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小説書き込み自由コミュの死を告げる妖精?-S.E.D.S.-(1-6・改訂版)

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第六話 共闘

「えっと、これはこうして…これはこうで」
 十数年ぶりに母国に帰ってきたと思えば、半月ほどファリエル様から“能力者”としてのスキルを磨く訓練を受け、それが終わったと同時に評議会へ放り込まれた。
「考えてみれば随分奇妙な帰国になっちゃったなぁ」
 せっかくだし家族のお墓参りにも行きたかったけど、ファリエル様は何か重要な仕事があるらしくてティニは自由な時間をほとんど与えられずに今日まで過ごしている。
「…代行」
「あ、はい?」
 代行…ティニはここでそう呼ばれている。声のした方へ視線を向けるとディーシェントさんが立っていた。
「ファリエル様からの助言をお伝えします。ですが、ファリエル様は現在その力のほとんどを“彼”との約束のために使われており、未来を見通す力の精度にバラつきがあるのが現状…。なので代行の力で今一度その内容を確認の上、問題なければ実行に移して欲しい…とのことです」
 言葉では敬語を使っていても、この人の眼や心は何時だってティニのことを見下している。ま、この人の心はファリエル様以外考えられてないのは解ってるし、いいけどさ。
「解りました。…それでファリエル様はどのように?」

 殺戮の空に戻ってきて二週間が経ち、今日も私はこの皆殺しの空を飛んでいる。だが今回はイクスリオテ公国領土内の戦闘だからか、敵の数が異様なほど多かった。多勢に無勢のフォーリアンロザリオ軍は交戦状態に入ってから一時間で既に今回投入した戦力の二割近くを消耗してしまった。
「こ、こちらウンディーネ3! ダメだ、敵2機に背中をとられた。振り切れない!」
「待ってろ! すぐ助けてやる!」
「トリスタン1よりネオ・クルーセイダーズ全機! 恐れるな、大義は我らにある! 愛国心を示せ!」
 友軍も次第に押され始め、ヴァルキューレ隊のローレライ?も数機撃破された。
「く、無駄な足掻きを…! オルトリンデ1より全機、後退は許可できません。なんとしても突破します!」
 しかし次から次へと現れる敵機にそろそろ嫌気がさしてきているのは私も同じだった。数で勝る敵を脅威とは感じない。プラウディア攻防戦はこれ以上に地獄のような空だったのだから。あれに比べればまだ可愛いほうだ。
「くそ、敵機はどんどん現れるぞ! もうミサイルが無い!」
「数が減らない! 多勢に無勢なのにどうやって勝てと言うん…ぐっ! 畜生、こちらオリオン2! 被弾した、脱出する!」
 夕焼けに染まりつつある空の下、じりじりとフォーリアンロザリオ国境まで押し戻されていく。その時だった。
「ふん、ヴァルキューレがいてこれしきの数がさばけんのか…」
 冷たく突き放すような声…。反射的にレーダーを広範囲モードに切り替えると、友軍を示す青い輝点が大量に迫ってきていた。増援?
