ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

植木ゼミなんだよ〜コミュの全国大会の皆さんへ!

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ようやく福岡大学と神奈川大学の2つの大学から質問書が来たので、早速載せます♪
あと、こっちの論文をみんなに公開してなかったために、どんな論文に仕上がったか分からないと思うんで、それも同時に載せます!
ちなみに最初に植木ゼミの論文を載せて、後から他大学からの質問を載せているので質問が見たい人はずーっと下までスクロールしてください♪






部門番号 17

部門名 マーケティング

百貨店について(百貨店の現状と将来について)

香川大学 植木ゼミ

代表者 清水 徹

メンバー 松田マミ、竹内涼太、五味丈太郎、高崎貴美子、吉澤彩、剛迫美佳  

章構成 序章  〜はじめに〜
    
第1章 百貨店とは
    
第2章 百貨店の課題
   
第3章 地方百貨店の将来
    
終章  〜まとめ〜
    











序章 はじめに
 百貨店誕生のルーツは「三越」の前身である江戸時代の呉服店「越後屋」にまでさかのぼり、大規模小売店においてもっとも歴史が古い。そして、大衆を顧客の対象とし、高級なイメージや高い信頼を武器に発展してきた。百貨店は「流行」を作り出し、人々の生活を演出するなど、大衆の関心を集め、新たな文化を形成させるといった役割を果たしてきたのである。
 しかし、他の小売店に比べ、圧倒的優位を誇ってきた百貨店だが、オイルショックによる低成長経済で次第に売上高が減少し、現在では総販売額が総合スーパーより低くなっている。
 また、研究過程で気付いたことがある。それは、都市百貨店と地方百貨店は同じ百貨店でありながらそれぞれ事情が異なることである。都市百貨店は業績が徐々に回復・改善しているが、地方百貨店においては例外はあるものの、全体的には低迷しており、倒産している企業も少なくないようだ。
 地方百貨店の現状、苦戦している理由や都市百貨店との比較、また、地方百貨店が生き残るためにはどのような策が必要かを中心に研究・分析していきたい。

第1章 百貨店とは
第1節 百貨店の定義
1.百貨店の定義
 一般的なイメージから考えると、百貨店とは、衣料品などの買回り品を中心に多種類の商品を総合的に扱い、商品部門別に管理されている大規模小売業ということになる。いずれの国の百貨店にも共通な経営管理方式として、商品グループごとに部門別管理組織を採用している。百貨店の別名、デパート(department store)は、部門(department)という意味からきているものであり、英語名が端的に経営管理方式の特徴を表していることになる。このような概念は世界各国において共通であるかもしれないが、国が統計を取る場合、百貨店に対する定義はそれぞれ異なっている。
 日本の場合、経済産業省による商業統計では、「衣・食・住にわたる各種の商品を販売する事業所であり、衣・食・住それぞれが全体の売上高の10%以上70%未満、従業者が常時50人以上のセルフ方式ではない小売店を百貨店という」としている。さらに、「売場面積3,000?以上(東京特別区および政令指定都市は6,000?以上)のものを“大型百貨店”とし、3,000?未満(東京特別区および政令指定都市は6,000?未満)のものを“その他百貨店”」と分類している。
アメリカの統計では、次のように定義づけている。「常時25人一条の従業員を雇用し、衣料品関係の売上げが全売上の20%以上であって、?家具、家庭用備品、家庭用電気器具、ラジオ、テレビ、?各種衣料品、?家庭用リンネル製品および織物、の商品ラインのどれをも販売している事業所。これらの商品ラインのいずれの売上高も全売上高の80%以上を超えてはならない。」

2.百貨店の形態
 今日、百貨店といっても多様な形態が存在し、以下のように形態を分類することができる。
(1)伝統的百貨店と新興百貨店
 日本の百貨店は誕生の歴史的経過によって、明治時代、大正時代、昭和の1ケタ時代に誕生したものと、それ以降、つまり昭和10年代に誕生したものに分類される。前者は伝統的百貨店と呼ばれ、三越、高島屋、大丸、伊勢丹、松坂屋、松屋、阪急などが含まれる。次の節でも述べることになるが、これらの多くの前進は呉服店であり、呉服店が商品を総合化し、百貨店形態に発展したものである。一方、後者は新興百貨店と呼ばれ、西武、阪神、小田急、東武、京王など電鉄系資本による百貨店が主に含まれる。

