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小説書き込み自由コミュの死を告げる妖精?-S.E.D.S.-(1-2・改訂版)

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第弐話 引き裂かれた翼

 それから約30分後にはスタジアム上空にフォーリアンロザリオ、ルシフェランザ両国からの援軍が到着し、クーデター軍は増援部隊を含め撤退していく。ルシフェランザからやってきたAWACS(早期警戒空中管制機)が受けたスタジアム警備隊からの報告では、民間人の非難時に若干名の負傷者が出たものの、重傷者・死亡者はゼロ。女王も姫君も無事脱出できたそうだ。
 パルスクート基地へ帰還すると、私は現在の状況について情報を得るために基地司令を尋ねた。
「…状況は思ったよりも深刻のようね。既にイクスリオテ公国との国境地域の街には甚大な被害が出ているし、彼らの呼びかけに答えた売国奴たちは我が軍の指揮系統から離脱して国外へ逃亡。彼らもイクスリオテに向かう途中でいくつかの街に“置き土産”を落としていったわ…。これらの地区で、どれだけ犠牲者が出たのか…一応中間報告は来たけど、まだまだ増えるでしょうね」
 この基地の司令を務めるメファリア少将が壁に取り付けられた大きなディスプレイに被害を受けた地区が赤く塗られたマップが映し出され、脇に国内で放送されているニュースの映像が表示される。
「…これだけのクーデターを、なぜ諜報部は気付けなかったんですか?」
「さぁね。大きなバックアップでもあったのか、もしくは諜報部が無能だったのか…。でもここまで派手に動かれて黙ってるほど、ウチも御人好しじゃないからね。すぐに攻勢に出ると思うわ。そうなったらヴァルキューレ隊は主戦力として担ぎ出されるでしょうから、覚悟しておいてね」
「了解です」
 クーデター勃発からまだそれほど時間も経っていないし、被害に遭った地区では相当ひどくやられたらしい。そんな混乱した状況下では情報も集まらないと判断し、その日はそれで司令室を後にした。

 二日後、私はメファリア司令に呼ばれて再び司令室を訪れた。そこで私は…ソレを聞かされることとなった。
「…昨日行政府からの要請に応え、軍令部は今回のクーデターに対し鎮圧用部隊を設立することを決定したわ。クーデターの鎮圧が大本にあるとはいえ、これはもはやイクスリオテ公国に独立戦争を吹っ掛けられているのと同じ状況。情けも遠慮も要らないわ。存分に叩きのめしてやりなさい」
「了解いたしました」
「…それとね、あなたに軍令部から辞令がきてるわ」
「…?」
「ファル・エスト・マグナード少佐。本日付で中佐へ昇格、加えて第144特別飛行隊の隊長の任を命じます」
 …一瞬、司令が何を言っているのか判らずきょとんとしてしまった。第144特別飛行隊とはつまり…ヴァルキューレ隊のことだ。
「…私がヴァルキューレ隊を? いえ、しかし…隊長は」
 そこまで言うと、メファリア司令は言いにくそうに表情を曇らせ、ひとつ大きく溜息を吐いた。
「……落ち着いて聞いて頂戴ね? クーデターが起こった一昨日にね…二つの都市が焼かれたわ。ゲブラーとビナーよ。昨日ビナーの犠牲者名簿が送られてきてね、その中に…あの子たちの名前があったの」
 あの子たち…その言葉がさす人物が誰なのか、私は薄々気付いて…いや、確信している。なのに…私の思考にフィルターがかかり、その思考を遮断する。だから私は問う。かすかな望みを抱いて、それが砕かれるのを知りながら、聞けば更に深い絶望に自分自身を突き落とすだろうことを知りながら…。
「…あ、あの子たちって………?」
「フィリル・フォーリア・マグナード准将、ティユルィックス・マグナード中佐の二人は…戦死したわ」
