日本経済新聞に「私の履歴書」という名物コーナーがある。
存命の有名人の自叙伝を1ヶ月交代で連載。
日経新聞という媒体の性格柄、功成り名遂げた財界のお偉いさんが登場することが多い。
大企業の会長秘書の大事な仕事が二つあると言われるほどだ。
一つは会長さんの存命中に等級の高い勲章をゲットさせること。
そしてもう一つがこの「私の履歴書」の枠をゲットすることだ。
で、まあ、そういう秘書の人たちやご本人には申し訳ないけど。
会長さんらの履歴書はあんまり面白くないので、斜め読みするか無視することが多い。
でも、たまに面白いのが出てくる。
最近だとなんといっても浅丘ルリ子。
小林旭にプロポーズされたときのシーンとか石坂浩二との結婚生活のこととか。
石原裕次郎との友情、寅さんのリリー役で知り合った渥美清の晩年、妹分だった大原麗子、旭との結婚後も親しくしていた美空ひばりそのほかいろんなエピソードがてんこ盛りでねえ。
僕以上にカミサンがハマった。
ので、僕は朝の通勤で持ち出した日経の履歴書のところを職場で切り取って、お土産に持ち帰っていた。
で、今月も同じように私の履歴書を切り取る日々を続けている。
今月はこの人。
釜本邦茂氏
言わずと知れた日本サッカー界の英雄だ。
しょっぱなの連載第一回から、今の若い選手はドリブル回しばっかりで肝心のシュートの練習が足りない、俺の若い時は、という感じでねえ。
もう連載の中身、つまるところ人生そのものがサッカー一筋。
まあ、サッカー通の相棒のろまさんに言わせると、ああいうシュート一点張りのスタイルは「どっかんサッカー」と呼ばれていまどきは流行らないそうだけど。
そうはいっても、いっぽんどっこに熱いサッカー人生を語られるとやっぱり惹かれるわけだ。
今朝の分からメキシコ五輪本戦に突入。いよいよクライマックスの編だ。
で、僕は先月も履歴書を切り取ってカミサンに持ち帰る日々を送った。
先月はこの人が自分史を連載してたので。
小椋佳
この人の履歴書は釜本さんの一筋物とは好対照だった。
よく知られているようにシンガーソングライターの小椋佳と銀行員の神田紘爾(かんだ こうじ)の複線生活を長く続けた人なので。
連載の中身もサラリーマン時代のことの方に多くを割いていた。
で、これが面白かった。
東大法学部を卒業して勧業銀行(後の第一勧銀、今のみずほ銀行)に入行。
こういう感じでいかにも銀行員そのもの。
小椋佳の名前を頼りに職場を訪ねてきたレコード会社の人は、本人に会うなり芸能界デビューは無理だと断念したという。
それでもマスコミには一切顔をさらさない条件で出したアルバムが徐々に人気を集め始める。
で、布施明が歌った「シクラメンのかほり」でブレイク。
したんだけど、そのとき神田紘爾はシカゴ大学に留学中だった。
で、年末は帰国してたんだけど。 レコード大賞の授賞式に出て欲しいという懇願を一蹴して、その晩は上司らと雀荘にしけこんでいたそうだ。
そういう風に米国留学までしてるんだから、これは紛れもないエリートだったんだと思う。
中堅時代は証券部の企画課長になって、大蔵省のお役人の接待をしたりね。
で、浜松支店長を経て本店の部長さんを最後に49才で退職したというんだから、サラリーマンの方の人生も並みではなかった。
その浜松支店長時代に作った地元の銘菓のCMソングが傑作だよ。
うなぎのじゅもん 作詞・作曲・唄 小椋佳 出演 逢沢りな他
https://www.youtube.com/watch?v=AUHucQhlrIQ
そういうサラリーマン話と並んで僕が感銘を受けた一節があった。
その回は小椋佳が胃がんなどの自分の闘病歴を綴ってたんだけど。
そこにこういうことが書いてあったんだ。
今時は喫煙者を軽蔑する向きも多いが、自分は70を超えた今でも一日に40本はセブンスターを吸っている。
カミサンに渡すときにそこだけマーカーを引いとこうかと思っちゃったよ、やらなかったけど。
ということで、その煙草のことをタイトルにつけた一曲。
といっても、歌詞の中身は喫煙推奨とかそういうのとは無関係な真面目なものなので、嫌煙家の皆さんも安心してお開きください。
モク拾いは海へ 小椋佳
https://www.youtube.com/watch?v=xb6Uw0yBQDw
こういう二足のわらじというのは、多くのサラリーマンが憧れるのではないかと思う。
相棒のろまさんも激務のかたわら少年サッカーのコーチを長く務めていたし、PARCO出版の御教訓カレンダーにも多くの作品を入選させている。
