。大丈夫…ゆうひちゃん、落ち着いて深呼吸しよっか?ね?」




…まるで、夢を見てるようでした。自分のようで自分でない感覚で…


オコシテ、イジメル タバコデ、イジメル パパガ

(続く)
(続き)
私はその場で泣き崩れて、ワンワン泣きました。次はあの時のではなく、今の私が泣いていました。…自分の経験したことだと分かってるのですが、まるで、その頃の私がその場にいたような感覚になって…
「辛かったよね」「怖かったよね」
そんな気持ちが次々と溢れてきたんです。私はその場で、ずっと子供の頃の私を抱きしめていました。


予定の終了時間を大幅に超え、ペコペコ謝る私にセラピストさんが

「いいんですよ、でも良かったですね。子供の頃の貴女を取り戻せた…これは素敵なことですよ。私はどうでもいい、いらない記憶なんてないと思ってます。貴女にとってこれがトラウマになってたとしても、これは忘れてはいけない、貴女だけの財産ですよ」

私はセラピストさんと抱き合い、別れました。帰り道、右腕の昔から残ってた丸い火傷の跡を見てました。子供の頃コンプレックスだった私の腕の火傷は母は花火をしていた時の火傷だと話していました。私は、初めてこのコンプレックスだった火傷の跡の意味を知りました…。

セラピストさんの言ってた通りでした。子供の頃、虐待のようなものがあった…その事実は大変ショックだったのですが、なぜだか今まで心の中で隠れんぼしていた子供の頃の私が見つけた気がして…それがなぜだか、嬉しく愛しい気持ちになったのです。その日私は、子供の頃からの癖であった、布団に抱きついたままの格好で眠りにつきました。


一週間後…私は福岡に行きました。

変わらない風景に生まれた、また新しい風景に少々寂しさを持ちながら母の運転する車の中で外を眺めていました。

母「あんたね、帰ってくるときは連絡しなさい」
私「連絡したじゃない」
母「連絡って、飛行機に乗る一時間前に行っても遅かろーもん!」

母の直接聞く方言が、なんだか懐かしく感じました。

実家について、兄は外出中でした。

母「今日はまた、なんでこんな急に帰ってきたとね。男にでも逃げられたとかー?」
顔中の皺を使って笑顔になる母。

私「うるさいなー、減らず口ばっか叩いてたら、孫の顔なんて見せてあげないからね!」
母「…本当…すっかり東京人やね。」
私「なんでよ」
母「話し方が、すっかり東京人よ」
私「…。」
母「で、本当はどうしたと?」
私「教えて…」

母の表情が曇りました…

私「私、分かってるから…だからちゃんと教えてよ。」
母「あんた…なんば言いよっとね〜」
私「小学校一年生の時…私、お父さん暴力振るわれてたよね…」

私は冷静に落ち着いて口にすると、母の顔がみるみる青ざめていきました。

母「あんた…それ」
私「思い出した…だから教えて…なぜお父さんは私にそんなことをしたの?」
母「………ぁ」
私「…。」
母「ごめんねぇ…ごめん…ごめんなさい!私も止めたよぉ…!あん時は本当仕事も生活も忙しかったけん!止めたけど、お父さんお酒飲むとアレやけん…!ごめんねぇ!あんたは悪いこと、なーんもしとらんけんねぇ!!」

母は私にしがみ付き、おいおいと泣きました。

私「うそ…お父さん、お酒飲めなかったんじゃかったの?」
母「それは飲めんちゃなくて、あんたが小二に入るくらいに、スッパリお酒を止めたとよぉ!あんたに、酷かことしたってお父さん凄く反省して…」
私「酷いことって?」
母「…。」
私「私の腕に、タバコを押し付けた…」
母「でもね!お父さん、アンタが熱い言ってるの見て、正気に戻って、泣きながら必死で謝ったんよ!その日を境に、お父さん一口もお酒飲まなかったんやから!許してあげてぇ、お父さんのこと許してあげてぇ!」