「こちらルシフェランザ空軍、ラグドメゼギスだ。同盟国フォーリアンロザリオの支援に参上した。手伝ってやろう」
「アトロポスよりラケシス、クロートー。前の戦争で敵だったからって撃っちゃダメよ?」
「そんくらいわぁってるよ!」
「フィリル様はどちらにいらっしゃるのでしょう? 遂に共に飛べる日が来たのですね…」
 ラグドメゼギス、それに運命の三女神!? 若干耳を疑っていると、今度は自分の眼前に彼らが現れた。
「血塗れた十字を掲げるネオ・クルーセイダーズ…か。クク、自らの血でその十字を汚すがいい!」
 漆黒のハッツティオールシューネ改が一度見れば忘れられない、“死を運ぶ風”と恐れられた鋭い機動で敵機の群れを突き抜け、一瞬のうちに三機を撃破して見せた。
「ヒュ〜、さっすがやるねぇウチの元帥様は。こりゃあたしも負けてられないねぇ!」
 ラケシスがそれに続き、女神が得意としていたクルビットとバルカン砲の連射を併合した通称「運命の輪」で敵二機のコクピットを撃ち抜く。
「ざっとこんなもんさ!」
「やれやれ、まだまだ甘いわね」
 今度はアトロポスが先ほどの「運命の輪」を水平方向に機体を回転させながらやってみせる。旋回中に機体を直立させるフックは以前からあったが、ハッツティオールシューネ改では直立するだけにとどまらず回転させることまでできるほどに洗練された機体設計がなされている。
 アトロポスのこのアクロバット機動攻撃によって四機がエンジンに被弾して戦闘不能となった。
「こんなもんかしらね」
「うっわ〜、姉さん嫌味〜」
 フォーリアンロザリオとルシフェランザの技術の粋を結集して開発されたハッツティオールシューネ改とゼルエル改…性能的にはハッツティオールシューネのほうが加速性に重きが置かれ、ゼルエルは旋回性が重視されている。
「ではわたくしも、参りましょうか…」
 最後にクロートーが機体中央のウェポンベイを開放し、中から大量の中射程空対地ミサイルを放出。地上に展開していた地対空ミサイル搭載車両や戦車を次々に撃破する。
「こちらフォーリアンロザリオ空軍、オルトリンデ1です。あなた方は…」
「お、アトロポスよりオルトリンデ1。一応説明するわね? ルシフェランザ連邦最高評議会は昨夜、緊急議会においてフォーリアンロザリオ国内における軍事クーデター鎮圧に参加中の部隊に対し直接支援を可決したわ。幸い、イクスリオテ公国はアルガード連合の傘下から脱退を表明しているし、そんな国がアルガード連合の二大代表国を攻撃しているのだから、私たちにだってあなたたちを援護する正当な理由は存在するってわけよ。そういうことだから、ルシフェランザはあなたたちを全面的に支援し、その指揮下に入るわ」
 アトロポスはここに現れた理由について私に説明をしている間にも次々と敵機を屠っていく。相変わらず強い。押し戻されかけていた戦線が復活した。
「レギオン1より全ルシフェランザ軍機へ、異国の同胞を護るぞ。各機、女神と瞬撃槍に後れを取るな!」
「了解!」
 他のルシフェランザ機も到着し、レーダー上で確認できる敵味方の比率はほとんど五分…いや、こちらが優勢かも知れない。何にせよ、とても心強い援軍が到着したものである。
「ルシフェランザからの援軍だと!? ガヴェイン1より全機、警戒しろ!」
「くそ、女神まで来てるのか!? しかもあれは…うぁああああっ!」
「あれは“死を運ぶ風”!? 畜生、あんなのに太刀打ちできるヤツいるのか!?」
「こちらトリスタン5! 女神に背中を…誰か助け、うわぁああああっ!!!」
 イクスリオテ軍はルシフェランザ軍機の乱入によって混乱し、今度は向こうの戦線が崩れ始めていく。
「オルトリンデ1より全フォーリアンロザリオ軍機へ! 敵は混乱しています。この機を逃してはなりません。全機、ルシフェランザ軍機と共に敵を殲滅します!」
「了解!!」
 友軍機たちも彼らのおかげで士気が戻り、かつては敵同士だったパイロット同士が翼を並べて共通の敵を撃墜していく。
「オリオン1よりレギオン1へ! 援護感謝する。帰ったらおごらせてもらうぜ!」
「こちらレギオン1、そいつはありがたい。ならば奴らの血を食前酒とさせてもらおうか。さっさと君のメインディッシュにありつきたいしな」