(2)都市百貨店と地方百貨店
 東京、大阪、名古屋、京都など6大都市に本店がある百貨店を都市百貨店、その他の都市に本店がある百貨店を地方百貨店と呼ぶ。前述の伝統的百貨店はいずれも都市百貨店である。地方百貨店には、創業が江戸時代の呉服店である地方伝統的百貨店と、戦後の地方都市の人口増大と消費者需要の高度化に伴って誕生した地方新興百貨店とが存在する。

(3)総合百貨店と専門的百貨店
 多くの百貨店はその取扱商品の総合性から総合百貨店であるが、特殊な立地条件において専門的百貨店が設置される場合がある。例えば婦人物を専門的にある買う百貨店や高級ファッション物を専門的に扱う百貨店などが専門的百貨店と呼ばれる。クレジット販売を主体としてきた丸井なども専門的百貨店と言え、若者を中心ターゲットとして他の総合百貨店とは一線を引いた戦略で特異の地位を維持してきた。

3.百貨店の販売活動
 百貨店の販売活動の特徴として、以下の五つのことが挙げられる。
(1)対面販売方式
 販売にあたり、売場における店員が一人ひとりの顧客に応じ、販売が完了するまでサービスすることを基本方式としている。

(2)外商活動
 店内の販売だけでなく、店外においても販売活動を行う。外商は、官公庁や企業に対する法人外商と、個人の顧客を対象とする家庭外商がある。

3.一定価格販売
 百貨店発祥の革新的商法と言われる定価販売は、今日も百貨店商法の特徴として生きている。しかし、今日では独占禁止法で定価という方式は禁止されているので百貨店がつけた正札価格販売と言うべきである。

4.派遣店員制
 委託仕入、売上仕入のように商品の所有権が百貨店に移行しないものがあるため、メーカーや問屋からの派遣店員制が採用されている。

5.物品販売と非物品販売
 百貨店は物品販売の場所であると同時に、文化やレジャーなどの非物品を販売する場所でもある。ショッピングしながら生活を楽しむことができ、都心の憩いの場としての役割を持つ。



第2節 百貨店の誕生とあゆみ
1.百貨店の誕生
延宝元年(1673年)、三井高利が現在の「三越」の前身である呉服店「越後屋」を江戸に創業した。
それまでの呉服店は主に将軍や大名といった武士階級を顧客としていたのに対し、越後屋は大衆を対象とした。
店前売り、切り売り、現金掛け値なしなどの画期的な商法により、越後屋に対する大衆の支持を得て、需要は飛躍的に増大した。
 時代の好況不況、幕府の拡大などにより、没落していく呉服店のあった中、越後屋はこの苦境を切り抜けながら、幕末の動乱から明治維新の激動期を経て、明治37年(1904年)に我が国で最初の株式会社としての百貨店「三越呉服店」が開業した。
開業に際して、明治38年(1905年)1月2日、全国の主要新聞に掲載された三越呉服店の広告にはこう宣言されている。
「当店販売の商品は今後一層其種類を増加し凡そ衣服装飾に関する品目は一棟の下にて御用弁相成候様設備致し結局米国に行はるるデパートメント・ストアの一部を実現可致候事」
これは三越が欧米百貨店を目標とし、日本における最初の百貨店として登場したことを自ら謳った「デパートメント・ストア宣言」である。
 当初はまだ、二階建ての日本商家の古風を残し、現代の百貨店と比較すれば発展途上のものであった。しかしその姿勢は、宣言を見ても分かるように、進歩的であり、百貨店の姿を見せている。
 三越の登場後、高島屋、大丸、伊勢丹など老舗呉服店を前身とする百貨店が続々と誕生した。

