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2021年05月01日13:07

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【オリジナル創作・SS】とある遠い昔の国の物語

君は抜けるような空に向かって
草原の中
たからかに歌っていた

1時間も2時間も歌い続けて
俺という観客がいるのも気付かずに

そのまま去るのも惜しくて
声をかけた

びっくりした顔が朱にほんのり染まる
見事だったと伝えると
満面の笑顔になり
歌うことだけは好きなのと言った


次に彼女と出会ったのは
客引きもある場末の宿付きの酒場
こんなところで働いてたのかと
少し心が痛くなった

安宿は金のない旅人にはありがたいが
上品な場所じゃない
誰かに手を引かれて消えるのを見て
自分は宿をでて、外で彼女が仕事を終えてでてくるのを待った

旅立ちの始まりはいつだって突然なものだ
彼女にそう言って
旅をしないかと伝えた

必要なものは用意することもできる
金はなくても換金できるアイテムはある
冒険者も長くなるとそういうものだ

まだ幼さが残る彼女を旅に連れ出し
自分は剣術を教え込んだ
仲間もひとつひとつ何かを彼女に教え込み

3年で彼女は少し名の知れた
剣術舞いの踊り子になった
話術と読唇術を身に着け盗賊ギルドに属す

でも彼女の名声が上がったのは
何よりもその歌声だった
吟遊詩人の楽術は敵も味方も全てを巻き込むが
使いどころを間違えなければかなり効果的なものだ
彼女はそのメロディをきれいに言葉にして歌うことを身に着けた

町で知られる数々の歌も
吟遊たちが稼ぎに使う歌も
魔術として使う楽術も
見事に吸収して

どこの国の王族からもくれば寄れと言われる
彼女はそんな魅力的な声の持ち主で歌い手となった

彼女は3年で大成したと言えよう
年頃になり大勢の男たちから声をかけられていた彼女が
消えていくのはそんなに遅くはなかった

別の冒険者に移動して
自分たちとたもとを別れた

さらに数年後
俺は彼女と知り合った場所で
彼女とまた出会うことになる

朝ごろみつけて、夜まで歌声をきいていた
振り向けば見える位置で
彼女は歌うのをやめなかった

出会った時と違い少し大人の女の香りが濃い体は
白髪がになっており
目はつぶれ白くにごりきっていた
気配ぐらいはもう読めるはずなのだが
と思っていたが

やっと歌をやめたのは明け方だった

「知ってる歌を歌いつくしたわ
楽術の歌声も全部抵抗してしまうとは
恐れるに値する冒険者になったものよね」

「まぁ、その分歳はとった
そうそう、若いのには負けないが
そう言えるのも、後10年か」

「私はもう冒険者をやめてるわ」

「ここに居るってことは、そうなのだろうな
故郷で隠居か?目も見えないようだし」

「貴方に恋すればよかった
それだけの出会いがあったのに
それほどの恩をうけたのに」

「・・・そう期待したころもあったよ」

「いろいろありすぎた。有名にもなりすぎた」

彼女はそういうと満面の笑みを浮かべた
そして俺のそばを通り過ぎようとする
思わず手を掴み

「今からでは間に合わないのか?」

「・・・間に合わない。そうなるくらいなら死にたい」

「そうか・・・」

「自業自得よ。私は人生を調子に乗りすぎた
今は・・・反省という言葉を知る隠者になったの」

「まだ25前後のはずだ」

強く抱きしめる
多分、こんなに強く人を抱きしめたのは初めてだった

見えない瞳からも涙はこぼれるらしい

嗚咽を殺して泣く女になった人へ
俺はただ、ただ頭をなでた

しばらくすると
突き放してきて

「やり直しって聞かないものよね」

そう言った彼女を見送った

それから俺は仲間の元を離れ
一国の国王になるという大成をなした
ただ、ただ、彼女のためだけに
探し回らせ、見つけて連れてこさせ
歌い手としてそばに置いた

彼女が幸せになったかは
今も俺にはわからない
好きに中庭で命令しなくても勝手に歌ってる彼女は
穏やかな生き方をしている

ただ俺と彼女は
拾ったものと拾われたものの距離は
今もそのままだ

終わることなく永遠に
俺の王座の隣に妃が座ることはないのかもしれない

誰もが知っていて
誰もが口にしない











その国は栄え
何百年とかけて大国になっていく
その事実だけが
今となっては二人が幸せを共有した証だ
それは気も遠い昔々のとある国の始まりの話

                      END
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