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2021年04月05日00:29

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ギリシャの富豪

2002年に書いた記事です。

富豪の別荘をのぞいてみた(エーゲ海)

ギリシャの富豪というと、オナシスのような桁外れの大金持ちを思い出す。実際、彼らの遊び方は海洋国家ギリシャらしく、ドイツの金持ちと比べても雄大である。いちど、ギリシャの富豪の一人であるX氏に、昼食に招待されたことがある。X氏は九0年代後半にギリシャにも到来した株式ブームで、それまでに築いていた巨万の富を、さらに増やしたと言われる。アテネから快速船で一時間の、ある島。アテネから比較的近いために、この付近に別荘を構えている資産家は少なくない。X氏もそうした一人である。

この島の港に、指定された時間に行くと、周囲のヨットを威圧するような、近代的な設備を持った大型船が停泊している。これがX氏の船であった。後部の船室は、バーのある広々としたリビングルームになっており、分厚いフカフカの絨毯の中に足が埋まってしまいそうだ。二階に上がると、X氏の寝室、シャワールーム、それに電話やファックス、コンピューターを備えた執務室があった。

やがて、船はエンジン音も高らかに出港。島の対岸の本土にX氏が持つ別荘へ向かって、エーゲ海を突っ走る。操舵室に入って、船員に「この船の値段はいくらですか」と尋ねると、「中古で二二00万ドル(約二六億円)くらい」という答えが返ってきた。しかもこの船は、会社の所有物ではなく、X氏の個人的な持ち物である。

船は三0分ほどで対岸に近づく。オリーブの木で覆われたなだらかな丘のふもとに、ギリシャの田舎風の家がいくつか見えてくる。船は小型クレーンでボートを海に降ろし、別荘に向かう。船が大きすぎて、別荘の前には接岸できないからだ。農場のような中庭を囲んで、石造りの民家が並んでいる。フェンスで囲まれた敷地は数ヘクタールもあり、X氏の家族や友人だけが使うことができる、プライベート・ビーチがあるほか、ギリシャ中を飛び回るX氏のためにヘリポートも設置されている。船の乗員たちが、制服を着替えて、給仕に早変わりし、グラスにワインを注ぎ始めた。

X氏の別荘はいわゆる豪邸ではない。だが、広々とした庭から、エーゲ海と対岸の島、そして沖に投錨した自分の船を望む雄大な眺めは、一幅の絵のように、美しく、この富豪に優越感を与えるものだろう。彼がここに客をつれてくるのは、間接的に、おのれの財力を誇示することによって、自己満足に浸るという意味もあるにちがいない。

十月といえば、ヨーロッパ北部では気温が急に下がって雨の日が多くなり、コートの襟を立てなくてはならない季節である。そうした時期に、抜けるような青空の下、屋外にテーブルを置き、南国の暖かい陽光を浴びて、海を見ながら昼食を取るのは、ドイツなどでは真似のできない贅沢である。たとえば、パリやロンドン、ニューヨークの高級レストランでは、食事は洗練されており、リッチな雰囲気には事欠かないかもしれないが、この別荘ほどの開放感はない。この別荘のすごさは、建物ではなく、目の前に広がる自然である。

エーゲ海の島をあとにした私は、いつものように、排気ガスのうずまくアテネで交通渋滞に巻き込まれた。町の西側のオモノイア広場では、襤褸をまとった老女が、車の洪水の中をさまよいながら、ドライバーに対して、やせ細った腕を差し出し、小銭を乞うている。

社会保障制度が発達したドイツに比べると、ギリシャでは中間層が少なく、貧富の差が激しい。病院では六人部屋があたりまえで、患者は医者にきちんと診察・治療をしてもらうには、医者に金品を贈らなければならない。交通機関などのインフラの建設も、欧州の国としては遅れている。持つ者と持たざる者の格差が大きいのも、ヨーロッパ南部の特徴と言えるかもしれない。アテネの下町に立つと、X氏の別荘で見た絵巻物のように美しい景色が、まるで蜃気楼のように、現実ばなれしたものに思えた。

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