 さっき司令から「落ち着いて聞いて頂戴ね?」と言われた段階でこの展開は予想し、覚悟もしていたはずだ。なのに…私の思考はホワイトアウトして何も考えられなくなった。心は妙に落ち着いている…いや、それは違う。ひどく動揺しているのだ。動揺しすぎて、自分の動揺が判らなくなっているだけだ。
「そ、そんな…。そんなはずありません! あの人が…、あの人たちは必ず帰ってきます!」
「信じたくないのは私も同じよ。でも…あの子たちは最後の視察地域だったビナーに行き、そこでクーデターに巻き込まれたの」
「そんな…そんなの嘘です!」
 我ながら子供みたいなことを言っていると認識できている…妙に冷静な“もう一人の私”が私の中にいる。
「ビナーの空軍基地を視察中にクーデター軍が来たのね。現地の兵士に確認も取ったわ。あの子たちはあの時、確かにあの場所にいた…。空襲があって、あの子たちは基地内に駐機してあったミカエル?で出撃しようとしたそうよ。だけどその時格納庫に爆弾が直撃して…その瓦礫の下敷きにされてしまったらしいの。衛生兵が二人を引きずり出して、基地はもう安全ではなくなっていたから街の病院へ連れて行った。だけどその後の消息は不明…おそらく途中で敵機の攻撃を受けて……」
 その光景が眼に浮かんだ。ニュースでもビナーとゲブラーは悲惨な状況だと聞いたし、それで二人から連絡が無いというのも不安に思ったけれど…それでも死という可能性を最後まで否定したかった。
「私は信じません! あの人は、すぐに帰ってくるって…約束してくれました」
「…信じようと信じまいと、あなたがヴァルキューレ隊を率いるのは軍令部の正式な命令よ。それと…あなたにコレを渡しておくわ」
 そう言うとメファリア司令はそっと私の右手を掴み、ポケットから取り出した何かをその掌の中に置いた。
「一昨日も言ったけど、戦闘が始まればヴァルキューレ隊は最前線へと送り出されるでしょう。でもあなたには少し時間が必要でしょうから、私が上層部に掛け合ってあげる。あの子から、あなたはたまにメンタル面で脆くなる時があるって聞かされてたしね…。心を、強く持ってね」
 右手に…小さくて、少し冷たい感触がある。メファリア司令は優しい手つきで私の指を曲げてそれを握らせる。
「……伝えることは伝えたわ。自室に戻って別命あるまで待機。判った、マグナード中佐?」
「…はい、了解しました」
 右手を軽く握り、肘を約90度に曲げた状態のまま、私は司令室を出た。右手に握られたソレは、二枚のプレートのような形状をしている。とても馴染み深いもののようにも思う。ソレと同じようなものを、私は身近に持ち歩いていると思う。だけど…どうしてもソレを握り締めた右手を開けない。私はとにかく自室へ早足で向かった。途中何人かに声をかけられたようにも思ったが、それを無視してとにかく急いだ。何故? 自分でも判らない。判りたくもない。ドアを開け、部屋へ入ってすぐ閉める。そして自分の右手に視線を落とす。
「……嘘、ですよね? プラウディア戦の時だって、帰ってきてくれたじゃないですか。私は…ずっとあなたの命令に従ってきましたよ? エンヴィオーネ戦以来、命令に背いたことなんてないのに…そんな私が、あなたを失うのですか?」
 そんなはずはない、だってそんなのあまりに不条理過ぎるじゃないか…と、何度も心の中で呟き、そしてゆっくりと握られた右手を開く。そこには…黒いゴムで縁を覆われ、赤いペンキみたいなものがベットリくっついて乾いたあとが残る、ボール状のチェーンで繋げられた二枚の銀色の板。血塗れた二枚のドッグタグ。そしてその名前は…。
「…う、うぁ……」
 駄目。見ない方がいい。読まないで! もう一人の私が必死に叫ぶ。だがその声を無視して、私の視線は打刻された文字を一文字一文字黙読していた。
『Ferel F. Magnard』
『Tiyullix Magnard』
 その瞬間、私の中で今まで必死に保とうとしていたものが…ボロボロと崩れ去るような感覚が芽生えた。
「い、あぁ…。ぃやあアぁぁアアあぁァあぁぁぁァあアアぁぁァァあ…っっっ!!!!!」
