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2021年04月27日15:58

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新宿パワー

2008年8月に書いた記事です。


 ドイツのひっそりと静まり返った町から来ると、日本の都会の活気と騒音には圧倒される。18年前からドイツに住んでいるためか、騒音が比較的少ない銀座に足が向いてしまう。

歩道が広くて歩きやすいので、銀座にはちょっぴりヨーロッパの雰囲気がある。だが銀座の表通りは、カルチエ、ルイヴィトン、プラダなど外国の高級ブランドに占領されている。

入り口に門番のような黒服の店員が立ち、耳には無線のイヤホンをつけて、入店する人を吟味しているのも、なんとなくお高くとまっているように見える。銀座でイエナや旭屋などの有名な書店が姿を消していくのも、淋しい。衣と食に圧されて、「知」が町から去っていくのは残念だ。

 そこで新宿へ足を向けると、銀座にはないパワーが感じられる。新宿の活気とエネルギーはドイツの町にはありえないものだ。紀伊国屋書店という本の宝庫も、幸い健在である。私は毎年日本に来るたびに、最低1回は新宿に行って、その熱気とパワーに浸る。今年は30年ぶりに「思い出横丁」を歩いた。

新宿駅の西口にあるこの路地は、かつて「ションXX横丁」という下品な名前で呼ばれていたが、最近では「思い出横丁」という可憐な名前で呼ばれている。ここには、焼き鳥屋、一杯飲み屋、ラーメン屋などがぎっしりと軒を並べている。

ほとんどの店はカウンターだけで、まるで鰻の寝床のように間口は狭く、奥が深くなっている。店の前では、炭火で焼かれる鶏肉から、白い煙と香ばしい匂いが立ち上り、通行人の食欲をそそる。また、大きな鍋に入った鳥モツの煮込みも、ぐつぐつと湯気を立てている。

路地の幅は2メートルくらいだろうか。人がようやくすれ違うことができる程度の広さだ。私はこの道を歩いて、エルサレムの旧市街やベニスの裏通りのような、迷宮的空間を思い出した。紺色の背広を着た初老の紳士が、焼き鳥の皿を前にして、昼間からコップ酒を飲んでいる。

思い出横丁は、敗戦直後の闇市や、昭和30年代の東京の雰囲気をとどめる、タイムカプセルだ。東京では超高層ビルがニョキニョキと建って、町の風景が一変することが多いが、新宿らしさがにじむこの小さな通りは、保存して欲しいものである。

(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)

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