「ははっ! 同感だな。ここは空の上だ。テーブルマナーなんて気にせず存分に食い散らかそうぜ!」
 第二次天地戦争ではハッツティオールシューネ以外のルシフェランザの戦闘機はフォーリアンロザリオよりも性能が低かった。しかしこの8年でその差もほぼ無くなった。廉価版ハッツティオールシューネ「マステマ」の大量生産とフォーリアンロザリオが開発したマルチロール戦闘機「ミカエル?」を「アエリア」と名前を変えてライセンス生産など、一般兵用の兵装の高性能化に成功している。
「くそ、ダメだ! 戦線を維持できない!」
「諦めるな! ちぃ、本部は何をやっている!? 増援はまだか!?」
「増援など来ても無駄だ。どうせ貴様らの未来は決まっている」
「な…っ!?」
 ラグドメゼギス…その名前は魔王の持つ武器の中のひとつに由来する。瞬撃槍…「瞬く間に敵を撃ち抜く槍」とはまさに彼のことだろう。正確無比の攻撃でコクピットを貫いていく…。
「…負けてられませんね。行きますよ、アラクネ」
< Roger. I follow you. > 了解。続きます。
 私はアラクネの操るブリュンヒルデ1と共に敵機が未だ群れをなし、それらを女神と槍が喰い散らかしている“食卓”へと機体を突入させる。
「ルシフェランザで独占しないでください。元はといえば私たちの獲物なんですから」
 そう言って私は眼前に現れた敵機のコクピットをバルカン砲で撃ち抜き、更にその直後にもう一機をミサイルで撃墜した。アラクネも人間には真似できない機動で敵を翻弄し、こちらも正確にコクピットを貫く。
「あら? …今日は隊長さん、オヤスミかしら? あれは人間じゃないわよね?」
「……フィリルさんは」
 戦場に舞い戻ってしばらく経ってもあの人が死んだとは、言いにくかった。未だに吹っ切れてないらしい。
「…それは後程お話します。今は敵の殲滅に集中してください」
「? …ふむ、了解したわ」
 ルシフェランザ空軍の支援もあって、フォーリアンロザリオはイクスリオテの辺境地の一角を確保することができた。その後私たちは彼らをパルスクート基地へと誘導し、共に基地へ降りた。

 ルシフェランザ空軍から援軍が来る…という情報はヴァルキューレ隊など今日出撃した部隊を送り出した直後に入ってきた。しかもその部隊は、かのルシフェランザ空軍史上最年少元帥となったディーシェント・メルグが直々に編成した部隊である。私たちにとってヴァルキューレ隊がそうであるように、虎の子部隊とさえ言われている「運命の三女神」隊までよこしてくれたことにはさすがに驚いた。
「ようこそパルスクート基地へ、歓迎いたします。ディーシェント・メルグ元帥」
「ふん、最高評議会の決定に従ったまでだ。しばらく厄介になるぞ、メファリア・スウェイド少将」
 互いに敬礼する。ふむ、なかなか気高い…というよりも傲慢な人間だわね。彼のプロフィールによれば、確かプラウディアの生まれだったかな。ルシフェランザの主要七都市で育った者は多くがその地名に由来するような人格を持つらしい…という噂話は聞いたことがあったが、本当なのかしら。
「以後、我々は基本的にそちらの指揮下に入ることになるが…作戦の立案については私も意見して構わんか?」
「ええ、そうしてくれると助かるわ。無論、あなたの意見を全部呑む気はないけどね」
「ま、指揮官としてそうだろうな。私の意見に異論があった時は構わずぶつけてくるがいい」
 彼が先の大戦中「運命の三女神」を指揮し、私たちフォーリアンロザリオの足を長く止めていたことからも、彼の有能さは理解している。その彼が私の補佐となるというのだ、こちらに拒否する理由は無い。…まぁ、多少ムカつくやつであることを除けば、だけどね。
「…ところで、さっきの戦闘にブリュンヒルデが参加していなかったようだが?」
「あら? 参加していたわよ?」
「あんな玩具の話をしているのではない。フィリル・F・マグナードは何処にいるのか、と言っているのだ」
「フィリル・F・マグナード中将は……」
 ちらっと、部屋の隅に立っているファルを見る。傍目から見れば、別に変わったところは見られない。だけど彼女にとって、これは面白くないし触れて欲しくも無い話題に違いない。でも彼女にもこちらの会話は聞こえているはずなのに、退室するそぶりも見せないのは…話してもよい、ということなのだろうか?