 二枚のドッグタグを両手で握り、胸に押し当てて絶叫した。叫びと涙が次々と溢れ、脚に力が入らなくなって床に思いっきり膝を打ち付けた。だけど痛みなんて瞬間的にしか感じない…感じたのかどうかさえ、一秒経たず忘れてしまった。痛みなんて…意味を持たなかった。
「うゎあアぁあぁアぁああぁアぁぁアアあぁああァあぁアぁぁっ!!!」
「ファル!? どうしたの? 何かあったの!? ねぇ、ここを開けて!」
 ドアの向こうで…カイラス少佐がドアを叩いている。けれど…立てない。人間の心とは一体何処にあるのか、胸を痛めるという類の言葉があるように、一般的に心は胸…それも心臓のある左胸にあるというのが暗黙の了解らしい。「心臓」と書くことや「ハート」が心臓と心の両方を表すことからも、この考えが古来より定着してきたことは間違いないだろう。だけど、『胸が』痛むなんていうレベルの言葉では今の私は言い表せない。過去に臓器移植を受けた人が手術後にドナーの特徴の一部を受け継いだとも取れる変化が起こったというテレビ番組を見たことがあったけれど、もしかしたら人間の心とは胸だとかそういう特定された部分のみに宿るのではないのかもしれない。だって…今、私は全身が痛いから。身を引き裂かれるほど…いや、身も心も魂さえも細切れにされたんじゃないかと錯覚を覚えるほどの精神的な激痛が全身を駆け巡り、暴れた。
「うぁあっ、く…ふっ……フィ、リ…ル……ひっく…さん…」
 今まで胸に押し当てていたドッグタグを体から少し離して、それに眼をやる。ああ、涙が邪魔して…よく見えない。涙で歪んだ視界がより一層酷く歪みながら暗く深い闇へと墜ちていく。朦朧とする意識は、私の体が床に倒れたところで完全に途絶えた。

 騒ぎを聞きつけた下士官に部屋の合い鍵を持ってこさせて中へ入った時、ファルはその整った顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら部屋の中央で倒れていた。両手でしっかりと何かを握り締めたまま、医務室へ運ばれるまでの間もずっとそれを決して離さなかった。
「…ファル」
 元々白い肌と銀色の髪という淡白な印象を持つ彼女だけど、真っ白いベッドの上に寝かされると儚げな印象が更に際立つ。本当に…女から見ても整った綺麗な顔立ちもあって、さしずめ人形のよう…。その容姿と部隊1、2を争う実力から部内の新入りたちの間でも人気が高い。8年前の大戦でも初めて女神を撃墜したパイロットという功績も相俟ってアイドルのような扱いをされているらしい。
「カイラス…」
「ん? ああ、何か判った?」
 普段から冷静な彼女がここまで取り乱したのは私の知る限り初めてだ。チサトを失ったあの頃だって、こんな状態にはならなかったと思う。気になったのでアトゥレイを呼んでメファリア司令に話を聞きに行くよう言っておいたのだ。まあ、なんとなく予想はついていたのだけれど…。
「ああ、やっぱり…隊長と副隊長が」
「……そう」
 彼女がこんな状態にまで陥るのは、それくらいしか思い当たる節がなかったが…だがやはり、隊長とは夫婦の契りを交わした彼女のショックは私たちには決して理解できない領域なのだろう。
「よりによって、隊長だもんな…。そりゃ辛いわけだ」
「ええ…。しばらくそっとしておいてあげないとね。隊員たちにも見舞いには来るなと伝えて」
「ああ、了解だ。…これからはファルが隊を率いるらしいけど、大丈夫なのか? ブリュンヒルデも…」
「…知らないわよ」
 フィリル隊長とティユルィックス副隊長を同時に失い、新隊長として任命されたファル中佐はこんな状態…。反乱を起こした好戦派の連中はイクスリオテ公国の軍勢と合流して着々と準備を進める中、ヴァルキューレ隊は作戦行動が不可能となっている。王国最強の航空戦力が、こんなことでどうするのか…。
「…とはいえ、私たちだって人間だものね。新隊長が立ち直ってくれることを期待しましょう」
「だな。じゃあ俺は他の連中んとこ行ってくるわ、新副隊長?」