2.百貨店のあゆみ
呉服店から出発した百貨店は、明治末期から大正にかけて取り扱い商品を拡大し、販売方法をそれまでの一対一の対応を前提とする座売り方式から、客が自分たちで商品を見て選び出すことが出来る陳列販売方式に変え、ショーウィンドーも設置された。
 また、店の中に休憩室が設けられ、食堂、催し物、屋上庭園などの施設の充実や出張販売、通信販売などのサービス面の充実によって、百貨店は買い物をする他にも、家庭で訪れて楽しむことの出来る行楽の場としても利用されるようになった。
 百貨店は、呉服店から百貨店へと発展していく段階で、高級なイメージを作り上げていった。伝統的な土蔵作りの建物から、洋風なルネッサンス様式の建物へと変わり、エレベーターやエスカレーターが設置され、百貨店は高級イメージを大衆に植え付けた。次第に百貨店の名前が商品価値を持ち、ブランド化され、上流・中流階級の顧客が定着した。
 その後、大正12年(1923年)9月1日の関東大震災によって、東京の百貨店は大きな被害を受けた。
 しかしこの時、各百貨店は各所に販売所を設け、そこで従来百貨店が取り扱わなかった日用雑貨品を安く売り、上流・中流だけではなく、大衆の支持も新しく得ることとなった。
 また、支店や別会社によるチェーン・ストアを拡張し、百貨店の近代化、大衆化が推進され、顧客層はさらに広がった。これを契機に、各百貨店の名称から「呉服店」の文字がはずされ、百貨店は完全に呉服店から脱皮をする運びとなったのである。
 大正後期から昭和に入ると、サラリーマン階層が郊外に住宅を買う流れと連動し、郊外と都市を結ぶ私鉄の新設に伴い、接続駅に、西武、小田急、東急、京王、阪急、阪神などの電鉄系の会社によって、駅と一体化した百貨店が次々と誕生した。
 これらの新興百貨店は大衆を顧客とし、家庭で使う日用品に力を入れた。より多くの人を店内に引き入れるため、鉄道との連絡をはかる送迎自動車を運行したり、下足預かり制度を廃止し、土足のまま入場できるようにした。
 また人々の関心を得るため、建物も近代的な感覚を持ったものに変化した。 また百貨店はいち早く冷暖房設備を取り付けた。当時冷暖房のある建物は極めて少なく、大衆にとって百貨店は魅力的な場所であった。
 このように百貨店は人々の生活を演出し、大衆は百貨店を通して新しい生活の在り方を知った。
 百貨店で作り出された流行が文化として広まり、大衆の生活にとっては無くてはならない存在となったのである。 


第3節 百貨店の現状
1.小売業界における百貨店の現状
 前節で述べたように、百貨店は大規模小売店の中でも歴史が古く、日本では昔から高級感と信頼を武器にして発展してきた。1950年代半ばから1970年代初頭までの高度経済成長期も百貨店の売上高を後押しし、順調に成長を重ねていった百貨店は、かつては圧倒的な売上高を誇っていた。しかし、1970年代に起こったオイルショックを契機として日本経済は低成長経済へと転換し、百貨店の売上高は徐々に減少することとなる。そしてついに、1974年には売上高において百貨店はスーパーに抜かれてしまう。それ以来、コンビニエンスストアやディスカウントストア、無店舗販売などといったさまざまな流通形態が登場する中で、百貨店の販売額シェアは減少し、百貨店業界は厳しい状況に陥っている。(図1)


2.百貨店の売上高の推移
 全国の百貨店の売上高合計は、暦年ベースでは1997年以降、9年連続で減少している。しかし年度ベースでは、2005年度に前年比+0.7%となり、わずかながら反転している。(図2)

(出所)日本百貨店
3.都市百貨店と地方百貨店
 前述のように、近年の決算をみてみると、景気回復などを背景に百貨店の業績が少しではあるが改善している。リニューアルを実施した店舗などを中心に来店客数、売上共に好調のようだ。
しかし、その一方で、個人消費の盛り上がりに欠ける地方の百貨店では苦戦が続いており、都市と地方間における売上高の格差の拡大を見ることが出来る。大手百貨店のひとつである三越の、2006年9月の各店舗ごとの売上高前年比を見てみる。(図3)

(資料)株式会社三越2006年9月売上高 添付資料

図によると、大手百貨店のひとつである三越でさえ、日本橋、新宿といった都市店舗の前年比売り上げは伸びているものの、札幌、高松といった地方の店舗では売り上げが落ち込んでいる。
 次に、同じく大手百貨店のひとつである高島屋の2006年10月の各店舗ごとの売上高前年比を見てみる。

(資料)2006年10月度 �眦膕葦超畔鷙�

 高島屋では、売り上げが低迷する地方店の総人件費を抑制し、グループ収益力を強化するのを狙いとして、分社化によって収益改善の見られた米子を先頭に、岡山、岐阜、高崎といった地方店舗を分社化している。この分社化された地方店舗のうち、3つが前年比を大きく下回っており、ここでも、百貨店における都市と地方間に存在する差異を見ることが出来る。

第2章 百貨店の課題
第1節 百貨店の魅力低下
1.不況によるダメージ
 百貨店業界はつい最近まで、長引く不況による影響を受けていた。これは小売全体にもいえることであるが、この業界は衣食住に関わる領域だけに、他産業のような数十%の市場変動はない。しかし、百貨店業界の2001年の売上高は8.57兆円で対前年比0.4%減であった。価格に対してシビアになった消費者に、百貨店の価値をどのような形で提供するか、各社の戦略が問われている。

