悲しいのに何故泣けないのか。涙が出ないのか。周りの悲しみと同調出来ず何処か、、、気持ちだけが離脱している。雰囲気と裏腹に冷めた自身に問い掛ける。
オマエは何時からそうなったのだ?
母親が蒸発し後に自殺の屍で発見された日は丁度競輪開催の前検日と重なってて、午前中に火葬し午後遅くにシレーっと宿舎に入った。周りの同県の心配を余所にまずまずのリザルドで三日間走った。悲しむどころか一滴の涙も出なかった。
師匠は競走中に心拍停止でこの世を去った。妻の最愛の父親は朝「いってきます。」と言ったきり棺に入り夜帰宅した。
晩酌のグラス片手に「カズヒロ、俺ゃあ胃癌が見つかってな、後2か月ぐれぇなんだと」父親のカミングアウト。そのままビールを飲み続ける他に、、、何が出来ると云うのか。
何が泣けたかと聞かれたら。
洋画「ジョーイ」の最後と。
伊藤みどりの銅メダルのフィニッシュだ。
後は。
亡き母親の病弱な白い二の腕と止めろと父親に言われても直らなかった、咥え煙草で家事をする癖と、何故か、、、その母親が作った豆腐と油揚げの味噌汁の事をふと思い出した時に、もうビタビタになる位に泣き明かした事があった。多分、、、あれ以来に何かが消失してしまったんだと思う。
辛いのは、、、泣き悲しんでいる人の顔がグサリと胸に突き刺さった時。ひっぺがす様に思いを断ち切る。
素直になりゃ楽だろうに?
喪服は嫌だな。長い御経も嫌だな。
だって、、、幾ら立派な戒名付けたって、死んだ俺には解らないし。
棺桶に入って火葬の釜戸に入れられる時ってどんな感じなの?って、死んだ俺には解らないし。あー、ビール飲んで早く昼寝したいしなー。て。
亡き人を思い出し、1つ1つ片付けながら生きて行く。変なとこでふと思い出す。
あー、アイツならばここはこうするよな?て。悲しいか?泣ける?
いや、きっと寂しいんだよ。
何処かが。
多分ね。
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