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TREE EYE つりー あい  コミュの11月28日・・・

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こんばんは 11月の課題載せます。

少し長くなってしまいますが・・・
まずはじめに読んでみてください。


スプートニク2号に搭乗したライカ犬

  文/毛利 衛(宇宙飛行士)

夕日が沈んだ西空に、光る点がスーと動いてゆく。スプートニク1号である。ワクワクしながら兄たちと見上げていた。ほかの星たちの存在を無視し、星座のあいだを縫うように天空をまっすぐに走る。天上に届く前に、急にプツッと何事もなかったかのように消えた。ため息をつきながら、あと1時間半後に期待する。しかしたいていは、もう一度周回して来る前に眠ってしまう9歳の私だった。
時は1957年、ちょうど国際地球観測年を迎えて、世界中が科学の新しい可能性に期待をかけていた。地上では日本も南極観測隊を送り、オーロラのニュースが新聞をにぎわしていた。将来は南極越冬隊員になりたいと、あこがれていた少年でもあった。間もなくスプートニク2号が打ち上げられた。今度は犬が宇宙を飛行した。雌のライカ犬、初めて宇宙から地球を見た生命となった。
私は、このライカ犬の意義は、地球生命の歴史において非常に大きいと思う。それは過去、最初は海の中で生まれた生命が多様化を続け、陸地に進出して繁栄し、さらに大空を自由にかけめぐる生命に進化して、ついに40億年を経て宇宙にまでその活動範囲を広げる証になったからである。
スプートニクを地上に回収する技術を、ソ連はそのときはもっていなかったので、ライカ犬は地球外で初めて死を迎えた生物でもあった。その3年後、スプートニク5号では2匹の犬が軌道を周回し、ぶじ地球に戻ってくることができた。そしてついに1961年、その回収技術は人間の宇宙初飛行を可能にした。ガガーリンの初飛行は世界に衝撃を与えた。「地球は青かった」。彼の発したこの言葉は、北海道の小さな町に住む子どもにも、どれだけ大きな夢と想像力を与えたことか。そして30年後、その人生を変える力ともなったのだった。
私はスプートニク2号のライカ犬のことが、50年近くたった今でも妙に気にかかっている。いつの時点で死んだのだろうか。苦しんだのだろうか。窓がついていたので、丸い地球を見ることができたのだろうか。死んだとはいえ、最初の地球生命として、宇宙に行けたのは幸運だった。そして地球の大気で火葬にふされた最初の生物でもあったのだ。燃えて気体となった体は、地球大気上空を今でも漂っている。


この作文を見つけて、毛利さんの「50年近くたった今でも妙に気にかかっている。」という一文で自分自身も気になり、もし50年の時を経てスプートニク2号が帰還したら・・・
をテーマにデッサンしてみました。
「進化したライカ犬」こんな感じでもし戻ってきたら、ちょっと宇宙への夢がまたふくらみますよね。


コラージュはアメリカ、ソ連(ロシア)、イギリスの50年代をテーマにそれぞれの各国で50年代に起きた出来事だったり構想だったりを集めてNeo-Dadaの運動が起きた時期(1950年代後半〜)でもあったので、それらしく作ってみました。
イギリスではエリザベス2世が即位、ソ連では1930年代から1950年代に計画され、実現しなかった巨大建築計画、アメリカ、ソ連の宇宙開発などを挙げてみました。

作品は以上をふまえて作製してみました。

コメント(1)

このお話はとっても男のロマン?とでも言いましょうか・・
素敵ですね☆

明日皆さんにお会いできる事がとても楽しみです^^*
よろしくお願いいたします☆

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