mixiユーザー(id:6763198)

2007年05月03日21:45

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♪ 限りなく妄想に近い青空(ブルー)

【 店長のフローズンカクテル : Vol.15 】

♡ GW特別企画 ♡ (7日分の日記 合併号) (✪ฺܫ✪ฺ)


4/15  限りなく妄想に近い憂鬱(ブルー) の 続編です

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=405225275&owner_id=6763198





    限りなく妄想に近い青空(ブルー)



              1


柔らかな朝の光と戯れるように 白いカーテンが揺れている

まったりとしたノラ・ジョーンズの歌声が 優しい朝を 包んでいた

白いバスローブをまとい シャワーで濡れた髪を拭きながら

カノジョは 15階のテラス越しに もう見慣れたはずの町を 眺めた

この町へ住み始めてから  9ヶ月が過ぎようとしている …


クリスマスの朝だった


12月25日の朝は 穏やかで 

カノジョの心を 深く滅入らせた


窓から見える景色の何もかもが よそよそしくて

カノジョを余計 孤独にした


遮光カーテンを 引き 

CDを 止め

ベッドに腰を下ろし

プッシュホーンで 《 短縮1 》 を 押した

8回目のコールで 600kmの距離が 耳元に来た


『 お母さん … ワタシ お見合いの話  …  受けることにする … 』

『 ぅーぅん … ワタシからの クリスマス・ プレゼント … 』


…   電話を切った後    カノジョは 泣いた  …



              2


12月29日の昼過ぎ カノジョを乗せた 東京発こまち13号は

すでに 東京を抜けていた


12月29日から 1月3日までの 正月休みに カノジョは 実家に帰り

見合いをすることになっている


相手は 父の会社を立て直してくれている会社の 社長の息子だ

肩書きは 常務となっているが 

カノジョにとって どうでもいい話だった


カノジョの家は 代々続く醸造元で 

去年の11月に火災を出し 蔵と 醸造所を 半分焼いた


その損失やら 従業員への給料などを 肩代わりしてくれている社長の

息子が 見合いの相手だった



窓の景色は 急激に変化していた

重い灰色の空が どんよりと続き

流れる景色は 色を失い

白いコントラストだけの世界に

こまちは 入っていった …



              3


カノジョは ぼんやりと 東京での 9ヶ月間を 思い出していた

秋田の女子高・短大と 女性のみの世界でいきてきたカノジョにとって

東京は 刺激的だった


今までの常識が ウソの様に覆された


カノジョの勤務先は 東京でも最先端をいく六本木だったのだが

スタッフは 6名とも女性で  ここでも 女性の世界は 続いていた

カノジョは 休日以外は ほとんど 部屋と職場の往復だったので

7月までは 目で見る以外は まだ 刺激の外にいた


そんなカノジョには  中年の「 朝の恋人 」 がいた


もちろん半分は 妄想の 片想いだ

中年 … と 言っても 実際の歳は 判らない

疲れている朝は とてもおじさんに見えるし

ハツラツとしている朝は 年齢など 感じさせなかった


初め カノジョは この男を 嫌いだった

心の中で 「エロおやじ」とか 「援交じじい」と 呼んでいた


その男は いつも違う女性といた

否 女性と呼ぶには 若すぎる … 

どう見ても 大学生や 高校生にしか 見えない女の子といた …

夜の ファミレスで …

夜中の カラオケ店で …


この男のセイで 東京が 一気に嫌いになりそうだった


男の連れている女の子は 皆 可愛くて きまってスカートが 短かった

制服の女の子達は ほとんどパンツと 同じラインにスカートの裾があった

私服の時は 皆 ひらひらと舞うような ふわっとしたミニが 多かった


皆 化粧が上手く  男の子達が 振り向く程 可愛い子達だった

カノジョは 何度か 彼女たちの ノーメイクに近い 素顔も見たが

化粧の必要も無いほど 整っていて 悔しいくらい可愛かった …


高校・短大 と カノジョの友達には 存在しなかった女の子達を

その男は 連れていた



ある時  その男と 女の子を 電車で見かけたので

カノジョは 興味から 向かいに座って 様子を見ることにした

連れの まだ あどけない顔の女の子が しきりにベタついている

どう見ても16歳前後の女の子だ

その女の子のしぐさは大きく 自然で 表情も豊かで とても可愛い

その可愛らしさに目を奪われている男性客もいる


反面 年齢差30歳近いカップルを 

イブカシゲに盗み見している乗客もいたが

その男は それらの視線にはおかまいなしに 

その子の話を 笑顔で聞いていた


女の子は 可愛かった

愛くるしい大きな瞳を くるくる動かしながら 話しかけている

笑うたびに 顔を 寄せたり 腕にしがみついたり …

これで 男が 高校生や 大学生ならば

とても自然で 仲のいいカップルだ …


… ☆ !☆ !☆ ! ガチャピーン!

突然 女の子が KISSをした ☆!!!

夕方の 少し混み合ってる電車の中で 

こともあろうか 突然 その男に KISSをしたのだ ☆!


カルチャーショックに カノジョが あんぐりとしていると

女の子と目が 合った

ほんとうに 可愛い女の子だ 

女の子は カノジョに ニコっと笑うと

その男の唇に もう一度 KISSをした …


電車の中でKISSをする馬鹿カップルは 何度も見たが

よりによって …  


その夜 カノジョは 憤慨していた

「 男も 男だよ! 避ければイイのに ! 」

「 ナニが コラこら やめなさい! だよ… 」

とにかく カノジョは 憤慨していた …



             4


ある朝 男が電車を待っているのを 見つけた

男は カノジョの降りる 六本木では 降りない

六本木までが 45分かかるが 男は もっと先へ 乗っていくのだ

カノジョは 昨日の光景を思い出し 嫌悪感が 走った


男は 電車を 一本やりすごし 次の始発を 待っていた

カノジョは 男の隣に並び ドアが開くと同時に 男の隣に座った

電車はすぐにいっぱいになった

走り始めると 男は文庫本を出し 熱心に読み始めた


… こうして見ている限りでは 普通のオジサンなのだが …

…「 この男の ドコに 彼女たちは 魅かれているのだろう 」…

嫌悪感以上に 興味もあった

カノジョは 好奇心を 集中させていた


次の駅で 老婆が乗ってきた

男とカノジョの座っている向かい側のシートに立った 

向かい側のシートは 若いサラリーマンや OLで占められていた

が、 誰一人として 席を譲る気配がない

当たり前だ! 隣の駅が 始発だったからだ …


カノジョが どうしようか …  と 迷った瞬間

男が 気付き すぐに反応した

老婆は 男が前の駅で 10分以上待って得た席へ 座った


その日だけでなく その後も 男が そのような場面では

必ず 弱い者に 席を譲っているのを見た


              5


男に対して カノジョの印象が 少し良くなった頃

男を 深夜のマックで見かけた


胸が大きく開いたキャミを着た エロい女の子と一緒だった

スカートは 相変わらず ひらひらの ひらミニ!


…「 やっぱり このオヤジは 好きになれない! 」…


カノジョは 二人を観察できる席に座った

この女の子も 普通以上に 可愛くて エロかった

女の子は 楽しそうに笑っている


この男と一緒にいる女の子は だれもが 笑っていた

「 あ〜 だめぢゃん〜♡ 」

男のハンバーグから 中身が飛び出していた

「 もぅ〜 」

女の子は 可愛くホホを膨らめると

ケチャップで汚れたカレの手を取り

★! ★! ★!

何を思ったのか カレの指を舐めた ★!