 上層部は私を副隊長に据えるつもりか。思わず溜息が口からこぼれた。今眼前で眠っている隊長が調子を取り戻してくれればサポートなど必要ないだろうし、かといってこのままベッドの上ならサポートも何もあったものじゃない。要するに、今の私たちには彼女の回復を待つしかないわけである。

 一方、ウェルティコーヴェン共和国辺境の軽食屋「ヴァイス・フォーゲル」では珍客がドアのカウベルを鳴らしていた。
「いらっしゃ…い?」
 エリィさんがびっくりしたのも無理は無い。このヴァイス・フォーゲルに来る客の顔なんてもう大抵覚えてしまっていた。この辺りでは近所付き合いも都会ほど希薄でなく、毎日顔を合わせるので10年近くもいれば必然的に顔と名前が完全に一致するようになる。でも今回は…そんな人たちではなかった。何せ、こんな辺境の地にいるはずの無い人だったから…。
「えっと…あなたがテルニーア・シャリオさん、でしょうか?」
「は、はい…。えっと…あの、その……」
 ウェルティコーヴェンの辺境の辺境にある小さな飲食店に現れたのは、ファリエル・セレスティアその人だった。お忍びなのか、テレビで見たような華やかなドレスではなく淡いミントグリーンのブラウスに桜色のスカーフを巻き、白いロングスカートをはいている。今日は比較的暖かいからその格好でもいいけど、若干季節外れ。
「私はファリエル…と、名乗る必要もありませんか」
「ファリエル様、手短にお願いします…」
 SPなのか、前髪だけ左右非対称に伸ばした銀髪で片眼を隠した男の人がそっと耳元で囁き、ファリエル様も「わかっています」と微笑む。それから私の方へ向き直ると、「んん…」と咳払いをしてから口を開いた。
「…ごめんなさい、私たちにも時間があるわけでもないので単調直入に申します。テルニーア・シャリオさん、あなたはまだルシフェランザ連邦の人間ですね?」
「は、はい…」
 10年近くこの場所で暮らしてはいても、ウェルティコーヴェン国籍を取得してはいない。つまりまだ戸籍上はルシフェランザの人間…ということになる。
「ならば、連邦を治める人間としてこの私があなたに命令…いえ、そう言ってしまってはいけませんね。私からお願いいたします。しばらくの間、連邦評議会議長代理を務めていただけませんか?」
 ……はい? 何をこの人は言っているのだろうと眼を白黒させていると、ファリエル様は説明を補足した。
「う〜ん、本当に嫌なタイミングで紛争が起きたものですが、私には少々やることがありまして、連邦の政治に関わっていられるほどの余裕がなくなってしまったのです」
「そ、そんな大変なことが…!? 国の政治よりも大事なことって…」
「察していただけると有難いのですが、周囲の人間はまず納得しないことではあるのです。しかし…私は一人の人間として、それを知ってしまった以上、それの阻止が間に合わぬ以上…私は“彼”に協力したいのです」
「…“彼”?」
 私が聞き返しても、ファリエル様は頷くだけで名前は明かさなかった。ていうか、ファリエル様の言う国家の政治よりも大事なことが何なのか、それすらもいまいち理解できない。でも…ファリエル様の眼には強い輝きが宿っていて、私にも手伝えることがあるなら何でもしたいと思えた。最近までニュースなんて興味無くてちゃんと見てなかったけど、たまにテレビで映るこの人は本当に不思議な魅力の持ち主だ。
「で、でも私にはファリエル様のようなカリスマ性は…」
「確かにあなたはまだまだ未熟ですが、私が一流の“能力者”として目覚めさせてあげます。評議会は実力主義ですから大丈夫ですよ。それにあなたには能力者としての高い潜在能力が秘められていますから」
「私が“能力者”!?」
 能力者とは、平たく言えば超能力者のことだ。未来を視たり離れた人間の思考を読んだり…人によっては物を浮かしたり壊したりもできるらしいけど、物を壊すにはまずその物体と同調して、内に宿された生命を破壊するためひどい場合には精神に以上をきたしてしまうケースもあったらしい…というのは以前インターネットで見たことがある。どれだけ先の未来を正確に視れるか、どれだけ離れた人間の思考を正確に読めるかはその能力者の力量次第…。
