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2018年08月22日19:06

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8月22日


 旅行先の宿で夕食をごちそうになりました。バイキング形式で好きなものを好きなだけ皿にのせ、残さずにたいらげました。お腹が満たされて、幸福な心地がしました。とてもありがたいことです。でもひとつだけ気になったのは、蟹のことです。そこは山間にひっそりとたたずむ旅館であるにもかかわらず、蟹の専門コーナーがもうけられていたのです。平皿の上にはたくさんの蟹の足が積み上げられていました。それはなんだかおどろおどろしい光景でした。蟹はいわずもがな動物です。切断された足が無数に並べられているのは、ある意味むごたらしいことにも思えました。とても直接的で生々しく映るのです。でもしかしその中にいくつか紛れている腕の部位は、ピースとやっているものだから、こちらもどこに感情を向ければいいのかわからなくなってしまいます。
 ためしにいくつか皿にとってみると、きわめて細い足であることがわかります。ガリガリの蟹です。色は赤というよりは紫色に近く、ちょうどぼくの亀頭の色を思わせます。これを専用のハサミでばりばり裂いていくと、中からごくわずかな身が出てきます。せいぜいチューインガム1枚分といったところではないでしょうか。ほんの一口です。淡いという以外にとくに感想を見つけ出せないうちに喉を過ぎていってしまいます。たったこれだけのために蟹は手足を失ったのだと思うと、やはり申し訳ない気持ちにもなってきます。もしこれを胴体が知れば、たちまちに凄まじい量の泡を吹くかもしれません。
 殺生について物申すつもりはありませんが、蟹にはけっこうひどい目にあっている印象をもっています。猿かに合戦ではズル賢い猿に殺害されますし、デパートのお子さまランチでは甲羅に熱いグラタンをつめこまれます。昔にあったパンチングマシンでは、的になり、街の若者たちにしこたま殴られていました。その見た目は相当な因果を背負っていると思われやすいのか、なかなかキツイ役回りを押し付けられるのを見かけます。
 でも唯一救いに思えたのは、バイキングで隣になった女性が、山になるほどの数の足をしゃぶりつくしていたことです。とにかくものすごい量でした。その残骸が、今にも崩れてきそうで不安になるくらいです。彼女はほとんど蟹だけを、ものも言わずむしゃむしゃと食べていました。内陸の宿で奇跡的な邂逅を果たしたみたいに、彼女と蟹はひとつに溶け合っていきます。あれだけ夢中で食べているのを見れば、もしかすると胴体も誇らしい気持ちになるかもしれません。
 その晩床につき、しばらくすると、珍しく子どもがなかなか寝付けないのを知りました。手を握ってみるとかすかに震えています。何かに怯えているようでした。夜中にも三度、ぼくは揺り起こされました。理由を聞くと、以前に見た心霊特集を思い出したと言います。怖くて眠れないのだと。でもそれは2年も前にたまたま見た番組だったはずです。なぜ今さらという感じもします。もしかすると、それを呼び起こすスイッチのようなものがあったのかもしれませんが、それは考えないようにします。
 
  
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