2.他業態の出現
 また、百貨店が受けている影響は不況によるものばかりではない。他業態の出現も脅威となっている。例えばマツモトキヨシに代表されるような、新タイプのドラッグストアが例に挙げられる。マツモトキヨシはドラッグストア事業が中心であり、売上高の9割以上を占める。2005年8月からはドラッグストアのフランチャイズ展開を始めたほか、2006年3月には駅ナカ(鉄道会社が駅構内に店舗を出している商業スペース)向けの新型店舗を出店している。スーパーマーケット事業とホームセンター事業も行っているが、全体の売り上げからすればそれぞれ数%程度しかない。なお、スーパーマーケット事業については、競争激化に伴い2006年8月20日をもって撤退した。
 これだけ見ればそこまで脅威になるとは思えないが、問題は価格競争においての優位性である。たまにテレビCMで流れるマツモトキヨシのセールでは必ずといって良いほど「ホームセンター・スーパーでは実施しておりません」のテロップが入るほど、格安の値段で商品を販売できることを前面に押し出している。いくら百貨店の路線とは違う業種とは言っても、このような新しい形態の店が多々登場してくるとなるとまったく関係がないとは言い切れないのである。

3.百貨店、特に郊外店においての問題点
 百貨店はこうした価格競争において、他の業界に比べるとどうしても不利になってしまう。これは百貨店のコンセプトでもある、「良い商品を良い品質で提供する」ことで価格を下げては品質に疑問を感じる顧客も出てきてしまうので、信用を失うことになりかねないのことも不利な条件として挙げられる。そこで百貨店の特徴であるブランド商品を生かしていく戦略はある。しかし現在の百貨店、特に郊外百貨店についてはブランド依存の高すぎる価格構成も問題である。ターミナル立地なら魅力あるブランドを集積すれば売上は読めるが、来店客の限られる郊外店では値頃な平場商財が揃ってないと売上が稼げない。ちなみに平場とは、単丁晶を価格別や服種別に陳列し、客が抵抗感なく出入りでき、商品を自由に手に取って見られるようにした開放的な売場形態のことである。お出かけ着や通勤着ではブランド商品の価格が通っても普段着では価格要求が厳しいから、割高なナショナルブランドだけでは平場も構成出来ないのが現実だ。にもかかわらず、ターミナル店から格落ちしたブランドのショップやコーナーがズラリと並んでいたり、ターミナル店と大差ないナショナルブランドで平場を構成している郊外百貨店がほとんどだ。これでは顧客の期待に応えられないから、売上が低迷するのは当然である。カジュアル衣料や子供服では専門店ブランドや量販ブランドも取り込んで手頃な価格で平場を構成しないと、アップスケールな大型量販店やカテゴリーキラー専門店に顧客を奪われ、郊外百貨店の売上は限られてしまう。

4.顧客への対応の課題
 さらに郊外の百貨店においては、顧客のニーズに対応できていないという欠点もある。郊外商圏の価格要求に平場で応えるにしても、郊外百貨店の平場構成は多様なニーズをカバーする拡がりを欠いている。この平場が郊外店では婦人服でもヤングとミセス、Lサイズ、Sサイズで一つづつという程度で、多様な平場展開は行われていない。紳士服はもっとひどいもので、三平場ほどしかない郊外店がほとんどである。ブランドショップ群を圧縮しても各ゾーンの中核となる平場をきちんと揃えるべきで、これを欠いては郊外百貨店は成立しないと言っても過言ではない。価格構成や収益性の面からも不可欠な課題ではないか。
 さらに言えば郊外百貨店では顧客サービスについても問題がある。コスト削減に執着しすぎて顧客サービスが損なわれている問題である。郊外百貨店では例外なくコストの圧縮が追求されてパート中心の省人時体制が組まれ、ディスカウンターでもないのに顧客が一方的にサービスをカットされているケースが見られる。しかし、ターミナル店に比べて固定客比率が圧倒的に高い郊外店で顧客サービスを軽視すれば、売上に影を落とす結果となりかねない。コスト削減は物流・検収といった後方体制や本部組織のスリム化によって果たされるべきであって、パート活用はよいとしても顧客サービスのカットには慎重であるべきだ。
5.百貨店の改革期
 ここまで見ていると百貨店全体の問題というより、むしろ地方百貨店に限った問題が多いことが分かる。これはなぜかといえば、百貨店の売り上げ低下は地方百貨店の苦戦の影響を直に受けているからである。第一章におけるグラフを見ても分かる通り、中心部の百貨店は回復を見せている。それは都心部ならではの優位性もあるが、様々な試行錯誤を繰り返した結果が出ているのも否定できない。地方百貨店にも改革の時期は来ている。百貨店業界全体の回復は、地方百貨店の現状脱出無くしては有り得ないことなのである。
 さて第2節では、なぜ地方や郊外の百貨店が衰退してしまったのか、そして中心部の百貨店との違いはどいったものなのかについて述べていきたい。

