角が有る者達 第109話 前編
『ユーとは夕であり幽であり憂であり悠でありyouであり、有でなく優でなく友でなく貴方ではない』
ザアアアアア・・・
雨が降り注いでいた。
灰色の雲が空を覆い尽くし、バケツをひっくり返したような大雨が街を、人を濡らしていく。
人が急いで建物へ急いで向かう様子を空中で見下ろしていたのはメルヘン・メロディ・ゴートだった。
雨が降り注いでいるにも関わらず彼の体は全く濡れる事はなく、右手首に巻いた腕時計の針は止まっている。
時計と街を交互に見比べながら、メルは状況を理解していく。
メル『確か僕は逃げてきた人に突き飛ばされて、気を失って・・・それじゃ、ここは夢の中・・・いや、誰かの記憶の中、か・・・』
メルには人の一番刺激的な記憶を夢として見る事が出来る能力がある。
それはメルが夢を失ったという事でもあるが、その事について本人はあまり気にはしてはいなかった。
今気にしているのは、これが一体誰の記憶なのかという事だけだ。
そして、メルは気付く。
降りしきる雨の中、自分の体が濡れるのもまるで気にせず走り出す少年。
彼こそがこの記憶の世界の支配者である事に。
メル『あれは?』
少年の体は身なりの良い服装を着ていたが、雨でグショグショに濡れてる上にあちこちに泥がついている。
おそらく走る途中で何度も転んだのだろう、しかしそれを気にする様子は全く見られない。
ひたすらに走り続けている。
少年は息を切らしながら、煉瓦を積み重ねて出来た家の中に入り込む。
泥だらけの靴を脱ぐ事もなく、少年は二回への階段を真っ直ぐ走り抜き、或る部屋の前で立ち止まる。
メルはいつの間にか少年の後ろで浮遊し、誰かの記憶を黙ってみていた。
少年は一度深呼吸した後、靴を脱いでから扉を勢い良く開いた。
壁には可愛らしい絵や星や月の飾り。
天井にはお日様と天使の絵が描かれている。
明らかに子ども部屋と分かるその中には、沢山の大人が涙を流しながら突然の来訪者に目を向けていた。
少年はそれを気にしようともせず、大人の群れを押し退け部屋の奥へ向かう。
そこには、子ども用のベッドと、そこに横たわる人だったものがあった。
その顔は白い布が覆われている。
少年はそれを見て、ボロボロと涙を流しながら近付く。
少年「嫌だ・・・嫌だよ・・・嘘だろ、こんなの・・・目を覚まして・・・お願いだから・・・」
少年は人だったものに向けて手を伸ばそうとする。大人の一人が止めようと肩を掴むが、子どもとは思えない力でそれを突き放した。
そして、少年は遺体を抱き締める。遺体から布が剥がれ、床に落ちていく。
その顔をメルが見た瞬間、血の気がさっと引いていくのを感じた。
メル『・・・っ!?
どういう事!こ、この夢は一体誰の・・・誰の記憶なんだ!?』
メルが思わず叫ぶ。
少年が必死に抱き締めた遺体の顔は、見知った顔だからだ。
生きていれば可愛らしい笑顔で笑っていた顔はもう二度と表情を変えないだろう。
その現実を受け止められない少年が涙を流しながら、腹の底から強く叫んだ。
「お願いだから戻ってきてよ!
帰ってきて!僕は来たんだ!君に会いに来たんだぞ!
お願いだから目を覚まして!ダンス兄ちゃんが来たんだぞ!目を覚ますんだユー!
ユウウゥゥゥ!!!」
同時刻 WGP号・ダンスホール
ユー「会いたかったよ、お兄ちゃん・・・」
ユーは悲しそうな表情を浮かべながら、ふらふらと歩いていく。
目の前には、怪物を繋ぎ合わせて作り上げられた醜悪な怪物。
ススはユーの両手を掴み、動きを止める。
スス「ユー!行かないで!
お兄ちゃんって、どういう事なの!?
