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2018年09月01日23:52

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9月1日

 おいしい沖縄料理の店がある、と教えてくれたのは沖縄出身の同僚で、「こんど行こうぜ、奢ってやるよ」とも言ってくれた。なにぶん唐突な提案だったので少し驚いた。おそらく以前にちょっとした貸しができたのを気にかけていたのだと思うが、本当のところはわからない。彼はそれについては何も言わなかった。もしかすると、ただ単に気分が良かっただけかもれしれない。でも彼は社交辞令を言うタイプでもない。約束は約束としていつまでも覚えていて、きちんと果たす。果たそうという行動をおこす。だらしないのが嫌いで、はっきりと物を言う。その性向は、沖縄の緩やかな風土に結び付いていかないことをよく誰かに指摘されている。
 沖縄料理の件もなんとかスケジュールをあけて、実際に連れていってくれた。宣言どおりおごってくれるということだ。そのかわりにメニューは彼がきめた。
「ソーキそばのみ。このシンプルな頼み方が粋なんだよ」
 サッとすすって店を出る。長居はしないのが彼のルールであるらしかった。
 テーブルにソーキそばが2つ運ばれて来る。これをいただくと、本当に美味しくて感動した。あっさりとした中にも揺るぎない主張がある。どこか懐かしい、旧知の友人に出会ったような味だ。ぼくがそのことを感想として述べると、同僚は何度かうなづいた。
 「そうだろ?ブタの鳴き声以外はすべて食べる、とまで言われる沖縄県民のある種の覚悟が、透き通った汁により深みのあるコクを与えているんだよ」
 「うん。なんかわかるような気がするな」
「でも実を言えばね、ブタの鳴き声だって食べることができるんだ。ほらレンゲを耳にあててごらんよ」
 ぼくは言われたとおり、レンゲを耳にあてた。すると、コオオオオという音が聞こえた。ぼくは彼をちらと見やった。彼も同じようにレンゲに耳をすましていた。目をつむっている。ぼくたちはしばらくそうしてブタの鳴き声に聞き入った。
 そのうち店員さんがぼくたちのテーブルにやってきた。
 「今日は店が割に暇なので、おもてなしってわけじゃないですけど。よかったらどうですか」
 店員さんは、海ブドウをどっさり盛った皿をテーブルに置いた。え、いいんですか?ぼくたちは少し驚いて目を見合わせた。もちろんです、今日は特別ってことで。彫りの深い店員さんは、にっこりと太陽みたいに笑った。
 思いがけないサービスにぼくたちは感謝し、喜々としてはしゃいだ。
 そして、「粋な頼み方をする人には、粋なオマケがついてくるもんなんだねえ」というぼくの世辞めいた言葉が、さらに同僚を気持ちよく昇らせたらしく、彼は「ああ沖縄に帰りてえ」とのけ反りながら発した。
 お会計の際、約束どおり彼はぼくに財布を出させなかった。ほくはごちそうさまですと彼に頭を下げた。でも、そこでちらとレジに表示された金額が目に入り、ぼくは首をかしげた。いくらか多めに勘定されているようなのだ。あ、海ブドウの分が入ってる!と胸のうちで思った。なぜそんなことになるのかまるでわからない。何かの間違いか、それとも策略的な経営方針によるものなのか。ともあれ同僚は気づいていないみたいだった。レシートもくしゃっと丸めてくずかごに捨てていた。ぼくはこれを伝えようか迷った。でも店を出た同僚が「ああ粋だった」と嬉しそうに言ったので、黙っておくことにした。
 
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