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2022年12月16日21:25

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気が付けばそこには旧型国電が(笑)

すっかり「ますこっとれいん」にハマってしまって旧型国電三昧ですw
残すところあとは「ますこっとれいん ぱーと1」のリピート購入品が5両残っています。
まぁ〜これは1両ずつ追々作って遊ぶ事にしています。
さて忘れていた?手持ちのBトレインショーティーを並べて夜勤明け4回目接種後の鑑賞会を開催中しましたw
実は「ますこっとれいん」発売を待ちきれず予習と称して集めてしまった子供達なんです。
あ〜ぁ・・そういえば湘南型にも手をだしちゃったんだっけ?w
ここでやっぱり異端を放っているのは流電ですよね。
実車に乗った事があるからかもしれませんが旧国の中ではやっぱり異端中の異端的な存在でしたね。
この流電仲間、国鉄のモハ52系電車は全部で20両と小さな所帯ですけど鉄道史に残る名車ですから。
あらためてちょっと調べたくなってググってしまいました。
−戦前の活躍−
当初はモハ43形の戦前の京都〜大阪〜神戸で繰り広げられた私鉄会社との競争を戦うために開発された特別な電車でした。
続番予定でしたが形状と性能が異なる事からモハは新形式のモハ52形になりましたが、
中間車は42系サロハ46形と横須賀線用32系サハ48形の追番になっています。
1936年3月31日に第1次車4両1編成が川崎車輛神戸工場で製造されました。
 モハ52001+サハ48029+サロハ46018+モハ52002
 言わずと知れた流線形のスタイルでボディは当時リベット構造でしたが電気溶接による全溶接構造です。
 主電動機はMT16(定格:100kw)と主制御器と自動空気ブレーキは在来車と同一仕様でしたが、
 ギア比を高速仕様(1:2.04)また台車には当時最新の外国製ローラーベアリングを使用しています。
1937年3月15日に第2次車4両2編成が川崎車輛神戸工場(サハ48は日本車輛製造)で製造されました。
 モハ52003+サロハ66016+サハ48030+モハ52004
 モハ52005+サロハ66017+サハ48031+モハ52006
 側窓が広い事から広窓車とも呼ばれています(1次車は従来の窓幅なんで狭窓車ともよばれています)
この2次車登場以降1次車も編成の見直しが行われ
 モハ52001+サロハ66020+サハ48029+モハ52002
 (サロハ46018はサロハ66020に改番されました)
利用者からは好評だった流電編成でしたが整備運用面では乗務員扉省略・スカート装着・前面非貫通が不評でした。
1937年10月10日の京都〜吹田間電化開業に備えて計画された第4・5編成ではスカート廃止・前面貫通路付(半流型)に変更されました。
機器・性能面ではモハ52形と同一なんですが機能面では大きく異なることからモハ43形の追番となります。
1937年8月に第3次車4両2編成が川崎車輛神戸工場(サハ48は日本車輛製造)で製造されました。
 モハ43039+サロハ66018+サハ48032+モハ43038
 モハ43041+サロハ66019+サハ48033+モハ43040
−戦中の災難−
ところが1937年頃から戦争の長期化により苦難の道を歩むことになります。
1940年から電力事情の影響により運休・減車運転となります。
1941年から1次車2次車のスカート取り外し
1942年11月のダイヤ改正で急行運転中止で二等車は三等車へ座席はそのままに格下げになりました。
当時の他車と同様に座席のロングシート化・クロスシート撤去を行われ戦中・戦後は荒廃した状態で運用されました。
1943年には第1次・第2次車のサロハ66(3両)が吹田工機部で仕切り壁撤去の改造工事を受けてサハ48へ編入されています。
 サロハ66016→サハ48034
 サロハ66017→サハ48035
 サロハ66020→サハ48036
※第3次車2両はそのまま改造されず貴賓車的な色合いが強かったようです。
そしてついに改造計画がもちあがります。
1944年には3扉化して3次車モハ43形はモハ52形の追番、サハ48形・サロハ66形はサハ57に編入することになりましたが
戦争の激化による資材・人手不足で1両も改造されることなく終戦を迎えられました。
しかし全車無事に終戦を迎えられるはずもなく。
1945年7月7日明石電車区でモハ52006が、同年8月6日住吉駅でモハ43038が全焼しています(合掌)。
 戦災復旧客車としても計画されたようですが復旧することなく2両とも戦災廃車になっています。
−戦後の活躍−
1948年その特徴的な車体から三島〜沼津間で行われた高速度試験に活躍します。
 モハ52002+クヤ16001(木造の性能試験車)+モハ52005
その後茅ヶ崎〜辻堂間でも高速度試験が行われています。
 モハ52002+クヤ16001(木造の性能試験車)+モハ63系