第2節 地方百貨店の衰退

1.地方百貨店の今
 第一章でも述べたように、百貨店業界全体において減収傾向に歯止めがかかり、都市百貨店の多くは業績改善をみせている。大都市では鉄道や高速バスなど交通機関が発達しているため、広域からの集客が可能であり、店舗改装や増床といった積極的な大型投資によって主力店舗に経営資源を集中させたことも都市百貨店が生き残っている要因のひとつである。
 その一方で地方百貨店は、周辺部に立地する大手総合スーパーやショッピングセンター、ディスカウントストアなどの大型専門店との競合で苦戦を強いられているケースが多く、都市百貨店のような業績の改善があまり見られていない。
 このような都市百貨店と地方百貨店との大きな差が生まれた要因としてどういったことが考えられ、また、今後の課題となっているのだろうか。


2.中心市街地の衰退と郊外都市開発
 地方百貨店のほとんどはその街の顔、シンボル的存在として、駅前など、地方都市の中心市街地に位置している。そのため少なからず、近年全国各地の地方都市で問題視されている、‘まちの空洞化’の影響を受けざるを得ないのである。
 そもそも中心市街地は、鉄道などの公共交通機関の駅を中心として中小小売店が商店街を形成し、そこに大手資本による百貨店やスーパーなどの商業施設が加わる形で集積したものである。しかし、高度経済成長期に入ると、地価の高騰や人口の増加、核家族化による世帯数の増加、交通機関の発達、自家用車の普及になどにより、地価の低い郊外へと住宅地は拡大し、居住の郊外化とともに都市はその機能を徐々に郊外へと移していった。そして、近年の大規模な郊外宅地開発に伴う郊外居住人口の増加やモータリゼーションのさらなる進展により、利便性が高く、ライフスタイルの変化による多様な消費者ニーズに応えた郊外立地の大型商業施設が消費者の支持を集めるようになり、中心市街地の集客数が減少するという結果を生み出したのである。
 その一方で、中心市街地の駅前や商店街から客足が遠のき、閉店した店舗の並ぶシャッター通りが全国的に広がっていっている。街の郊外化により、行政庁舎、病院、学校などの公共施設も郊外へと移転し、地方の中心市街地に対する十分な更新投資も行われなかったために街全体の老朽化は進んでいった。それが都市空間、居住空間としての魅力をも低下させ、その結果として、来街者数や居住人口はさらに減少、中心市街地の衰退に拍車をかけるといった悪循環に陥ってしまい、長年中心市街地の発展に貢献し、繁栄を誇ってきた地方百貨店はその中心市街地の衰退とともに、自らも衰退していくことになってしまったのである。このような状況下において、今後地方百貨店が生き残っていくためには何らかの戦略を講じる必要がある。今まで中心市街地において商店街と共存関係にあった地方百貨店には、街と一体となった取り組みが求められているのではないだろうか。


3.大都市へ向かう消費
 日本の百貨店は、チェーン店方式で一括して仕入れる米国の百貨店とは取引慣行が異なっている。特にアパレル商品の取引については、店舗の販売力に応じて売れ筋商品の供給がされるという仕組みになっており、売れ筋商品は売上高の高い大都市の大型店に優先的に供給されるということになる。したがって、同じ百貨店であっても地方店や郊外店の場合は売れ筋商品の供給が十分になされず、売れ筋商品を求める消費者は鉄道や高速バスを利用してでも都市百貨店へと足を運ぼうとする、いわゆる「ストロー現象」を招いているのである。また、衣料品は特に流行に左右されやいため、商品入れ替わりが早い。しかし、地方の百貨店は都市部の百貨店に比べて売上が劣るため、売れ筋商品の供給優先順位も低く、品揃えの面で顧客のニーズをカバーすることが出来ないという悪循環に陥っている。
 日本の都市構造も消費が大都市へと向かうひとつの要因と考えることができ、その特徴として最高級の市場が都心に集中していることが挙げられる。また、高所得層を中心に都心回帰の傾向が見られることや、先ほども述べたような大都市を中心とした交通網の発達によって、近年では広域からの集客が可能となっている。このため大都市にある百貨店は、業界全体の事業環境が厳しい中であっても比較的に健闘をみせてきたし、最近の事業環境の好転を受けて年末商戦や初売りセールでは特にその効果が現れている。
 このように、流通構造からくる商品の供給格差や都市の交通手段の発達によって、地方百貨店は都市百貨店と比べて圧倒的不利な立場に立たされているわけだが、この変えがたい状況を踏まえた上で、地方百貨店に限らず、大手百貨店の地方店や郊外店は、今後どういった取り組みをしていくべきなのであろうか。


