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2023年01月22日03:22

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仲間たちとゲストの 新年の、初出稿 !

◆ 意識 つくろう
あらゆるコンタクトの基本で、いまある人類意識が戦争を生み出している原因です。
たとえば、日本国憲法(特に前文や9条)も、誕生経緯や小さな意図と作為の問題でなく、対戦当事国を越えて、その事象の内外からもっと大きなマクロのエネルギー的関与があって、その「内容」が生まれたとみる必要があります。
中味の正当な評価を純粋にできない意識が再び戦争を引き起こしていくことを自覚しなければなりません。
戦争を生み出す意識に対する、千鳥ヶ淵は霊性の強い無害性と静寂の抵抗のシンボルとして、マクロレベルで不断に私たちを監視しています。
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得難い広範な犠牲者たちのその「視点」があるから、この国家は依然として緊張感を保ち続け、保ち続けられるような随時引き締めのための高次の波動的刺激が入り込んでいるわけです。事象は不純な意識と、純粋な意識の「戦場」でもあります。
その波動は間違いなく三界を動揺させ、魂レベルから「ことば」(つまりは、目前では憲法)が、「精神」世界に(意識の)新たな次元的生成をするのを、苦しみの生みの胎動で待っているわけです。
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ミクロのマクロとのそうした激しい出会いが、国家的進路の識別においても、波動バランスの理想的調和を生み出す素となっていきます。
「 頭でだけものを考えていると、人間は過去にあったことがこれからもある」と考えるようになるわけですが、それは「地球の範囲を一歩も出ない思考」です。
「どういう世界を作っていくことになるのか」「地球の次のステージ」はどのようにして創られるのか、その形成に深く関与しているのは、この(私たちの)「意識」だということを、自覚する必要があります。
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◆ Chihiro Sato-Schuh さん
【真実とは何なのか?】
宇宙人だとか転生だとかいう話になると、何が本当なのかは、結局のところ確かめようがないということになる。とはいえ、多くの人が感じ取っていることや実際に体験した人の話が、理論から引き出した推測と食い違っていたら、推測の方に誤解があるのだろうということは言えると思う。それに、論理的にいって筋が通っていないというような場合もだ。また、その話を人が信じた場合に、広めた人が利益を得るという場合にも、意図的に広められた嘘である可能性を考えるべきだと思う。
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こうしたことは、推理小説によく出てくる、犯罪捜査のやり方と同じだ。証言者の話は筋が通っているのかどうか、他の証言者の話と食い違っていないか、それで得をするのは誰なのか、といったことを、見ていく必要がある。これは、メディアの嘘を見抜くのにも、まったく同じようなことが言える。
多くの人は、入ってきた情報をそのままに受け取ってしまう。自分で本当なのかどうか確かめてみるということをしないで、とりあえず本当のことだとして、受け取ってしまうのだ。テレビで言っていたにせよ、ネットのあるソースから来ているにせよ、あるいは自分が信頼している師匠が言っていたにせよだ。それが宇宙人コンタクトの話なんかになると、ますます自分で確かめようとはしなくなる。
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一方で、私たち人間には、本能的に何が正しいのかを感じ取る感性というものがある。この感覚を信頼できている人は、情報をあれこれ調べなくても、おかしなことはだいたい正確に見抜いている。意図的に嘘を言っているにしても、言われたことを信じて言っているだけにしても、あるいは本当にそうと自分で思い込んでいるにしても、本当でないことを言っている人の顔というのは、どこかに違和感があるのだ。真実に繋がっていない人のモヤモヤした雰囲気がある。直感で感じ取って、それがだいたい当たるという人は、おそらくその違和感を感じ取るのだと思う。推理小説に出てくる天才刑事や探偵は、だいたいその肚感覚を頼りにして、捜査を進めていく。
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この3年ほどで、私たちはメディアがいかに嘘をつくのかをさんざん見てきた。いくつものソースが口裏合わせて同じ嘘をつくなどということが、現実にあるのだ。テレビだけじゃなく、政府も研究所も、さらには真偽を査定する機関まで、すべて同じことをいうように裏で操作されていたりする。何が事実なのかについて、外から入ってくる情報をそのまま信頼することがまったくできない世の中になったのだ。いや、これまでもそうだったけれど、ようやく私たちがそれに気づいただけなのだけれど。