逃げようとするカレの手を押さえて 

女の子は 上目遣いに 指を舐めると 笑った



カノジョは 不愉快になって 席を立った

その夜 シャワーを浴びても

女の子の 甘い笑い声が 耳から離れなかった …



              6


翌日 カノジョは 公休だった


カノジョは いつもより 少し早く目が覚めてしまった

昨日のような 気持ちの悪い光景を見た後は 寝覚めが悪い …

こんな時 カノジョは シャンプーをする

シャンプーをすれば 悪いことが 全て 洗い流せる気がしている …


シャンプーが終わった後

カノジョは シャワーの設定温度を 50度に上げた

同時に 水の栓も開け 温度を調節した

熱い湯に 水も加わり シャワーの勢いが増した


水圧の高い熱いシャワーは カノジョの心を 溶かした …


下着は付けず バスローブをまとうと カノジョは テラスに立った

昨夜遅くに また雨が 降ったのだろうか

町中が 濡れていた

それを 6月の朝の太陽が照らすと

町は 乱反射で 光輝いた


カノジョは ベッドに腰掛けて  姿見に映った自分を見た

長い髪を 両手で 耳の脇まで持ち上げ

昨日の彼女のように 微笑んでみた

バスローブを 肩の線までずらし 胸元を 露出してみた

谷間だって 彼女には 負けていなかった

バスローブを 膝上のラインに 合わせてみた

すらっと長く伸びた足は 彼女以上だった


カノジョは ベッドから 立ち上がった

バスローブが 足元に すとん と 落ちた


姿見に全身を映し ポーズを とってみた

「 バカな オトコ … 」

カノジョは 独り言を言うと そのまま テラスに出た


15階に吹く 朝の風が 心地良かった

カノジョは 光の乱反射の中に 緑色の塊を 見つけた

町の東に広がる 大きな公園だ


今なら 新緑と緑が重なり 元気をもらえるだろう

カノジョは 久し振りに 緑の中を歩くことにした


雨上がりの公園は すがすがしい

さわやかな空気が しばし都会に住むことを 忘れさせる …


ハナミズキの並木の左右に アジサイが 満開だった

ハナミズキは こちらと向こうで 並木を造り

あとは 所々に点在していた

アジサイも 色々な色と種類が アチコチに植えられ

そのどれもが 満開だった


カノジョは 嬉しかった

中学の頃 母の本棚で見つけたシリーズの漫画を 思い出していた

小さな女の子と ノッポの男の子の 小さな恋の物語だ 

アジサイの中に 隠れてしまいそうな小さな恋だが

カノジョは 共感できた


でも あの母が …

まさか そんな漫画本を 

嫁入り道具の中に潜ませて持ってきていたなんて …

今さらながら不思議で … 嬉しかった

「 自分も ちっぽけでもいいから あんな恋がしたい … 」

母も 同じ想いで あの本を 読んだ日があったのだろうか …

アジサイの花は そんな事を カノジョに 思い出させていた



             7


ふと気付くと あちらの並木に …  

あの男がいた …

一人で アジサイの花を ゆっくりと見ていた


こうした朝の表情を見ていると

ゆうべの男とは 違う人の様に思えてくる

カノジョの心のゆとりが この男の二面性を 許し始めていた


アジサイ … ハナミズキ … 青空 … 

梅雨の合間の 青空が 今日は美しい

カレは ほぅーっと深呼吸をしたあと 腕時計を見た

カレは 出勤途中だったのか 駅の方へ ゆっくりと歩き始めた

「 あーあ! おじさま♡ 寄り道してると 遅れるよー♡ 」

カノジョは 心の中で 男に 叫んだ


この時 男は カノジョの妄想の中で

『 朝の恋人 』 という 称号をもらった



カノジョは 朝 カレに合わせるように駅に着き

いつも カレの近くに乗り込んだ

ほんの つまらない 遊び心だったが

朝の通勤が 少し 楽になるのを感じた

カレは カノジョにとって 

まさに 『 朝の恋人 』 だった



              8


7月の終わりの頃から 朝の駅に カレの姿が見えなくなった

勤務時間でも変わったのだろうか …?

初めはとても心配だったが やがて 夏が 忘れさせていた


この妄想の中の 独り遊びに飽きていた というよりも

六本木の夏が カノジョの臆病で 堅い心を 簡単にこじ開けていた


お店に来る イケ面の男の子たちに 呑みに行こうと誘われていた

初めは同僚に会いに来ていたのだが すぐに 彼らの目当ては

カノジョにまで広がっていた

何度か皆で 遊びに行った

中でも一人 カノジョに 熱心な男の子がいて

カノジョもまんざらではなかった


あんなオヤジと違って 彼は 若く  そして実在していた


イケ面の男の子とは カノジョのペースで 親しくなっていった

そして 10月の 一泊の紅葉狩りで カノジョは 彼のものになった


同僚は皆 遊ぶのはいいが 付き合うのは止めた方がいいと言った

同僚の中には 彼等のことを悪く言う人もいた が

カノジョは 彼に 夢中だった


              9


カノジョは 東京が 好きになっていた

彼と過ごす 夜の東京は 今までの人生を否定するほど 刺激的だった…


夜の地元駅では 時々あの男を見かけたが 

もう どうでも良かった

男が どんなに可愛い女の子と 一緒に居ても 

心は 騒がなかった


ある夜 男が 駅前のロータリーにいた

男の目線の先には 改札から続く下りのエスカレーターがあった

待ち合わせだろうか  時折 腕の時計に目を落とす

ほどなく ひらひらとしたスカートが エスカレーターから現れた

ファッション雑誌から抜け出してきたような 女の子だ

彼女は ロータリーを グルッと見渡し

男の車を見つけると その傍らで待つ男に 軽く手首を上げた

彼女は 小走りで駆け寄り  男も2〜3歩 歩み寄った
 

女の子は 男に小さく抱きついて 笑った

そして 腕に抱きついたまま 甘える感じで おしゃべりを始めた 

スカートが 右に左に 小さく揺れている


カノジョは 人待ち顔をしながら 二人の近くを歩いた


「 ネェ… わたしのこと 好き ? 」

上目づかいに 女の子が 笑いながら聞いている

男は とても優しく笑うと 女の子を助手席に乗せ

静かに車を走らせた


その時も カノジョは 平気だった

「 相変わらず お馬鹿な オジサマだこと … 」

カノジョは 気付かれることもなく 笑って見送った



              10


雪の中を こまち13号は 仙台を過ぎ  盛岡へ向かっていた

盛岡を過ぎると 一気に故郷が 近くなる …


カノジョは 再び 東京を思い出していた

イケ面の彼とは 10月の 一泊旅行の後 しばらくは親密だったが

11月に蔵を焼いた頃から だんだんと距離が出来始め

天皇誕生日 に 彼の浮気が バレ

クリスマス・イブ には 何人も セフレがいることも発覚し

カノジョは 捨てられた


別れ話は ケントスの横の坂道で 

オープン準備の店員たちに 涙を見られながらのもので

もともと遊びだった と 彼が笑った時

涙が 止まった



              11


故郷での 5日間は 慌ただしく過ぎた

見合いの相手は 旧家の資産家の長男で 申し分なかった


東京の大学を出た後 父親の会社には 直接入らず

外資系の会社で 2年近くをアメリカで過ごしたと 言っていた


大阪で1年間 勤務した後 父親の経営する 今のグループに入社し

28歳の現在は 常務職にいた


テニスを初め  スキューバなど マリンスポーツが好きだといい

写真を見せられ 今度は ぜひ一緒に行こう! と 誘われた

こんな地方都市には 似合わないような 洗練された相手だった


彼は 以前からカノジョを知っていて

今回の見合いの相手にと 自分から頼んだと聞かされた

「 あなたの事は 女子高の頃から知っていました
 男の子の間じゃ かなり有名でしたからね … 」

彼はワイングラスを 右にずらしながら続けた

「 僕はこっちに戻ってから 
  時々 母校の野球部に指導に行ってるんだけど
  後輩たちが うるさいんだ(笑) 
  女子高に すごく可愛い子がいる ってネ 」