この高速度試験で狭軌最高速度119km/hを記録、長距離列車の電車化と80系電車開発の礎になりました。 
さらに1949年4月10日には京都〜大阪間で急行電車が復活、6月1日には京都〜神戸間へ延長運転されて当該運行車両として
4両編成2本が組成されています。(配属:宮原電車区)
 モハ52001+サハ48032+サハ48029+モハ52002
 モハ52003+サハ48035+サハ48033+モハ52004
1950年10月にはその座を新製配置された80系電車に譲ります。
同時に阪和線で特急料金不要な特急電車が運転されることになり転用されます。(配属:鳳電車区)
 モハ52001+サロハ66018+モハ52002(青基調)
 モハ52003+サハ48034+モハ52004(阪和特急色)
 モハ43041+サハ48036+モハ43040(阪和特急色)
 モハ52005+サロハ66019+モハ43039(茶色)
 予備車としてサハ48035が存在しています。
 さらに2等3等合造りのサロハ66は全室3等車として運用されています。(実質の格下げ)
1950年サハ48029〜サハ48033が、その後サハ48034・サハ48035が横須賀線へ転属しています。
1951年サロハ66の2両が飯田線へ転属し翌1952年豊川分工場で運転台を新設されてクハ47形に編入。
 これによりサロハ66形は型式消滅しています。
 サロハ66018→クハ47021
 サロハ66019→クハ47022
1953年からモハ52形の乗務員室拡大(客室ロングシート撤去)乗務員扉新設が行われこれと同時に
 モハ52001・モハ52002・モハ43040・モハ43041の4両は電動機をMT30(定格出力:128kw)に交換されました。
1953年車両型式称号規定改正により出力増強されたモハ43形2両がモハ53形に改称されました。
 モハ43040→モハ53007
 モハ43041→モハ53008
1955年から70系電車の新製配置により飯田線への転属がはじまります。
1957年4月にモハ52004・モハ52005の2両、9月にはモハ52001・モハ52002・モハ52003の3両が伊那松島機関区へ
1958年2月にモハ43039・モハ53007・モハ53008の3両が伊那松島機関区へ転属しています。
1958年3月にはサハ48036も転属して運転台を新設しクハ47025に改称されています。
1958年に豊川分工場でクハ47021・クハ47022・クハ47025・サハ48034の4両にトイレ新設工事
 横須賀線に転属していたサハ48032・サハ48033の2両は大宮工場でトイレ新製工事が行われました。
1959年12月には横須賀線へ転属していたサハ48034も飯田線へ転属しています。
1959年車両型式称号規定改正ではモハ43形・モハ52形・モハ53形は
 それぞれクモハ43形・クモハ52形・クモハ53形に改正されました。
1959年12月にはクハ47形番号整理が行われ旧サロハ66形を改造した車両は150番台に改番されました。
 この際全車奇数向きだったので奇数のみが付与されました。
 クハ47025→クハ47151
 クハ47021→クハ47153
 クハ47022→クハ47155
横須賀線へ転属していたサハ48形は混雑と混用されている70系電車に合わせる形で大船工場で3扉化されてサハ58形に改称されました。
 サハ48029(1次車)       →サハ58000
 サハ48032(3次車・トイレ付)  →サハ58010
 サハ48033(3次車・トイレ付)  →サハ58011
 サハ48030(2次車)       →サハ58020
 サハ48010(1次車)       →サハ58021
 サハ48035(2次車・旧サロハ66形)→サハ58050
1965年3月伊那松島機関区に所属していたクモハ43039は身延線転用のために浜松工場にて低屋根化クモハ43810に改称されています。
−終焉−
 戦災を免れた18両は改造されながらも1975年まで各地で活躍しましたが近代化と老朽化にはかなわず順次廃車されました。
1976年
 サハ58000・サハ58010・サハ58011・サハ58020・サハ58021・サハ58050(岡オカ)
1978年
 【クモハ52001】・クモハ52002・クモハ52003・【クモハ52004】・クモハ52005(静トヨ)
 クハ47151・クハ47153・クハ47155(静トヨ)
 サハ48034(静トヨ)
1981年
 クモハ43810(長キマ)
1983年
 クモハ53007・クモハ53008(静ママ)
【 】の2両は現在保存されています。
 クモハ52001(狭窓)吹田工場
 クモハ52004(広窓)名古屋リニア・鉄道館 
やっぱり独特な風貌と当時の最先端技術を盛り込んだモハ52系電車は今でも光輝く車両ですね。
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