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人類はこれまでも、知り得ないことを使って支配されてきた。かつては宗教が支配権力に使われていて、死んだら人は天国と地獄に分けられるのだということを人々に信じさせていた。それによって、人々は天国に行くにはこうしなくちゃいけないと言われたことを、何でもやるようにさせられてしまったわけだ。それが近代では、科学に変わった。今度は、どこかの研究所で出たという結論を、真実として信じさせられることになった。アンソニー・ファウチ博士は、「私を否定する人は、科学を否定するのだ」と言ったそうだけれど、これはかつて宗教権威が科学の代わりに「神」と言って人々に何でも信じさせていたのと少しも変わらない。科学というのは、どこでも誰でも検証できるはずのもので、もしそれが違っていたら、事実ではないということになるはずなのだけれど、今ではそれが見事に宗教と同じ権威主義のシステムになってしまっている。異なる事実を発見した学者は、危険人物扱いだし、それは、かつての異端審問や破門とまったく同じだ。
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ロズウェルの宇宙船墜落事故のことにしても、宇宙人コンタクトについての情報は、表に出ないように厳重に隠されている。それは、地球外に意識が向くと、人々が自分たちの本当の姿を思い出してしまうからなのだと思う。実際、宇宙人に会ったという人、コンタクトしたことがあるという人、クロップサークルに行った人、何かしらの形で地球外の存在と接触した人は、私たち地球人が、本当はもっと大きな能力を持っていて、それが隠されていたことに気づいてしまうようなところがある。それで、お金だとか社会的な地位だとかそういうことは、ごく表面的なことにすぎないことに気づいてしまい、そうしたものに支配されなくなってしまう。
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その事態を避けようとして、支配者たちは、まずは宇宙人などはいないのだといい、そんなものを信じるのは子供っぽい頭の人たちなのだと信じさせようとしていたのだ。それで、子供向けのアニメや映画やらを作ったりして、宇宙人は地球を攻撃しようとしているとか、宇宙人は動物的な本能で襲ってくるというようなイメージを植えつけようとしていたのかもしれない。宇宙戦争もののパイオニアであるジョージ・ウェルズも、イギリスの優生論者で、人類を支配しようとしていた人たちと関わりがあったことから考えると、裏で指示を受けてやっていた可能性も大いに考えられる。
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頭でだけものを考えていると、人間は過去にあったことがこれからもあるという風にしか考えないものなのだ。外にいる異なる文化を持つ人たちは、地下資源が欲しかったり、人間を奴隷化したりしたくて、攻めてくる、というのがこれまでの地球の歴史だ。だから、宇宙でもやはり同じようなことが行われているのだろうと考える。しかしこれは、地球の範囲を一歩も出ない思考だと言える。
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グレイという攻撃的な宇宙人がいて、人間を誘拐して人体実験したり、子供を食ったり、ハイブリッドを作ったりしているのだということを、いろんな著名な人なども言っていて、ホワイトハウスの下にあったという秘密の地下トンネルで、そういう宇宙人を見たという報告もあった。それはかなり信憑性があるようにも思えたのだけれど、試しに皆で意識上でアクセスしてみたら、誰も攻撃的なエネルギーを感じなかったのだ。その代わりに、悲しみや愛の感情を感じた人がほとんどだった。
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攻撃的な宇宙人の話を聞くたびに、自分でアクセスしてみるということを、私はこれまでも何度もやってきているけれど、やはりどうしても宇宙人には攻撃的なエネルギーは感じない。ほとんどの場合は、地球人の姿が背後にあって、それが邪悪な宇宙人の正体だという風に見えた。実際、これまでずっと私たちは知らないで来たのだけれど、人を誘拐して人体実験することも、子供を虐待したり食ったりすることも、妊娠させて子供を取ることも、すべて地球で行われていたことだった。誘拐されてから家に帰された子供、逃げてきた子供もいるけれど、誰もその子たちの話を信じることができなかった。あるいはそれで、宇宙人に誘拐されたのだということになったのかもしれない。いずれにしても、宇宙人のせいだとした方が、誰にとっても受け入れやすかったのかもしれない。
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もちろん、確かめようがないことも現実にはたくさんあるし、あるいは攻撃的な宇宙人は本当にいるのかもしれない。しかし、真実とは何だろう? つまるところ、私たちの意識が現実を作っているのだ。そして、何をどう受け取るかによって、どう反応するかも変わってくるし、それによって、どういう世界が作られていくかも変わってくる。金融恐慌の最中に、アメリカの田舎のあるレストランの主人は、経済危機のことをまったく知らずに、いつものように経営していて、いつものように繁盛していたそうだ。ところがあるとき、経済危機だということを知らされたら、急にあれこれ節約し始めるようになり、その結果、お客が離れていって、倒産してしまった。それでその主人は、本当に経済危機だったと納得したのだそうだ。そのように、真実というものは、最初からあるというものではなくて、そうだと思ったときにできていくということが、現実にある。