『 それが ワタシだったのですか ? 
  嫌だわ 知らない所で 見られていたなんて … 』

カノジョは 純なイメージで グラスを口に運ぶと

六本木で スレ始めた心を ワインと一緒に 飲み込んだ


彼は そんな浅い演技ごと カノジョを暖かく見つめ 包んでいた

彼は 実に頼もしく  本当に 好青年だった



…「 このまま 結婚したら きっと幸せにしてくれるだろう 」…

…「 父親の会社も 従業員も きっと 助かるだろう 」…

…「 これが ワタシの シアワセの結論に なるのだろう 」…

カノジョは ずっと自分に言い聞かせていた…



東京に戻って 10日後に この結婚を受ける電話を両親にかけた

受話器の向こうで 母親は 良かった! と 泣いていた

父は カノジョに 「 すまない! 」 と 一言だけ言った


受話器を置いたあとも 父の響きだけが 残った …



              12


1月の中旬から先は 矢のように過ぎた

結婚するまでが これほど大変なものだとは思わなかった

それでも 仕事は辞めなかった

とにかく 1年間は続けたかった

それと  結婚だけに気持ちを集中させることが 困難に思えた


結婚を決めてから ずっと カノジョの心は 二つに割れていた

シアワセになろうと思い込む はしゃいだ自分と

何か 忘れ物をしたように どんよりとした自分が いた


だから 今 仕事を辞めるわけにはいかなかった

今 仕事を辞めて 結婚とだけに 向き合ったならば

恐らく 結婚自体も 止めそうに思えたからだ


カノジョは まだ 20歳(ハタチ)だった



              13


結婚式は 4月の29日の日曜日に 決まった

式場は 彼の父親の経営する グループのひとつの ホテルだった


新婚旅行は 西海岸を中心に かつて彼が 働いていた都市などを訪れ

最後に ニュージーランドで スキューバーをする という 彼中心の

コースになっていた


新居も決まっていて 都市部から2つ先の駅の近くで

生活にも便利で 緑の多い一等地に建つマンションだった


カノジョは 全てお膳立てをされた上に座るだけの お人形に感じた


人も羨むような暮らしに 

申し分のない彼…

父の会社に 融資をし続けてくれている恩義ある義父 …

悩むことは なかったのだが  なにか 釈然としなかった


忘れ物をしているような …

探し物が見つからないような …

そんな どんよりとした気持ちに いつしか笑顔も 消えていた



丸くてぽちゃっとした同僚は 

「 それが マリッジ・ブルーって 言うんじゃない 」

と パフェを口に頬張りながら 笑った


3月30日 ヒルズの一角にあるオープンテラスのテーブルに陣取り

休憩の一緒になった同僚2人から パフェで誕生日を祝ってもらっていた


「 21で 玉の輿かー 」

ぽちゃっとした先輩の言葉が 強い風にあおられ 空に舞い

やがて 真夏のような青空に すぅーと落ちていった



             14


土日は 彼が上京してきて 誕生日を祝ってくれた

昨日OPENした ミッドタウンに行ったり 

桜の見事なホテルで お花見をしながら 食事もした


ナイト・クルージングでは 降りだした雨に中

屋形船の中から 隅田川の夜桜も 楽しんだ


ウォーターフロントに建つ 超高層ホテルのスゥイートルームで傾ける

シャンパンは 大人の香りがした


彼といると 一日が 充実していた

カノジョが 一年間費やしたよりも

簡単に セレブな東京を 満喫できた


彼に対しても 結婚に対しても

心の中の違和感が 消えつつあった

彼と一緒にいれば シアワセにしてくれる確信が 生まれていた


カノジョは 彼の腕で 久し振りに 穏やかな夢を見ていた




             15


月曜日のお昼は 一人だった

カノジョは いつもと違ったランチを食べることにした

2日間が 刺激的だったせいか

それまで内にこもっていた 違う自分が目覚め 

同じ繰り返しの日常を 激しく拒絶していた


「 変わるんだ! 」

普段は 眺めているだけの 向かい側の歩道へ渡りながら

カノジョの中で 新しい自我が 目覚め始めているのを

カノジョは ハッキリと感じていた



             16


カノジョは 大きな黒板に 親しみ易い字で

スペシャル・ランチの説明書きのある BARを 選んだ

BARのランチなんて たかが知れてるとは思ったが

道路にまで響くような ブラック・ビートが

今のカノジョの感性に ピッタリと合った


店は 細長い通路を利用して 左サイドは 長いカウンターになっていた

突き当たりもカウンターになっていて 右に 螺旋状の階段があった


ランチタイムは 2階で営業している と 

人のよさそうな黒人が 教えてくれたので

カノジョは 2階へ上がった



「 いらっしゃいませ 」

こちらを向いて 微笑む男は

まさに カノジョの 朝の恋人だった ♡


カノジョは 運命を感じた

胸の鼓動が高鳴り 

一瞬 座り込むのではないかと思えるほど 息が詰まった

カノジョの中で 何かが動き出す予感を感じた


カノジョは 席に案内されても 自分を抑えるのに必死だった

オーダーは 陽気な黒人が取りに来た

彼は黒人特有の笑顔を振りまくと 

「ごゆっくり♥ 」 流暢な日本語で挨拶をして席を離れた


向こうのカウンターで右肘を付き 男が 自分を見ているのに気付いた


料理は 男が 自ら運んできた

テーブルに皿を並べながら 自分をゆっくり観察しているのが 判る

…『 いつも 駅で 近くに居るのが バレタのかしら 』…

カノジョは 気絶しそうな思いで テーブルの一点を見つめていた

それが 今のカノジョにできる 精一杯の 冷静な演技だった



             17



カノジョの心は動いていた

午後の仕事は 自分でも驚くほど積極的だった

カノジョは 自分の心が 騒いでいるのを 強く感じていた

…「 運命だわ ! …  これは 運命なんだわ ! 」… 

心の中で 繰り返し 叫んでいる自分に 共鳴していた


夜10時 

定時の電話が 鳴った    婚約者からだ

携帯にはかけてこないで 決まって 部屋にコールをいれる

携帯は 電波が安定していないから こっちの方が落ち着く …

そんな理由で 部屋にかけてきているが  心の中は 判らない …


「 あと 少しだね  …    早く 一緒に暮らしたいよ 」

最近は 心地よかった言葉だったが   

今日は ありきたりの挨拶に 感じた

『 ワタシもョ … 』

カノジョも 挨拶を交わして    受話器を置いた


カノジョには もう 時間がなかった

あと 4日で退職し 来週の水曜には ここを引き払い 実家に戻り

結婚に 備えなければならない …

そうなったら タイムアップ … 試合終了だ


…『 落ち着いて 作戦を考えなくちゃ 』…

カノジョは 今  自分が 何をしたいのか ?  どうなりたいのか ?