母は私に必死に懇願しました。

(続く)
(続き)
私の記憶の中の父は、非常に温厚な人でした。決して怒りもせず優しく…そう、元彼は私の中で父にそっくりだったのです。
私は母の頭を撫で言いました。

私「別に怒ってもないし恨んでもないよ、母さん。私の中のお父さんはやっぱり優しいお父さんだったから。大丈夫だよ、大丈夫…。」

なぜだか私が逆に母を慰めていました。そして母は、もう一つビックリする話をしました。

母「ごめんね…あんたに本当はちゃんと全部伝えないかんかった…お母さんが悪かったねぇ…」
私「もう良いって…もう分かったから…気にしないで」
母「…本当はね…あんたの夜な夜な無意識に歩きようのも、それくらいからやったとよ…」
私「え…?それくらいって、中学に入ってじゃなくて?」
母「お父さんがタバコの火あんたに押し付けてから、すぐにやったんよ。夜な夜な動いては、何も意味のない行動取りよってから…」
私「それじゃあ…私が夢遊病の症状が出たのは、タバコの火が原因だってこと!?」
母「そう思って父さん、凄く自分責めとったぁ…夜な夜な歩きながらブツブツ言いようアンタを父さん抱きしめて泣きながら、『すまんやった…すまんやったぁ』言って布団に寝かしつけよったよぉ…」

つけてたエプロンで涙を拭いながら、母の話は続きました。

母「でもね、タバコとかアンタが吸い始めよったのはお父さんが亡くなってからやった…最初は病気のせいなんて気付かんかったけどねぇ…やっぱアンタもそう嘘の上手い人間やないけん、病気のせいなんやなぁ…これは病院連れて行かななぁ…そう思ったんよ。それもね…」

嗚咽しながら話し始める母。

母「あんたのタバコ吸う姿が、どことなしかお父さんソックリやったんよぉ…」

泣き崩れる母の姿を見て、切なくなりました…。私はただただ母の頭を撫で続け「うん うん」と言いながら、話を聞きました。
(続く)
次の日…少し早い雪が降り、山の上には雪は積もってました。私の提案で久しぶりに峠にある父の事故現場に向かいました。車の運転は兄がしていました。兄は母から、昨日私と母が話したことを聞いたようでした。

私「お兄ちゃん、お父さんに暴力振るわれた時…」
兄「…。」
兄は私の方を見ずに前向いて運転していました。

私「お父さんに殴られそうになった時…私のこと助けてくれたやろ?ありがとね…今まで思い出せんで、ごめんね…」
兄「…。」

兄はただただ、前だけを見て運転していました。

事故現場に到着しました。ガードレールは綺麗に整備されてたのですが、もう排気ガスやら埃やらで汚くなってました。私たちはその場所に花と線香を添え、手を合わせました。長い時間手を合わせました。


「ねぇ、雪だるま作ろう!!」

事故現場近くの電波塔の前の雪を集めて、嫌々な兄を強引に引っ張って、雪だるまを作りました。大きな大きな雪だるまを。兄が大きくなりすぎた雪だるまの頭の部分を、よいしょと持ち上げて乗せ、その雪だるまは完成しました。

お願い、雪だるまさん、


今度は決して壊れないで。


今度は決して壊したりなんてしないから…


雪だるまはなんだか、父のはにかんだ笑顔にそっくりな顔で私たちを見ていました…。


〜終〜


〜〜〜〜〜


話は以上です。「怖い話スキー」コミュニティのトピックでは、この後にエピローグと色々な謎の推測、また、今の現状(近況報告)がありました。そちらを読まれると、またこの話に深みが出ると思います。


長文失礼しました。でも、怖イイ話としては私の中では非常に楽しめたので、こちらでご紹介させていただきました。
同じ福岡人なので、博多弁でよりリアルにゆうひさんやお母さん達の気持ちが理解出来ました。

