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2019年03月02日16:28

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クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

【プログラム】 

1 ブラームス: ピアノ・ソナタ 第3番 へ短調 Op.5
2 ショパン :スケルツォ 第1番 ロ短調 Op.20 ,スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
        スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 Op.39,スケルツォ 第4番 ホ長調 Op.54

(アンコール)
ブラームス:4つのバラード 第1番 ニ短調 Op.10-1
ショパン:4つのマズルカ 第14番 ト短調 Op.24-1
ショパン:4つのマズルカ 第17番 変ロ長調 Op.24-4

2019年2月28日(木),19:00開演,サントリーホール


ツィメルマンのピアノは,お見事というほかない。あるタイプのピアノ演奏を極め尽くしたピアノである。堅牢な構成,ピアノの音の完璧なまでのコントロール,そして作曲家や作品の違いにを表現する音色の変化。こうした路線を究極まで追求し,それを確実に実現するテクニックを持っている。もちろん,自発性や即興性の点で,ツィメルマンに優るピアニストはいるだろう。しかし,そもそも彼にとって,そうした要素は眼中になく,彼が追い求めるスタイルと相容れないことは十二分に自覚しているはず。

ブラームス初期の作品らしく5楽章からなる巨大なピアノソナタ。ツィメルマンが弾くこのソナタの特色は,ピアノの音色だろう。いかにもブラームスといいたくなるような渋い音だ。そして,がっしりとした構えの壮大なスケールもこの作曲家にふさわしい。全力で弾いているにもかかわらず,一音一音がコントロールされたタッチで弾かれ,かつ,それらの重厚な音の連なりも明晰そのもの。ブラームスの作品でなければ聴くことができない独特な節まわしも余すところなく表現されている。

このソナタを聴くのはこれが初めてだが,ブラームスのこの時期の特徴が上手く表現された演奏である。同時期に書かれたピアノ協奏曲第1番や交響曲第1番と同じく,ブラームスの表現意欲のほとばしりを大きな構成で表そうとする意欲や情熱が伝わってくる。第4楽章間奏曲を含む5楽章で構成されたピアノ・ソナタとしてはやや異例な作品であるにもかかわらず,各楽章の特徴を鮮明に描きつつも楽曲全体の統一も損なわれることはない。ピアノ・ソナタにしては雑多な要素を詰め込んだ感があるこの曲を飽きさせることなく弾ききる力量はツィメルマンならでは。この作品をリサイタルの冒頭に持ってきたのもよほどの自信があってのことだろう。若々しく意欲満々なブラームスだった。

リサイタルの後半はショパンのスケルツォ全曲。ブラームスから一転して,明るく華やかな響きのピアノに一変する。ピアノのタッチが変化しても,堅牢な構成の演奏であることに基本的に変わりはない。なので,閃きに満ちた軽快なショパンというより,作品の構造を浮き彫りにしたようなショパン。とはいえ,要所要所で緩急をつけ,一本調子の演奏からは程遠い変化に富んだ演奏でもある。

ショパンと同じポーランド出身のピアニストということもあってか,ブラームスの作品よりもショパンの音楽により深い共感を抱いていることが演奏から窺われる。ブラームスでは抑制気味だった,感情の劇的な変化をごく自然に表現しているようでもある。音楽の枠組みを作った上で音楽を論理的に展開させること以上に,その瞬間における感情の変化を自然に追いかけることにほとんど努力はしていないようにもみえる。

とはいえ,ツィメルマンのショパンはある意味考え抜かれたショパンであり,その考えを練習によって体に覚え込ませたショパンでもある。安易に閃きだけで弾くショパンではないことは言うまでもない。ポーランド人のピアニストとして,ブラームスでは型の力を借りて弾く度合いが高い一方,ショパンではドイツ音楽の場合ほど知性に頼らなくとも自然に弾くことが可能だという違いがある。いずれにしても,ブラームスであれショパンであれ,楽譜との対話,自分自身との対話を重ねた上で完成した知性的な演奏であることに変わりはない。
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