「…彼は、戦死したわ」
 そう告げると、ディーシェントは一瞬驚いたような顔をした。だがすぐさっきまでのつまんなそうな顔に戻り、そして小さく舌打ちした後にこう続けた。
「どんな最期だ?」
「今回のクーデターが始まったあの日、辺境の基地が奇襲攻撃を受けたの。ちょうどその時そこへ視察に行っていた彼は、駐機してあった機体で迎撃しようとしたのだけど…その格納庫に爆弾を落とされて、病院へ送ろうとしたらしいけどその後の消息は不明。血のついたドッグタグが大破した車両と共に見つかり、戦死扱いに…」
 ディーシェントの背後に立つ“アトロポス”ことレイシャス・ウィンスレットたち三女神も、若干口惜しそうに俯いていた。その場に重い空気が漂っていたところを断ち切ったのはあまりにも不釣合いな笑いだった。
「く、くくく…くはははっ! 地上で死んだのか! 情けないことこの上ないな。空に上がって死んだならまだしも、地上で死ぬとは! くっくっく、“栄光のヴァルキューレ”もその程度…ぐぁっ!?」
 彼の嘲りは彼の短い悲鳴と肉のぶつかり合う音で断ち切られた。ファルが彼の頬に力いっぱい裏拳を叩き込んだのである。ディーシェントもあまりに突然襲った彼女の拳によろけ、その場にいた誰もが一瞬あらゆる動作を止めた。
「く…貴様ぁ! 何をする!!」
「…あの人を悪く言う人は許しません。それが誰であろうと、それは私の敵です!」
 遂には腰に携行していた拳銃まで抜くファル。私は慌てて彼女を制止した。
「やめなさい、ファル・E・マグナード中佐!」
「放してください! 私は私の敵を討つだけです!」
「それをやめろと言ってるの! 命令よ!!」
 じたばたともがく彼女を必至に押さえつけていると、レンシャスが彼女の前に立ち、片膝を床につけると深々と頭を下げた。
「レイ!? 貴様、何を…」
「我が上官があなたの大切な人を侮辱した非礼…彼に代わり私が謝罪いたします。先ほどの失言、そしてあなたの心とその誇りを傷つけたこと…その贖罪として、以後今回のクーデターが沈静化するまでの期間、我々運命の三女神隊はあなたの命令に決して背かぬことをお約束いたします。本当に、申し訳ありませんでした」
 その場の誰もが、今度は彼女の行動に唖然とした。“運命の裁ちバサミ”と恐れられた伝説のパイロットがその頭を下げている。ファルも、頭を下げているにも関わらず堂々としたオーラを失わない彼女のおかげで冷静さを取り戻したようだ。もう暴れようとはしない。
「……。解りました。今後の働きに期待します。あなたが上官の罪を背負うというのであれば、戦場で誰一人として生きて返さない戦いをしてください。…それだけが、私の望みです」
「敵兵の血で、罪を償え…ということね。承知したわ」
 レイシャス特別准将が顔を上げ、ニコッと微笑む。
「ま、待て。貴様ら、私を差し置いて勝手に何を…」
 ディーシェントが二人の間に入ろうとするが、ファルはただ一方的に「頭を冷やしてまいります。失礼いたしました」とだけ言って司令室から出て行ってしまった。
「…なんなんだ、あの無礼者は!」
 思い切り殴られ、終いには無視されたディーシェントは怒り心頭で悔しそうに顔を歪める。彼女に対し、たった今まで散々無礼を口走ったのはあなたでしょうに!
「…お言葉ですが元帥殿、その前に私の愛弟子に対する暴言を取り消していただけないかしら?」
「断る! 地上で死んだパイロットなどに礼を尽くす必要も感じないのでな」
 この傲慢知己はあくまであの子を蔑みたいのか。よほど8年前の最後の戦闘のことを気にしているらしい。
「ほ〜ぅ、8年前の大戦であなたはあの子に撃墜寸前まで追い詰められたのよねぇ? 確か両舷エンジン停止、上下垂直カナード翼・左舷水平尾翼・右舷カナード翼・左主翼エルロンはすべて大破・離脱、燃料タンクも胴体部分で生き残ったのは八ヶ所中二つだったかしら? 主翼内の燃料タンクは全損。それでよく生きて地上に降り立てたとは思うけど、着陸時にクラッシュして結局機体は大破したんじゃなかったかしら?」
「なっ…!? 貴様、それをどこで…!」
