許可自体はすぐに取り付けた。第三艦隊は現在補給を終えて作戦領域へ向けて急行中、二日後には目標地点に到達するということだったので、出発するなら急げと逆に急かされた。格納庫を出てからものの30分も経たず帰ってきてコクピットに体を納める。 「外部空気源、外せ。電源入れろ」 「うわぁ、この機体すごいよ。デジタル化がここまで進んでるなんて…ほとんどすること無いって言うか、高性能なコンピュータだね」 言われてみれば、ミカエルにはかなり色々と細かなスイッチがあったが、随分減った。後席に回されたのかと思っていたがそうでもないのか。HUDのすぐ下に大き目のディスプレイがあり、メインコンピュータが起動と同時に何か表示され始めた。これは…蜘蛛? <…A. R. A. C. H. N. E. System Stand-by. All system green. Let’s go, CDR> 一匹の蜘蛛が張り巡らされた糸の上を這いまわり、腹が這った後には光が点々と燈っていく。おそらくそれらは一つ一つのシステムを表しているのだろう。表示された文字の最後、CDRは中佐の略称だ。こいつには人工知能でも搭載されているのか? 「…やれやれ、機械にまで急かされるか」 「え?」 ティクスが間の抜けた声を出す。向こうの画面にこれは表示されていないらしい。いや、そもそもパイロットの操縦を補佐する目的なら、RIO(レーダー要員)に無用な情報を与えることもないということかも知れない。向こうにもこの蜘蛛が行った操作の情報は与えられるだろうが、それは操作に対してだけだろう。 「いや、どうやらもう飛べるらしい。行くぞ、音速を超えた戦いの空へ“ただいま”だ」 エンジン出力を上げると機体が前へ動き出し、タキシングウェイを進みながらキャノピーが閉まる。ミカエル?のキャノピーは脱出時の確実性を考慮して炸薬入りのフレームを有するタイプらしいが、ゼルエルにはフレームが少ない…というか外枠にしか金属フレームは使われていない。戦闘時の視界を確保するためか。 「こちら管制塔。ブリュンヒルデ、発進を許可する。第三艦隊は現在も作戦領域に向け進撃中だ。無論貴機との合流ポイントなど定められてはいない。独力で合流を果たせ」 「了解だ。ブリュンヒルデ、テイクオフ!」 アフターバーナーが激しい炎を吐き出して一気に機速を跳ね上げていく。新開発のエンジンは好調らしい。ミカエルより断然加速がいい。滑走路の半分を過ぎたあたりでHUD下のディスプレイでは離陸可能という文字がオレを急かし始める。2/3まで滑走したところで機首上げし、ギアが地を離れる。ギア格納と同時に再び蜘蛛がせわしなく動き始めた。 民間機とのニアミスを防ぐため、首都に程近いこの基地から離陸するとすぐに雲の上まで上昇する。しばらく西へ飛行していると、機内に電子音が響く。 「え? 何?」 「オレが訊きたい」 ティクスの反応を見るに、機体のトラブルでは無さそうだ。蜘蛛がいたディスプレイを見ると、<I found it!>と誇らしげに文字が明滅している。 「ああ、どうやらこいつが何か見つけたらしい。そっちで何か変化無いか?」 「えっと…特に。いや、レーダーに線が引かれてる」 ディスプレイでは蜘蛛が<Com’on, CDR. I’ll guide you to 3rd fleet. >と八つの目を光らせている。 「どうやらその線の指す方に第三艦隊がいるらしい。確かにすごい機体だな、こいつは」 やや右旋回。第三艦隊は北の海に進出しているらしいな。今この機体には自衛用の短距離空対空ミサイル2本と増槽タンクしか取り付けられていない。出発前に渡されたこの機体に関する資料を取り出してもう一度読む。カタログスペックではこの状態でもマッハ3近くまで出せるらしい。ウェポンベイの配置は大体ミカエルと同じ。機体中央のメインには偵察用ポッドが固定装備、それにプラスして空対空ミサイルを6発搭載可能。吸気口脇の小さいウェポンベイにも空対空ミサイルが2発搭載可能。現在装備されているミサイルはここに納められている。 「…燃料は豊富にあるし、最高速度で飛んでも大丈夫だよな?」 ドロップタンクと呼ばれる増槽を二つ抱え、さらに機体内部の燃料タンクにも燃料を満載したゼルエルの航続距離は4500kmを越える。これだけあれば1800km以上離れた戦場へ飛んでいって戦い、余裕を持って帰ってこれるくらいだ。 「うん、大丈夫だと思うよ? このまま巡航速度マッハ1.7で飛んでも一時間かからず追いつけるって言ってるし」 ティクスも賛同してくれた。一方のアラクネシステムも、言うべき言葉は彼女に代弁されてしまったと言うように何も言ってこない。 「よし、行ってみるか…」 オレはスロットルを引いてエンジンの回転数を最大まで跳ね上げる。回転数と同時に急激にその数値を上げていく速度計。高度計と共にHUD上でデジタル表示されるようになったそれは見やすく、また以前のように様々な計器が並ぶHUD下にスペースを設ける必要が無いため機器の配置に余裕が出来、他もデジタル化・自動化が進んでこちらが操作しなくてはならない機器は格段に減った。コクピットは今まで乗った機体のどれよりも広く感じた。 「なんだか、戦闘機に乗ってる感じがあんまりしないね。便利すぎちゃって」 「三ヶ月近くベッドの上だったんだ、ブランクを補ってくれて嬉しい限りじゃねぇか」 耐Gスーツを着ていても感じるシートの背もたれへ押し付けられるような圧迫感。だがキャノピー越しにすぐ近くを通り過ぎていく綿雲を見れば、車や電車など比べ物にならないほど速く動いているのが判る。それでも体に感じるGがこれだけですむというのは当たり前のようですごいことなのかも知れんな。 「合流を急ぐぞ。さっさと行って作戦の詳細も知りたいし、新しい部下たちの顔も見ておきたい」 マッハ2突破。ラムジェットエンジンも装着してないのにまだ加速する。速度計は見る見るうちにその数値を跳ね上げていき、もしこのままスロットルを戻さなかったらスクラムジェットを追加したミカエルにも追いつくんじゃないかと思うほどどんどん加速していく。