「そ、そんな…私は能力者なんかじゃ」
「今はまだ覚醒してもいませんし、その欠片ほども使える状態にないからですよ。この私が解き放ってあげます。その能力の制御する術も教えてあげます。ですからどうかその力、私のためにしばしの間使っていただきたいのです」
 ファリエル様がまるで祈りを捧げる修道女のような眼でこちらを見るものだから、私には事実上、拒否権なんてものは存在しない。拒否なんてすれば、後ろに立つ銀髪の男の人に何をされるか判ったものじゃない。
「ふふ、ディーシェは私の前ではそんなことしません。安心していいですよ。でも、その勘の鋭さです。第六感とはつまり、能力者の片鱗なのです」
「え? あ、あれ? 今、私…」
「ええ、声には出してませんでしたね。でもティニさん自身、こうして相手の胸のうちを読み取ったことくらいあるはずです。親しい間柄だと、より容易にできたはずですが…?」
「そ、そうなんですか? う〜ん…」
 そんな覚えもあるような無いような…。
「…おやおや、これはなんとも面白い運命ですね」
 ファリエル様がくすくすと笑う。何が可笑しいんだろう?
「いえ、あなたの過去を遡ってみたのですが…。ふふ、あなたが初めて心を読み取れた人がディーシェの因縁の相手とは…」
「なっ!? あのヴァルキューレですか…!?」
 隣で立っていた銀髪の男の人が、若干声を荒げる。ヴァルキューレ…お兄ちゃんのことかな? う〜ん、心を読み取った…なんてことあったかなぁ? 思い出せない。
「…とまあ、そんなわけで、よろしいでしょうか?」
 ふと唐突にファリエル様がエリィさんのほうを振り向く。それまで流れを静観していたエリィさんだったけど、突然話を振られて驚いたみたいに眼を丸くした。
「え? え、えっと…う〜ん。まあ、うちとしちゃ店の看板娘に抜けられちゃうのは正直痛いんだけど…なんか話聞いてたら国家レベルらしいじゃん? ティニ本人が望むなら…私ゃ構わないけどねぇ」
「……、その子にしか務まらない仕事だというのなら、何も言うまいよ」
 言葉ではそう言っているけど、表情はどこか影がある…。本当は引き止めたいけど、それを言うには躊躇いがある…といったところか。それはファリエル様も判っている。だから少し考えたように一泊置いてから「すみません、なるべく早急にことを終えますので…」と頭を下げた。
「ファリエル様、あなた様が一市民に頭を下げるなどと…!」
「いいえ、ディーシェ。それは私が最高評議会議長としての立場としてルシフェランザ国民の前に立った時のみです。ここはルシフェランザでもなければ相手も異国の人間…ならば礼は尽くさねばなりません。今は議長としての身分も隠してここへ来ているのです。今は私も“一市民”に他ならないのですよ」
 ディーシェと呼ばれている男の人は、見ててもとても誇り高い人だって思うんだけど…ファリエル様の前ではどんなことでも押さえ込める人みたい。まあ、相手は国家元首なんだから普通そうなんだけど…そういった主従関係とは別の絆が見えた。
「…じゃ、ティニ。準備しようか? 私も手伝うよ」
「あ、うん。そうだね。じゃあ、準備してきます。出発は早いほうがいいですよね? 今日中に出発しますか?」
「すみません、出来うる限り急ぎたいところではありますが…こちらもなんの連絡もせず、突然押しかけてきて御家族同然の人間を連れ去りたいなどと言っているのです。おそらくここを出たら一年は帰って来られません。我々もぎりぎりまで待たせていただきます。ですからどうか、数々の無礼…お許しを」
 そこで再びファリエル様が頭を深々と下げる。隣に立つ男の人は何か言いたげだったけど、その言葉をぐっと飲み込んでいた。……準備、急がなきゃ殺されるな…きっと。

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