「あの子も満身創痍で母艦に帰ってきたわ。それでもちゃんと愛機を甲板の上まで立派に運んできて見せた。今ウチの格納庫にいるブリュンヒルデ1だってあの子が大戦中から乗ってた機体に改修を加えたものよ。あなたのラグドメゼギスはどうだったかしら? 私が受けた情報が確かなら、あれはもう“プロトタイプ”じゃなかったわよね? するとあなたは自国の国家元首の命令を無視した挙句、愛機すら護れなかったパイロット? あははっ! 情けないのはどっちでしょうね!」
 あの第二次天地戦争最後の戦闘、プラウディア基地攻防戦において彼のラグドメゼギスはファリエル・セレスティアによる停戦命令を無視してヴァルキューレ隊と交戦状態となり、フィリルとティクスの乗るブリュンヒルデ1と激戦を繰り広げたらしい。「らしい」というのは、突如基地中心部から巻き起こった霧の柱により我が軍は基地上空に展開していた部隊とのあらゆる情報網が寸断されて混乱状態にあり、ブリュンヒルデ1のメインメモリーに残されたデータが唯一あの空で行われた戦闘の記録であったため、公式には停戦命令後の戦闘は無かったこととなっている。
「ぐぬぬ…、貴様…言わせておけば図に乗りおってぇ!」
 ディーシェントは怒りに顔を歪め、私に掴みかかろうとする。だが彼の拳が私に届く前に、その肩をレイシャスが掴んだ。
「何故止める、レイ!?」
「あなたが怒りたいのも解るけど、今回はこっちが悪いわね。侮辱する相手を間違えたわ」
「私が何時間違ったことを言った!? パイロットならば空で死ね、と言ったまで…」
「それが無礼だと言ってるの。あの子にとって…そして彼を知るすべての人たちにとって、フィリル・F・マグナードという人物はそれだけ大切だということよ。どんな些細な悪口であろうと許せないのね。あなただって、ファリエル様のことを“白い魔女”と言われれば怒るでしょう?」
「それは…。くそ!」
 レイシャスは完全にディーシェント・メルグという人物を把握しているようだ。なだめ方も知っている。なんだか少しだけ親近感が湧いた。おそらく彼女も、本来教官などが適職の軍人である。“白い魔女”とは、8年前の第二次天地戦争が勃発した当初に我が軍がルシフェランザ連邦最高評議会代表、ファリエル・セレスティアを蔑んで呼ぶのに用いた言葉である。
「私は部屋で休ませてもらう! 日没後、作戦の立案に移る。それでいいか、クーデター鎮圧部隊総司令官殿!?」
「そうね。部屋へ案内させるわ。ちょっと気になる情報もあるしね…」
 未確認だが、今回のクーデターにグリフィロスナイツのメンバーが関わっているという情報がある。デマだと思いたいが…。近くにいた補佐官に声をかけ、二人を来賓用の部屋に通すよう命令した。

 オルトリンデ1のコクピットに座りながら、いつものようにシステムチェックを行う。初めてこの機体に乗ってから何度も繰り返しやってきて、そのたびに異常無しのメッセージを見てきた。今回もオールグリーン、問題ない。私はまだ、あの男…ディーシェント・メルグの言った言葉が許せないでいた。
『地上で死んだのか! 情けないことこの上ないな』
 今思い出しても腹が立つ。ルシフェランザ空軍の元帥だか何だか知らないが、あの時もしもメファリア司令が私を止めなければ…いや、止めに入るのが数秒遅ければ私は迷うことなく引き金を引いていただろう。
「今にして思えば、これは間違いなく国際問題にまで発展しますよね…。危ないところでした」
 少し軽率すぎた…と、思えるだけ頭は多少冷えてきたらしい。ふと、あの人の声が聞きたくなった私はオルトリンデ1のメインメモリーにアクセスし、第二次天地戦争の通信記録…その一部を保存しておいたフォルダを開く。そこに保存されているのは、ブリュンヒルデ1の無線記録だ。イヤホンをつけて、いくつもあるファイルのひとつを展開してみる。
『…オルトリンデ、怖いか?』
