「どうか、うちに来てくれないか。君の顔が見たいんだ・・・。」
小学校からの幼馴染みから泣きながら懇願された私は、彼の自宅を訪ねることにした。とても広い、大きな家だった。チャイムを鳴らすと、疲れきった様子で目の下に濃い隈をつくった彼が向かえ入れてくれた。先日、彼は３歳になる子供を誘拐されたのだった。
彼の書斎に通され、向かい合って座ったものの何を話していいかわからず、ずっと沈黙していた。その間も、隣の居間からは刑事たちが忙しそうに歩き回っている音が聞こえた。
「誰か、親しい人の顔を見てないと、気が変になりそうだったんだ・・・。」
彼がつぶやいた。
私はうなずくことしかできなかった。ふと彼の机に目をやると２体のこけしが飾ってあり、その横にはたくさんのレポートが山積みになっていた。なぜか、その中のひとつが気になった。
「ああ、学生に宿題を出していたんだったな・・・すっかり忘れていたよ。」
その時、刑事が彼の名を呼んだ。彼は私に何かいってから、部屋を出て行った。
数あるレポートの中でなぜ、その一見なんの変哲もないレポートが気になったのか。何かとても禍々しいものを感じ取ったのかもしれない。私はレポートを手に取り読み始めた。
そばにあった２体の「こけし」が、そんな私を静かに見つめている。
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「こけし」の由来について
＊年＊月 各席番号＊＊＊番 ＊＊ 綾子
私は今回、地元の「こけし」について調べました。こけしを調べようと思ったきっかけは「なぜ、こけしには手足がないのだろう」、と思ったからです。また、こけしは普通、湯治が盛んな地域によく見られるものなのに、私の地元では温泉など一切なく、なぜこけしが作られたのか不思議に思ったからです。
けれど、実家に帰り近くの図書館で郷土史を読みあさった私は、もっとおかしなことに気づきました。「こけし」は本来、「小芥子」と表記されます。しかし、私の地元の郷土史では所々「子消し」と表記されているのです。さらに「こけし」とは元々、子供の玩具で湯治の観光土産として発祥された物なのに、郷土史によるとこの地方で発祥されたのは西暦１＊＊＊年、この地方が大飢饉の真っ最中なのです。
変、ですよね。
けれど、郷土史や他の文献を調べてみてもそれ以上のことは載っていませんでした。そこで私は、私の祖父母が昔こけしを持っていたのを思い出し、聞いてみることにしました。祖父母ははじめ、話すのをとても嫌がっていましたが、私が食い下がると渋々語ってくれたのです。以下に、その内容を記します。
昔、この付近ではひどい飢饉があった。食べるものはもちろん、水すらほとんどなかった。そのような状態で、子供を２〜３人も抱えた一家は、とてもじゃないが養うことができなかった。
そこで、村単位で話し合いがもたれ、長男以外の子供をすべて山に捨てることにした。
ところが、村の子供たちは日ごろから山を歩き慣れている子達がほとんどだったため、何人かは無事に村に戻ってきてしまった。困った村人たちは・・・。
次は・・・手足を切って捨てよう。
そうして村人たちは、子供たちを山に連れて行き、山奥で手足を切りとって捨てた。
・・・さすがに罪悪感にさいなまれた村人たちは自分が捨てた子供の手足の指を、木で子供の最期の姿をかたどった人形に入れ、供養したそうです。
・・・だから、その人形にはアタマと胴しかなかったのです。
この人形の姿が、たまたま他の地方で発祥された「小芥子」と良く似ていたため、「こけし」という音からこの地方では「子消し」と呼ばれるようになったようです。
以上が私の調べた結果です。
もっとも、今ではこの事実を知っているのはほんの一握りのご老人だけのようで、町で売っているこけしも普通の「小芥子」だそうです。
・・・ところで先生、このレポートを提出する前に、私は貴方にお土産として特別素敵な「こけし」を４体、送っておくことにしましたの。もう、受け取っていただけましたでしょうか？？ひょっとしたら、今ごろ貴方は誘拐されたお子様の行方を追うのに必死で、「こけし」を受け取ったことなど忘れてしまっているかもしれませんね・・・。
でも、もうおわかりでしょう？？探す必要なんてないのですよ。貴方と貴方の奥様の間の子供は、ちゃんと貴方のお家にいるんですから。そして、貴方が私を階段から突き落として殺した、私たちの子供も・・・ちゃあんと貴方の元に送っておいたのですから・・・。
ねぇ、先生。綾子は今まで先生に色んな贈り物をしてきましたけど、この「こけし」は最高の贈り物でしょう？どうか、大事になさってくださいね・・・？その子たちはどちらも、貴方の大切な子供なんですから・・・。
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読み終えた私は戦慄した。そばにあった「こけし」たちが笑ったような気がし、思わず机から遠ざかった。
ただ、何かが心にひっかかった。
・・・４体？？ここにあるこけしは２体。残り２体とは一体なんなのだろう？
その時、玄関でチャイムが鳴った。何か大きな荷物が届いたらしかった。
私は特に気にも留めず考え続けた。
「子消し」２体なら、ここにある２体だろう。彼の・・・子供たちの体の１部が入っている・・・。
そういえば彼女は、子供たちの残りの体をどうしたのだろう。
ハッ！と、気づき、玄関に走った時はもう、遅かった。
・・・家中に響きわたる彼の悲鳴、嗚咽の中にかすかに混じったあの声。今にも消え入りそうな・・・手足を切断された子供の・・・２つの声。
「・・・こわぃ・・ナンデ・・よぅこわいよ・・・ボクヲ・・・・・こわぃ・・コロシタ・・・よぉおおオおォぉぉ・・・」
私は、あの声を一生忘れられない。 終。
注：ココにでてくる地方は、あくまでも私の架空の土地です。こけしを「子消し」と書くという俗説があるらしいのですが、わたしが調べた限りでは全て都市伝説でした。
以上、ちょっと長文になってしまいましたが、最期←（？）まで読んでくださってありがとうございました。
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