まさか、あのゲテモノがお兄ちゃんと言う気!?」
ダンス「黙れ小娘、ユーから離れろ!」
醜悪な怪物から男性の声が響き渡ると同時に無数の触手達が這い寄ってくる。
ユー「やめて、ダンスお兄ちゃん!」
ビタアッと音が聞こえそうな程、一斉に動き始めた触手達が動きを止める。
ダンスはユーの声に従って動きを止めたのではない。無数の目玉がギョロリ、とユーの右手に持っている物に気付いたからだ。ユーは尚も言葉を続ける。
ユー「お兄ちゃんが、貴方が、私の為に皆を傷付けるなら・・・」
ユーの右手にはナイフが握られている。
柄には『Sekita』と文字が彫られていた。
ススはいつの間にナイフをとられた事に気付くが、今はそのナイフの切っ先の方が問題だ。
ちっぽけなナイフでは山のように巨大な怪物に傷付ける事は出来ない。だがそのナイフはユーの首に向けられていた。
あと数センチ動かせば、皮膚を切り裂き血を噴き出すだろう。
ユー「・・・私は、皆の為に私を傷付けるよ?」
ダンス「ユー!?止めろ、分かった、傷付けない、誰も傷付けないから止めてくれ!」
叫びながら、怪物的な体がどんどん縮小していく。
ぼこぼこ、しゅるしゅると音を立てながら縮む様はグロテスクだが、ススもユーも黙ってその様子を見ていた。
そして、あっという間に山のような大きな怪物はミイラの姿に戻っていた。
ダンス「・・・戻ったぞ、ナイフを離してくれるな?」
ユー「・・・・・・お兄ちゃん、なんだね?
本当に、ダンスお兄ちゃん・・・?」
ダンス「ああ、俺はダンス・ベルガードだ。お前の唯一無二の、兄貴だよ。
分かったら、ほら、ナイフを下ろせ」
ダンスはミイラの顔をくしゃりと歪ませる。恐らく笑っているのだろうが、酷く不気味だ。だがそれは気にする事ではない。
ススは疑問に思った事を呟いた。
スス「貴方が、ユーのお兄ちゃん?
でも、ダンクは・・・いやダンスは、何百年前の人物じゃないの?」
ダンス「黙れ小娘、ここで殺してやっても良いんだぞ」
ユー「お兄ちゃん、私からも聞いていい?
何でそんな姿になってしまったの?」
ダンス「・・・いい加減ナイフを下ろせよ・・・。
ち、分かった、話してやる。
ただし、これを聞いたらナイフを下ろせ、いいな」
ユー「・・・うん」
ダンスはユーのナイフを気にしながら、しかしダンクの時に見られない傲慢な笑みを浮かべながら、話し始めた。
ダンス「先ずここから話さなければいけないな。
俺はダンス・ベルガード。お前達が知っているダンクとは別人だ。
だがある種同一人物とも言える。
何故なら・・・」
あいつは、俺の記憶と魔術を持った、俺のコピーだからな。
スス「・・・・・・・・・・・・え?」
ダンス「お前らが『ダンス・ベルガード』と勘違いしていた奴は、俺が昔自分の代替品として作られた巻物なんだよ。
長い年月をへだてて意思を持ったあの巻物は、自分こそダンス・ベルガードの生まれ変わりだと信じ込み、ダンクとして生きるようになった・・・。
だが事実として、俺は生きている。
悪魔と契約を交わし、永すぎる人生を代償に魔術の知識を得たんだよ」
スス「・・・・・・」
ダンス「だが、奴の魂は俺のコピー。
だから向こうが俺の事を意識したり、強いダメージを受ければ、僅かな間だけ互いの魂が入れ替わってしまう。
だから今はこの気持ち悪い体になってるが・・・・・・どうした?
数百年前の真実が明かされたんだ。笑う所だろう?」
ミイラはくしゃりと笑みを浮かべた。本人が絶対しない笑みだ。その体の持ち主が絶対しない笑みを、このミイラは簡単にやってのける。
ススは、顔を青ざめていた。血の気が引いていくのを感じた。平行感覚が失われ、倒れそうになる。
だが、どうにか踏ん張り、僅かによろめく程度で済んだ。
ダンクは、ダンス・ベルガードではない。
そゴブリンズとして共に生きてきたススは気付いていた。その言葉の意味する事を。
スス「・・・嘘よ・・・」
ダンス「嘘?」
スス「嘘に決まってる!ダンクは、数百年の長い間人間に戻りたいと思ってたんだよ!
アイツは自分の夢を語らないけど、ずっと一緒に過ごした私達は知っている!