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そうしたことを考えるなら、何が真実なのか?と考えるときには、現実と比較して検証するだけではなくて、これが真実だと考えるとしたら、私たちはどういう世界を作っていくことになるのか?ということもまた考えるべきなのだと思う。攻撃的な宇宙人がいて、子供を誘拐している、と考えたとき、まず、それを犯罪事件として追究しようとしなくなる、ということになる。それは犯罪者たちとしては、かなりありがたいことだろう。そして、いつどこで何が起こるかわからないという不安に生きることになる。誘拐事件は実際に頻発しているのだから、用心するのに越したことはないけれど、それが宇宙人だとなったら、どうやって防いだらいいのかもわからない。となると、無力な感覚を持つことになる。しかし、無力だと思っていたら、抵抗もせずにされるままになるようなことになる。これまた誘拐犯としては、都合のいい状況だ。
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そして何より、地球の外に攻撃的な宇宙人がいるのだと思ったら、私たちは宇宙に心が開かなくなる。宇宙船らしいものを見たとしても、あるいは誘拐しに来たのかもしれないと思ったら、私たちは心を閉ざしてしまう。すると、宇宙存在の高次の意識と愛とに触れることがなくなり、自分の中に本当はもっと大きな可能性があるのだということに気づくこともなくなる。それこそはまさに、人類を支配していたい人々が望んでいることだ。
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地球にいる極悪人たちは実は攻撃的な宇宙人とのハイブリッドなのだとか、地球人はそもそもDNAを操作されていて、低い次元に留まるようにされているのだとか、地球は実は宇宙の流刑地みたいなものなのだという話もある。だけど、それぞれ、そういった話を信じて生きていたら、どういういいことがあるのか、どういう風に生きることになり、どういう世界を作っていくことになるのかを考えてみたらいいと思う。私には、どれも私たち地球の人間の可能性を縮めてしまい、恐怖と無力感に生きることにしかならないように思える。
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一方、攻撃的な宇宙人はいないと考えたとき、何か悪いことが起こるだろうか? 仮に宇宙人みたいな姿の人たちが誘拐しようとしたとして、これは地球人だと思っていたら、それなりに防御もするだろうし、身を守れるかもしれない。たとえ守れなかったとしても、攻撃的な宇宙人がいると思っていたからといって、結果が変わるわけでもない。宇宙人に誘拐される可能性などはごく少ないのだから、ともかく恐れを感じることもなく、愛を感じながら空を見上げて毎日を生きることができる。
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恐れがなく、愛を感じているとき、私たちは身体が緩んでいて、いわゆる「気がよく通る」状態になっている。そして、今の地球よりもずっと進化した状態が存在していて、私たちもまたそうした世界を作ることができるのだという希望を持つことができる。そして、そう思って生きていたら、たとえ現実がどうであろうとも、私たちは地球の次のステージに向かって進んでいくことができると思うのだ。
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(なお、行替えは、当方グループによる)
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◆ 憲法 作ろう
: 「河野洋平氏の警告を受けた石破茂元防衛相の岸田総理への正面攻撃」(Pio d'Emilia氏)の、その主張内容のまとめ(独自編集あり)
◇ 敵基地攻撃能力
・ 日本の防衛政策が大きく変わったかは、半分正しくて半分そうでない。
・ NATOに合わせたGDPの2%論ばかりが先行している。そのため、どのような抑止力を持つかがほとんど議論されていない。安全保障環境の異なるNATOに合わせるというのは飛躍といえる。
・ 敵基地攻撃能力をもったとき相手の国が思いとどまる。そう思えなければ抑止力とはならない。
・ 前提として、報復(懲罰)的抑止力と拒否(忌避・回避)的抑止力とがある。トマホークはエンジン出力が遅く、途中で撃ち落とされる可能性が高い。逆に、ミサイル・ディフェンス・システムは一度に100発も撃ちこまれれば機能しない。この国に後者のシェルターの準備が目下ない。
・ 着手して後戻りできない段階はいつか。どの段階で飛ばせるのか、相手国の戦争宣言時か、燃料満タン時・正に飛ばすばかり?