このところブランクがあったけど、最近投稿を再開したようなので、年末の受賞者発表が待たれるところだ。
僕自身はというと、強いて言えば、このmixiが仕事とは別の地平線で成立していて、かつそれなりの人数の目に触れる活動ではある。
まあ、僕やろまさんの例は市井の民のささやかな一コマだけど。
サラリーマンとしては神田紘爾をはるかに上回って出世しつつ、別のジャンルで歴史に残る金字塔を打ち立てた人物がいる。
故宿沢広朗氏 元三井住友銀行専務執行役員にして元日本ラグビー代表監督
現役の銀行の専務時代に急死。 あれには吃驚した。
僕は単なるラグビー観戦者だったけど、関係者(ラグビー関係及び早大OB)の間ではヒーローだったからねえ。
特に1989年の秩父宮で挙げたスコットランド戦での勝利は、今回のWC南アフリカ戦が出るまではラグビー界の最大の金星だったのではないかと思う。
銀行の役員としても早すぎる死がなければ、当時の年齢や所掌からしてさらに上、要するにトップが狙えたんじゃなかろうか。 よその会社のことなので、単なる推測だけど。
サントリーの開高健や山口瞳も二足のわらじといえばいえるけど、あの人らは社業が作家活動と渾然としていた感じがある。
広告業界の藤原伊織や新井満になると、もっとそういう感じが強くなる。
そういう中で、これまた小椋佳や宿澤氏と同じ金融業界に身を置いたこの人も二足のわらじ生活が長かった。
わたせせいぞう マンガ家にして元同和火災海上保険社員。
わたせせいぞうのサラリーマンとしての実績はよくわからないけど、早稲田を卒業して損保会社に入り20年近く勤務して、営業課長などをやりつつ漫画家との複線生活を送り。
幹部になりそうになったところで、このままだといけないということで会社を退職したようだ。
その辺りは小椋佳と似ている。
小椋佳もこのまま50を超えてサラリーマンを続けているとなんというか、出世のための権謀術数の色が自分の中に染みついてしまうと考えて退社を決意したそうだ。
もっとも、彼の場合は大方が予想した歌の道一本になるんじゃなくて、退職直後は東大の大学院に復学して学究生活にいったん入ったんだけどね。
わたせせいぞうはフリーになって漫画やイラストの道を歩んでいる。
まあ、小説家なんかとは違って、漫画家の場合はなかなか二足のわらじは難しいと思う。
弘兼憲史やいしかわじゅんも大学卒業後いったん大企業に就職はしたんだけど、あっちゅうまに退職してまんが道を目指している。
その漫画の主人公で二足のわらじを履いた人物はというと。
僕は歴史的にはこのアメコミのヒーローが端緒ではないかと思う。
スーパーマン=クラーク・ケント
ケント氏がダメサラリーマンなところがよい。
そのスーパーマンを参考にしたと思われるハヤタ隊員の場合は、怪獣や宇宙人退治は科特隊の業務そのものなので二足のわらじとは言えない。
一方、藤田まことが演じた人物は昼の顔はクラーク・ケントと似た線を出してたけど、やっぱり仕置人は八丁堀の仕事の延長線のようなところがあるので、純粋な二足のわらじとは言えない面がある。
じゃあ、我がニッポン作品ではどれが該当するかというと、僕はこれが代表的な存在じゃないかと思う。
主人公の近藤静也は女性下着メーカーの平凡なサラリーマンにしてやくざの組長。
本人はサラリーマン人生を歩みたいと思って裏の顔を極秘にしてるんだけど、渡世の義理やらなんやらでヤクザ世界で凄腕を発揮していく。
こりゃまさに二足のわらじそのものだと思うよ。
新田たつおが週刊漫画サンデー(少年向けじゃない渋い雑誌の方)にこの作品を掲載するにあたって、タイトルをいただいたショーロホフの小説をどれだけ意識したかはわからないけど。
結果的にロシアの文豪の大河小説を彷彿させる超長期連載になった。
単行本の数、実に108巻。
ということで、日本を代表する二足のわらじ作品として恥ずかしくない存在だと思うわけだ。
で、最後は小椋佳の代表作。
こないだNHKのファミリーヒストリーの久本雅美の回を見てたら、彼女の母上が末期の病床でこの歌を何回も聴いていたというシーンが出てきて印象的だった。
さらば青春 小椋佳
https://www.youtube.com/watch?v=Gc3F9xi-iLc
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