第3章 地方百貨店の将来
第1節
1 地方百貨店の生き残り策

 地方は都市に比べて、交通機関の便が悪い。そのため、自動車型社会の傾向が都市圏よりも顕著である地方においては、郊外の大型ショッピングセンターに顧客を奪われる結果となってしまったと考えられる。
 そこで、我々は中心市街地をもう一度復活させるための方策を考えた。郊外へ流れてしまった顧客を再び中心市街地へと目を向けさせるためにはどのような方法があるのだろうか。

第1節−2 コンパクトシティとは

 まず1つ目の策としてコンパクトシティ発想を地域に取り入れることが挙げられる。この概念が持つ大まかな内容は、「中心市街地を活性化させ、公害への市街地拡散を抑制させる思想」である。
 この考えを導入、また実現させるためには百貨店の努力だけでは不可能である。中心市街地の復興を願う他の機関――例えば行政・商業者(商店街の人々)が一体となって「コンパクトシティ」の発想を積極的に取り入れ、中心市街地としての各種機能を回復させ、快適な暮らしと街の賑わいを取り戻すための努力をすることが不可欠だ。
 例えば行政は、商業、職場、住宅、学校、病院などの様々な機能を都市の中心部にコンパクトに集中させることで都市の活力を保持することが出来る。更に、郊外の施設の保持コストも無くなり、無駄な出費が抑制できる。例えば雪国などでは、除雪を郊外の方まで広げなくて良いため、費用が従来よりもかからずに済む、などの利点がある。
 また、中心市街地にある商店街も、コンパクトシティにより人口密度が上昇すると、売り上げがあがるなどの恩恵を受けられる。

第1節−3 コンパクトシティ発想の実現
 
 中心市街地に人口を集める方策として、公共交通機関の整備・有効活用や、パーク&ライド方式導入の推進が望まれる。また、高齢者にとって暮らしやすい都市(まち)、生活者にとって安全・安心な都市、子供の教育ができる都市、憩いの場・癒しの場などコミュニティ形成ができる都市の形成をすべきである。
 実際に、私たちの地元である香川県高松市において、三越高松店がコンパクトシティ発想を取り入れた中心市街地の活性化に取り組んでいると知り、店長に実際にインタビューを行った。その内容を下に紹介する。
 高松三越は高松中央商店街という日本の中でも大規模なスケールの商店街の中に立地している。以前に比べて中心市街地全体の人口が減りつつあると感じた三越は、三越本店の隣に別館を建設し、その中にブランド店や高級ブティックを入れた。また、その別館の上にマンションを造り、中心市街地に再び人口が戻るように計画を立てたのだ。
 店長はこの計画について次のように語った。「百貨店という存在は、郊外にある大型ショッピングセンターと違い、売上げが落ちてもすぐに撤退するなんてことは有り得ないし、してはいけない存在である。長くいようとするからこそ、その地域の活性化を心から願い、また実現させようとしているのだ」
 この計画は、別館の上に建つマンションがすでに完売するなどの大きな成果を挙げている。また、最近では郊外のショッピングセンターに車を停めて、公共交通機関を使い、中心市街地にやって来るお客様も増えたと、店長はさらに語った。
このことからも、コンパクトシティの発想は、中心市街地を活性化させ、百貨店を盛りたてるのに不可欠な考え方であるといえる。
 また、三越本店の内装も、香川県から見える瀬戸内海のさざ波や特産品のオリーブのモチーフを取り入れ、くつろぎのスペースを以前よりも多く、広めに改装し、地域により密着した店作りを目指している。
 他にもエントランスに商店街で買った荷物を預けられたり、高松市内の美味しい店や、市内であるイベントの告知をするなど、店内だけでなく、街全体のサポートをするインフォメーションを設置し、さらなる地域密着型の百貨店づくりを志している。
  また、店長は郊外の大型ショッピングセンターの存在についても語ってくれた。「郊外にあるショッピングセンターは、百貨店と共存が可能だと思う。それぞれのマーケットを上手く分けることが出来れば、街全体の活性化に繋がる」
 つまり、郊外のショッピングセンターが中所得層の顧客(20代〜30代の一般企業に勤める父親を持つ家族など)を主にターゲットとして経営戦略、品揃えを展開しているのに対し、百貨店は高所得層(特に50代〜60代の貯蓄があり余暇にお金をつぎ込める高齢者など)をターゲットとしている。そのため、顧客の取り合いが起こらず、綺麗に住み分けが出来る――互いの共存が可能といえるのだ。
 この年齢層の違いによる、百貨店の生き残り策については、次でさらに詳しく語りたいと思う。