 これはグリーダース地方での制空権争いの時、女神たちと交戦する直前にあの人が言った言葉だ。その言葉を聴いて、私はふと自分を振り返ってみた。今の私は…何か恐れるものがあるだろうか? 何より恐れていた事態は既に起こってしまった。自分の死など怖くは無い。あの人の許へ逝けるのだ。それはむしろ喜ぶべきことなのかも知れない。だけどあの人を死へと追いやった奴らを地獄へ叩き込めなくなるのは口惜しい。…ふむ、悔しいだけでやはり怖くは無い。
「…あなたも戦場で死んだのですから、私も戦いの果てに死ねれば…きっとあなたと同じヴァルハラへ行けますよね?」
 そっと独り言を呟く。そう、それは独り言のはずだった。
「生きてる人間が死ぬことなんて考えちゃダメよ」
「!?」
 予期せぬ返答の声に驚いて、俯いていた顔を跳ね上げるとアトロポス…レイシャス特別准将がコクピットの横から顔を覗かせていた。
「アトロポス…」
「いい加減名前で…いえ、私も自分のコールサインは気に入ってるし、別に構わないか」
 ああ、そうだった。レイシャス・ウィンスレット特別准将…と、そう呼ぶべきだった。どうも敵同士だった頃からアトロポスとコールサインで彼女を呼んでいたせいでその癖が抜けない。
「…なんでしょうか?」
「ああ、え〜っとね…。ウチのミコト…クロートーいるでしょ? あの娘も歪んじゃいたけど、フィリル中将のことを好いててね。今ちょ〜っとばっかし壊れ気味なのよ。それであなたに喝を入れて欲しいかな〜、なんて」
 そう言えばクロートーに追われてる時が一番怖いとか、あの人から聞いたような覚えもあったかも知れない。
「そんなこと言われても…どうすればいいのか解りませんし」
 私が困った顔をすると、レイシャス特別准将も「ん〜」と自分の髪をくしゃっと掻いた。
「まぁ、いいでしょう。女神もこれからの貴重な戦力です。こんなところで戦意喪失でもされたらたまりません。行くだけ行ってみます」
「ホント? じゃあ、お願いするわ。あの娘の扱いには私もずっと悩まされてるのよ」
 そう言ってタラップを降りるアトロポス。私もコクピットから出て彼女を追う。

コメント(3)

(続き1)

 その日の夜…あたしはラケシスのチェックをしてから部屋に戻った。
「あら、お姉さま。お帰りなさいませ」
 お? ミコトが普通に戻ってる。あたしが「ラケシスの様子を見てくる」という口実でこの部屋を抜け出した時にはドロッドロの重た〜いオーラを纏って別空間を構築していたように思ったけど…。
「あんた、さっきまでの落ち込みようは何処へいったのさ?」
「あらあら、お姉さまにもあのお恥ずかしい姿を見せてしまったのですね。これはこれは、本当に申し訳御座いませんわ」
 ミコトはそう言ってあたしに向かって頭を下げた。…ていうか、あの時あたしがこの場にいたことに気付いてなかったってわけ? まったく、ホントこの娘の妄想癖にはまいっちまうよ。…ていうか、むしろあたしの質問に答えろ。
「あ〜、謝んなくていいよ慣れてるから。…で? 思いの外立ち直りが早かったのは何故?」
 若干声にイラだちを込めながらそう言うと、このサイコ娘は「あらあら、御免あそばせ」と和服の袖でそっと口元を隠しながらクスクスと小さく笑った。あたしゃバカにされてるのかねぇ?
「先ほどファル・エスト・マグナード中佐がお見えになりまして、わたくしを激励してくださったのですわ」
「ふぁる? ああ、オルトリンデか。へ〜、さてはレイ姉さんの差し金かねぃ…。ま、いっか。で? 何言われたのさ?」
 オルトリンデとさっき戦死したって聞かされたフィリル中将とやらは夫婦だったって話だしね、ミコト以上に純粋に傷付いたあいつなら、こいつの歪んだ精神叩き直してくれると踏んだんだろう。レイ姉さんの考えそうなことだ。
「ええ、あの方は本当に強くて…フィリル様に相応しい女性だったのですね。ちょっと口惜しい気もいたしますが、わたくしよりも遥かにフィリル様を理解し、愛していらしたもの」
 だ〜か〜ら〜! あたしの質問に答えろっての!! あたしは腕を組み、右足のつま先で床をこつこつと叩きながらミコトがあたしの思いに気付いてくれることを祈った。