アイツが、ダンクがどれ程人間に戻る事に憧れていたのが!」
ススは・・・いや、ゴブリンズなら誰もが知っている。
食事を食べている時、辛くて食べれないカレーをパクパク食べたダンクの姿を。
海に遊びに行って、包帯じゃ日焼け出来ないと呟いていたダンクの姿を。
夜寝る事が出来ず、一人朝が来るまで一人で過ごしているダンクの姿を。
記憶の中で思い出しては消えていくその姿に、ススは震えながら叫ぶ。
スス「ダンクは、ダンクはずっと人間に憧れていたのよ!
皆と一緒に笑いたい、皆と一緒に悲しみたい、皆と一緒に生きたい!!
ずっと、ずっとずっとそれだけを願って生きていた!
ずっとダンス・ベルガード(人間である自分)に憧れていたのよ!
それを、貴方が否定すると言うの!?
ダンス・ベルガード!!」
ススは声の限り叫び、ナイフを構える。
だが、ダンクの姿をしたそいつは嘲笑った。
ダンス「ハハハハハハハハ!
何だ、そんな事で怒ってるのか?くだらない!全く持ってくだらない!
怪物が人間に憧れてどうする!?アイツラは力強く生きてこそ輝く生物だぞ!
強い能力で世界を覆し、高い技術で世界を驚かせ、素晴らしき言葉と思いで世界に感動を与える!
それが人間の素晴らしさだ!仲良くなりたい?笑いたい?泣きたい?
ハッ、全く持って馬鹿馬鹿しい!」
スス「この・・・!」
ユー「ダメッ!!」
ススが近付こうとするのを、ユーは強く叫んで制止させる。
ユー「近付いちゃ、ダメ!
ススちゃんじゃお兄ちゃんには敵わない!」
スス「ユーちゃん・・・」
ススはダンスの体を良く
しゅるり、とダンスの足元に無数の触手が蠢いている事に気付いた。
もう少し近づけば、あの触手に絡めとられていただろう・・・それに気付いたススは、足を引っ込めダンスを睨み付ける。
ダンス「ユー、もうナイフを下ろせ。
これが聞けないなら次は実力でナイフごとその腕を壊す。
いつまでもお前の我が儘を聞く訳にはいかないんだ」
ユー「・・・・・・」
ユーはゆっくりとナイフを下ろす。
ダンスは笑みを浮かべ、話を続ける。
ダンス「よし・・・少し脱線したな。
俺はダンクとは違う存在だ。
それは理解したか?」
スス「・・・ええ。
聞かせて、何故貴方はユーを妹と呼ぶの?血縁関係は何処にも無いじゃない」 ダンス「血縁関係・・・確かに、無いな。
だが魂は違う」
スス「・・・魂?」
ダンス「ああ。俺は昔、ユーという名前の妹が居たが病気で死んでしまった。
だが俺はもう一度ユーに会いたくて、抱き締めたくて仕方なかった。
その為に悪魔と契約までしたのに、蘇らせる魔術を教えてくれなかった上に俺を不死にして、徹底的にユーから離そうとしやがった。
だから、俺はユーの魂をクローンに移したのさ」
スス「・・・え?クローン?ユーが?誰の?」
いきなり科学的な言葉が出てきて、ススは目を丸くしながら思わず聞き返す。
ダンス「何だ?そんな事も知らずにユーを守っていたのか?ユーの体はな、ある怪物のクローンなんだよ。
だがその怪物は不死で賢く、力もある。
ユーも不死とは言わないが死ににくくなってる筈だ・・・あ。
だったらナイフを向けた時に止めなきゃ良かったな」
スス「この、好き勝手言って・・・!」
もう一度進もうとするが、ユーが先程より強い言葉で制止させる。
ユー「ススちゃん!私はいいから!
話を続けて!」
ダンス「・・・魂を呼び寄せ、ユーの魂を現世に戻す事に成功した。
後は『実験』が済み次第ユーの身元をこちらが受けとる手筈になっていたんだ。
なのに、あのぐず共と来たら事もあろうに我が身可愛さにユーを実験と称して何処かに投げ捨てやがったんだ!!
だから、もう一度俺はユーを呼び寄せる為にこの計画を、この船の騒動を引き起こしたんだよ!」
スス「・・・な、なんですって?
貴方が、この騒動を引き起こした張本人・・・!」
ダンス「そしてユーの本来の家族でもある!