第2節 シニアマーケット
1.他業態店舗との差別化
 競合相手である郊外のショッピングセンター等との差別化をはかり、百貨店独自の経営概念を消費者に訴えていくことも生き残り策の一つである。
そこで注目すべきことは、郊外のショッピングセンターとは違う顧客層を狙うという方法である。つまり、比較的若者の世代をターゲットにしている郊外のショッピングセンターとは違い、若者よりもシニアに向けた商品展開をするということである。その中でも、人口ボリュームの大きい団塊世代は重要な顧客層といえる。日本では、世界でも類を見ないスピードで高齢化社会が進んでおり、団塊の世代が定年を迎える現代において、この年代層のターゲットを見逃す手はない。50歳以上の人口は、2003年1月には成人人口の半数を占め、また2025年には全人口の半数を占めるとみられている。
シニアマーケットはひとつのニッチなセグメントマーケットではなく、すでに大きなメジャーマーケットといえるほどに成長しているのだ。

出所:総務庁統計局「国勢調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2002年1月)

2.経済的なゆとり
団塊世代とは第二次世界大戦直後の日本において、1947年から1949年にかけての第一次ベビーブームで生まれた世代のことである。その人口ボリュームの大きさで、バブル経済の時代に社会の中核を担っていたのもこの世代であり、団塊世代がひとたびある商品を志向すれば、たちまち大きなマーケットを形成した。例えば、自家用車や住宅などである。
 団塊世代をはじめとするシニア世代の特徴のひとつとして、経済的に豊かであるということがあげられる。博報堂エルダービジネスが実施したアンケート調査によると、シニア世代の3分の2以上もの人が「日常使うお金には苦労しない」と答えている。それに対して20代から40代の消費者が「日常使うお金には苦労しない」と答えたのは半数以下であり、このことからもシニア世代は他の年齢層と比べて経済的に豊かだということがわかる。

出所:博報堂エルダービジネス「やりくり具合」
 また、かつてのシニア世代は資産を子供に残そうという意識が非常に強かったために、経済的なゆとりがあっても貯蓄にまわし、資産として相続させることを考えてあまり支出しなかった。しかし、現代のシニア世代は50代、60代ともに一人あたりの消費性向が他世代よりも高い傾向にあり、一人当たりの可処分所得を見ても、やはりシニア世代が高いということがいえる。

出所:総務省「家計調査」(2002年 年平均)
3.本物志向と時間消費
このように、現代のシニア世代はお金を使いやすい傾向があるため、百貨店としてはこのシニア世代をターゲットにすることにより、売上増加が期待できるということになる。しかし、その際に注意すべき点がある。すなわち、シニア世代は表面的な部分だけでなく本質にこだわる、本物志向の熟練消費者だという点である。
経験が豊富であるシニア世代は、モノを見る目が養われている。そのため、金銭的余裕があることも関係して、価格よりも品質を重視し、納得のいくものであれば高価なものでもお金を惜しまないという傾向が見られる。そこで百貨店としては、郊外のショッピングセンターとの差別化を測る意図として、低価格戦略で消費者にアピールしていくよりも、本来百貨店が持っている魅力のひとつである「高級感」を消費者にアピールしていくことが大切であると考える。
また、シニア世代は、60歳〜80歳までの20年間で、生活必需時間を除いた自由時間として約7万時間もの時間を持っている。そのため、自由時間を有意義に過ごすことへの感度が非常に高く、消費の中身もうまく時間を使えるようなものを好む傾向がある。実際に、「シニア層の余暇の活動」というシニア世代についての実態調査によると、50歳以上のシニアの調査結果において、「スポーツ」、「学習」といった項目を押さえ、「旅行や外出」、「友人などとの交際」という項目が上位となっている。もともと百貨店での買い物は「娯楽」の性格が強く、消費者は百貨店のサービスを楽しむために百貨店に向かうということが多かった。しかし、近年では郊外のショッピングセンターに対抗しようとするあまり、サービス業の性格よりも物販業の性格が強まってしまっている。そこで、本来の強みであるサービス業の提供へ路線を戻すために、文化的催事の強化や、旅行サービスの充実などによって、「百貨店での時間は有意義である」と思わせるような店作りをすることで、シニア世代の消費者を顧客に取り込む必要がある。
特に、団塊の世代はこれから定年を迎え、時間的な余裕がうまれる。団塊の世代は人口ボリュームが大きい層だけに、この世代を顧客に取り込むことで、百貨店にとって大きな利益となるだろう。


