私がこの世で最も美しいと思う音。それは、少年のような声のハイトーン・ヴォーカルだ。青空を突き抜けて、天上にまで達しようかというその声は、永遠性の象徴でもある。
キング・クリムゾン、エマーソン・レイク＆パーマー、イエスと、５大バンド中３つまでが、ハイトーン・クリア・ヴォイスを持っていたこともあって、プログレッシブ・ロックには、ハイトーン・ヴォーカルがよく似合うと思うのだ。
・ 曲 バンド アルバム
�� Is it love / Jon & Vangelis [ Page of life 1991 UK ]
天使のような少年声で、世界を制覇してしまったジョン・アンダーソン。この人の考え方も非常に超越的であって、一方で人物像にはなかなか誠実なものを感じる。イエス「錯乱の扉」、ヴァンゲリス「天国と地獄」のヴォーカルも水晶のような絶品だが、どれか１曲と言われたら私はジョン＆ヴァンゲリスの曲を選びたい。天上界へと突き抜けて行くヴォーカルに加えて、ラブ・ソングの甘美さを備えている。
�� E cosi buono Giovanni（善良なヨハネ） / Banco Del Mutuo Soccorso [ Come in un'ultima cena（最後の晩餐） 1976 Itary ]
バンコの巨漢フランチェスコ・ディ・ジャコモのヴォーカルは、オペラを基調にしたもの。それが次第に、朗々と歌い上げる地中海音楽の伝統に根ざしたものとなって行った。「最後の晩餐」には、イタリアの古い歴史性、キリスト教が持つ宗教性、それらが混然一体となって放つ永遠性といったものが、プログレッシブ・ロックの文脈の中で、最高度に結晶化している。
�� Epitaph / King Crimson [ In the court of the Crimson King（クリムゾン・キングの宮殿） 1969 ]
メロトロンの轟音によって開始する「エピタフ」とそれに続くグレッグ・レイクの絶唱は、シンフォニック・ロックの理想形というものを一挙に呈示してみせた。これに続く４５年、遂にこの曲を凌駕するシンフォの曲は登場していない。イアン・マクドナルドのアレンジするメロトロンが壮大かつ幽玄な美の極致を描ききる。グレッグ・レイクはその後、声が低くなって行って、ハイトーンという点では分が悪いが、人生最良の時期に、この曲を記録することができた。その意味でも彼は「幸運な男」であったと言える。
�� Song dance / Pavlov's Dog [ Pampered menial 1976 USA ]
パブロフズ・ドッグのデヴィッド・サーカンプの声は、狂気性を帯びたほどのハイトーンだ。戦慄すべき奇声であり、震えながら極限にまで駆け登る。ほとんど怪奇と言えるほどの奇矯さだが、そこにこの世の果ての耽美が見える。メロトロン、ヴァイオリン、フルートを擁するメンバーの演奏も精妙だ。暗黒と清明の境界地点にいる不世出のシンフォニック・サウンド。
�� Games / Tai Phong [ Windows 1976 ]
タイ・フォンには、フランス人ジャン・ジャック・ゴールドマンと、ベトナム人キャン・メイという２人のヴォーカリストがいた。この曲では、繊細に歌う前半はメイ、力強く声を張り上げる後半はゴールドマンが歌う。波の音に続いて現れるメロトロンを含んだ叙情の世界。孤独な心象がやがては、慟哭にまでつながって行く。限界にまで張り上げたハイトーンの声を、苦しいと聴くか、叙情美の極致と聴くかによって、好みが分かれるところだろう。
�� The missing spark / Clepsydra [ Fears 1997 Swiss ]
マイナー・バンドの中で、私が最も好きなハイトーン・ヴォーカルは、スイスのクレプシドラ。アルイシオ・メッジーニの声質は、ここまでの５人よりも洗練されたものだ。のびやかで、しかし憂愁を秘めた暗さがある。２１世紀バンドのハイトーン・ヴォーカルは、清澄で、洗練されたものが多い。爆発的なギターの号泣も哀感たっぷりで、すべてがメロディアスだ。
�� Sailing too long / Tower [ Tales from a book of yesterday 1994 Itary ]
イタリアのタワーは、英語で歌う４人組。ヴォーカルのパオロ・メイは、ハイトーン・ヴォーカリストとして理想的な清楚な容姿だ。張り上げる声が、澄んでいて美しいことでは一番だろう。そして、音域の広さでも最高の部類。低い音域から、高い音域まで、風が塔を吹き上げるように駆け抜けていくさまは、バンド名のとおり。バックでは、オルガン主体で広がりのあるキーボード音。「ロンド」も演奏していて、ナイスやＥＬＰに影響されているのがわかる。
�� Let the race begin / Moth Vellum [ Moth Vellum 2008 USA ]
アメリカの４人組、モス・ヴェラムは、滑らかで雄大なシンフォニック・サウンド。ハイトーン・ヴォーカルの激戦地アメリカで、最も好きなヴォーカルだ。キーボードとドラムスの最初の一音から痺れる、柔らかで整合的な音だ。ハイトーンのヴォーカリストが２人いて、伸びやかに青空の彼方に突き抜けて行く。サビの部分を歌う人の声は特に高くて、至福感の絶頂に達しそうになる。
�� Toe the lie / GTR [ GTR 1986 UK ]
スティーブ・ハウとスティーブ・ハケットが作ったバンド、ＧＴＲのヴォーカリストは、マックス・ベーコン。透き通ったハイトーンで、ロマンチックにラブ・ソングを歌い上げる。２人の巨匠のギターは、まるで背景に徹しているかのように、存在感のある声だ。ベーコンは、ハード・ロック出身だけあって、声を張り上げる部分が力強い。
�� Dear someone / Mystery [ The world is a game 2012 Canada ]
カナダのミステリーのヴォーカリストは、べノワ・デヴィッド（ブノワ・デヴィ）。イエスにスカウトされ、ジョン・アンダーソンの代役として「フライ・フロム・ヒア」に参加した。ミステリーのサウンドは、イエスよりもメタル寄りだが、この人の清らかな少年声のおかげで、夢のような幻想味を醸し出している。よくある奥にくぐもったハイトーンではないし、アンダーソンのようにちょっとノイズの入るハイトーンでもなくて、艶やかで力強い。
[次点] If the stars / Glass Hammer [ If 2010 USA ]
アメリカのグラス・ハマーは、かねてからイエス・タイプのサウンドを追求して様々に編成を替え、遂にジョン・デヴィソンという格好のヴォーカリストを得た。弦楽３重奏のメンバーとともに、イエスの発展型というべき複雑な楽曲を展開する。デヴィソンは、ジョン・アンダーソンにとても良く似た声で歌い方も似ているが、声質は、少しだけ澄んでいる。イエスにスカウトされて、新作「ヘヴン＆アース」で歌っている。
ログインしてコメントを確認・投稿する