9月6日にフランスの俳優ジャン=ポール・ベルモンドが亡くなった事を
簡単に9月7日の日記に書きました。
その時、いずれ追悼の意味から、
彼の出演映画が放送されるかも知れないと書きましたが、
早速今日のNHKBSプレミアムシネマで、
予定を変更して「勝手にしやがれ」を放送しましたので観ました。
「勝手にしやがれ」は、ジャン=リュック・ゴダールが監督・脚本を務めた映画で、
ヌーヴェルヴァーグと言われる、
1950年代末のフランスの映画運動の記念碑とも言われる映画で、
1959年に製作されました。
即興演出、同時録音、ロケ中心という、
ヌーヴェルヴァーグの作品・作家に共通した手法が用いられています。
発表されると、その革新性によって激しい毀誉褒貶を受けたとの事ですが、
それもそうだろうなぁと思いながら観ていました。
街中のシーンは、
今ならば通りを歩く人までエキストラを使って、計算した映像になりますが、
通行を止めずに撮影をしたようで、
演技をする俳優を見る人が映っているシーンが幾つかありました。
ストーリーは、ジャン=ポール・ベルモンド演じる、無法者のミシェルが、
マルセイユで自動車を盗み、追ってきた警察官を射殺し、パリに着きますが、
一文無しのため、アメリカ人のガールフレンドで、
ジーン・セバーグ演じるパトリシアの下に転がり込み、
やがて、パトリシアに密告されて刑事に射殺されと言うものです。
ミシェルは、別の恋人の財布から金を盗み、
飲食店のトイレで一緒になった紳士を気絶させて、財布を盗むなど、
法律など全く眼中にありません。
パトリシアにも、君の後3人の女と寝たけど、どれもしっくり来なかったと言うなど、
とにかく奔放に生きる人物として描かれています。
ミシェルの独白やパトリシアとの会話など、
次々と意味深そうな台詞が飛び出し、いかにもフランス映画と言う感じもしました。
特にオルリー空港でパトリシアが取材する小説家を、
フィルム・ノワールの巨匠、ジャン=ピエール・メルヴィル監督が演じていて、
とても覚えきれませんでしたが、素晴らしい台詞が多かったように感じました。
印象に残ったのが、「貴方の望みはなに?」と訊かれて、
「不老不死になって死ぬ事だ」と言うのは、
(字幕では、不滅になって・・とありましたが、これでは意味がよく分かりません。)
分かったような分からないような名言だと思いました。
学生時代に観た時に良く分からない映画だと思いましたが、
改めて観ても良く分からない映画でした。
以前観た時に、ミシェルが煙草ばかり吸っていると感じましたが、
吸い終えた煙草の火で、次の煙草に火を点けるシーンが何度もあり、
正にチェーンスモーカーとして描かれていました。
どのような意図なのかと思いながら観ていましたが、
今ならば、絶対にこのような演技は出来ないでしょうね。
以前、日記に書いた時に、若い人から、
「勝手にしやがれ」と言うと、沢田研二さんの歌を思い出すと言われました。
沢田さんの歌は、この映画をイメージして作られたもののようです。
【今日の一句】
お幾らで? 試しに訊いたら 平手打ち
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