何も 解らないまま 一人で 浮かれていた


ここ最近の もやもやとした思い…

忘れ物をしたような落ち着かない心…

それらの憂鬱な心の答えを あの男が握っているように思えた


…あの男を知れば 東京での生活にピリオードを打つことが出来る!…

…『 これは ラストチャンスなのよ 』…

カノジョは 鏡の中の自分に 何度も言い聞かせ

神様がくれた 最後のチャンスに 答えを見出そうとしていた


夜が更けるに従い 錯覚は 妄想に膨らみ

夜が明ける頃には 妄想は 現実へと近づいていた



             18


翌朝 カノジョは 改札口の良く見渡せる位置で 隠れるようにして待った

自然に … ごく自然に 男にアプローチできるように …


何度も 何度も  心の中で 表情と言葉を 復唱していた


時間が 近づいてくる …

緊張が 高まって 逃げ出したくなった時

男が 現れた


人の流れに乗り  改札を抜け  ホームへ続く階段を降り始めた

朝のラッシュの人混みの中

カノジョの目には カレ以外の人間は 映ってはいなかった


…『 今日は やっぱり 止めようか 』…

逃げ腰のカノジョの心を 全く無視して

足が カレを追った


獲物を狙う 猫の表情で

カノジョは カレと 一定の距離を保った

カノジョの耳には 自分の荒い呼吸以外 何も聞こえてはいなかった



カレは ロックオンされたまま 

ホームを 人の少ない列を探して 歩いた


「 登り 1番線に 各駅停車… 」 

駅員の 鼻にかかったアナウンスが流れた瞬間

カノジョは 彼に襲いかかった

もはや自分の意思ではなかった

カノジョ以外の 強い意思が カノジョを操っていた


『 店長さん! 』

心の準備もないままに 天から降った声が カレを 呼び止めていた


『 店長さん ♡ 』

天の声と カノジョの声が ひとつになった時

男が 振り返った


サイは振られた …


カノジョは さわやかに 男に 微笑んだ



             19


【11時】

仕事は ウワの空だった

六本木に着き 交差点でカレと別れ

更衣室に入った瞬間 カノジョは ヘタリコンダ

全てのアドレナリンが出尽くし

カノジョは 放心のまま しばらく座り込んでいた


【正午】

カラダが とても熱かった

車内でのことは  断片的にしか思い出せず

それらを全て繋ぎ合わせても

3分にも満たない 1時間だった


【1時】

意思を持たないカノジョの足は

勝手に 男のBARのレストランの階段を 登っていた


「 いらっしゃいませ  …  先ほどは どーも 」

男が 笑顔で迎えた

カノジョも それに 応えた


愛嬌のある黒人の 彼の相棒が

気付いてか 元々なのか  … 

陽気に カノジョを テーブル席へ 案内した


男は もう 別の席で 注文を聞いていた



             20


…『 こんにちは 朝はどーも 』…

…『すてきなお店ですネ ♡  とても気に入りましたゎ 』…

カノジョは あれこれ 心の中で アプローチを考えていた

もしかしたら ブツブツ 独り言のように ツブヤイテいたのかもしれない

それほどカノジョの心は 集中していた


「 ハイ、コーヒーをどーぞ 」

目を上げると 食後のコーヒーを持ったカレが 微笑んでいた


『 店長の 次のお休みは いつですか? 』

何の前置きもなく カノジョの口は動いていた


男は 瞬間的に オーバーにオドケたジェスチャーをした後

「 お休みは 今度の土日ですが … 」

と、 笑った


『 その2日間とも 私にくれませんか? 』

… カノジョは 口に 勝手に喋らせていた

男は ヒュー と 小さな口笛を吹いて 一瞬笑ったが

カノジョの 真剣な空気を読むと

笑顔を固めたまま  カノジョの瞳を 覗き込んだ


『 考えといてくれませんか? 』


そこまでが カノジョの精神の限界だった …


カレの反応も 次の展開も 想像できなかった

カノジョの手は 全ての進展を拒むかのように

コーヒーにミルクを入れ

カチャカチャと スプーンを廻していた


カノジョから 男性に声をかけるのは もちろん初めてだった

カノジョの家は 代々続く醸造元で

カノジョなりに 本家のお嬢様として 教育を受け 育ってきた


男子と机を並べていたのは 小学校までで

中学からは 高校までの 一貫教育を行っている

地元の ミッションスクールに入り

そのまま そこの短大まで

女性の園を エスカレーターで 進んできた


だから こんなことは 初めてだった



             21


翌日のランチも カノジョは 男の店にいた

顔を覚えてか 陽気な黒人が 色々 相手をしてくれた


食後のコーヒーを 男が運んできた

男の挨拶は無視して カノジョは やはり 唐突に聞いた

『 昨日のお返事は いただけますか … ? 』

男は 小さく笑い コーヒーをゆっくりと テーブルに置きながら

「 あんまり 驚かせないでね …  コーヒーが 零れちゃうから 」

営業スマイルで 応えた


『 ワタシ … 本当に  言ってるんです ! 』

そこから先は 支離滅裂だった


男が途中 何度か 落ち着かせようと 質問をしていたが

カノジョには 全く聞こえてはいなかった

とにかく 一緒にドライブに行きたいのだと

泊まりでもいいから ゆっくりドライブがしたいのだと

言い続けた …


実は カノジョも 理由など 解っていなかった

ただ 心の叫びを信じて 従うことに 決めていただけだった


男が 引いているのは解った

しかし カノジョには 時間がなかった


「 どうして初めて会ったばかりの ボクとなんですか ? 」

「 ボクは 本当は 危ないオトコかもしれませんよ 」

男が やんわりと なだめているのが 解った

カノジョは イライラして 心の中で叫んでいた

…『 アナタの危ないのは 十分知っているヮ 』…

…『 ワタシは アナタを知っているの! 』…   と

もしかしたら 声にも出ていたかもしれなかった


やがて カレの空気が 変わったのが 伝わってきた

全く抵抗が なくなっている …

カノジョは 一瞬 黙ってみた

「 解りました  …  ボクで良ければ ドライブに行きましょう 」

カレが すんなりと承諾した

「 楽しい終末にしましょう 」 

カレは 指先にジェスチャーを加えて 片目をつぶって 笑った


              22


カノジョは アトサキなど 考えていなかった

こうして素性も知れてるし  そこまで ヒドイ男には 見えない …

もし本当に 危ないヤツならば  途中で逃げればイイ

それくらいの ノリだった


カノジョは 知りたかった

この もやもやした心の答えが なんなのか …

週末のドライブで その答えが出る!

