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2018年08月05日00:26

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8月4日

街道に沿って夜店がずらりと並び、多くの人が往来を行き来していた。浴衣を着たひともいた。怖そうな人も、そうでない人もいた。外国人もその情緒ある雰囲気を楽しんでいた。
 でもだんだんと妖しげな雲が集まってきて閃光が走った。雷鳴がとどろき、大きな雨粒が地面をつよく打つと
みんないっせいに近くの建物に逃げ込んだ。そこら中にいた鳩もどこかに消えてしまった。夜店のテントは雨粒をけたたましく受け、呼び声はかき消された。鳥皮焼きの店主はコテを置き、祭りは一時休止となった。
 ぼくはバスの中にいた。祭りに参加していたわけではなく、通常どおりに仕事を終えて家に帰る途中だった。でも、突然の驟雨で祭りから引き上げる人たちがバスになだれ込んできた。車内はいっきにすし詰め状態となる。祭りの熱気がそのまま車内に持ち込まれ、荒い息づかいが方々で聞かれた。ぼくはどんどん奥へと押し込まれていき、漂着した場所で誰かの肘を肩に食らった。あぶら汗を浮かべながらも、深い呼吸を繰り返して何とか耐え忍んでいたが、ふと窓の外にひょっとこが雨に打たれながら激しく踊っているのを見て意識が遠のいた
 
 「マナーがなってねえよ」

 ふいに男を張り上げた。ぼくはビクッと驚いてうしろを振り向いた。でも声の主は少し離れたところにいるらしく、姿は見えなかった。どうやらぼくを咎めた言葉ではないみたいだった。
「荷物は前にもつのが常識じゃないのかよ」と続けて男は言う。「それじゃあ誰も後ろを通れないだろうが」
 その声はいかにもあきれたように、嘆息とともに吐き出された。怒りも多分に含まれている。車内がしんと静まり返る。運転手も動向を静観しているようだった。おそらくカバンなどの荷物を背中に背負ったままの乗客が通路で幅をとり、邪魔になっているのだろう。
 そのカバンの乗客は沈黙していた。無視を決めこむつもりかもしれない。
 「まったくバスの乗客ってのは質が低いんだよ。こうやって注意しても改めようとしない。まいっちゃうよ、ほんとうに」
 男は攻撃の手をゆるめなかった。ずいぶんと大きな声を出すのは、周囲を巻き込んでカバンの乗客を追い詰めようという腹があるのかもしれない。
 しかし耐えかねたのか、カバンの乗客がここで反撃に出る。
 「ぼぼぼくがヤクザだったらあなたは同じことを言っていますか?」
 名誉を傷つけられて怒りに声が震えていた。
 「こここ、ここにいるのがぼくだから、そんなことを言うのでしょう」
 カバンの乗客の姿を確認することはできない。でもその声の震え具合や、どこか情緒の乱れたような物言いから、ぼくは彼が爪を噛みながら発言をしているような姿を思い浮かべた。
 もちろんマナーは守るべきだ。人の進路を妨害しているならば、すぐにもそれを退かさなければならない。でも、注意のやり方が少し乱暴だったようにも思える。もう少し言葉を選ぶべきだった。カバンの乗客が素直に指摘を受け入れることができないのも仕方ないところはある。
 しばらく2人はそうして言い争いを続けた。これが一体どういった結末を迎えるのかとても気になるところだが、ぼくが降車する停留所にバスが到着してしまった。ぼくは混み合う乗客をかき分けて出口へと進んだ。その途中、太った男がアコーディオンを背負って通路を塞いでいるのを見た。それはカバンではなく、とても意外なものだった。でもそうなるとちょっと話は違ってくる。もともと前で持って演奏するアコーディオンを、あえて背負ってバスに乗っているのならば完全にお前が悪いと思った。


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