「…? ああ、あらあら。またわたくしはいらぬことを…。ファル様は、意気消沈していたわたくしにこう仰ってくださいました。『心の涙に溺れていたいのならそれでも構いません。しかし敵は眼前にいるのです。あの人を死へ追いやった憎むべき敵を前にして、あなたは自らの手に握り締めた剣を振り上げずにいられますか? 泣きながら剣を振り下ろせますか? 無理でしょう? ならば戦いなさい。そして殺しなさい。あなたの敵を、あの人の敵を…そして、私たちの敵を』と…。わたくしとファル様は同じ敵を憎んでいるのです。そして同じ目的を持ってこの戦場に、この場に立っているのです」
 そこまで言うとミコトはあたしの目をしっかりと見据え、活き活きとした輝きの宿る双眸でこう言い放った。
「お姉さま、わたくしは決めましたわ。たとえ戦犯に裁かれても構いません。わたくしのクロートーを敵の返り血で真っ赤に染め上げてみせます! ええそうですとも! 地上を這いずるクソ蟲の一匹たりとも、わたくしの舞う空から生かして帰しません! それだけがきっと、あの人の供養にもなるのですわ!」
 ミコトはこっちに移動してきてからも普段振袖とかいう民族衣装を着ている。なるほど、その名の通り袖元が長く垂れている。その長い袖を振り回しながらあたしじゃないどこか虚空を見つめてポーズを決めるこの娘の背後に…あたしは「ドーンッ!」というド派手な効果音と共に爆発が見えたような気がした。
「……へ〜、あっそ。まぁ頑張んな」
 正直、あたしはこの娘のペースにはついていけない。でもまあ、戦犯覚悟で敵を一兵残らず殲滅かぁ。それはちょっと面白いかもなぁ。レイ姉さんが三女神はオルトリンデの命令に背かない、と言ってしまったし、そのオルトリンデがそう望んでるんだ。あたしたちがどんな極悪非道なことをしても、いざとなればあいつに責任押し付けられるかも知れない。あたしはラケシスが成す術無く逃げ惑う歩兵の群れに向かってバルカン砲を乱射する情景を思い浮かべた。…う〜ん、なかなか快感かも知れないねぇ。
「そいじゃ、あたしも明日から頑張ってみるかね。敵を殺し尽くせばいいんだろう? へへ、腕が鳴るねぇ」
(続き2)

「あんまり褒められたものじゃないとは思うけどね〜」
 声が聞こえたほうを振り向くと、部屋のドアに寄りかかりながらレイ姉さんが呆れたような表情であたしたちを見ていた。
「あそこまで壊れちゃうと、私たちじゃどうしようもないのは事実だけど…。あれじゃこの紛争終結後の世界で苦労しそうだわ。なんとか引き戻してあげたいけど…」
「姉さん、自分で無理って言ってるじゃない。あたしたちの出る幕じゃないよ」
 そうさ。あの娘にしてやれることなんて何も無い。あの娘にとっちゃあたしたちは所詮「部外者」であって、どんなにこっちが歩み寄ろうとあの娘はそれを許さないか、もしくは何をされようと気にも留めないに違いない。
「そうなんだけどね。でも…人間はほら、無いものねだりを繰り返してきた生き物だから」
 レイ姉さんは寂しそうにそう言った後、「今夜はもう寝るわ。あなたたちも明日に備えなさい」と自分に与えられた寝室へ向かった。その後姿を見送り、一人で勝手に盛り上がって勝手に闘志を燃やしてるミコトを放置してあたしも自分のベッドの上で横になる。
「無いものねだり…かぁ」
 死者は甦らない。当然だ。人間だけじゃない。人間以外の動物はもちろん、植物にだって寿命はあるし、宇宙に散らばってる星だっていつかは崩壊する運命なんだ。科学者たちの間じゃ、銀河を形成する上で重要な役割を担っている巨大な重力体・ブラックホールすらも長い年月を経た後に崩れ去るというのだから、この世で滅びないものは無く、また無から有は生まれないのと同じく壊れたものは自然には直ることは無い。
 しかしそんなことはあの娘だって解ってる。だからあそこまで壊れざるをえなかったのだろうことはあたしにだって解る。溜まった憤怒・憎悪・悲哀…それらすべてを許容できるほど人間の心なんざ大抵広くも深くも無い。ならば壊れる以外に道は無いじゃない。それでつかの間だろうと歪んでいようと、自分を保てるならそれはいいことなんじゃないの?