カノジョは 本気で そう思っていた


仕事が終わると カノジョは 真っ先に本屋に駆け込んだ

ファッション雑誌を買うためだ

カノジョは 表紙の写真を見て カレの好みの服装で微笑む女の子の雑誌を

選んでは パラパラと内容を見た

その中から 3冊を選び レジを通り そのまま スタバへ直行した


ヘアスタイルから メイク … 小物に至るまで …

カレが連れている女の子たちが その中にいた …


ある程度 見切ると カノジョは 携帯で時間を確認し

それらを扱っているだろうショップに急いだ


カノジョは迷うことなくカリスマ性のオーラの有る店員を捉まえ

雑誌を見せ  自分に合ったコーディネートで 一式買った


ついでに 化粧品や 化粧ポイントを聞き出し

雑誌のメークのページの余白に メモをした


カリスマ店員のお姉さんは 見かけよりも親切で

色々 丁寧に教えてくれた


カノジョが 店を出る時 カリスマ姉さんは ありがとうの代わりに

「 グッド・ラック! 」

絵に描いたように 親指を立てて笑った


帰り際  2フロアー下の階で 似たような服が 

先ほどの 五分の一の価格で売られていたので

宿泊先の 夜用に …

一応  買った …


隣のランジェリーショップでは

自分自身に 言い訳をしながら

とても可愛い下着の上下を 3セット買った


1階のフロアーに降りると

カリスマ姉さんに 教えられたメーカーの化粧品を

本職の店員に修正されながら やはり一式 買い込んだ


閉店までの30分間は その店員に 実際に化粧をされながら

目元を中心に 生まれて初めて しっかりと 化粧の仕方を教わった

カノジョの友達や 母親に教わったのとは 全然違う出来栄えの

カノジョが 鏡の中で 作られていった


カノジョは 1階エントランスから 電波が3本立っているのを確認して

雑誌で推薦していた ヘアーサロンに 予約を入れた

予約は どこも2週間以上先だったが

3件目のサロンの時 少しねばったら

金曜日の21時に 入れてくれた


カノジョが こんなカタチで 自分に投資したことは 過去にはなかった


カノジョは 自分の体温が とても高いのを感じた

エントランス一面に貼られた 何枚もの大鏡に

頬が火照り 瞳がきらきらと揺れているカノジョが 何人も写った

『 オッケー 』

カノジョは その内の 1人に 微笑むと

地下鉄に向かった

春の夜風が とても気持ち良かった



             23


たちまち土曜日がきた

お肌の手入れやら 引越しの準備やらで 忙しく

何も考える間もなく その日がきた


シャワーを浴び バスローブを まとうと

昨日 縦巻きにした髪を軽く乾かし

この3日間で 何度も練習したメイクをキメ

髪をセットした

オレンジ色がかった 明るいブラウンが 

カノジョの髪を さらに柔らかく見せた


バスローブを 脱ぎ コロンを軽く叩くと

新しい下着を付けた


カリスマお姉さんのコーディネートした服を着て

サンダルを履き バックを抱えて 姿見に 自分を映してみた

下着以外は 二度目だった


春物の黒いキャミワンピは

胸元の高い位置に切り替えのあるエンパイア風で

スカートは そよ風にも ふわーっと 反応するような

ひらひらっとした ミニだった


カノジョは その上に ミニ丈のピンク色のGジャンを着た

黒とピンクの組み合わせが カノジョの年齢を 不詳に見せている


ハート型のビーズで出来ている濃い桃色のバッグを持ち

ヒールの有る黒いサンダルを履いたカノジョは

どう見ても 男の連れている女の子だった


鏡の前で いつか見た女の子のように

右に 左に 体を くねらせてみた

スカートが 半テンポ遅れて反応し

カノジョのすらりと伸びた足に じゃれついた


カノジョは 右回りに くるっと 一回転してみた

スカートが ふわーっと膨らみ

遅れ気味に 斜めの角度から カノジョの下着を隠した


下着も 自慢したいくらいの可愛さだった







             24


ドライブは 快調だった

カレは それまでの男とは 別人のように 楽しかった

カノジョは カレに乗せられるまま 陽気になっていった

カレの口から出る言葉は どれも カノジョの 笑いのツボを突いた

カノジョは ほとんど 笑いっぱなしだった

それを見て カレも 浮かれていた


カレの車のスピーカーから流れるBGMも 時をワキマエていて

ドライブを さらに盛り上げた

気がつくと カノジョは BGMに合わせて 口ずさんでいた

人前では カラオケすら物怖じするカノジョが 陽気に歌っていた

それほど 二人のテンションは 上がっていた


走って30分もしないうちに カノジョと カレは

どう見たって 恋人の様だった


カノジョの希望で カレは知ってる限り 皇居南東を中心に

都内を 走り周った


自分で『 はとバスツアー 』 と オドケルだけあって

カレのミニ知識は豊富で カノジョは 観光も 楽しんだ

皇居をグルッと一周した車は 慣性の法則から 南西に飛び出し

自由が丘で 止まった

少し並んで オシャレなスイーツを 食べた後

広い幅の高速道路に上り 名古屋方面に向かい 一気に加速した



             25


カノジョは 初め  あまりのスピードに 色々心配したが

カレの走りが 安定しているため

次第に スピード感が 麻痺していき

やがては 快適なドライブへと 気持ちが変わるのを感じた


東名高速の4車線を フルに使って

二人の車は 流れるように 直進した


カレの運転は 不思議だった


隣に乗っていても 恐くない

車は 180km近いスピードで疾走しているはずなのに

それほどスピードを 感じさせなかった


それぞれの車線には 遅い車 や 車間の安定しない車もいたが

カノジョに それらを障害物と感じさせないまま

サイドミラーの後方へ 置いていった


助手席にいるカノジョにも 進むべき道が 見えてくるような

予測のつく 走りだった


180Kmに届いた時 突然 機械的に減速した

「 いっけねー リミッターが 働いちゃったぁ 」

少年の瞳をして カレが 笑う

『 リミッターって ? 』

カノジョも 連られて 笑いながら聞いた

「 リミッターてのはネ … 」

再び 速度を上げながら カレが 説明をする

その瞳が キラキラしている

完全に 車好きの少年の輝きだ


カレの車のメーターが 再び 180km前後で 揺れている

っと思った瞬間 車は 再び 機械的に減速した

『 今のが リミッターなの ? 』

カノジョの質問を 半分無視して

「 おっかしいなぁ …   早く 効きすぎだよ … 」

中年暴走族が 首をかしげた


カレは すっかり夢中になっている …

カノジョは そんなカレが 愛おしくなった

3回 、 4回 …  カレは リミッターの 制御を 楽しんでいる


5回目の 180km を メーターが 指した時

リミッターが 働くより早く

カノジョは 運転席に乗り出して

カレの唇に Kiss をした


カレは あわててアクセルから 踏み込んでいた右足を 離した

5回目のリミッターは カノジョが かけた

カレは 笑った

♡ 時速180kmの Kiss だった ♡



             26


御殿場で 東名高速を降り 乙女峠から 芦ノ湖を抜け 箱根湯本まで

二人は 一気に走り抜けた

箱根湯本の お土産屋さんの並んだ 真ん中辺りの蕎麦屋で

二人は 山賊弁当を 食べた

キョウギの香りの付いた ゴツイおにぎりが 食欲を誘う


カレは 隣のお土産屋さんで かごせいの伊達巻を 買った


カレは その伊達巻を 小田原から 西湘バイパスに入ると すぐに

袋の端を 口で破り  切らずに 丸ごと 食べ始めた

甘い蜜の香りが 車に広がった

カレは 左手で持った伊達巻を 時折かじりながら

運転を 続けた


袋からこぼれた 伊達巻の甘い蜜が カレの左指を 濡らした

その瞬間 カノジョの脳裏には

いつかのエロい女の子の行為が フラッシュバックされていた

蜜が 左指から車に垂れる前に

カノジョは カレの左指を 舐めていた

甘えた声も出さずに いきなり指を舐めたので

カレも 驚いたのか 何事もなかったように 運転を続けていた


平塚で夕焼けが始まり 富士山が 夕陽に浮かびあがった

先ほどの行為で 気持ちのやり場がなかったカノジョは

夕陽を見るフリをして 後部座席に移って 反省していた

夕焼けに縁取られた富士山と 箱根の山並みのシルエットは

カノジョの気持ちを 新しくさせていた

富士山が 後方から 右側に移動するのをキッカケに

カノジョは 助手席に 戻って カレに 微笑んだ

クルマは すでに 右手前方に 江ノ島を捉えていた


左手に サンタクロースが いっぱい居る建物が 見えた

カノジョは 感嘆の声を上げようとして すぐに止めた

ラブホテルだったからだ


それにしても サンタさんが 可愛い …

江ノ島と 海が見える こんな可愛い ホテルなら

好きな人と 一度は 泊まってみてもいい …

カノジョは カレを 盗み見た

その時 カレの目が ホテルを捕らえ チェックを入れたのが解った

…『 なーんだ しっかり反応してるんじゃない 』…

カノジョは 一瞬 上の空で 運転を続けたカレが 可愛くみえた


水族館の信号の左先に シーフードレストランが 在った

とても感じが いい

『 アタシ ココに 入りたい 』 カノジョは 指を指した

「 ここは レストランだよ 」

カレは まだ ラブホを 引きずっているのか そんな風に 答えた

『 そうよ 何だと思ったの? 』

紅い海老のマーク見ながら カノジョは 短く笑った



             27


カリフォルニアの白いワイン と シーフードの数々は

カノジョと カレを 陽気にさせた

カレは とても安上がりに カノジョと 親しさを増した


お互いのことには触れず 二人は 他愛ないことを話しては 笑った

サンテラスルームには まだ 他の客がいなかったので 遠慮なく笑った


カノジョは ワインだけでなく カレにも 酔い始めていた

…『 あの子たちも みんな カレと こうして笑ったのかしら 』…

カノジョの胸の奥を 何かが チクッ と 刺した

カノジョは 白いワインと一緒に ジェラシーも 飲み込んだ

そんなカノジョの気持ちにも 気付かず

カレは 笑いながら ワイングラスを 右にずらすと

コーヒーを 注文した


支払いを済ませて 店の外に出た時 海風で カノジョのスカートが

ふわー と 気持ち良さそうに膨らんだ

そのサマを カレは 見惚れて 見守った

