mixiユーザー(id:8306745)

2015年09月09日19:05

203 view

HUSTLERに恨みはありません。

 僕が最近になって頻繁に通う、田貫山のワインディングロードは
今日は土砂降りの雨の為、視界も暗くひどく危険な状態だった。
僕はひとつ溜め息を吐きながら、急なカーブを左にハンドルを
切った。
 本来なら、外出などお断り、という天候で、おまけに
向かう先は暗鬱な病院である。
 溜め息ならば、十も二十も出ようというものだった。
 だが、出ない訳には行かないのだ。何せ<教授>のお呼びなのだから。
 新しく買った車の調子がすこぶる快調だ、という事で何とか
気分を上向けようと思ったが、それも中々難しかった。

 急勾配の坂を上り切り、田貫山の頂上にあるたぬき山病院の
辺鄙な場所にある割には少なく区切られた駐車場に愛車を停め、
僕は受付へ向かう。

 何度も出向いてきているので、手続きはあっという間に
終わり、僕は<教授>の<ラボ>へ向かった。病院に
ラボはあるまい、とは思うが<教授>はこの名称がお気に入りだ。
ぶっちゃけこう云わないと<教授>は怒る。

 一回のノックで、応えはない。これも、いつも通りだ。
二回目に叩くと、甲高い声で入室の許可が出た。

「君。君は車を買い替えたね!そうだろう、私には分かるのだ」
と、リミッタの外れた大声で<教授>が云う。
「ええ、まぁ・・・誰に聞きましたか?母ですか」
「だと思ったのだ!だが、いかん。それはどうにもいかん!」
 会話はいつもの通り成立しない。
「はぁ・・・。でも良い車ですよ。燃費もいいし。結構人気あるらしくて、
納車まで時間も・・・」
 僕が一応は会話をしようと云いかけると、
「人気がある!さもありなん!だからこそいかんのだ!」
 と、<教授>は斬りつけるように、云った。
「人気があるのはいい事でしょうに」
 僕が愛想笑いと苦笑いの中間のそれを作りながら云うが、<教授>は
窓を叩く強い雨に見入っている格好だった。
「その人気はね、演出されたものだからだよ!」
 ぐるり、と<教授>はお化け屋敷のアトラクションのような
勢いで僕に振り向いた。
「はぁ・・・広告代理店、とかっすか」
「違う!全くもって違う!もっと敵は大きい。それはね、安倍だよ!安倍!」
 <教授>はもう限界だと思っていた声のリミッタを更に外して云った。
「安倍って・・・内閣総理大臣のですか?」
 <教授>は僕の問いかけに、馬鹿にしたように笑いを漏らした。
「他に誰がいると云うのかね。確かに世に安倍は数々いようが、
これだけの陰謀を張り巡らせる男は、まさに総理大臣をおいて他には
居なかろう!つくづく、敵ながら恐ろしい男だ」
 <教授>は腕を組みながら感に堪えたように云う。
 どうやら、現在<教授>は日本国内閣総理大臣と闘っているらしい。
「総理大臣って・・・そんな人がなんで民間企業の出した車に
関わってくるんですか」
「決まっているではないか。安倍がヒトラーの再現を志しているからだよ」
 そういって、<教授>は僕に指を突きつけた。
「ヒトラーって。あの、アドルフ・ヒトラーですよねぇ・・・やっぱり」
 僕が聞き返す声はもう、どうやら<教授>には届いていないようだった。
「そう、そうだ!ヒトラーだったのだよ!安倍はヒトラーを手本として
いたのだ!そして、そのマニフェストの提示として、この度堂々と
隠しもせずに、その襲名を宣言したのだよ!これから、この国は
ファシズムの嵐に包まれるぞ!」
「いや、あの・・・」
「ん、すまんすまん、私の思考速度が速過ぎて着いていけなかったか。
これは失礼した。私とした事が。順を追って説明しよう。ヒトラーと
車は切っても切れない関係なのは知っているね?フォルクスワーゲンの
製造と販売で、国内需要の創出と車の普及による国力の増強を
一気に行ったのだ。だからこそ、安倍がこうした『マニフェスト宣言』を
するのに、車を選んだというのは余りにも当然過ぎる論理の帰結と
云うものだ、という事は君には理解出来たね!」
 ・・・こうなった<教授>には、何を云っても無駄な事は、僕は
ここ暫くの経験で、よく分かっていた。故に、守るは沈黙、である。
「そう、その前提が了解された処で、君の買った新車だ!これがいかん!
スズキのHUSTLER!これが安倍の高笑いでなくてなんであろうか!」
 僕は、ひとつ溜め息を吐いた。溜め息を吐く自由くらいは
僕にだってあろう。
「ここでアナグラムの出番だ。安倍は所詮知能は低い。低級で初歩的な
アナグラムであるが、これが不思議に読み解ける者がいない。だからこそ、
かのような独裁者気取りが政権などを握ってしまうのであるがね。
私の目は誤摩化せないのだ」
 <教授>の目が爛々と輝いていた。ほぼ真円に近いくらい、見開かれている。
「まず『HUSTLER』という名前から、『US』という二字を取り出す。
そして、取り出した場所にアルファベットの『I』を代入してみたまえ!」
 ・・・そんな操作をした時点でアナグラムではない、というつっこみを
僕は控えた。何よりも守るべきは沈黙なのだ。
「なんとそこには『HITLER』という前世紀最大の狂人にして犯罪者の
名前が浮かび上がるではないか!この『US』を消すという事には
当然意味がある。『US』とは『我々』という事だ。それを一人称の
『I』にするという事は、『民主主義を捨て去り、独裁を選ぶ』という
事を表しているのはあまりにも自明だ。全く、安倍は恐ろしい男だよ。
こんな恐ろしい宣言を、堂々としてしまうのだからな。だが、私という
存在を見くびっていた。それが奴の命取りだよ」
 <教授>は金属が擦り合ったような音を立てた。どこから声を出しているのだろう、と僕はこれを聞く度に、思う。
「しかも、更に大胆な事にこれはそれだけの意味に留まらない。
ダブルミーニングなのだよ、君。『US』とはユナイテッドステーツ。
アメリカ合衆国を指してもいる。これはアメリカの傘の下を離れ、
独自な軍事大国化を進めていく、という事でもあるのだ。そして入れるのは
『I』。当然もう君にも分かるね。これはイタリヤの頭文字だ。
恐るべし安倍。奴は枢軸をもう一度作ると臆面もなく
表明しているのだよ!これは、事実上の宣戦布告と云ってもいい!」
 ・・・それなら日本は何処にはいるんだ?という突っ込みも無力である
事を、僕は矢張りよく知っていた。
「それだけではないぞ、私の研究に拠るとだ・・・!」

 僕は、教授が再び雨が強く窓を叩く虚空に向き直り話し出したのを
機に、<ラボ>をこっそり忍び足で出た。ゆっくりと扉を閉める。
外で待っていてくれた<教授>を担当して下さる方に頭を下げ、
僕はまたワインディングロードを今度は下るべく、歩き出した。
 
雨はまだ強く降り続いている。<教授>の声がまだ追い掛けてきそうな
背後を、その雨音が遮断してくれるようで、心地よい。

母への報告は、田貫山を降り切ってからにしよう、と僕は思った。





0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する