ミサイルが発射され国内に落ち大勢の人が死んだ段階では遅すぎる。
そうした肝心な議論がまったくなされていない。どのような抑止力を持つか、それを明らかにする責任は政府にある。
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◇ 核と戦争
・ 日本の労働者の給料はここ10年ぐらいほとんど上がっていない。反面企業側は史上空前の利益を上げている。防衛費倍増を、何のため誰のためにするかを明らかにし、きちっと議論する必要がある。
・ G7サミットでは広島で核のない世界を強調するだろうが、核なき抑止力と核のある抑止力との違いをきちっと分けて、議論をしていく必要がある。
オバマ元大統領は、一言も核兵器を廃止すると言わない。理想を高くもつ一方、彼は自分が生きている間は無理と考えている。仏大統領はもっとリアルだ。
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◇ 安全保障のジレンマ
・ 安倍氏も岸田氏も、米国では大歓迎を受けた。日米同盟はきわめて大切だが、単にそれは米国に喜んでもらうことではないはずだ。
・ 安全保障にジレンマぱつきものだが、日本としては、アジア太平洋地域のバランスオブパワーを高める必要がある。
・ 冷戦後30年経つが、世界の多くの国と共同で兵器を開発し製造するよう兵器産業を育成しリスクを可能な限り小さくしなければならない。日本は抜群の世界一高い戦車の製造能力などをもっている。
日本はアジア太平洋版の独自のNATOを作っていかなければならず、それには今の集団的自衛権を乗り越えていく覚悟が必要だ。
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◇ 東アジアの平和
・ 台湾のような島国とウクライナのように陸続きとでは、状況がまったく異なる。台湾では上陸できるのは10%に過ぎず、攻める中国は守る側の5倍の兵や軍事力が必要だ。
・ 中国はさらに人口が増大し貧富の格差が広まる。医療の確保も十分とはいえず、共産党一党体制は好きではないが、他に中国を統治する手段を望めない。
その国の国民の幸せも方途に入れたうえ、軍事力では達成できないことを手を携え共通の衆知事項にする努力が必要である。
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◆ 木霊 禅
「汝( わが国日本 )自身を知る」こと
これは人間にとり最も確かな「存在」が「自分」であることを指すという観点から生まれてきます。
そして、「汝自身(ミクロ)を知る」ことができればそのことを介して、相似の関係に立つマクロを知ることができるという関係に立つわけです。… 特に複雑だったり難問だったり調整や熟考を要するような場合、安易に先へ突き進まず問題を突き放し、別視点を創りまたさらなる視点へと上げていくことは重要です。
ここで「自分」をいま知ろうとすることが、現象界の意識構築のうえで、どういう本質や構造にかかわっているかという点においてです。
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その時点で立ち止まることにより、別の新たな視点を創ったり、熟考や気づきを介し大きな視点へ上げることで、解決の選択肢を増やしていくこともできるでしょう。冷静に全体を俯瞰してより根本原因へアプローチしていくことも期待をできるわけです。
つまり、それらによって同じ現象界の一つの事象の見え方自体も変わってきます。一つの知覚の変化が生まれるわけです。
同時にそこに、より普遍的な視点が生まれてくるはずです。個別の対象の変化や複雑性に左右されない、より統合可能な本質的部分も深みから浮かび上がってくるはずです。変化しない知覚です。立ち止まらないと冷静さと深みが生まれてきにくいのです。そのことは屈辱ではありません。反対に勇気やゆとりがないと立ち止まれません。
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内観や観照というのは反省を伴いますが、そうした省察全体を通して、細部をも総合化してより核心に迫り、全体がかっ達にリズムよく知性が、成長し前進していくものになっていくことが大きな醍醐味なのでしょう。
これは個人のことに限りません。… 紛争と混乱、停滞と逡巡から、同じ意識レベルだけだと前に進めず共倒れになっていくことは、国家や世界についても人類の歴史上頻繁にみられてきたことがらです。
「 複雑だったり難問だったり調整や熟考を要するような場合、突き進まずに問題を突き放し、別視点を創りまたさらなる視点へ上げていくこと」は、「汝ーわが国日本」にとっても必要と思います。
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