カレの気持ちが カノジョに傾いた瞬間だった


『 どうしたの? 』

カノジョは 見つめているカレに  小首をかしげ微笑んだ 

カノジョは 見つめられている喜びも

この海風も

全てに 気持ちが 良かった


二人は 恋に 落ちていた



             28


二人は 夜の海岸線に沿って クルマを 走らせた

カレは カノジョの酔いを醒ますために 逗子マリーナを選んだ

トンネルを抜けると 一本一本に 電飾を巻きつけた並木が 在り

寒そうな青い光が 風で揺れていた


クルーザーに近い マンションの入り口に クルマを止めて

二人は クルマを降りた


頭の上では 強い風にアオラレた 棕櫚の葉っぱが

バサバサと 不気味な音を立てて 揺れていた

カノジョも カレも 思わず グルッと 空を見上げていた


風こそ強いが 空は満天の星だった

こうして潮の匂いの嗅ぎながら 満天の星空を見上げると

なぜか 懐かしさが込み上げてくる

棕櫚の並木のイルミネーショが 懐かしさに拍車をかける


南洋植物が植えられ 白と レンガ色で 統一された町並みが

どこか 異国の香りを 漂わせている

『 マンションなの?  外国に来たみたいだわ 』

カノジョは マンションと 棕櫚と 星空を見上げながら

両手を組み合わせ ひらを上に向けて 伸びをした


「 川端康成って このマリーナのどっかのマンションで自殺したんだよ 」

せっかくのムードを 不気味なセリフが 壊した

カノジョは 無視しても良かったのだが

『 誰? それ…    知り合い … ? 』

興味の無いフリをして 話を終わらせた


風が強く あちこちから風による唸り声が 聞こえ

実際 カノジョは 半分怖かった

だから こうして 両手を高くかかげ 伸びをすることにより

少しは 気持ちを落ち着けようとしていた


カノジョは 伸びをしたまま 星を 見つめ

星の瞬きに 呼吸を合わせた

春物の ひらひらとしたスカートが マトワリ付きながら

時折 めくれ上がるのを 感じた

それでもカノジョは その姿勢を 崩さず

瞼を閉じて 海風の好きに させていた


そんなカノジョと 風にめくれるスカートを

カレが 眺めているのを カノジョは知っていたが

そのままにしていた


海の方から 何かが軋む(きしむ)音が マリーナ中に 大きく響き渡る

音というよりは 苦しそうに搾り出した 悲鳴に近い


カノジョは 傍らにベンチを見つけ  腰を下ろした

かかとを芝につけ つま先を浮かせ  ベンチの座部板を 両手で握ぎり

体を前かがみにしたら 気持ちが少しだけ 楽になった


カレが隣に座った

カノジョは カレの右腕に 両腕をまわして

カレの肩に そっと 頭をあずけた


出会ってから 初めて感じる カレの温かみだった

カノジョは 小さく深呼吸した

寒くもないのに ぶるっと震えて

それっきり 気持ちが 落ち着いた


気付くと カノジョの長い髪が カレの顔で 遊んでいた

カレは 目だけで それを嫌がっていた

カノジョは それを見て 小さく笑った


カノジョは カレのそんなさり気ないユーモアが 好きになっていた

今日 一日一緒にいて 気が付いたのだが

カレは ユーモアと サービス精神の かたまりだった

一緒にいて 楽しい

とても楽な空気を持っていた


カノジョも カノジョなりのおどけたポーズを返すと

カレの前を回って 海側から 陸側に 座りなおした

今度は 元気に カレの左腕に 両腕をまわし 肩に もたれた


イタズラ好きな海風が 陸側に回り込み カノジョの髪を 操った

操られたカノジョの髪は 再びカレの顔の上で 遊び始めた

『 ごめんなさい 』

カノジョは 髪を押さえ 謝りながら 笑った

カレも おどけながら 笑った


マリーナは すでに 二人の空気に 包まれていた


             29


『 この先は 海なの ?』

すっかり気持ちの落ち着いたカノジョの問い掛けに

カレは 笑顔で 頷いた

『 船を見ながら 海まで歩きたいわ 』

カノジョの提案で クルーザーを眺めながら

棕櫚の並木を 海に歩くことにした


左手に とてもおしゃれな白い建物がある

レストランだろうか … エーゲ海辺りにありそうな造りだ

大きなガラスの向こうに カノジョは 花嫁を見つけた

『 見て!   結婚式よ!! 』

防音ガラスと海風のせいで パーティーの音楽も 聞こえないが

シアワセの絶頂にいる者の 笑顔が そこにあった

『 いいなぁ … 』

笑顔の花嫁に 乙女心が ため息をもらした


と 同時に

カノジョは 自分も3週間後には 同じドレスを着ることを 思った

…『 きっと 彼女と 同じ顔では 笑えない 』…

カノジョは もう一度 式場の花嫁を 振り返った

花嫁は 嵐のマリーナとは 別の世界で 光輝いていた

『 シアワセそうだネ … 』

カノジョは 独り言のエールを 送った


             30


コンクリートの堤防に近づくにつれ 風に波の飛沫が 混じり始めた

海と陸を遮っている防波堤は 意外と高く 2m近くあった

右手は 鉄の柵で 行く手を阻み

左に延びた堤防の どこからも 防波堤に 登れそうになかった

『 ねぇ、この向こうは 海なんでしょう? どんな 感じ…? 』

カノジョの言葉で カレは 上半身だけよじ登って 堤防の向こうを見た

カレは 少し見回し 降りると 手についた砂を パンパンと払いながら

荒れてて 恐い  と 教えてくれた

顔も髪も 濡れて 表情も険しい


『 アタシ 登りたい! 』

カノジョは 興味があった

荒れ狂う海を この目で見たかった

一歩間違ったら 事故に繋がるような 危険な状況に 身を置きたかった

壁一枚隔てた 隣合わせの死を 垣間見たかった

別に この男が 落ちて流されてもいい …

自分が生きてる 証が 今 欲しかった



男が 防波堤に登った

ほとんど 上で 這いつくばった状態だ

危険だから 止めよう! と言ってる言葉が 風に飛ぶ

男の言葉と一緒に 冷たい波が 頭の上から 降ってくる

この壁の向こうでは 大自然が 牙をむいて 男に襲い掛かっている

カノジョは 自分でも 興奮しているのが 解った


カノジョは 踝の(くるぶ))の留め金を外し サンダルを脱ぐと右手に持ち

堤防に手をかけると 懸垂のようにして 上半身を一気に乗り出して

そのまま右足から 体を斜めにしてよじ登り 低い体勢のまま

男の隣に滑りこんだ


スカートは 全開になっていて 役にはたっていない

風が強くて 思うようにならない

カノジョは サンダルを陸側に 投げ捨て チギレソウな スカートを

捉まえて 束ねると 腿で押さえた

ストッキングは あちらこちらで破れ 伝線している

カノジョは ストッキングと サンダルと スカートを ダメにして

この危険な海を 手に入れた



波が テトラポットに当たり 砕け散る

風が 痛い

呼吸も 難しい

一瞬でも気を抜けば 風が体を 海に突き落とすだろう


男が 必死にカノジョをつかまえて 守っている

こんな状況でも 女を守る 男の性なのか … エゴなのか …

死の恐怖を分かち合っている男が 愛しい …

今 誰でもない … 

この男だけが 世界中でただ一人 カノジョの生を 握っている …

…『 愛しい 』…


波が テトラポットで 炸裂した

『 すごーい! 』

カノジョの声は 声になる前に 後ろに飛ばされ 消えた


時々 風が 後ろから回り込み 二人を 海に落とそうとした

その度に カノジョは 狂喜の奇声を 発した

体は ずぶ濡れだった


一瞬 海が 後ろに引いた …

と 思った瞬間

再び 海は セリ上がり テトラポットを越え

直接 防波堤に ぶち当たった


カノジョと カレは 頭のてっぺんから 波をかぶった

ふたりとも ほとんど落ちかけた

恐怖もあったが それ以上の 快感だった

『 ばかやろ〜 ! 』

カノジョは 生まれて始めての 言葉で 叫んだ

そして 声をだして 笑った

カノジョは 異様なエクスタシーを 感じていた


防波堤からは カレが先に降りた

カノジョの手を握ったまま  降りた

降りきると 体勢を変え もう一度 カノジョに 手をさしだした

カノジョは さしだすカレの手は 借りずに

一人で 防波堤から 滑り降りた

途中から 軽く飛び降り わざとカレの胸に 飛び込んだ

カノジョは 安心感と照れから イタズラっぽく笑い

カレを 見上げた


カレは カノジョを 抱きすくめ Kiss をした

カノジョも 夢中で 応えていた

二人は バランスを失って 防波堤に 寄りかかった時も

唇は 離さなかった

カレが カノジョを 防波堤に押し付けているのか

カノジョが カレを 防波堤に押し付けているのか 解らないほど

夢中の Kiss だった


カノジョは いつか こうなる予感はしていた  と 思った

いつからかは 思い出せないけど

カレと 出逢って 意識した時から

こうなると知っていた …  と 思った


砕け散る 波の音

太平洋から 吹き込む風の音

最高のBGMだった

このシチュエーションなら 一生続けてもいい Kiss だった


次のカップルが 棕櫚の並木道を通って こちらに来なければ

カノジョは この長い Kiss を 止めなかったろう

カノジョは 一度離した唇を もう一度 惜しそうに 軽く重ねて

『 しょっぱ〜い  ♡ 』 と 笑った



             31


風で背中を押されるフリをして カノジョは足早に歩いた

この姿を 誰にも見られたくなかった

気が付けば ストッキングは 破れ  スカートもへなへなになり

髪も ぺしゃんこになっていた


クルマに戻ると カノジョは トランクルームを開けてもらい

ビトンのお泊りカバンの中からタオルを出し 髪の毛を拭いた

そして 着替えるために 後部座席に乗り込んだ


カレは 濡れたまま 運転席に乗り込むと

エンジンをかけ ヒーターを入れた

カノジョの足元には すでに 黒いサンダルと

破けて濡れたストッキングが 丸めて脱ぎ捨てられている


『 ワタシ 着替えるね 』

そう 宣言しながら 濡れたチビ丈のGジャンを 脱ぎ始めた

濡れた服を 脱ぐのに 思ったよりも 手こずった


カレは クルマを走らせた

人のいない場所を探しているような走りだった

ほどなくして ヒーターが作動した  


新品の下着は 上下とも 濡れていた

カノジョは 下着を外すのを 一瞬ためらった

まだ 抵抗はあった

『 … もぅ … 下着まで びしょびしょだゎ … 』

大きな独り言を 言ってみた

カレは 覗いていない!