終章 まとめ
今回百貨店について取り上げ調べた結果、さまざまな発見があった。
百貨店はスーパーやコンビニなどの登場によって、厳しい状況におかれているが、小売業界になくてはならない存在であり、今後もこの業界で生き残っていかなければならない。
そのためにも高品質の商品、最大限のサービスを提供するなど百貨店の魅力の一つである「高級感」をアピールし、消費者にとって魅力的な空間であることが望まれる。前述したようにターゲットを時間的にも経済的にも余裕のあるシニア世代に絞り込み、売上げの向上を狙うのも一つの手段である。また新しいことに積極的にチャレンジしていくのもよいのかもしれない。
これらの方法によって百貨店が100%回復するとは言い切れないが、今後の成長に期待したい。






<参考資料>
・YOMIURI ONLINE(2006年6月12日 読売新聞)
http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_06061220.cfm
・総務省 総合月次統計データベース「業態別小売店販売額」
http://www.stat.go.jp/data/getujidb/zuhyou/q04.xls
・株式会社 三越 2006年9月売上高 添付資料
http://www.mitsukoshi.co.jp/pc/corp/pdf/2006-09r.pdf
・株式会社 高島屋 2006年10月度営業報告
http://www.takashimaya.co.jp/corp/ir/eigyou/2006/061115.pdf
「百貨店業界格付けの視点」http://www.jcr.co.jp/topics/05d877.htm 2006年2月10日
URL:http://www.city.aomori.aomori.jp/toshi/mata00.html 「都市づくり 青森都市計画マスタープラン」


質問書

質問書
 1 枚目

大学:神奈川大学 ゼミ名:上沼ゼミ
代表者氏名:宮内 真知子 代表者番号:090-4547-7587
代表者アドレス:mmalien315@yahoo.co.jp

大学:香川大学 ゼミ名:ゼミ
へ質問

ページ・行 質問
P2:L10P7:L19P8:L16P8:L26P8:L32P9:Ll5 本店が6大都市にあるが、その他の都市にも店舗がある百貨店は地方百貨店ではないのか?全く業種に違うマツモトキヨシの出現は、どのような点で百貨店の魅力低下の原因となっているのか。三平場とあるが、百貨店では婦人服、紳士服それぞれ平均何平場くらいあるのか。顧客サービスのカットに対しての対策はあるのか。都心部ならではの優位性、様々な試行錯誤とは具体的に何か。まちの空洞化とはどのようなものか。

質問書
  枚目

大学:福岡大学 ゼミ名:村上Cゼミ
代表者氏名:林晃祐 代表者番号:090-7595-2522
代表者アドレス:cc040194@cis.fukuoka-.ac.jp

大学:香川大学 ゼミ名:植木ゼミ
への質問

ページ・行 質問
P2P3.P3P4P4P9とP15P12 阪急百貨店は伝統的百貨店でもあり新興百貨店でもあるのでしょうか。(2)にある六大都市のあと二つはどこでしょうか。3の(2)の外商活動はどの百貨店も行っているのでしょうか。座売り方式とはどういうものなのでしょうか。「文化やレジャーなどの物品」とありますが具体的にはどのようなものが該当するのでしょうか。 9ページの16行目に平場をきちんと揃えるべきと書いてあるが、15ページの5行目には高級感を消費者にアピールしていくことが大切とありますが、これは少し矛盾しているように思いますがどうでしょうか。店長の言葉に、百貨店とショッピングセンターの共存は可能だと書いてありますが、香川大学はどう考えているのでしょうか。

































コメント(2)

清水君ありがとう!
うわぁー・・・結構つっこんだ質問・・・( ´_ゝ`)
意外と少ないみたいやし、まぁ何とかなるでしょう!♦♦
がんばろう!

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

植木ゼミなんだよ〜 更新情報

植木ゼミなんだよ〜のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング