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2020年01月10日09:30

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みろく【五六七】の世とは正守護神段階で、【八九十】は本守護神段階

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私は子供の頃、旧約聖書の神と称する霊の声を聞いておりましたが、それが本当にそうした存在なのか?。当時は子供でもあり、それを知る立場ではありませんでした。
昭和【五十五】年に私の身に起きた摩訶不思議な出来事から、その時期が来たと覚悟を決めて神霊界修業に入ったしだいです。西暦で語ると1980年からですから、40年近く霊的世界に関わっていた勘定です。今年は西暦2020年なので【41】年目に突入です。その【41】年目で「米」教の終了となりました。

最初の師匠となる隣市の稲荷神社の神主で豊受姫のお代さんの元に聞きに行ったところ、豊受姫から【貴方の本守護神】は【国常立尊】様ですと告げられて、その時に私は初めて【本守護神】と呼ばれる存在を知ったのです。それまでは【本守護神】と呼ばれる言葉すら知らなかったのです。無論、詳しい意味すら理解出来ませんでした。
その後、多くの霊能者に霊査を受けたりして、7〜8名の霊能者の方から貴方の本守護神は【国常立尊】様ですと告げられたしだいです。私が知り合った全ての霊能者からではありません。その中の一部の方です。
その後、自分なりに学びに学んで【本守護神】【正守護神】【副守護神】と呼ばれる事柄を知ったわけです。そうした言葉を出される霊能者の方は、単に霊が見えると言うだけのスピリチュアルとはまるで違うなのです。
私は霊的世界に足を踏み入れて、霊が見えるという方は意外に多いことを知りました。されど、その中で本当に霊能者と言える方は数が少ないと知りました。単に霊が見えるではなく、霊界そのものがピラミツド(神の高山)構成で、上部神界に関われる人が極端に少ないなのです。

単に霊が見えるだけでは、ニセ神に欺される

自分の目に衣冠束帯の男性霊や十二単衣の姫神姿の霊。白い翼を持った天使の様な霊が見えたならば、人は誰でも自分は神が見える特別の者だ錯覚してしまいます。そこには自分が霊に欺されると言う知識そのものがありません。また【光】にしても、単に光を見て高級霊だと思い込んだりします。全ての魂は【光】であり、霊界の段階で【光】が違うと解っていないと、その光だけでそれを高い神だと思ってしまいます。邪神だから光輝いていないのではなく、邪神もまた光の存在なのです。だが、光の玉も汚れるなのです。

私は神霊世界を修業していて、意外なことを知りました。本守護神は誰かと解っていても、正守護神が解らない方が多いなのです。本守護神とは魂の世界で自分の魂を生んでくれた親神段階にあります。【天津神】の段階と言えます。一方、正守護神とは自分の魂で【神上がり】をした自分の【前世】と言えます。自分の本体です。輪廻転生の過程の中で【神位】を得たです。
しかし、人はこの世に生まれ出て来て、正しい行いで【神上がり】をしたとしても、必ずしもその名前は【後世】には伝わらないがあります。ほとんどの人が歴史に名を残さない【無名】のままで終わっていたりしますので、正守護神の名前まで把握するのは難しいとなります。

私は子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声から、【そなたの前世は悲劇の武将】であったと告げられました。私の前世の武将霊は敵将の首として曝されていたことから、恨みから地獄界に居ましたが肉体の私が恨みを忘れるように説いて恨みを捨てたことにより、私の正守護神と呼ばれる段階まで一気に上がって来ました。恨みを捨てることは重要なことなのです。何時までも世を恨む。人を恨んでいたら自分が上がれないのです。
副守護神は自分の家系の御先祖霊がされているケースがほとんどとされますが、中には自分の前世で地獄に墜ちている存在がしている場合もあります。神代の時代には神として存在したほどの魂でも、神界で罰を受けてこの世の地獄界に落とされるです。大本教の出口なお開祖の魂がそうした魂であったことは世に知られていますが、私が出会った霊能力を持った女性達の多くもそうした神代時代の神罰を受けてこの世の地獄に落とされていました。だが、その意識の中に自分はかっては高い神霊であった。そうしたことだけが残っているなのです。
そうした過去の罪を払拭する為に、この世で悲惨な体験をするです。それらが【カルマ】です。それが優秀な霊能者達が説く、この世は【魂の刑務所】です。

肉体の私とは違って、私の前世の霊は今では非常に高い次元界まで上がっています。それこそあれよあれよです。肉体の私はこの世を去れば、自分の正守護神に帰結します。だが、それは死後の世界にてです。そうしたことを日本の新神道では【神人合一】と説いて来たのです。スピリチュアルの論理とはまるで違うのです。
自分が救世主だと思っている方を守護している霊団が、私の前世霊を六次元霊界で探そうとしたが見つからないと言って来られましたが、もっと上の段階まで進んでいます。それは自分を出した魂の本体たる【本守護神】に向かっているからです。

スピリチュアルでは何かと【ハイヤーセルフ】と言う言葉を出しますが、これらの存在は【ガイド】とか【マスター】とも呼ばれていて、【本守護神】【正守護神】【副守護神】と呼ばれる意味合いとはかなり違います。ほとんどの場合、ガイド(案内)は副守護霊格がしているからです。
いくら姫姿や衣冠束帯の姿で高級神霊に化けた霊が出てきて、高級神の神と名乗っても何も知らないとなるのです。こうした霊といくら会話しても、何も知らないから霊界のことを詳しく言いません。ほとんど意味が無いことを言います。
私自身、2番目の師匠の御祭神が「国常立尊」と称しておられましたが、それが本当の国常立尊様では無いニセ者となかなか見破れなかったがあります。それは私自身が霊力とか神力の部分だけを見ていたからです。驚くような奇跡を見せつけられると、そうだと信じてしまいます。
ですから【サニワ(審神)】をせよと言われていても、スピリチュアルではそんなことはお構いなしなのです。サニワなど何もしないし、サニワの言葉すら知らないとなるのです。

大予言者であった出口王仁三郎聖師は【天国に案内すると言いながら、地獄に案内する取次ばかり。】と言っておられますが、ある自称救世主と称しておられる方達の信仰者の霊(幽)体の額には白の三角頭巾が見られ、死後の世界で【亡者の世界】に案内されるのが見えたりします。
大本教神諭には、一人一人に一体の【守護神】が就けてあると記されますが、この守護神はスピリチュアルで言う「ハイヤーセルフ」では説明が出来ません。この【守護神】の霊界での段階が重要となるのです。
自分は神界では元は高い魂だったと言われる方がありますが、確かに神代の時代にそうだったのかも知れません。しかし、貴方の守護神は現時点では地獄界に居るではありませんかと言われてしまう方が多数居られます。いくら自分は神代の時代は高貴な魂だったとか偉い者だったと言っても、現実には地獄界に落とされて地獄から抜けられていないなのです。

自己の守護神が天国界に向かわないと、自分も向かわない

大本教から【五六七(みろく)】と出されてから、【五六七(みろく)】という言葉は世に知られるようにはなりましたが、それが【次元】を語っていることがほとんど理解されていません。

だが【次元】となりますと、なにをもって【次元】と言っているかとなります。巷には自分は「三千億次元」の創造神とか、千万次元の者とか、百万次元の者とか名乗る人達がいます。バナナの叩き売りの様なことをしているわけです。しかし、その言葉を信じて付いて行く人達も多数あるわけです。
日本が生んだ大予言者出口王仁三郎聖師は、正神界【百八十段】。邪神界【百八十段】と説いておられますが、ではそれは【次元】かとなりますと少し違うなのです。一般的に優れた霊能者の方は神界ピラミツドを【神の高山】と見立てて、高山の段階を表す【合目】で次元と見る方も多いなのです。そうしますと、人によって自分は何次元だと言う主張も、整理できるとなります。
大本教以後に出た日本の新神道系では、【神人合一】が言われて来ました。この神人合一とは自分が自分の【正守護神】の段階に帰結することです。神界に居る自分の魂で【神上がり】している段階に上がるなのですが、この段階が【五六七】と呼ばれる霊界の段階なのです。