と 言わんばかりに ルームミラーを上に上げた


…『  別に 覗いても いいのに 』…

カノジョは 気弱なジェントルマンに 思わず笑った


カレは 少し走った入り江の暗がりで クルマを停めた

人気のないのを確認すると  運転席のシートを 軽く倒した

後部座席のカノジョからも 顔が見える角度まで 倒した

ふぅーと息を吐き出し 腹の上で手を組んで 目をつむった

上から見ると 睫毛(まつげ)が長い …


カノジョは 肩にかけていた自分のタオルを 両手に持ち替え

いきなりカレの頭にかぶせて 

ぐしゃぐしゃ っと 乱暴に拭いて 笑った …

反射的にカラダを浮かせ 驚いたカレも  笑った …

二人は 笑って …


ハジカレタように カレは 後部座席に移ると

カノジョを 抱きしめた

下着姿のカノジョを 眺める余裕もなく 抱きついた

カノジョも 夢中で応えた


カノジョの予感は 当たった

カノジョは カレと こうなることを 知っていた


激しくカノジョを求めるカレは

青年のようで

潮の香りと 汐味がした …



             32


どれくらいの時間が 流れたのだろう …

車の中は ムーンと暑くて 目が覚めた

全てのガラスが曇って 外は 見えなかった

『 これから どうするの? 』

カレの腕に抱かれたまま カノジョは聞いた

そして 目をつむる

カレの答えが 恐かった …

息を吸いながら 目を 自然と硬く閉じていた

「 どこか ホテルを取ろう  そして  シャワーを浴びよう 」

カレの声に カノジョは 安堵の息を吐いた

『 良かった 』

カノジョはカレに向き直り

『 帰ろう! って 言われるかと思ったゎ 』

言いながら カレの瞳を 覗きこんだ

… カレの瞳は 優しく穏やかだった

カノジョは カレの胸に頭をつけて

シアワセな呼吸を 繰り返した



             33


白いカーテンが 揺れていた

窓辺に立って カレが煙草を吸っている

朝の光が 眩しすぎて …

ぼんやりと目に飛び込んだ 光景だ

『 おはよう ♡ 』

毛布から 顔だけだして 声をかけた

毛布の中には 裸のカノジョがいた

カラダをズラすと シーツがヒンヤリと 気持ちいい


ベッドから 江ノ島が見える

昨日の夢が 現実と一致する


「 おはよう ♡ 」

カレの唇が 全ての現実に また 目隠しをした …



             34



あっと言う間に 半日が 過ぎた

8時にチェックアウトをして 鵠沼のデニーズで 朝食をとり

江ノ島で 海を見ながら とりとめのない話しをしている


カノジョには 夢のような かけがえのない時間のように思えた

カレは 居心地が良かった

生まれてこのかた 異性とこんなに親しく笑ったことは ない


カノジョの父は 今年42歳になる

存在感がある


…『 カレは いったい いくつなんだろう ? 』

自分の父親と 同じ様な年齢の男と 海に来て 寝た

このことを知ったら 父は 激怒するだろう …

なぜ… ?

