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2022年12月10日16:42

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カプソン&アルゲリッチ:『シューマン,ベートーヴェン,フランク』

【収録曲】

1 シューマン: ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ短調 Op.105
2 ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 Op.47「クロイツエル」
3 フランク: ヴァイオリン・ソナタ イ長調

ルノー・カプソン(ヴァイオリン)
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)

2022年4月23日,Théâtre de Provence(エクサン・プロバンス・イースター音楽祭)
DG 4863533(ライブ)


マルタ・アルゲリッチとルノー・カプソンが,今年の復活祭のエクサン・プロバンス音楽祭で行ったリサイタルのライブCD。プログラムはシューマンのヴァイオリン・ソナタ第1番,ベートーヴェンの第9番「クロイツェル」とフランクのヴァイオリン・ソナタ。ヴァイオリンとピアノのデュオ・リサイタルの王道を行く選曲。演奏もこの二重奏の典型のひとつといえるスタイル。

あまり目立たないものの,腰を据えて聴くとアルゲリッチがリサイタルの舞台を整え,ほぼすべてをコントロールしていることがわかる。最初,彼女のピアノ伴奏は控えめで,おとなしくきこえた。リサイタルの主役をヴァイオリンに譲り,カプソンの演奏を引き立てる立場に徹しているように思ったものだ。派手な立ち回りは控え,音量も絞り気味だ。アルゲリッチにしてはめずらしい振る舞いで,寄る年波には勝てなくなったのかと気になった。しかし,何度か繰り返し聴くうち,彼女の存在感が大きい演奏だと思うようになった。やはり,このリサイタルの主導権を握っているのはアルゲリッチだと確信する。ヴァイオリンは縦横無尽に振る舞っているように見えても,大仏様の掌で飛び回る孫悟空のようだ。いや,どんなに暴れ回っていてもアルゲリッチが仕掛けた魔法のとおり動いているだけとカプソンは自覚しているようでもある。

シューマンのソナタ第1番の出だしは,クレメールとの演奏と比べ随分と穏やかでおとなしい。メロディーを美しく鳴らすことを最大の目標にしているようだ。シューマンが書いたテクスチャーを細部まで克明に描き出すことにあまり関心がないのは少し寂しい。ソリストがカプソンであることが最も大きな違いだろう。アルゲリッチの円熟も要素としては決して小さくないけれど。一方,シューマンのソナタが持つメロディーの美しさがうまく表現されている。アルゲリッチの伴奏は音楽の流れを重視して,この曲が持つ美しさを強調する。それと同時にヴァイオリンへと寄り添う姿勢が顕著である。カプソンのヴァイオリンが奏でるフランス風の美しさが最大限発揮されるようサポートする。ピアニストがイメージするシューマンを表現すべくデュオに参加するのではなく,ヴァイオリニストが表現しようとする音楽を先回りして協力する姿勢がはっきりと現れている。

ベートーヴェンの「クロイツェル」も穏やかな優美さが際立つ演奏といえる。とはいえ,ベートーヴェンのエネルギッシュな側面が姿を消しているわけではない。そういう要素は最低限保持しつつも,表面的には優美さが目立つ。ヴァイオリン独奏は「クロイツェル」でもメロディーを流麗に再現することを重視し,この曲の内部へと切り込むことを深く追求しているわけではない。そもそもヴァイオリンの音色がドイツ的なそれとは若干異なり,ほんのわずか燻んだような明るめな音色が特徴。とはいえ,音楽の作りそのものは明晰そのもの。「クロイツェル」の人間の内部から湧き上がる激しい情熱が知性の作用で浄化された音楽のようだ。ピアノ伴奏もタッチはあまり深くなく,軽快さの方向に舵を切ったようでもある。そのせいもあってか,内声部が充実したピアノ演奏にきこえる。もちろん,それぞれの瞬間に応じたインスピレーションに満ちたピアノは健在。ドイツ・オーストラリアのベートーヴェンというよりオランダやベルギーの文化や風土から生まれた「クロイツェル」のような演奏。

このプログラムの中でルノー・カプソンの演奏スタイルに最もマッチする楽曲はフランクのソナタだろう。第1楽章の冒頭からテンポが何の無理もなくフィットしている。曲想の表情も自然過ぎるくらい自然だ。カプソンの内面に潜む音楽をヴァイオリンで表現しているようだ。メロディー,リズム,ハーモニーのどれをとってもカプソンの波長とピッタリ一致する。そのせいかどうかはわからないが,アルゲリッチはシューマンやベートーヴェンのときよりも一歩後ろに引き下がっているかのよう。相変わらずインスピレーションにあふれた伴奏だが,カプソンのヴァイオリンをもっとクローズアップさせようとするかのようなピアノだ。特に第3楽章ではヴァイオリン独奏の引き立て役に徹した伴奏となっている。試行錯誤を経て頭でいろいろ考えた末にそういう弾き方をしているというより,ヴァイオリン奏者の演奏や曲の流れに心身が自然に反応した結果そうなったという風情が感じられる。一方,フィナーレの第4楽章では,ピアノ伴奏もダイナミックでフィナーレにふさわしい演奏を繰り広げている。アルゲリッチにはその場その場で最もふさわしい演奏ができる体質が備わっているらしい。

久しぶりにアルゲリッチのCDを聴いて,彼女がこれほど広い視野を備えた柔軟性に富んだピアニストだったのかと驚いている。しかも,かなり高齢であるにも関わらず。さらにピアノ・パートを演奏することで,ヴァイオリニストにこれほど大きな影響を与える力量も驚異的だ。ヴァイオリン独奏に自由を与えるように見せかけておいて,ピアノ伴奏の影響でヴァイオリンを操る類のことまでやってのけるとは。それだけルノー・カプソンとマルタ・アルゲリッチの相性が抜群であることの証なのだろうが。
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