ユー、早くこっちへ来い!お前を連れ戻す為に、俺がどれだけ苦労したと思っている!」
ススは、ギリッと歯軋りする。
本当ならそのまま近付いて何十発でも殴りたい。
だが、出来ない。相手の力量差が激しすぎる。逃げ回る事は出来ても立ち向かうのは無理だ。
ススは、足に力を込める。
スス(私の能力は、もう一度使える・・・足に激痛が走るだろうけど、この際構うものか!
ユーちゃんがこのまま奴にとられる方が万倍も痛いんだ!)
目線を僅かに動かし逃げ場までのルートを構築、能力を発動すれば、少なくともこの嫌な状況を少しは変えられる筈・・・そこまで考えた後で気付く。
自分の右足太ももが、ナイフで傷つけられている事に。
スス「〜〜ああっ!な、何この傷!
何時の間に・・・!」
ススは、思わず踞り、太ももから噴き出す血を右手で押さえる。
そして見上げると、血の滴るナイフを構えたユーが立っていた。
その表情は傷つけられたススよりもずっと苦しそうにしている。それでも冷静を装おうとしているのか、言葉は冷たい。
ユー「動かないで、ススちゃん」
スス「ユーちゃん、なんで・・・」
ユー「私・・・ずっと一人だったんだ。
パパははじめて私を受け入れてくれて、皆も私を受け入れてくれた。
私も、皆が好きだよ。まだ何日も経ってないけど、私には大切な時間だった」
ユーはナイフを投げ捨てる。ナイフはススの前に転がり落ちた。
ユーは涙を目に溜めながら、思いを言葉に乗せる。作り上げた冷静さは直ぐに砕けていく。
ユー「私には、その時間を失う方が今までの時間を過ごすより万倍も痛いんだ。
だから・・・だから!」
涙をポロポロと流しながら、ユーはススに頭を下げる。
ユー「ごめん!ススちゃん!ごめんなさい!
でも、こうしないと!お兄ちゃんが皆を殺してしまう!」
スス「ユー、ちゃん・・・」
ユー「ごめんね、ごめん!ススちゃん!」
ダンス「話は、済んだかい?」
ダンスはユーの直ぐ後ろに立っていた。
僅か二、三歩歩いただけなのにその迫力がでかすぎて、まるで山のような感覚を覚えた。
ダンス「おいで、ユー。
あいつらが何もしなければ、傷付けるのは止めよう。
それは約束するよ」
ユー「うん・・・・・・ありがとう・・・・・・」
スス「ユー・・・!」(誰か!誰か助けに来て!このままじゃ、ユーが連れ去られる!お願い・・・誰か・・・!)
ススは心の中で必死に祈る。
ユーは、あと数歩歩けばミイラと手を繋いでしまうだろう。
スス(誰か・・・お願い!
あの子はやっと救われたのよ!また闇の世界に戻さないで・・・!)
ススは、ナイフに手を伸ばそうとする。
だが、ナイフを掴めない。ユーの言葉が重く響いていくからだ。
ユーとダンスの距離は後一歩で、抱き締められる距離まで縮んでいた。
ダンスが笑みを浮かべ、ユーに手を伸ばそうとする・・・その瞬間。
「ユウウウウウウウウ!!
助けに来たぞおおおおおお!」
誰かの声がダンスホールに響いていく。ユーとダンスが声のする方に一瞬目を向けた・・・その瞬間、声の主は高速でユーまで近付き、掴み、離れていく。
あまりに一瞬で、ダンスが目を丸くしてユーが立っていた場所を数秒凝視していた程だ。
だがその間に声の主はダンスホールの出口に向かって飛行していた。
ユーは、助けてくれたのはアイだと思った。アイには高速移動する技があるから、それで助けに来てくれたのだと思い、笑みを浮かべた。
ユー(パパ?パパが助けに来てくれたんだ!)
そして礼を言うために顔を見て・・・その笑みが凍り付く。
声の主は、変な鎧みたいなものを着て、更に髪は金髪だった。
走っているのではなく、鎧から出てきた飛行ユニットで高速移動を続ける。
更にその笑みは、先程見たダンスに良く似た笑みに見えた。
間違いなくアイはこんな笑みを浮かべない。そう確信したユーは声の主に訊ねる。
ユー「だ、誰?」
「俺か?俺はな・・・」
声の主は、ニカッと笑みを浮かべた。
「俺はライ!!
最強無敵の『雷鬼』、ライ様だ!
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
続く!
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