何とも言えない、心に残る話しとなりました。

お父さん、ゆうひさんに対する想いが強すぎて、はたまたゆうひさんが心配で、いつも側にいるんだな…と感じました。

何はともあれ、真実が掴めて前に進めてよかったナと思いました。

後日談も読ませていただきました。
本当に良いお話でした。

勇気を出して真実を知る事。それが今のゆうひさんを幸せに導いたんですね^^
めちゃめちゃ感動して泣きました^^;

これからも彼女達がずっと幸せでありますようにお祈りしてます^^
スター気取り…ふらふら
俺は文庫本が好きで過去に100何十読んでますが…臨場感ある心理描写や「」の使い方等見るとそちら方面に強い方が書かれたんでしょうね。
「…。」が多い等筆癖も出てますし。
正直激しく脚色されてるとは思います。が…
作品としては面白かったです!
実話を元にしてればまぁいいんでないですかね。
ただ鼻にかけた態度は嫌われるんで注意しませう(´・ω・)
友達の家で起こした行動。

あれは、実際、友達の家に行く前に兄と酒を飲んだという話は本当なんですか?

だから酔ってそんな、障子に穴をあける行為をしたんですか?心の中の父が。


また、彼氏と暮らしていたときは、酒を飲んだからこそこの行為があったんですか?それともお酒はなくても嫉妬?



幼少期のショックで、夢遊病になりかけた主人公、

父が死んでまた同じ症状がでて、父さんの娘を思う気持ちが同調して、中に入りたかったのか

はたまた猫の呪いも含まれてるのか




いろいろ考えてしまいました。
でも夢中になって読んでました。
何があったか聞くに聞けない主にちょっとイラッともしましたが(´ω`;)お話としては面白いんではないかなと…


にしてもゆうひさんのトップ画像はご本人なんでしょうか(´・ω・`)
自分でも不明な深層心理って怖いですよね。
僕もよく寝言を言うらしいので、興味持ちました。
私事ですが友達に言わせると四文字熟語など漢字を多用したものが多く、
一番衝撃だったのは「毒宇宙」って言葉。。。嫌な世界観です。。
私も夢遊病?みたいななったことがあります。でも薬飲んだときだから違うと思います。薬飲んだ時は勝手に眉毛剃ったり、自分のジュース飲んだりしてました。自分では覚えてないけどジュース飲んだのはお父さんが見てたそうです。あと、アムカ、レグカもしてました。傷があったからわかりました。自分でも怖いと思います。私にもなにかあるのでしょうか?
自分の中にもう一人いたらいいのにな、というのは想像したことはあったのですが、自分が望む人格とは限らないし、何やってくれるか判らないだけにすごく怖いことなんですよね。
でもお父さんの霊がとりついているなら、トイレで用をたすときは、、、と思ったので、あーお父さんの霊じゃないな、て思いました。少なくとも別人格は自分の性別は認識しているんですね。
しかし猫をあんな殺し方するなんてひどい人もいるもんだ。
ご本人さんが書かれた方も読んできました。

今は お母さんになってらっしゃるんですね。
彼女が幸せでありますように。
力作の校了メモスゴイ目

しかしご本人には言いにくいけど、生まれて来るのはお父さんな気が…あせあせ

二人の間の深層に働いてしまう根深い関係性があるのが伝わります。
関係を入れ替えつつ関わりを重ね、
次第に良くなって行くのだろうと思いましたほっとした顔
19のコメントだけ毒が吐かれてるけど、私は読みごたえのある作品だと思いました。自分の思い・父の思い・母の思い・兄の思い・友達・彼氏の思い、それぞれの気持ちもバランス良く描かれてたので素晴らしく感じました。
なんか切なくなりました。

ゆうひさんが幸せでありますように。
切ない気持ちになりました涙
いいお話でしたほっとした顔

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