以前に【神の高山(神界ピラミッド)】の図は出しましたが、それは【五六七】の世に渡る為にでした。
私は豊受姫や幾多の霊能者の方から、貴方の本守護神は【国常立尊】様ですよと告げられましたが、この【本守護神】たる存在は【八九十】の合目(次元)の段階で、その次元段階まで進むのは容易ではなかったのです。為に私もあまり説明をして来ませんでした。
大本教霊界物語では神の宣伝使達が自分の力で霊界の階(界)を進めて、自分の本守護神に出会うなどが記述されていますが、各自の魂の【最終旅路】はその本守護神に出会うにあるのです。だが、この世で遊んでいたのでは、それはとても無理となります。

各自の魂の輪廻転生の旅路の終着は本守護神段階
その為には【神一筋】が要求されます。大本教霊界物語では、仏教の教えで知られる【三途川】と説かれるコースではなくて【少途川】と出されたコースです。この【少途川】に関しては説明された書がありません。その途を行く者が少ないからです。これだけは【神一筋】に行く人だけが行く道なので、私が少途川の存在を教えてどうにかなるではないのです。

では改めて【神の高山(神界ピラミッド)】の改良版を出します。それは各自の魂の親神たる存在に出会える要素がようやく出て来たからです。

輪廻転生が終わる=自己の本守護神の元に戻る

フォト


スピリチュアルの【神は愛だから、何をしても赦される。】等と言っていると、最後の審判の時には奈落の底に落とされるなのです。それも永遠にです。だが、一気に本守護神の段階を目指すのではなくて、まず【五六七(みろく)】の世が宣伝されたなのです。それが【米】型の教えです。
私は私の魂の御親神である本守護神【国常立尊】の元に帰りたいとは望んで来ましたが、必ずしも帰れるとは限りません。それは自分の魂に汚れがあると不可能となるからです。私は必ずしも【聖人君子】とは言えません。完璧な人間ではありません。欠点だらけと言えます。しかし、国常立尊様に対する【忠誠心】ならば他の方より秀でるでしょう。
その魂の汚れを一気に落とす【罰(×)】が出たならば、【米】であった者達は【十】が残るのです。 頂上神の存在に近づくなのです。

私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【この私だけを唯一の神とせよ。】と命じられました。【その者達はこの私が救う。】です。その旧約聖書の神と称する声は、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国。】と言われましたが、それは【言葉の仕組】だったのです。日本語で無いと解読が出来ないなのです。

私はこの【国に常に立つ御言】を持ちまして説明しました

その旧約聖書の神と称していた霊は、豊受姫を初めとして幾多の霊能者の方から貴方の本守護神は【国常立尊】様だと指摘されたなのです。つまり旧約聖書の神と同一神です。艮金神・国常立尊。天之御中主の神名は天地に分かれて同体神。閻魔大王(冥府の長官)。これらは同じ神と言えます。
ただ、キリスト教神学では冥府の長官(閻魔大王)を【サタン(悪魔)】ともしていますので、大本教からみろく大神を【六六六】として出した時、大本教は【サタン(悪魔)】信仰かとの声がありました。
最後の審判はイエス個人崇拝主義者のキリスト教徒のみならず、誰を【救世主】と拝んでも無意味なのです。最後の審判で判定されるのはお釈迦様の悟りであった個々の人に内在する「良心神」の点数であり、それによって新しい永遠の世の霊界での階層が決定されるなのです。

良心神の点数が高ければ、本守護神段階まで進む

優秀な霊能者達はお釈迦様もイエスも弘法大師も出口王仁三郎聖師も【八次元(神界八合目)】界と見なしています。そうした方々の個人崇拝であれば、どれほど頑張っても「七次元」界が関の山となるのです。その方を師とするからです。為に、創造神の近くには辿り着けないなのです。だが、各自の本守護神はそれ以上の段階となるのです。創造神も最高位にあるので、その近くに行けるなのです。
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