「…ま、どっちにしろあたしたちがぶちくさ言ってても何も変わりゃしないのよ」
 あたしは思考を中断して睡眠欲に体を委ね、数分のうちに意識がおぼろげになっていくのを感じた。

 ほぼ同時刻、フォーリアンロザリオ王国領内ケセド地方。この地方の防衛を担当するアルティオ基地は発令所のスタッフを交代させながら非常時に備え、番をしていた。
「うは〜、やっぱ夜ともなると寒ぃな」
「そりゃまぁもうすぐ冬だしな。これからどんどん冷えるようになるさ。ほれ、コーヒーでも飲むか?」
 暖房は入っているはずだが、ずっと座ったまま動かないと徐々に体が冷えてくる。差し出されたコーヒーを受け取って礼を述べ、それを口に含むと体が少し温もりを取り戻した。
「…お?」
「どした?」
「いや、レーダーに機影が…なんだこりゃ?」
 反応がやたらでかい。レーダーには既に第一警戒ラインまで接近されているにも関わらず、おぼろげではあるが輸送機並みの巨体が捉えられている。恐ろしく速い。
「もしかしたら、こないだパルスクートから連絡のあった所属不明機じゃないか?」
 同僚が言うとおり、レーダーに映ったその機体からは敵味方識別信号が発信されていない。
「かも知れんな。ま、やることやるか!」
 そう言ってコーヒーカップを机の上に置き、インカムマイクを口元に寄せる。
「緊急事態発生、緊急事態発生。たった今レーダー上に所属不明機を捉えた。方位116。数1。スクランブル待機要員は直ちに迎撃に上がれ。尚、この不明機は先日中央からの報告にあったものと反応が酷似しており、ヴァルキューレ隊の追撃を振り切った機体である可能性がある。十分に注意せよ! 繰り返す…」
 館内マイクで基地全体へそう知らせていると、早くも格納庫からスクランブル待機部隊の機体が顔を出してきていた。
「こちらペクト1、出撃準備完了。離陸する」
「こちらアルティオコントロール。了解だ、離陸を許可する。不明機はIFFの反応が無いが敵と決まったわけではない。先制攻撃は禁ずる。不明機を視認し、敵対行動が確認されるまで撃つんじゃないぞ」
「ペクト1、了解。ペクト隊各機、聞いての通りだ。撃たれるまで撃つなよ」
 そう言って四機のミカエル?が闇夜の空へ上がっていった。ま、相手は一機だ。図体の割りにいい脚を持ってるとはいえ、一機なら四機もいれば十分だろう。
(続き3)

「ほぅ、やってみるがいい。か弱き妖精諸君」
「なっ…!?」
 断末魔さえあげる暇も無く、レーダー上からひとつ友軍機の輝点が消えた。
「ペクト2がやられた!? アルティオコントロール! 不明機から攻撃を受けた。交戦許可を!」
「こちらアルティオコントロール! 了解だ。“不明機”を“敵機”と改め、交戦を許可する! 増援を送るぞ、持ちこたえろ!」
 すぐさま予備として待機していた部隊に出撃を命令するが、聞こえてくる無線は敵機が予想以上の戦闘能力を持っていたことを物語ってきた。
「くそ、こいつ! でかい図体の割りになんて機動しやがるんだ!?」
「駄目だ、まったく追いつけない! ミカエル?がここまで…ぐぁあああ!」
「ペクト3が…! くそ、なんなんだあの機動は!? あれにも人が乗ってるのか!?」
 基地に設置されている地対空レーダーはアンテナがくるくると回り、戦闘空域にアンテナが向いた時に新しい情報に更新されるのだが、敵機の反応はあっちこっちへと信じがたい速度で移動し、化け物級の機動性がディスプレイからも読み取れた。
「まるで生き物みたいだぞ!? 駄目だ、ミカエル?ではまるで歯が立たない! ペクト1よりアルティオコントロール! 至急パルスクート基地へ連絡して、ヴァルキューレを呼んでくれ! でないと…づぁああぁあ!」
「隊長!」
「脆いな…」
 不気味な声が聞こえた直後、ペクト4のシグナルも途絶えた。
「パルスクートコントロール、こちらアルティオコントロールだ! 現在敵の攻撃を受けている。相手は先日の報告にあった所属不明機の可能性あり! 至急ヴァルキューレ隊を…!」
 そこまで言いかけた時だった。ふと視線をレーダーディスプレイに戻すと、敵機はこちらが飛び立たせた迎撃部隊を振り切ってこの基地めがけ直進してきていた。
「さあ、闇に喰われるがいい!」
「あれは…!? アルティオコントロール、退避急げぇ!!」
 友軍機からの悲鳴にも近い叫び…。それの直後、基地に巨大なミサイルが飛来して基地施設上空で炸裂した。ミサイルは凄まじい衝撃波を発生させて周囲のすべてを薙ぎ払い、空気の壁に引っ叩かれて意識が飛んだ。

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