また 母親に対しても 思った

…『 なぜ母は 父に対して これほど情熱的に成らないのだろう?』…

お父さんも 若かかった頃はねぇ…  と 母はよく口にするが

恐らく この男の方が その父よりも 歳は上だと思う

それなのに とても情熱的で 魅力がある …

人は 年齢ではないのかもしれない …

カレには 生活の匂いがしなかった


…『 カレは ワタシのことを どぅ思っているのだろう 』…


不思議だった

カレには 興味があるが 好きではなかった

カレと 恋に落ちているが 愛してはいなかった

カノジョには 婚約者がいるが 

昨日からのことは 気にならなかった


見上げれば 江ノ島の空は 青い

何も考えずに 底抜けに笑っている自分を

離脱した自分が見つめているのに気が付いた


今日のことは いつか 夢の出来事と思える日がくるのだろう …

予感がした

この青空も  髪を揺らす海風も 

全て 夢の出来事で

目が覚めれば 消えてしまうのだろう


カノジョは ふと 愛しくなって

カレの右肩に おでこをつけた

カレは カノジョの そんな仕草に 微笑んで

おでこに そっと KISS をしてくれた


優しい時間が 流れていた

海は どこまでも 穏やかだった …



             35


遅いお昼を 七里ガ浜の中ほどに在る カレー専門店でとった

かがり火が焚かれ トーテムポールが カノジョの気を惹いた

カノジョは 海に向いて張り出したテラスの テーブルを選んだ

カレも 賛成した

アロハシャツを着た陽に焼けたウエーターが 

昼のラストオーダーまで あと15分だと言っていた

昼過ぎの海風が 時折 かがり火の炎を 大きく揺らす

カレは 興味があるのか 炎の揺らめきを 面白がって見ている


カノジョは 江ノ島から引きずっている疑問を もてあましていた

いつか 夜の駅で見かけた時のような

そんな あっさりとした優しい笑顔の答えを カレに期待していた

テーブルに置かれた カレの左手に 自分の左手を乗せ

カレが振り向けば そのまなざしを受け止められる位置に顔を向け

『 ねぇ、少しは 好きになった? ♡ 』

ちょっぴり甘えた声で きいてみた

かがり火を見ていたカレは イスに背中を着けると

短く息を吐き カノジョの瞳を見た

「 そんなの 初めからだよ ♡ 」

カレの笑みは 含んでいた

『 ウソね ?   目が笑っているわ … 』

カノジョは がっかりした

次の言葉を 吐こうとした瞬間

「 お待たせしました 」

パレオをまとったウエートレスが カノジョのカレーを運んできた

右肩を露出し キュートにパレオを 着こなした その微笑みが

いつかの夜の ファッション雑誌から抜け出したような女の子と 重なり

カノジョを 苛立たせた

…『 あの子には 優しく微笑んだのに 』…

カノジョは カレーのスプーンに 感情を 込めて カレーに刺した



             36


キーマカレーは 嫌いだ

あれ以来 カノジョは 少し不機嫌になっていたが それを隠した


レストランを出て 海沿いの道を 走った

葉山に付く頃には すでに陽気なカノジョに 戻っていた


葉山では サンルーフを開け  窓を全開にして

クルマから 海を眺めた

駐車スペースにクルマを停めて

箱根の山と 富士山とを 海の向こうに眺めながら 夕陽を迎えた


悔しいけれど カレの空気に 惹かれていた

顔でもない 声でもない 

カレの空気を 好きになっていた


海が色をなくし 鉛色(なまりいろ)の大きな水たまりに変わり

鮮やかに染まった空を 背景にして

山並みが シルエットになって 浮かび上がった

夕焼けが始まるのだ

紅 や 金  …  空と 雲が 言葉に出来ない色に染まり

カノジョを 魅了した


この景色も

昨日からの想い出も

居心地の良いカレも

このドライブが 終わったら 消えてしまう …


紅い太陽が 山並みに 消える …

夕陽が  せつない …

夕暮れが 苦しい …


カノジョは 心細くなって カレの左手を 握った …

振り向くカレを 

瞳を閉じて KISSの角度で 迎えた

カレの唇が 重なる瞬間

愛しさで 胸が詰まった


昨日までの 演技や 計算でなく

カノジョは 夕暮れのKISSに 震えていた …



             37


夕陽が沈んでも すぐに暗くなるわけではなく

錦色の空は 鮮やかさを増し

神々しいばかりの色彩に 彩られていた


山並みの あちこちに点在する明かりが 次第に強く光始めた

海と陸の境に たくさんの明かりが 灯り始めた

クルマは いつしか 夜の闇の中にいた


カレの提案で このまま三浦半島を南下して

三崎・城ヶ島を回って 東京に帰ることにした


走り初めこそ BGMに合わせて 口ずさんでいたが

スピッツの ♪ 君が想い出になる前に  が 流れた時から

次から次へと続く曲の 歌詞の世界に入り込み

自分と重ねて 無口になっていた


人気のない所で クルマを停めてもらった

音楽も 止めてもらった

クルマの中に 重い空気が流れた

カレは ハンドルを抱え込むような 前のめりの格好で

海を 見ていた

カノジョは 心の中で もがいていた

カレは そんなカノジョの心を 自由にさせていた


沈黙が 続いた

カノジョの心は 混沌として 複雑に 絡まっていた

ちょうどカレの照らすヘッドライトのハイビームが

対象物を見い出せないまま 白く巻き込まれる様に ネジレ

闇の海に 吸い込まれていく感じに 似ていた


… 東京に帰ると 婚約者からの電話が待っているはずだ

 … 2日間で 引越しの支度を終わらせなくてはならない

 … 4月29日には 本当に結婚式を 挙げているのだろうか …


目の前のカレにも 魅かれている自分がいた …

カレといた2日間は 心が 楽だった

カレに恋をしている気持ちは 本当だった

頭の中が 飽和した


『 ワタシのことを 好きですか ? 』

沈黙は カノジョが 破った

その言葉に カノジョもビックリした

前を向いて うつむいたまま 口だけが 勝手に つぶやいていた

…『 チガウ違う!  ナニ言ってんだろぅ … アタシ 』…

…『 好きなの?  カレを 好きになったの …? 』…

飽和状態の頭は 新しい展開を受け入れられず

小さなパニックを起こしていた


カレが 運転席から手を伸ばし  助手席のカノジョを 引き寄せた

サイドボードを挟んで 上半身を 抱き締められた

心地良かった

スーと意識が引いた

『 どうして ? どうして そんなに 優しいんですか ? 』

カノジョは 夢中で 叫んでいた

『 ワタシのコトを 子供だと思っているから 優しくできるんでしょう ? 』

カノジョは カレから体を起こし カレの目をみつめた

カノジョのパニックは 限界を超えていた

自分でも思っていなかった言葉が 口をつき

自分でも予期しなかった展開に 進んでいた


カレが 何か言いかけた瞬間

カノジョの瞳から 堰(せき)を切ったように 涙がこぼれた

涙は 次から次へと 浮かんではこぼれた

クリスマスの頃から 今日までが 走馬灯の様に浮かんでは

消えた

この何ヶ月間に混じり 一年前の上京した頃からまでも

フラッシュ・バックして カノジョの脳裏を走った


カノジョは 泣きたかったのか …

寂しさや せつなさや くるしさの混じった想い出が

脳裏をかすめては 涙の粒になって 落ちていった


カレは その間ずっと カノジョの髪に手を置き

時々 撫ぜてくれた


カレの空気は カノジョのホンネを 引き出した


頭の中が 空っぽになったのを 感じた

充満していた心も 穏やかになっていた

涙も ため息も 残っていなかった

深く息を吐き出し カレに向き直った


カレは 少年の様な瞳で みつめかえしてきた

カレは 相変わらず 年齢を感じさせなかった

カノジョは この少年の瞳をした 優しいオジサマを

しばらくの間 みつめた


カレが望むなら もう一度 抱かれても良かった

その先が あるのなら 見てみても良かった

カレの傍で 季節を少し 歩いても 楽しい気がしていた


カノジョは 今 分岐点に立っていた



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カレは カノジョに手をださずに 煙草を 選んだ


口にくわえると マッチを 擦った

望まぬ展開に カノジョは マッチを吹き消した

燃え上がろうとした炎は 一筋の白い煙となって 天井を這った

カレは カノジョをみつめたまま もう一本 マッチを擦った

炎は 歳を重ねたカレの顔に 細かなコントラストを付けた

カノジョは まだ 涙が 溜まっているせいで 

視覚の外の光は プリズムのように 輝いて見えた

カノジョは もぅ一度 ふぅッっと 炎を消した


こんな繰り返しでも カノジョは 楽しかった

煙に混じった硫黄の匂いに飽きた頃

煙草の匂いが それらを 追いやった

カレは サンルーフをチルドにして

そこから 煙を 吐き出した

煙は 浜風に押し戻され  車内にくるくると 広がった

『 煙いわ 』

カノジョは 助手席の窓を細めに開けた

潮の香りが 車内を浄化した


カレは ヘッドライトを 消さずに ロービームに 落とした

風と交差して 蝶のように跳ねる 波と 白い波打ち際が 見えた

月が 空に貼り付いていた

カレは エンジンを止めた


『 少し 海を 見てくる … 』

カノジョは クルマの外に出た

風は 少し強いが 冷たくって 気持ちがいい

カノジョは 柵の向こうに降り口を見つけた

階段を降り 砂浜を越えて 波打ち際を 歩いた


頭を整理させて 物を考えるには

波の音と 冷たい風が ちょうど良かった

陸を振り返ると

カレのクルマと 運転席からこちらを見ている カレが 遠く見えた

カノジョは しばらく この時間を 楽しんだ



『 帰ろ♪ 』

クルマに戻ると カノジョは 明るく促した

横浜からも 高速を使わず 15号線を北上し

ドライブ・タイムを 楽しんだ


0時過ぎ 二人が 毎日利用する駅のロータリーに 着いた

駅前は 夜中とも思えないほど 賑やかだ

『 ここで いいゎ 』

断続的にある 人の流れに安心して カノジョは言った  

ロータリーでは 今夜も同じ様に 若者が ダンスを楽しんでいる

危なっかしい女の子が二人 ベンチに腰掛けて ナンパを待っている

居酒屋の下では 酔っ払い集団が 3つ 4つ 群れを作っている

この町は 何も変わっては いなかった

いつもと同じ イトナミ

いつもと同じ光景 …

カノジョは 全て 受け入れられる気がした


『 楽しかったゎ … 』

カノジョは 決別を含み 若者たちを 眺めた


『 あなたは 思った通り … 楽しいゎ 』

目線の先には カレが いた

姿を変えた若者の化身を 懐かしくみつめると

カノジョは 静かに瞳を閉じた

…『 さようなら ワタシの愛しい人 』…

…『 さようなら ワタシの青春 』…

カノジョは とてもゆるやかに 首を 降った


『 じゃ、 ありがとう … 』

カノジョは ドアを開けた


「 ねぇ、 明日も 店に来る? 」

少年の瞳で カレが聞いた

カノジョには ここでの 明日がなかった

『 あなたらしくないゎ … 最後にそんな事を 聞くなんて … 』

思わず笑って 答えた


「 そうだ。  キミの名前は … ? 」

最後の最後まで カレは 笑わせてくれた


『 …  次に 会った時に ネ ♡ 』

カノジョは ラストシーンに 満足した

…『 さようなら ♡ 』…

微笑むと ドアを閉めた



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朝8時 カノジョは サンタモニカ・ピアに いた

主人には 一人で海を見てくると言って ホテルを抜け出してきた

抜けるように 空は青かった

日本の青空とは 次元が違った


美しい海岸線は どこまでも続き

柔らかな金髪が濡れて光る サーフボードを抱えた青年たち

タンクトップで 通りを行き交う女の子たち

プロモーションの ワンシーンに 紛れ込んだ錯覚に陥った


町並みの一角が カレと迷い込んだマリーナを 想い出させた

遠い昔のようだ


カノジョは 桟橋に立った

この遙か海の向こうに カレの住む日本がある

カレの腕時計は 今 5月2日の深夜1時頃を 指しているのだろうか …


ワタシのことなんか お嬢ちゃんの気まぐれな遊びだと笑って

もう とうに忘れているのだろう

浜風が カノジョのスカートの裾を揺らした

サンタモニカの風も なかなかイタズラ好きだ

カノジョは ふわーっとした くるぶしまであるスカートを

少しだけ 開き気味に持ち上げた

やっぱり これがワタシの限界かな …

短いスカートで 笑いあった あの2日間が

強い日差しに混じって カノジョの胸を 刺した


カノジョは 日本に向かって 瞳を閉じた

まぶたをとおして 陽ざしがわかる

暖かくて 柔らかい …

カノジョは ふと 隣に カレの温もりを感じた

カノジョは 瞳を閉じたまま

隣で 煙草に火をつけようとしている 幻想のカレに 微笑んだ


ふぅー   カノジョは カレのマッチを 消した

ちょうど あの日 イジワルして カレのマッチを消したように …


カレが 笑うのを感じた


カノジョは空を見上げて 笑った

隣に カレの温もりを 感じながら …



 ♪ 時は 忍び足で 心を横切るよ

   もう話す言葉も 浮かばない


   あっけない KISS のあと ヘッドライト点して

   蝶のように跳ねる 波を見た


   好きと言わない あなたのことを

   息を殺しながら 考えていた


   愛って よく わからないけど

   傷つく 感じがステキ


   笑っちゃう 涙の 止め方も知らない

   20年も生きて来たのにね …


♪  深入りするなよと ため息の壁なら

   思いきり両手で 突き破る


   煙草を 点けようと マッチを擦るたびに

   意地悪して 炎 吹き消すわ


   ドアを 開いて ひとり 海へ

   あなた 車で 背中を 見ていて


   愛って よく わからないけど

   深呼吸 不思議な気分


   わかってる 昨日の 賢い私より

   少しだけ 綺麗に なったこと


   笑っちゃう 涙の 止め方も知らない

   20年も 生きて 来たのにね         ♪




♪ BGM : メインテーマ

♪ 松本隆 作詞 ・ 南 佳孝 作曲 ・ 薬師丸ひろこ 歌




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